俺の欲求

響一の彼女の名前は、逢坂桜子と言います。

何とも可愛らしい名前の彼女は、俺が響一にしたいこと、そしてしてほしいことを全てできる権利を持っています。

俺のしたいこと、俺のしてほしいこと。

例えば、手を繋ぐ。

例えば、キスをする。

例えば、抱き締めてもらう。

例えば、髪の毛に触れてもらう。

例えば、手を少しだけ縛ってもらう。

例えば、目隠しをして焦らしてもらう。

例えば、ベットに二人で潜って触り合う。

例えば、響一の部屋に隠しカメラを付けて、響一の癖や彼女をどんな風にいじめて焦らしていたぶっているのかを見て、それを全部自分に置き換えてからゆっくりと眠りたい。

彼女はきっと、俺の欲望の全てを叶えられる幸運な居場所にいつもいて、その欲求を手の内に入れています。

俺はいつも、響一が彼女と一緒にいるところを見る度、その思考をぐるぐる回しながら二人の姿を傍から凝視しています。

なあ、響一。お前はもうわかっているんだろう。この前言ったじゃないか。俺はお前のものなんだろ。

なのに、いつまでこの仕打ちを俺にし続けるんだよ。

早く耳、触らせろよ。


そんな俺は今日も壁に耳を擦りつけ、二人の会話に神経を集中させる。

壁の黒ずんだその跡の濃さが、俺のいじらしさを表しているようだった。


「響一、今日泊って行ってもいい?」

「いいよ、もちろん。」

「やったあ。今日ね、この前買った下着なの。」

「あの大きい花のやつ?」


響一も下着とかに興味あんだな。まあ、健全な男子高校生だし当然か。地味にショックだな。


「違うよー!それはこの前の前に買ったやつだよ、もう!あの下着好き?」

「好きだね。」

「じゃあ今度はそれ着けてくるね。」

「うん、楽しみにしてる。」

俺が女だったら、そこにいるのは俺かも知れないのか。それはないか、どっちみち俺達はきっと双子で生まれてくるだろうな。

「あ、ちょっとトイレ行ってきていい?」

「いいよ。あ、階段に気を付けてね。こけやすくなってるから。」

相変わらず彼女にはとことん優しい彼氏になる響一だな。その台詞、俺には一回も言ってくれたことないよな。

「そうなの?わかった、ちょっと待っててね。」

「早く行ってきな。」

「はーい。じゃあね。」


彼女の女性らしい足音が聞こえてきた。俺はその音を聴く度に、自分は男で、その性別を変えることのできない歯がゆさにいつも苛まれていた。


「めんどくせ。」


何か聞き慣れない声のトーンで、予期していなかったフレーズが俺の耳に飛び込んできた。


「今日って確か恭介まだ帰ってきてないんだよな、やる気失せるわ。」


あれ?俺がいるって響一知らないのか。確か今日はバイトだから遅くなるって母さんに言ったんだっけ。でも、シフトが急に変わったからそのまま家に帰って来たんだけど…響一と何処かで行き違えたのかな。


「しかしこの前ちょっとやりすぎたかな。でも、あいつやたら動くしな…少し手でも縛ってみるか。それかちょっとだけキレた素振り見せてびびらせるか…」


この前は確かにひどかった。甘い時間の最中のはずなのに、彼女は叫び声に似た声を上げ続けていた。正直俺は響一と彼女とのその時間中に壁から耳を離したことはなかったが、その日はあまりにも狂気染みた響一の声に、壁から思わず耳を離してしまった程だった。


「早く恭介帰ってこないかな…」


そんなに俺に聞かせて楽しいか。お前ほんとに…


「恭介…触りたいな…」


え?今何て…


「おまたせ。」

「もう遅かったね。」


彼女がトイレから帰ってきた。彼女の足音が弾んでいるのが、壁からも感じることができた。


「ごめんごめん。キスしてあげるから許して。」

「最低3分はしてね。」

「何分でもしてあげる。」


この会話が終わった後、二人の声は聞こえなくなり、微かに聞こえる息遣いに俺の心はずたずたに切り裂かれていった。

でも自然と別の感情が俺の心にそっと寄り添ってきた。

そういえば恭介って、キス結構好きなんだよな。しかも3分って、連続でするには結構あるんじゃないのか。

俺は1秒でもいい。お前に触れたい。お前に触れてほしい。

でも、もしかしたら俺には、まだ知らない響一がそこにいるのかもしれない。

俺の気持ちを知ってるくせに、それに応えてくれない響一。

響一、お前の本当の気持ちは、いったい何処にあるんだ。


俺はその時、わざと机に足をぶつける準備をした。

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