第18話:「そんなに簡単な事件ですか、周恩来?」

 二人は仕事を完全に片づけた後、 午前中には李之龍を尋ねに行くことができていた。

 李之龍は捕縛された後、高級軍官の宿泊用施設に軟禁されていた。宿舎は周恩来の執務室とかなり近い所にあったため、二人はすぐに目的地へとたどり着いていた。

 宿舎の規格は周恩来の使用している場所ほどの豪勢さはないものの、独立した部屋で、手洗い場、厨房とロフトがあり、デュプレックス式のアパートメントに近い印象だった。

 二人が李之龍の部屋の入り口まで近づくと、見張りを担当している武官が目に留まった。周恩来は彼に李之龍の様子について尋ねて見ると、彼は溜息を漏らし頭を振ってこう答えた……

 「彼はずっと沈黙を続けています。無論、私たちも何とか口を割らせようとしていますが、彼は一言だって喋ろうとしないんです。今朝からは食事も口にしなくなってしまいました。私はあんなに頑固な人間は見たことがありませんよ」

 (やっぱり思った通りになってるな……)

 周恩来はそんなことを思うと、見張りなしで李之龍と面会したい意志を伝えた。武官はその場で周恩来を中に通してくれた。

 二人が部屋へ入ってみると、李之龍は厳粛な面持ちで柳椅子の上に腰掛けているところだった。

 「李之龍同志!」

 毛沢東がそう声を張り上げると、李之龍はさっと立ち上がった。

 「毛沢東同志!」

 李之龍は二人の訪問客を見て、心の底から驚かされた様子だった。

 「どうして君までこんな所に来たんだ! まさか君まで捕まってしまったのか?」

 「同志が苦境に立たされているんだ、どうして手を貸さないなんてことがある? 安心しろ、私は捕まってここに連れて来られたんじゃない。こいつと一緒にお前の様子を見に来たんだ」毛沢東は周恩来を指さしながらそういった。

 「だからお前は自分の上司が誰かちゃんと分かってるのかって言ってるだろうが!」

 「分かった、分かった。でも私たちはまず話し合いをしないといけないだろう、主任さま?」

 「まったく……」

 周恩来としても今は言い争いをしている時ではないことをわきまえていたため、すぐに気持ちを引っ込めると、李之龍を見てこういった……「一体何があったんだ。僕たちに話してくれるか?」

 「はぁ」李之龍は小さくそう嘆くような溜息を漏らした。「一体何が起こったのか、正直なところそれは私にも分からないんですよ。私に言えることがあるとすれば、蒋中正が言いがかりをつけて私たち艦の兄弟たちを片づけようとしているってことぐらいでしょうね」

 周恩来は眉をひそめた。

 「どういうことだ?」

 李之龍は二人に広州城に引き返した後のことを話して聞かせた。

 中山艦が母校まで引き返したところ、汪精衛がその場で李之龍を官邸まで呼び寄せ、彼に国民政府の命令状を手渡し、すぐに任務を遂行するようにと言い渡していたのだ。

 命令状の内容はしごく簡潔なもので、李之龍に対して今すぐソ連のウラジオストクに出発し、そこでソ連側の新任大使を迎えて来いというものだった。李之龍は任務の内容を理解すると、中山艦は直前の作戦から戻ったばかりであることを理由に、汪精衛に対して物資や乗組員の状態からみて、現在の中山艦は長距離航海には適していないと告げた。汪精衛は聞く耳を持たず、緊急の任務だからとにかくすぐに出てくれと言うだけだった。乗組員の士気を顧みることはなかったが、同時に黄埔軍校に立ち寄って物資を補給しろと指示したのだという。

「それで君は昨晩、命令を受けて中山艦を出港させ、軍校で補給するつもりだったが、憲兵によって捕らえられてしまったというわけか?」

 「うん。簡単に言うとそういうことですな……」李之龍は周恩来の浮かべている困惑した表情を見ると、もう一言付け加えた。「その命令状はまだ艦長室の引き出しの中なんです。それを見れば私の言葉が嘘ではないことが証明されると思います」

 「僕は君が嘘を吐いているとは思っちゃいないよ……ただどうもにも奇妙な感じがするだけだ」

 「私も同じ気持ちです。まあ、一番奇妙なのは、今頃大海原にいるはずの私が、こんな所に閉じ込められていることですがね」

 「どうも誤解があるらしいな」周恩来はほっとした様子だった。「憲兵にその命令書を探させれば、全て丸く収まるんじゃないかな……」

 李之龍は周恩来に視線を投げかけた。

 「同志、あなたは事情がそんなに簡単なものだと思っているのですか?」

 「どういう意味だ?」

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