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外に出た早紀と美加は
会社の前の信号を渡り
道路を挟んで向かいにあるイタリアンのお店に入った
店内はさすがのお昼時で混んでいたが
運良く入り口横の通りに面した窓がある席が空いていた
2人はランチセットを注文すると
ウェイターが運んできたグラスの水に口をつけた
「それで?私の楽しみを奪った理由はなぁに?」
美加が目を細めてニュっと顔を突き出した
「ごめん、なんてゆうかちょっと気まずくて」
早紀は苦笑いを返す
「気まずい? マス屋が?」
「いや、あのね…
朝マンホールにハマった話ししたでしょ?
その時、転びそうになった私を助けてくれた人
がいたの。それがあの管理部の渡瀬課長でね」
「えー!朝言いかけてた助けてくれた人がどうと
かって、それあの人だったの?」
美加の表情がぱっと明るくなった
「うん。その時にろくにお礼も言えなかったから
ちょっと気になっててさ。
だから朝礼で出てきた時はもぅビックリ」
「そりゃ驚くわ~。すごい偶然。
なんか運命的だね♪」
「まぁそこまでなら運命的だね…」
美加がニヤニヤ笑っていると
ランチセットのサラダとスープが運ばれてきた
「それで??」
美加はスープをすすりながらも
目は興味深々で早紀を見ている
「さっきね、
トイレの前で思いっきりぶつかったの。
その渡瀬課長と。」
「ぶつかった?」
「そぉ。事故。
朝のお礼どころか、またお前かぐらいに思われ
たと思う。
それともうひとつ…」
ウェイターが話の腰を折らないようにそっと
メインのパスタをテーブルに並べた
「もうひとつ?」
「うん。ぶつかった拍子に落としたスマホを
課長が拾ってくれたんだけど、
受け取ろうとした瞬間にいきなり!
“好きなの?” て」
早紀のその言葉にパスタを巻いていた美加の手が止まり
眉間にしわが寄った
「…それは、俺に気があるのか?って意味?
偶然の事故は気をひくためにやったって思って
るってこと?」
「どうゆう意味かはわからない。
わからなくて答えに困ってたら
トイレから林田さんが出てきて一緒にマス屋に行くってそのまま行っちゃったの」
美加はサラダ突きながら首をかしげた
「…謎だわー。
もし私が思った通りの主語だったら
どれだけ自意識過剰なんだか…」
「でもその後“好きなの?”の後に“俺も”
って何か言いかけてたの
林田さんが勢い良く出てきたから
聞き取れなかった…」
「俺も?え、なにそれ“俺も好き”ってこと?!」
「わからない…わからなすぎて同じ空間にいるのは気まずくてマス屋はちょっとって…」
「…だめだ、ぜんっぜん意味わかんないわ。」
美加の眉間にはさらに深いシワがよった
「あ、スマホといえば…これ見て!」
早紀はあることを思い出し
スマホの画面を美加の前に出した
「読んでみて! 在庫あったよ♪」
美加は画面を指でスクロールしながら
そこに書いてある文章を読んだ
「あぁ!
林田の誕生日プレゼントにって探してたお酒か
ぁ!どこも在庫なかったけど見つけたんだ~!
へぇ~キレイ」
メールには在庫ありの内容の記載と吟醸酒のサンプル画像の添付があった。
そこに写る曇りガラスのような一升瓶の真ん中についたラベルは
薄ピンクから白のグラデーションで真ん中に
達筆な筆文字で“水歌”(すいか)と書かれていた
毎年あまり数が出ない日本酒で
このお酒が飲みたいという林田のために
2人で探してたやっと1本見つかったのだ
「このメール読んでて、
喜んだ瞬間にぶつかったの。
まーったく。理解不能な質問されるわぶつかっ
たところは痛いわで、何か疲れちゃった」
美加から返されたスマホをポケットにしまい
不満そうに肩をなでる早紀
「もぉちゃんと前見て歩きなさいよねー。
ところでさ、林田は何であの課長とランチ?
知り合い?」
「どぉだろう、今日初めましてって感じではなか
ったけど」
「へー…。あっ、噂をすればなんとやら…」
美加はそう言うと早紀の後ろ、
通りに面した窓を指差した
窓を背にして座っていた早紀は
何のことかと振り返った
スーツ姿の男性が4.5人
楽しげに話しながら信号が変わるのを待っていた
その中に渡瀬と林田の姿がある
こちらに背を向けているが
朝からのことを考えるともうこれ以上
渡瀬の視界に入りたくないと思う早紀は
反射的に前に向き直った
「確かに仲よさそうだね林田。
あとでちょっと探りを入れてみよっ」
美加は何となく楽しそうに八重歯を覗かせた
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