16



16時すぎ


ロボットのように無表情で仕事をしていた監査部の社員が一斉にノートパソコンを閉じた


審査部と管理部の両課長、そして監査部の主任が集まり何か話しをしている

監査部の主任がA4ファイルと書類を課長2人に手渡し、丁寧にお辞儀をした

そしてそのまま主任を先頭にフロアから出て行った


やっと2週間に渡った監査が終わったのだ


それぞれの課長が自席についたタイミングで

肩や首をまわす者がちらほら現れた


審査部課長の吉田は笑みを浮かべながら渡瀬に目くばせをした

それを受けた渡瀬は立ち上がり管理部の社員に向かって


「みんなお疲れさま、監査がようやく終わっ

 たからちょっとここで10分休憩しよう」


そう声をかけた

同時に吉田も立ち上がり


「いやーやっと終わったよ。

こっちも10分休憩しよう」


審査部の皆にそう言うと

自身はそのままタバコ1本とライターを持ってオフィスを出て行った


審査部、管理部どちらの社員からも安堵の溜息と笑顔が見える


「やっと帰ったねー」


隣りの席から美加が笑顔をのぞかせた


「ホントだね~。

 何か喉乾いちゃった

 ちょっと自販機行ってくるね」


早紀はそう言って席を立とうとした


「あ、私も行こうかな…」


美加も一緒に立ち上がった時、

早紀のデスクの隅に置いてある缶コーヒーが目に入った


「間野ちゃんそのコーヒー飲まないの?」


「え?あー…うん、これは。

 ほらっ、お昼にコーヒー飲んだから

 何かこうお茶みたいなのが飲みたいなと

 思って。ほら、いこ!」


早紀は美加の身体の向きを変え、

スモーキングルームの隣りにある自販機まで連れたきた

カップ式自販機の緑茶のボタンを押して取り出すと美加が顔をニュっとよせてきた


「間野ちゃんっ。

 あの缶コーヒーって何かあるの??」


「え?」


美加の顔の近さと、いきなりの質問に早紀は返答に困った


「いやぁ別に…ただなんとなく飲みそびれ

 てるだけだよ?」


適当に取り繕った答えに美加は目を細くした


「あのコーヒー、

 間野ちゃんが買ったんじゃないでしょ」


「え?!」


「だってあれブラックだもん

 間野ちゃんがブラックコーヒー飲んでる

 とこ見たことないもん

 それに最近なんだか上の空の時あるし」


「うっ…」


美加はもう何かに気づいている 

早紀はそう思った

先輩後輩でありながらお互いのことを何でも話せる親友のような存在の美加と早紀

当然美加は早紀の変化にも気がつくのだろう

早紀は、もはや好奇心でいっぱいの顔に変わっている美加に観念した


「…ある人にね、買ってもらったんだけど

 ホントに飲みそびれちゃったの。

 なんとなく捨てられなくて」


美加はその言葉に八重歯を覗かせ

早紀の耳元で小さく囁いた


「…そのある人ってさ

 …もしかして渡瀬さん?」


その言葉に驚いた早紀は

ちょうど飲んだお茶が気管に入ってむせこんだ

美加はニヤついたまま


「やっぱり」


そう言ってむせてる早紀の背中をさすった


「なんで…」


「わかったかって?

 ちょっとぉこの美加さんをナメないでい

 ただける?

 確信はなかったけどね

 あたり~♪」

 

目の前に出されたピースサインに早紀の顔がボンっと赤くなった


「わかりやす…

 まぁ詳しいことは夜にでもゆっくり聞かせて

 もらうからねー♪

 …そういえば、そのヒール。直したんだね♪」

 

美加は早紀の足元を指差した


「あぁ、うん。在庫もなくて

 直せないって言われたの無理矢理頼んで

 直してもらったの。

 2週間もかかっちゃった」


「えぇ?!それ高くついたんじゃない?

 …だったら違うの買えばいいのに」


美加は目を丸くした


「うん。でも何かすごく気に入ってたから…」


“気に入っていた”

もちろん嘘ではない

とても気に入っていたにもかかわらず

すぐに傷をつけてしまったことは残念だったし悔しかった


だがいくら気に入っていたとしても、

そこそこ高額な費用を支払い

2週間もかけて直すような上等な靴でもない


それでも早紀があの靴にこだわったのは

内容はどうであれこの靴がきっかけで渡瀬と出会った

キズを見て“直るといいな”そう気遣ってくれた渡瀬の言葉が嬉しかった


だからどうしてももう一度履きたかったのだ


そんな早紀の想いを知っているのか

左足のヒールに並ぶ3つのストーンがキラっキラっと光っていた



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