【1-3】

金髪の女性の名は高坂仁美といった。

仁美は自分の背後をチラチラと窺った後、満足したように扉を閉めた。

奉仕室にはいるみと仁美、そして六助の死体が残された。


「ええと、初めまして……だよね。今さっき名乗った通り、私は高坂仁美っていうんだけど……あなたは、新田いるみちゃんで合っているのかな?」

仁美は当然のようにいるみの素性を言い当てる。


「どうして私の名前を?」

「ちょっと前からあなたをマークしてたの。いや別に、深い意味はないよ?ただ、以前何人かの女の子が集められたとき、他のみんなは押し黙ってげんなりしてるのに、あなただけはそうじゃなかったじゃない。その……なんていうのかな。目が死んでないっていうか……」

「……まだ牙が残ってる……って感じかな?」

「そうそう!そんな感じ!私の相棒にするなら、あなたしかいないと思ってた」

「相棒?」

仁美の言った相棒というワードに、いるみは関心を示した。

「実は私もいるみと同じで、六助こいつの相手をする予定だったんだよね。本当は、っていうか例の如く全く乗り気じゃなくてさ。それで、待ってたら六助の悲鳴が聞こえたから、何事だーって思って扉を開けたの。そしたら六助が倒れているじゃない。これ、当たり前だけどヤバイんだよね。今はまだ大丈夫だけど、このことが看守たちに知れたらあなたはただじゃ済まない。恐らくあなたは、精肉工場へ連行されるわ」

奉仕室は完全防音だ。本来は女性たちの悲鳴を外部に漏らさないための処置なのだが、今となっては、いるみはその鬼畜な思惑によって生き存えていると言ってもよかった。

「……そんなことは分かっている。それで相棒ってのはなんだ」

「このままじゃいるみ……死ぬことになるでしょ?だから私と共同戦線を張ろうってこと。私も、ここの女たちとは違う。私は、こんなところから早く逃げ出したい」

「……」

確かに私は、このままじゃ確実に殺されるだろう。

そんなことは言われなくても分かっている。しかし何だか妙である。女性である高坂仁美に、自分を陥れる理由はないはずだ。だから、警戒するには値しない。


でも何だろうか。自分の胸中に蠢く、この薄気味の悪い違和感は。


「……逃げるって言ったってどうするつもり?私はここに収監されて5年になるけど、未だにこの動物園の全体像を把握できていない。つまりどこに出口があるのかすらも分からないんだよ。そんな状況で、一体どうやって、この園内から抜け出るつもりなの?それに追い打ちをかけるようだけど、仮に脱出出来たとして、その先私たちはどこへ向かう?何を目指す?あなたは今、自分が物凄く荒唐無稽なことを喋っているって自覚はあるのかな」

「ないよ。そんな自覚はない。だって別に、荒唐無稽ではないんだから。私たちが無事にここを脱出し、外の世界でどうにか生き残っていく策はあるには……ある」

「……?」

「外の世界は、別に男しかいないって訳じゃあない。ちゃんと女性だっているんだよ。まあみんな首輪か何かを付けられているのだけど。とにかく、上手いこと自分の身分を偽装できれば、外の世界に溶け込むことは可能なの」

「身分の偽装ってのは……具体的にはどういうこと?」

「ずばり富豪層の女性を偽るの。富豪層の女性は、みんな何かしらの衣服を身に纏っているからね。この園内で服を調達すればいい。ここを訪れる客の中には、悪趣味なコスプレを好む輩も多いってことは、いるみも知っているでしょう?」

「まあ知ってるには知ってるけど……」

というか文字通り身を持ってそれらの悪趣味な客の相手をしてきた。


「そんな輩の要望に応えるための衣装部屋がこの園内にはある。私は既にその部屋の場所を突き止めているわ。まずはそこで服を纏い、正面玄関から脱出する」

「……」

いきなり話が飛躍しすぎてついていけない。

不安材料は数あれど、心の支えなどは微塵もなかった。


「まあいいや。いくつか確認を取りたいんだけど……いいかな、仁美」

「お、やっと名前で呼んでくれたね」

仁美はえへへと笑った。

「真剣に答えてね。まず1つ。仁美はなんで、外の世界の情報を持っているの?そんな情報は、普通知り得ない筈じゃない」

「奉仕中に客から聞いたの。結構あっさり教えてくれるよ。奴らにとって、私たちがどんな情報を握ろうと、股さえ開いてくれれば問題ないんでしょう」

「……奉仕中に、あなたはそんな風に脱出の算段をしていたの?」

「まあね。何の益も無いと決めてかかるよりは、少しはこちらの特になる事柄を探したいじゃない。私の場合、それが主に外の情報の収集だったの」

「……」

そういえば私は、この身を捧げている間、一体何を考えていただろう。思い出せない。

なるほど仁美は、絶望を絶望と捉えていない。

私は希望を失ってはいなかったけど、それは単に目の前の現実から目を逸らしていたというだけのことで、言うなら生きながら死んでいた。

私と仁美では、決定的に何かが違う。希望を持っているという点に置いては違わないけれど、私が不貞腐れていたのに対して、仁美は懸命に生き残る策を練っていた。


そんな彼女と運命を共にしてみるというのも、案外悪くない気がした。


「それで?いるみ。次の質問は?」

「……いや、いいよ。本当はもっと聞きたいことがあったんだけど、余計な詮索は却って今後の事態を左右してしまうかもしれないし。それに今の答えだけで何となく分かったよ。多分あんたは信用できる」

「あはっ」

仁美はすこぶる奇抜な声で笑った。

「ああそれと、一応聞いておきたいんだけどさ。正面玄関から脱出するって言ったけど、具体的にはどういう感じで脱出するの?」


「コンピューターは信用できないんだろうね。いや、情に流され得るという点では、むしろコンピューターよりも脆い感じがするけれど……まあ、そういうところを腕力でカバーしているということなんだろうなあ」

「……?ええと、仁美?」


「この動物園の出口には、通称『デッドエンド』と呼ばれる門番がいるわ。背丈は軽く190を越えた、筋骨隆々の化物よ」


「………ええと」


「私とあなた、2人でそいつを倒すわよ。いいね?」


「………」


前言撤回。

こんな人間と同盟を組んでしまって大丈夫だっただろうか。


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キラーガールズコレクション 龍導 @tndn3

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