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「林田!」

「林田さん!」


美加と早紀の声がそろう


「人の名前でハモるな。

 お疲れ~」


林田は驚いた2人の顔を見て、いたずらに笑うと取り上げたスマホを早紀の手に戻した


「早かったねー」


美加は言いながら隣の席に置いた自分の荷物をどけた


「明日の朝早めに来てやるって出てきた」


林田は空けられた席に座ると同時に

生ビールのオーダーをかけた


先にオーダーしていた2人のおかわりも一緒に届き


3人で本日2度目の乾杯


林田は一気にジョッキを空にするとすぐに2杯目をたのみ

ダシ巻き玉子を口に放り込んだ


「俺このダシ巻き玉子今日2回目だわ。

 ランチにも出たけど何回食べても美

 味いよな」


そういえば林田は今日のお昼にもここに来ていた


話に出たついでとばかりに美加が切り出した


「ねぇ林田。管理部に今日から来た課長

 ってさ、何者?」


「渡瀬さん?…何者って、別に普通の人」


「仲よさそうに見えたけど知り合い?」


「あー。

 渡瀬さんは俺が入社2年目でファイナ

 ンス部異動した時の上司」


『そうなんだ!』


林田の答えに美加と早紀の声がそろう


「だからハモるなって

 1年だけだったけどね。なーんか気が

 合って可愛がってもらった」


早紀はお昼のことを思い出し

なるほど納得と頷いた


「でも若いのに課長職なんてすごいね。

 トシいくつなの?」


「トシは確か俺の5つ上だから33かな

 高卒で入社して、入社当時ファイナンス部

 の部長だった篠山常務に気に入られて

 仕事叩き込まれてきたから、かなり仕事

 できるよ」


「篠山常務って、“鬼の篠山”?!」


美加は目を見開いた


「篠山常務が鬼の篠山って?」


早紀は首を傾げた


「篠山常務は4年前に常務になったんだけど

 その前まではファイナンス部にいて

 死ぬほど怖かったって有名な人でね

 ファイナンス部から異動してきた私の先輩

 は篠山さんの下にいた時、胃痛で何度も休

 んだって言ってた。

 上にも下にも自分にも厳しくて、ついた

 あだ名が“鬼の篠山”」


早紀は篠山常務の姿を思い出してみたが

うっすらと、50代半ばくらいで黒々とした髪をオールバックにしている…

月に1度の全社員朝礼の時に見かけるくらいのレベルだと浮かぶのはその程度だった


「鬼の下にずっといたなんて…

 ただ者じゃないわね渡瀬課長」


「うーん、篠山さんほどじゃないけど仕事

 には厳しいよ。

 朝礼でビシビシやるって言ってたでしょ

 管理部で渡瀬さんのことを知ってる人は

 内心ハラハラしてんじゃない?

 今までみたいにはいかないからねー」


「なーるほど!

 だから吉田課長が笑ってたんだ~」


美加はポンっと手を叩いた


朝礼の時、渡瀬の“ビシビシやる”の部分にかかる圧力に

これからスパルタな日々が始まると察しがついた気まずさに

思わず下を向いた社員を見て吉田課長は笑みを浮かべていたのだった


「でも部下を大事にするいい上司だと思う

 けどね。みかけより子供っぽいとこある

 し俺は好きだよ。

 アホみたいに飲みに行ってたし。

 なぁ、腹にたまるもの頼んでいい?」


気づけば皿の上にあったダシ巻き玉子は全て林田の腹におさまっていた


早紀はメニュー表を渡しながら何気なくを装って聞き始めた


「ねぇ林田さん、

 渡瀬課長ってお酒好きなんだよね?」


「ん?好きだよ。量より質だからバカ飲み

 はしないけどね…

 あ、すいません!特製焼うどんと

 高菜の漬物、和風春巻き…大根と豆腐の

 サラダはワサビドレッシングで。

 あとイカの一夜干しお願いします」


ちょうどおかわりの生ビールを運んできた店員に、怒涛の勢いでメニューをオーダーをした林田を呆れた目で見る美加


「渡瀬さんは最初にビール飲んだあとは

 ゆっくり日本酒飲んでるんだよ。

 酒も好きは好きだろうけど場の雰囲気が

 好きなんだと思うけどね」


(日本酒…やっぱり)


早紀は気づいた難問の答えに自信が生まれた



「林田さん

 渡瀬課長って…“水歌”好き?」

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