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エスカレーターを上りきると改札が現れ、

そこからは東京駅地上線の駅構内になる


東京駅は新幹線7種をはじめ、在来線5種

上下乗り入れる大きな駅

地上線の駅構内は、各路線ホーム別に1~10番線まで数字が振られている

各線の数字がかかる階段を上ると各ホームに出られるようになっている


早紀と渡瀬が乗るのは京浜線

階段を上りホームに出ると

丁度電車が発車したところだった


「出ちゃいましたね」


早紀が残念そうに渡瀬を見た


「まぁいいさ。

 次は…10分後か」


渡瀬は電光掲示板に表示された次発電車の時刻を見上げたあと、

腕時計に視線を移した


「これ、いい?」


渡瀬は早紀に小さな白い箱を見せた

箱の真ん中には赤い丸印

その中には黒いアルファベットで

“LUCKY STRIKE”

とデザインされたタバコの箱だった


ホームの端に設置された喫煙エリア

スタンド型の灰皿のそばにはスーツ姿の男性が2.3人

それぞれ白い煙を出している


灰皿の近くで、渡瀬はタバコに火をつけた


「ごめんね、付き合わせて」


そう言いながら白く昇る煙を手で軽く払った


「大丈夫ですよ、私も喫煙者です」


早紀はニコリと笑って見せた


短大に入ってすぐに付き合った13歳年上の彼氏に合わせて吸い始めたタバコ

別れたあと、しばらくは止めていたが

なんとなく手持ち無沙汰でまた始めた


吸わなくてもいられる

タバコは間をもたせるときには特に役にたつ

早紀のバッグの奥にはいつも

キツめのメンソールが入っていた


「タバコ、吸うんだ?」


早紀の印象からタバコをふかしてるイメージがなかった渡瀬は

意外な返答に少しだけ驚いた


「はぃ。たしなむ程度ですが」


「たしなむか…(笑)

 ではご一緒にいかがですか?」


渡瀬は笑いながら手のひらを灰皿に向けて広げた


「いぇ…今はやめておきます」


早紀は小さく首を振り


「そう」


渡瀬もそう言うと小さく笑いながら灰を落とした



時刻は23時を過ぎている

日中より気温は下がり

アルコールの入っている身体の体感としては

通常より寒く感じた


早紀は無意識に自身の腕をさすった

電光掲示板を見上げると

早紀の乗る電車が到着するまであと3分ほどあった

その時ふと顔の前に何かを感じ目線を前に戻すと

渡瀬が缶コーヒーを差し出していた


「はぃ。寒いでしょ?」


驚きながらも受け取るとそれはとても温かく

早紀の冷えた身体が一瞬上気した


「あ、ありがとうございます」


渡瀬はすぐ後ろにある自販機でもう一本同じ缶コーヒーのボタンを押した


「今日は寒いね。

 俺寒いの苦手なんだよねー

 あー寒い」


そう言って開けたコーヒーを一気に飲み干した


早紀は飲み干したあとで片方の手をコートのポケットに突っ込んで少しだけ背中を丸めた渡瀬の姿が

何だか可愛くみえた


ホームにアナウンスが流れ

間もなく下の電車がホームに入ってきた

早紀が乗る電車だ


「課長、コーヒーご馳走様でした」


早紀はまだあいていないコーヒーの缶を顔の横まで持ち上げて見せた


「あぁ、気をつけてな。

 お疲れ様」


「はぃ、お疲れ様です」


片手をあげた渡瀬に軽く頭を下げて

早紀は電車に乗り込んだ


「ころぶなよ」


ドアが閉まる瞬間

渡瀬は小さくそうつぶやいて口元だけ笑った




早紀は動き出した窓から遠くなる渡瀬を目で追った

渡瀬のつぶやいた言葉はドアの開閉音でかき消され早紀の耳には届いていなかった


ホームが完全に見えなくなったあとでも

早紀は手に缶コーヒーを握りしめたまま

窓の外の黒い景色を見つめていた


たった数十分


隣りを歩き

たわいもない話しをした


笑顔を見て

別々に電車に乗る


ただそれだけのことだった


それでも


それでも早紀は

そのあいだにあったことを

何度も何度も思い返していた



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