第6話:「最近の共産主義小組ってどうなの?」

 共産主義小組。

周恩来と毛沢東の出会いは、その組織が原因だった。

この小組というのは近年になって国内で急成長していたもので、全国に構成員を持ち、各省において青年たちの主流となりつつあった、社会主義を追求する若者中心の政治団体だった。各地の軍閥や広東国民政府と比較すると、共産主義小組の特徴はその緩やかさにあった。各小組の中心メンバーが定期的に各支部と連絡をとっていることを除くと、構成員の名簿が管理されている以外は、全国各地の小組はそれぞれで独立した活動をとっているのだ。

 周恩来は組織成立初期の時点で既に小組の構成員で、更に言えば毛沢東は小組創設の主要メンバーの一人だった。当時、毛沢東と周恩来、それに同属の者たちで付き合いもあり、互いに「同志」と呼び合っていた。

 けれど、実を言えば周恩来は既に当時の毛沢東の顔を思い出せなくなっていた。ただ分かるのは、現在の彼女が昔とはまるで別人のようになってしまっている、という事だけだった。

 彼女は肩まで伸びる棕櫚色の髪を左右にわけ、頭には可愛らしいブタの髪飾りを付けていた。アーモンドのように大きく丸い目には覇気が宿り、話すと口元に覗く八重歯が、人を罵る時には彼女に野獣のような印象を与えていた。体つきは小さいものの、運動型の恵まれた身体をしていて、質素な米白色の麻布外套に黒の長いズボンを履いた姿は、村娘ながら化粧一つで化けるのではないかと思われた。

 しかし、周恩来が気にしているのは彼女の外見などではなく、彼女がどうしてこんな時間に軍校に現れたのか、更に言えばなぜ自分を探しに入り口の前で倒れていたのかと言うことだった。

周恩来は以前に毛沢東と会ってはいるが、それは一度きりの事だ。あの日顔を会わせてから周恩来はすぐに軍校の役職に着いていたので、この一年間あまりは彼女の影さえ見てはいないのである。

彼女がこうして軍校に来たのは、一体…

「やっと思い出したか?」

毛沢東は口を尖らせ、不満げな顔で周恩来を見た。

 「えっと、久しぶりだね」

「久しぶり…じゃないだろ! なんで同志の顔を忘れたりするんだよ! まさかここで衣食住が足りてるから、私たちの事なんかどうでもよくなったのか?」

「そんな! 僕はそんな薄情な人間じゃないよ。ただ君の様子が以前とは…」

「なに?」

 「な、なんでもない…それより、なんで軍校まで僕を探しに来たんだ? 何か用事でも?」

「そうだ。そっちの方が重要だった。名義上、今回広東まで来たのはこっちの同志達の境遇、もっと言うと黄埔軍校内の同志達が蒋中正にいじめられてないか確認するためなんだけど…」

 「待て待て、名義上?」周恩来は彼女の話の中に聞き捨てならない言葉を見つけた。「じゃあ、実際は…?」

「失業したから仕事紹介してくれないかと思って」

「馬鹿か君は!」

次は周恩来が栗が爆発するのではないかと言う勢いで毛沢東を叩く番だった。

 「本当だって!」毛沢東は頭をさすりながら、涙目で言った…「去年に解雇されてから今まで方々の同志を訪ね歩くっていう名目で時には手を貸してやることもあったけど、実は仕事を探してたんだ。けど仕事は見つからないし、金も底をつくし、もうお前しかいないんだ。お前なら仕事くれるかもと思って…」

 「はぁ…そういう事だったのか…」

周恩来は頭を掻きながら、目の前の困窮した少女をみた。

確かにその話なら筋は通る。入り口で倒れていたのも食べ物を買う金もなく、身に付ける服しか持たなかったからだ。

(もし今回の出張が数日に渡っていたら、彼女は餓死していたかも知れないな…遅かれ早かれ)

 「なんだって一晩中宿舎の前で待っていられたんだ? 警邏中の兵士に見つからなかったのか?」

「良い質問だな!」毛沢東は興奮した様子で立ち上がると、腰に手を当てて言った…「警邏に当たっていた兵士はどれも我が小組の同志だったのだ。みんな私の事を知っていたから、見逃してくれたんだな」

 「だったらどうしてその兵士たちに食べ物をくれるようお願いしなかったんだ?」

毛沢東はしばし呆然としていたが、すぐに大声で笑い出した。

「はは! お前の言う通りだな! その方法は思い付かなかった」

「バカじゃないのか」周恩来は力なくそんなことをいった。「……いいや。事情は大体分かった。ここの宿舎には上に来客用の部屋があるから、今晩のところはそこで休むといい。仕事の件に関しては明日、改めて話をしよう」

「お、お前、私と同じ屋根の下で寝起きしようっていうのか! この恥知らず!」

「何考えてるんだ! 選択の余地があるとでも思ってるのか?」

 毛沢東は唖然と言葉に詰まっている様子だったが、段々と顔を紅潮させると、しどろもどろで答えた……

「わ、私だってそれぐらい分かっている!……あ、ありがとう」

周恩来は彼女が後半、何を言っているのか聞き取れなかったが、それを問い質す前に彼女は二階に上がり、部屋に入るとドアを閉めてしまった。

 「……なんで仕事が見つからないのか、分かった気がするよ」

周恩来は二階の客室から彼の目の前、散らかり放題になったテーブルに視線を移した。彼は溜息を漏らすと、厨房から布巾を持ち出し、残飯を片づけた。

「こんな調子で……小組はちゃんとやれてるんだろうか?」

 周恩来は思わずこの同志について、更には彼らの組織の未来について、案じないわけにはいかないのだった。

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