第19話:「喧嘩してる場合か、二人とも!」
「あなた達二人がここまで来たということは、事前に蒋中正に面会して来たのでしょう?」
周恩来は頷いてみせた。
「だったら彼女は私が軟禁されている理由も説明したのでは?」
「勝手に軍艦を動かしたという容疑だという話だったけど……あっ」
「命令書は国民政府が発行したもので、同時に汪精衛が自ら私に手渡したものです。つまり正式な文書ということですよ」
毛沢東はそこで口を挟んで来た。「つまり李之龍同志が言いたいのは、正式な命令書である以上、国軍の指揮権を持っている中正センパイがその命令状の存在を知らないはずがないってことか?」
今度は李之龍が頷く番だった。
「ですから、ここで一晩を過ごしながら、私は一つの結論に至ったんです。私には蒋中正がどんな人には告げられない考えを抱いているのかまでは分かりませんが、彼女は今回の一件を利用して、私たちを……中山艦の乗組員全員を始末しようとしているんですよ」
「中正先輩はそんなことをする人じゃないぞ!!」
「周……恩来?」毛沢東は彼が激情にかられるのを見て、驚かされた様子だった。
「先輩はそんな卑劣な真似をするような人じゃ断じてない! 今回のことはきっと何かの誤解から生じたものに決まって……」
「ただの誤解だったら、こんな状況のはっきりしないまま憲兵が私たちを逮捕するはずがないでしょう! 全ては仕組まれていたことだったんですよ!」
「そんなことを言えば、憲兵は君を逮捕する前に、海軍司令部に対して問い合わせをしたはずじゃないか。もし彼らがそれでも君を逮捕したということは、司令部すらその命令状の存在を知らなかったということになるんじゃないのか?」
「それはあなたがあくまで蒋中正に味方した上で指摘される可能性に過ぎない!」
「僕だって君の不満は理解しているけれど、君の話だって何の証拠もないじゃないか」
「周恩来! あなたは一体どっちの味方なんです!」
「僕はただ道理を説いているだけだよ!」
「なにが道理だ! 今のあなたは蒋中正に飼いならされた犬としか映りませんよ!」
「二人ともいい加減にしろ!」
毛沢東は二人の間に割って入ると、顔を真っ赤にして声を荒げている二人を引き離した。
「私たちがここに来たのは喧嘩をするためじゃなくて、之龍同志をどうやって助けるかを探るためだろう! 蒋中正なんかのことで喧嘩するなよ!」
二人は気まずそうに顔を背けた。毛沢東は厳粛な面持ちで周恩来にこういった……
「お前だって之龍同志の話を信用してるんだろう? さきに言っておくけど、私は之龍同志の話は全部本当だと思ってるからな」
周恩来は溜息を吐きながらいった……「僕は彼が嘘を吐いているなんて一言も言ってないよ。僕だって信用してるさ」
彼のその言葉を聞くと、李之龍は表情を緩めた。
「……ついカッとなってしまいました、すみません」
「いいよ、僕もどうかしてた。僕こそすまなかった、ごめん」
「じゃあいいな」毛沢東は満足げにそう頷いてみせたが、すぐに苦悩する表情になった。「しかし、この後はどうすればいいんだろうな?」
「今のところは僕たちで先輩のところを尋ねて、前後関係を説明するべきだろうな。もし先輩が信用しないんだったら、国民政府に対して確認して貰うように申し立てすればいい。そうすれば上手くいくさ」
李之龍は不安げにいった……「そんなに簡単に話が収まるものでしょうか?」
「君のその心配は先輩を信用していないことによるものだよ。けど君は僕のことを信用している。今回のことは全て僕に任せてくれ」
「そうだぞ。こいつは後にも先にも『先輩』がって奴だけど、それでも私たち小組の同志には違いないんだから、之龍同志も安心して私たちに任せてくれよ」
「なにが後にも先にも『先輩』だ! そのセリフが余計なんだよ!」
「ふん! 事実と違うっていうのか?」
今度は李之龍がにらみ合っている周恩来と毛沢東を引き離す番だった。
「分かった分かった、なんだって今度は君たちで喧嘩を始めるんだよ」彼はとうとう笑顔を取り戻したようだった。「だけど、今回ばかりは本気で頼みますよ。私は一刻でも早く兄弟たちのところへ戻りたいんです。彼らは私にとってとても重要な存在ですからね。実際、二度と彼らと会うことができなくなってしまったらなんて、想像もできないぐらいです」
「もちろん! まずはゆっくりと休んでくれ。すぐに中山艦に戻してやるからな!」
きらきらとして笑顔を浮かべている毛沢東を見ながら、李之龍は深々と彼女に向かって頭を下げた。
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