第23話:「ごきげんよう、愛しの蒋中正!」
「これはどういうことだ! 私はこんな命令状など聞いていないぞ!」
当夜、校長室。
「これは李之龍の証言が正しいことを証明するものです。先輩、今回の件の裏には相当複雑な事情があるようですよ」
蒋中正の事務机の上には、一枚の公文書が広げられていた。その内容とはまさに、李之龍が周恩来に告げた命令状のものだった。
周恩来と毛沢東は校長室を訪れ、蒋中正に李之龍の供述を報告した。蒋中正はすぐさま憲兵に中山艦の艦長室を捜索するように命じ、その結果、本当にこの命令状を発見することとなっていたのだった。
命令状には国民政府の朱印と汪精衛の署名が記されていた。この命令状が偽造されたものではないことは誰の目にも明らかだった。
「汪精衛がまさか私の同意もなしに勝手に軍艦を動かすとはな! どうかしているぞ!」
「先輩の怒りもごもっともですが、今は冷静でいるべき時です!」
「分かっている!」
蒋中正は怒りに任せて事務机を叩き付けた。周恩来は苦悩するよう眉をしかめ、毛沢東はその周恩来の後ろで唖然としていた。
この時、室外からドアを叩く音が聞こえて来た。
蒋中正が腹立たし気に「入れ」と答えると、彼女の秘書がドアを開けた。が、彼女が口を開こうとしたその時、秘書の後ろに立っていた汪精衛が大股に校長室に現れたのだった。
「ごきげんよう!」
「曹操の噂をすれば、曹操ありといったところだな! 汪精衛、ちょうどあなたに話があったところだ。今晩は逃げて貰っては困るぞ、とっくり付き合って貰うからな!」
「これは奇遇! 私も今晩はあなたのためにここまでやって来たのですよ! ……しかし、私としては他人まで一緒に置いて話し合いが妨げられるようなことは、望んではいないのですがね」
汪精衛がじろりと周恩来と毛沢東に視線を投げかけると、周恩来はとっさに蒋中正へと目を剥けた。彼女が頷いたのを見ると、毛沢東を引いて、二人は秘書と合わせて部屋を出ることになった。
三人が校長室を出て、周恩来がドアを閉めたところで、毛沢東が彼の服の袖を引っ張った。
「なんだ?」
「あいつが汪精衛か? なんだってあんな変態みたいな奴なんだよ? 気持ち悪いな」
「みたいじゃない、変態で間違いないぞ」
「変態がリーダーになるなんて、どの組織にとってもある種の災難だよな」
「うん。今回ばかりはお前と意見が一致したな。珍しいことだ」
「ふん! 『珍しい』は余計だろ! ……じゃあ、私たちはこれからどうするんだ?」
「うん……」周恩来は秘書に視線を向け、彼女に目配せをしてみた。秘書は最初こそ弱ったような様子だったが、一時の沈黙の後、頷き返してみせた。
「先輩の武芸の腕からして、先輩に生命の危険があるとは思ってないけど、僕としてはあの変態が先輩と二人きりになった時に、何をするかなんて分からないからな。万が一の時のために、僕たちはここに留まることにしよう」
「だ、だけど……」毛沢東は言葉をつっかえつっかえそんなことをいった。
「だけどなんだ? 盗み聞きだなんて言わないでくれよ。先輩は僕たちに出て行くように言っただけで、話を盗み聞きするなとは言ってないんだから」
「だけどお腹減ったし、先に何か食べて来てもいいかな、と思って……」
周恩来は思わず、目の前にいるこの食う事ばかり考えている女の子に冷たい視線を送ってしまった。
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