18

ビルの外に出ると周りのネオンは一層眩しくなって居酒屋やカラオケ、キャバクラなどの客引きが通りがかる人を取り合っている


スマホに表示されてる時計は21:00

ショッピングもご飯も済ませ特にやることもない

帰ろうと地下鉄に向かおうとした時、

パスケースを出そうとポケットに手を入れると指に何かが当たった


取り出すと、青い丸いキーホルダーのついた小さなカギだった

そのキーホルダーにはサインペンで“マニュアル”と書いてある


「あっ、…戻すの忘れてた」


終業時間近くで受けた審査の内容で確認したいことがあり業務マニュアルを見ようと

カギのかかったキャビネットを開ける際に使ったものだ

カギを閉めた後、戻すのを忘れてポケットに入れてしまった


早紀はふぅとため息をついて会社に向かって歩き出した


早紀がオフィスに入ると管理部のところだけ電気がついて2.3人がパソコンや書類とにらめっこをしていたが

審査部は全員帰宅し誰もいなかった


早紀はカギを元あった場所に戻し帰ろうとオフィスを出る際、渡瀬のデスクに目が行った

デスクの上は綺麗に片付けられていた


エレベーターの下のボタンを押して待つ間


「今日はもう帰ったみたいね」


独り言がこぼれた


もしかしたらまだ残っているかもしれない

そんな期待があったのか

主人のいないデスクを見て少しだけ残念な気持ちになった



東京駅のホームに降りた早紀はいつものように

地下鉄線の乗り換え階段を上ろうとしたその時

ホームに駅員の放送が響いた

早紀の乗り換える線での人身事故のため、

1時間前から不通になっているという内容を繰り返しアナウンスしていた


早紀は仕方なく地上線に乗り換えて帰ることにした

早紀以外に同じルートで乗り換える人の波はホーム後ろの乗り換え階段に押し寄せ、

一気に早紀を追い越して行った


2つの階段を上りきると

長い通路が目の前に伸びる

2週間前早紀はこの通路の先を歩く渡瀬の背中を追いかけていた

そのことを思い出し早紀は苦笑いを浮かべながらヒールの音が響く通路をゆっくりと歩き出した


いくらか歩いたころ、まだ少し遠かったが足音が聞こえてきた


なんの気にもせずにスマホを見ながら歩いていると

ふわりと覚えのある香りが鼻を通った


あの甘くて我の強い香り


早紀の足が止まる瞬間


「お疲れ」


すぐ後ろから知っている声が響き

その声に早紀の心臓は跳ね上がった


小さく息を吸って後ろを振り向くと

そこには渡瀬が立っていた


「お、お疲れ様です…どうして…」


渡瀬は歩みを進め早紀の目の前までくると


「後ろ姿が見えたから」


そう言って口元だけ笑い、そのまま歩き出した

早紀は追いかけ隣に並んだ


「また飲んだ帰り?」


「え、あぁ今日は違います。

 本当は林田さんの誕生会だった

 んですけど、

 林田さんの急用でリスケに

 なったので1人でショッピングと

 ご飯の帰りです」


それを聞いた渡瀬は足を止め少し考えて


「あー。多分それ俺のせいだ」


と早紀に顔を向けた

早紀の頭の上には、?が浮かんでいる


「休憩の時にスモーキングルームで

 薮原に林田の誕生日の話になって

 教えちゃったんだよね」


「薮原って…薮原主任ですか?」


「うん。そのあと薮原につかまっ

 てたから、多分強引に飲みに誘

 われて断れなかったったのかも」


薮原とは、管理部の主任

#薮原始__やぶはらはじめ__#のことで

40歳すぎの大柄な体格、声も低く一見とても怖そうなのだがデスクに小さいサボテンを飾っていたりと見た目より優しく部下思いな人物だ

自身がお酒好きで付き合いのいい林田のことは特に可愛がっていた


「あー、なるほど…」


早紀は納得とばかりに大きく頷いた


「なんか悪かったね」


「いぇ、大丈夫です

 お酒がお寿司に変わっただけですから」


すまなそうな顔をした渡瀬に早紀は明るく笑ってみせた

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