12
早紀は思わず早足で階段へ向かった
早紀が階段の下に着いた時、
黒いコートの男性の後ろ姿は階段を上り切ろうとしていた
それが目に入った早紀は階段を一気に駆け上がりすぐ前にある改札を出た
改札の先にはまた10段ほどの階段があり
それを上ると200メートルほどの長い通路が伸びている
短い階段を上ったところで通路を見ると
その男性はもうだいぶ先を歩いていた
(歩くの早い…追いつけるかな)
早紀はヒールの音が響かないようにつま先に力を入れて早足で歩き始め
通路の真ん中を過ぎたところでやっと追いつき
「課長!」
早紀は追いついたと同時に思わず声をかけていた
男性はその声に足を止め、
一瞬考えてからゆっくり振り返った
ダークグレーのスーツに黒のコート
その男性は
渡瀬だった
渡瀬の顔がこちらに向き目が合った途端
早紀は頭が真っ白になった
階段を上る後ろ姿が渡瀬だと思った瞬間
もう追いかけていた
追いついた後のことなど考えもせずに
身体が勝手に動いていた
「あ…あのっ、お疲れ様です」
取り敢えず出てきたのはあいさつで
笑顔を作って間をつなぐ
「…あぁ、君は審査部の…
お疲れ様
今日はよく会うね」
渡瀬は先の顔を認識してそう言うと
また口元だけ笑った
「そ、そうですね。
私今帰りで…
階段でたまたまみかけて…というか…」
何か、何か話題…
(あ!)
「朝っ。そう、今日の朝、
横断歩道で助けてくださったのは渡瀬
課長ですよね?
私。ろくにお礼も言えなくて…
ありがとうございました」
いいタイミングでそのことを思い出し
渡瀬に向かってペコリと頭を下げた
「あぁ、あれか。気にしないで
たまたま君の後ろを歩いてたから。
ケガなくて何よりだったね
…それを言うために声かけてくれたの?」
「あ、えぇまぁ…」
早紀は気まずさに苦笑いするしかなかった
「そっか。
じやぁ、良ければ一緒に」
渡瀬はそう言うと人差し指で通路の差をを指差した
「はい!」
早紀は渡瀬の隣に並び
一緒に歩き出した
並ぶ時、一瞬だけ渡瀬の横顔を見上げた
7センチヒールを履いている早紀よりも頭一つ分上にあるその横顔には
朝見た時と同じ
目尻の下に小さな泣きぼくろがあった
そして微かに
甘くて我の強い、あの香りがした
「こんなに長い距離を歩いて乗り換え
するなんて、俺ぐらいかと思ってたよ
駅はどこまで?」
「東京駅から京浜線で6つ目の
ゆう駅です。
課長はどちらですか?」
「俺は同じ京浜線の反対方向の
「え、豊森って東京駅から10駅くらいあっ
たような…」
「そう、結構遠いんだよね」
早紀は歩きながら気がついたことがあった
先程追いかけた時はすごく早く感じた渡瀬の歩速
だが今一緒に歩いていると
それはまるで感じない
渡瀬が自分に合わせて歩いてくれている気遣いが少しだけ嬉しかった
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