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大通りまで出た早紀は、ひとまずバス停のベンチに渡瀬を座らせ

ベンチの目の前にあった自動販売機で水を2本買った


「課長、大丈夫ですか?

 お水飲みます?」


早紀はボトルの蓋を開け渡瀬の手に持たせたが一度口に含むとまた頭が上下に揺れた


タクシーをつかまえて乗せようか…

そうも考えたが、早紀が知ってるのは最寄駅のみ

運転手に行き先を告げることもできない


満喫…

渡瀬の言葉を思い出してまわりを見たところそれらしいお店は見当たらなかった


そもそもこの状態の渡瀬を1人放置することはできない


「課長、どうしますか?

 お家帰れますか?」


肩を揺すると少し目を開けた渡瀬は


「…眠すぎる」


そう言ってまた目を閉じた


「眠いって言われても…

 どうすれば…」


困った早紀の目にとまったのは少し先に見えたビジネスホテルの看板の明かりだった


「課長、

 もうちょっとだけ頑張って

 くださぃ」


早紀はそう言って渡瀬をベンチから立たせ

支えながらビジネスホテルまで歩いていった


ホテルのフロントの中にいた男性は静かな声で2人をむかい入れた


「すいません、

 なんでもいいので空いてる部屋は

 ありますか?」


「…只今ダブルのお部屋が

 空いております」


早紀は一つ返事でその部屋をお願いして部屋のキーを受け取った


力の抜けたの渡瀬の腕を支え

片手で鍵を開け部屋のドアを押し開ける

部屋の中央奥にダブルベッドがあり

入り口とベッドの間に小さなガラスのテーブルと

1人掛けのソファが2つ向かい合うように置かれていた


とにかく渡瀬を寝かせようとベッドに横たわらせた


早紀はベッドの縁に腰掛け大きく息をついて、改めて渡瀬を見た

ベッドの上の渡瀬は

ネクタイを緩めようと手をかけたまま寝息をたてている


「ちょっと飲ませすぎちゃったな…」


そう言ってまたひとつ息をついた


静まり返った部屋


助けてもらってから少しづつ気になって

気づけば横顔を追っていた渡瀬と

2人だけ


重なった偶然と多めのアルコール

今のこの状況全てに背中を押される


早紀の指が寝息をたてるその頬から顎、

そして唇をそっとなぞっていく


静かで何の音もしない

ただ聞こえるのは渡瀬の寝息と早紀の鼓動だけ


多分最初に会った時から

目の前で寝ているこの人のことを知りたかった

休みの日は何もしているの?

嫌いなものはなに?


どんなひとが好きなの?


この人はどんな風に女性を愛して

どんな風に抱くのか

この唇はどんな感触なのか


早紀は吸い込まれるように

その唇に顔を寄せた




ピピピピピ… ピピピピピピ…


その時、渡瀬の胸ポケットから着信音が鳴り響いた


その音で我に返った早紀は

両手で口を押さえたが 心臓の音が強く身体をゆらしていた


なり続ける着信音とバイブの音

自分を落ち着けてひとつ深呼吸をしてから


「課長、電話鳴ってますよ…」


渡瀬の肩をゆすってみるが渡瀬は


「…う…ん…」


と こちらに寝返りをうっただけだった


寝返りをうったひょうしに

スマホが胸ポケットから少しはみ出した

液晶が光って名前と番号が出ているがよく見えない


音は一向に鳴り止まない


誰だろう…

こんなに長く鳴らすなんて



本当にそう思っただけだった

いつもは誰の携帯の中身でも

見たいとも知りたいとも思わない


それでも


何だか無性に気になって

何かに誘われるように

早紀はゆっくりと手を伸ばしていた



指がスマホに触れたとたん、

音と振動がピタリと止んだ



早紀は心のどこかでほっとした


お酒が入っているからなのか

普段の自分では考えられない


小さな罪悪感を振り払うように頭を横に振り

水でも飲もうとベッドから立ち上がろうとした


その瞬間




腕を強く引かれ身体が仰向けにベットに倒れた

とっさに目をつぶり

衝撃が止むのと同時に目を開けると

天井に付いた照明と

渡瀬の顔が映った


何がおこったのか


引かれた腕はそのまま早紀の顔の横

手首を上からベットに押し付けられている


上から見おろす渡瀬の目は

まっすぐで柔らかかった


恐怖感はない



「どこに行こうとしたの?」


驚くほど優しい声が降ってきた


早紀は小さく息を吸って


「…水を…水をとりに…」


今にも心臓が破れそうなほど強く打ち

それだけ言うのが精一杯だった


手首の自由を奪っていた渡瀬の手が

早紀の手のひらへとすべり

指先がそのまま絡む


「…そばにいてくれ」


あの甘くて我の強い香りと同時に

熱くて柔らかい唇が早紀の視界を塞いだ


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密星 杉原美衣 @miita

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