22 Dome Loreley-哨戒-
【コラテテル隊】、それはレンジャーズにとって反ザンクト・ツォルンの旗手となるための部隊であり、同時に真竜の戦略的運用を試験する実験部隊の側面も持っている。当初の予定を大幅に早めて吸収したセブンス警備隊を母体として、警備隊の面々を中心としつつ、レンジャーズだけではなくそれ以外の組織からも実力者を集結させた少数精鋭精鋭の新部隊は、キヌアギア・ネレイド議長直属の部隊として最初の任務にあたることとなった。
「しかし、俺らの仕事って言うのは、組織が変わったくらいじゃあそうそう変わるもんじゃないな」
周囲に映し出される周辺状況の映像に目を通しながら、ジョナサン船長は小さくため息をつきながら椅子の背もたれにもたれかかった。新造戦闘船の真新しい椅子はなかなかに座り心地はよさそうに見えた。
僕たちを乗せた新造戦闘船は今、地上と飛行島の間、低高度を航空している最中だ。
「僕も含め警備隊出身者が大半ですからね。結果的にはこういう任務にならざるを得ないというか」
「まぁな、だが俺らはそれでよくても、新入の面々にはいささか退屈だろうさ。そうでしょうよルーバ参謀長」
「別に私だって、ここを閑職だとは思ってやいませんよ」
そう言って応えたのは、【コラテラル隊】結成に際してキヌアギアさん自らが選定し隊に送り込んだレンジャーズ士官、ルーバ参謀長だ。元々キヌアギア議長が団長を務めていた北方師団で参謀をしていた人物で、南方師団、統制部門とも横のつながりがあるためキヌアギア議長やムグエド現北方師団長らに重用されており、僕ら素人部隊が活動しやすい様仲介してくれるパイプ役として派遣された、と言えば聞こえがいいが、ようは早い話が僕たち【コラテラル隊】のお目付け役といったところだ。
「そもそも斥候を民間警備隊に頼っていたレンジャーズの、組織としての基盤の弱さが根底にありますからね。むしろ我々レンジャーズの面々こそ、警備隊の業務は今後を考え知っておいて損は無いわけです」
「勉強熱心なことで」
「すべてが学習ですよ、あらゆることが」
船長の苦笑いに対して、ルーバ参謀長はニヤリと笑って見せた。細身で長身で、目つきも鋭いルーバさんだけど、話してみれば意外と気さくな人だ。
「で、どうだカセキ」
「動きは無いですね。竜石の反応数も昨日までと同じです」
「やっぱりこっちの出方を待ってやがるな」
船長の目線の先の映像に映っているのは、放置された巨大な居住ドームだ。空気汚染が深刻な地上でも人類が居住を継続できるように多数建造されたものの一つだけれども、結局ドームのサイズにも、建造スペースにも、そして何より建造費に限りがあり、故に居住できる人数も少なく、最終的に人類は空へと居住区を移した今となっては、役目を失った大半のドームはその後放置され朽ち果ててしまっていた。しかしそれでも地上にとどまることを選んだ人々が今でも住み続けて、今でも稼働しているドームが少数存在している。
今僕たちの目の前にあるドーム・ローレライはラインキルヒェン地帯の北およそ100kmに位置する古いドームの一つだ。この地の伝承の名がつけられたそのドームは、放置されたはずの今なお稼働が維持されており、索敵手カセキさんの言う通り竜石の存在が確認されている。
ガスと飛行島の陰で視界は悪く、現在僕らが乗っている船からでは目視で確認できない距離のため、僕たちが見ているのは先行させた無人偵察船によって撮影された映像だ。
「しかし、警備を始めて36時間。全くの動きが無いって言うのも変な話ですよね」
僕の素朴な疑問に、ルーバ参謀長は小さくうなずいた。
「我々をただの警備だと侮っているのか、あるいは焦る理由が無いのか」
「僕らが私設とは言え軍を名乗る以上、対外勢力以外への武力行使には踏み切れませんからね」
僕たちがドーム・ローレライ周辺の警戒任務にあたっているのは、ドーム・ローレライ周辺でザンクト・ツォルンと思われる集団の行動が確認されたためだ。汚染された地上はどうしても警戒が疎かになりがちで、すでにドーム・ローレライをザンクト・ツォルンに占拠されたのではないかという可能性を考え、僕たちが派遣されたのだ。そしてもちろん、僕たちの最終目的は、この作戦のゴールは、警戒で終わりではない。
「それに、動けばクロです」
「なら、シロのふりをするか」
「実際どうお考えです? ルーバ参謀長」
「そりゃあ、クロもクロ、真っ黒だと思いますが。とはいえ結局我々戦争屋は戦争があって初めてお仕事ができるわけです。疑惑なら、我々の出る幕じゃない。だから、お呼びしたわけですがね、ミケルーア警部」
そう言ってルーバ参謀長は、ブリッジの横に設けられた特設の椅子に座る中年男性に声をかけた。がっしりとした体格に、年齢の割には禿げ上がった頭が特徴的な男性は、仏頂面のまま答える。
「無論、これは我々の仕事ですからね」
「その割に、ご機嫌が縦でも横でもないようで」
「そういう顔なのですよ」
ミケルーア警部はぶっきらぼうにそう言って、会話が続かなくなってしまった。自身は「そういう顔」で済ませたけど、やっぱり利用されている立場と分かっているから気分はよくないのだろうな、と勝手に彼の感情を推理してしまう。
レンジャーズだって、警備隊だって、もちろん正規軍だって、結局は軍隊だ。ガイスト、セブンスに仇をなす相手なら竜の炎を向けるけど、そうだって確証が無いのならそうはいかない。やっぱりそこは警察の仕事になるわけだし、建前上ローレライに対しても警察の捜査として体裁を保たなければいけないのは厄介なことだった。それで引っ張り出されたわけだからミケルーア警部の感情は推して知るし、こちらだって不便をおかけして申し訳ないって気持ちはあるし、大体面倒なことなんだ。こういうことが。
「まぁ、我々警察だって対テロ部隊を出すわけです。万が一には我々だけで事が済むかもしれない」
「ガイスト警察は優秀ですから」
「嫌味なら、聞き飽きてますよ」
「立場は我々も同じです」
2週間前、将軍ヨエキアを失ったザンクト・ツォルンの襲撃については、未然に防げなかった警察への風当たりが強くなる一因ともなった。いささか神経質になっているのかもしれない。だからこそ、旧警備隊の系譜を受け継ぐコラテラル隊と、レンジャーズ本隊、正規軍、警察の四組織が密接に連携を取るこれからの反攻作戦は、失敗が許されない。その足掛かりとなるのが、このドーム・ローレライ制圧作戦だ。
「まぁ、互いにプロフェッショナルなのは事実だし、平和にのぼせた半素人なのも事実でしょうから、大事なことは足の引っ張り合いにならないことになるわけですな。隊員には気を引き締めさせますよ」
どうにもぐれた物言いをするミケルーア警部だが、腕は確かなはずだ。信頼するしかない。
「もちろん、こちらも至らぬところはあるかもしれませんが、対ザンクト・ツォルンの経験は僕ら旧警備隊が一番豊富ですから。任せていただきたいと思っています」
「無論だよ、ヨエク特務隊長。あの将軍ヨエキアの孫で、【魔女】セニカ・コールの甥、そしてスペシャルチルドレンときたら、任せないはずがない。そう言って構わないかな」
「はは、ええ。任されて」
【魔女】の綽名は初めて聞いたな。セニカ叔母さん自身は知っているのだろうか。……まぁ、異名とあの人の手腕や人柄から連想すれば、警察官時代にどんな人物だったか、想像はつくけれども。そんな時、通信士のケリアさんが不意に声をかけてきた。
「船長、参謀長、特務隊長。幕僚会議より通信です」
「何と言ってきている?」
「3時間後に突入を開始せよと」
「3時間? なお勿体ぶるな」
「準備を怠るなってことでしょう」
訝しげに言う船長に僕はそう答えた。すると船長はからかうように僕に問いかけてきた。
「あっちでキヌアギア幕僚長に飼い慣らされたか?」
「答えづらいことを。ルーバ参謀長もいるのに」
「ははっ。私はもう飼い慣らされて二十年ぐらい経ちますからね。話を振るのは正解だ」
ルーバ参謀長はそう言って笑顔で答えてくれた。ただ、どうにもやっぱり少しやりづらいな。お目付け役を目の前にキヌアギアさんのことをああだこうだ言えやしないだろう。
「まぁ、三時間ありゃ、戦術も練れる。警察の皆さんとも密に連携を取らねばならないからな。ヨエク、特務隊長として初任務だ。任されることは多いが、いいな」
「任されて!」
僕は船長の言葉にそう答えて、ブリッジから退室して後方の出撃デッキへと向かった。特務隊長としてやるべきこと、それは勿論、竜乗り達への指示だ。
「お疲れ様です、ワニエバ中尉。全員いますか?」
「よう特務隊長さん。もちろんみんな準備万端だ」
そう言われて僕はデッキに集まっていた竜乗りの面々の顔を一通り確認する。リベさんやソキアバさんといった見知った顔もあれば、ほぼ初めましてのメンバーも多い。正規軍から出向してきたワニエバ中尉だって、会ったのは昨日の話だけれども。そして竜乗りの中には、キロアとイニさんの姿もあった。
「では、その準備をより念入りにしましょう。出撃は三時間ごと幕僚会議から通信がありました」
「三時間か。また悠長なことで」
「ポーツァベンドでノアとにらめっこしているんです。駆け引きなんでしょう」
「ま、難しいことは上に任せとくに限るってことだな」
「そういうことです。三時間で改めて動きを確認しましょう。ヒウナさん、映像の展開を」
「任されます」
僕は竜使いでデッキスタッフの青年、ヒウナさんにお願いしてデッキ側面の投影機による立体映像を映し出してもらう。普段ならスウケさんにお願いするところだけど、スウケさんは別用のためゾアスア先輩やテザヤルさんのいるポーツァベンドに向かうことになってしまったので今は船に同乗していない。ヒウナさんは不在がちになったスウケさんの代わりに配属されたクルーらしい。
そうしてヒウナさん映るのは現在位置とドーム・ローレナイの位置関係を示した地図と、ドーム・ローレライの様子だ。
「改めて僕らの任務はドーム・ローレライの調査、厳密に言えば警察の強制捜査の援護です。そしてもし相手がザンクト・ツォルンであるという確証が得られれば、彼らをここから撤退させることです」
「撤退、か。逃がしてしまっていいのか」
ワニエバ中尉の問いに、僕は小さくうなずく。
「殲滅に越したことはありませんが、戦力は消耗させられません。なんならザンクト・ツォルンのローレライでの行動が、そこでの資源採掘にとどまっているのなら捨て置いてさえいいかと思うぐらいです。ただ、ローレライをラインキルヒェンへの橋頭保と考えているのなら、そうはいかない」
「ノアだって、ユナイト攻略の橋頭保だろうからねー」
「リベ中尉の言う通り、ザンクト・ツォルンは戦略的に領土を奪い始めています。ただ、展開の早い侵攻は、当然手薄になるわけですから」
「そこを叩く。か」
「あーなんかやっぱりいいねこういうの! ワクワクしてきた! 戦いが始まるって高揚感が、私を駆り立てる! 楽しい!」
「リベ、慎めよ。ここじゃ我々は居候だ」
「えーいいじゃんワニエバはかったいなー。カッチカチやぞ! カッチカ」
「リベ中尉、慎んでください」
「もーヨエクまでさーお高くとまっちゃってさ! 私とヨエクの仲な・の・に」
「リベさん、言い方を!」
僕はそう叫びつつ真っ先にキロアとイニさんの方を見た。そして気づく、冷たい視線。
「違うんですキロア、イニさん! 僕とリベさんはそういうのじゃなく!」
「大丈夫ですよ、ヨエク。ヨエクはアズール一筋、ですもんね。ねーイニさん」
「ねーキロアちゃん」
「ねー」
そう言って二人は笑顔を浮かべてお互いの方を見ながら首を横に傾けた。うわーなんだ、こっちはこっちでなんだか面倒くさい気がしてきたぞ。この二人の仲の良さは面倒くさい気がしてきたぞ。
「……各々の組織の風潮、文化、慣習。とやかくを言うつもりはないが。緊張感は持ってもらえないか?」
「すみません、リアテさん。ノアの事情は推し量ります。軽率でした」
「我々のことはいい。戦いになれば、そんな緊張感でいいのかという問いだ」
「いいのいいの! 騎士団のお坊ちゃん! トップスコアの私がいいって言うんだからイインダヨ~!」
「おぼっ……いや何故片言? いや違う、私より年下と聞いているぞ、その私をお坊ちゃんと! 私を馬鹿にしているのかリベ・エイブル正規軍中尉!」
「はっはっは! 笑う! 騎士団のお坊ちゃんは固いね~カッチカ」
「リベさん! 慎みを!」
「ひーヨエクが怒るよ~ワニエバー」
「自業自得だ」
そんなやり取りを端正な顔立ちのリアテさんが眉をしかめてなかなかの形相でリベさんを見つめるけど、リベさんのこのキャラもこういう時には助けられるな。助けられてうれしいものではないけれど。いや逆に腹は立つけど。腹は立つけど、助けられたのだから、感謝の気持ちは持つべきなのだ。
「リベ中尉には僕からも改めて話はします。突然集められた急造部隊で仲良くやれというのは難しいですが、彼女がここに集められた意味もまた、推し量ってほしいのです」
「わかっている。【ハイダルの死神】の名は聞いている」
「無礼を承知で言えば、実戦経験はここの誰より豊富です。デュラック騎士団のあなたよりも」
「承知していると言った! 私とて辱めを受けにここに来たわけではないのだ」
リアテさんはどうにも気難しく、プライドも高そうな人だから特にリベさんとはそりが合わなさそうだけど、それでもうまくやってもらうしかない。彼だってノアのデュラック騎士団の誇り高き騎士なのだ。分別は持ち合わせていると信じている。
「んじゃ、みんな落ち着いたみたいだから改めてちゃちゃっと話をしてくれちゃってくれよ、特務隊長さん」
「あ、はい。ありがとうございますスアノアさん」
警備隊時代にはウォベ船長の部隊にいたスアノアさんがそう言ってまとめてくれたのも、助かった。そうだ、ここにいるのはそれぞれ各組織なら隊長格を任されてもおかしくないような人たちばかりが集まっているのだ。それを差し置いて僕が特務隊長をやっているのは、内心思うところは各々あるのかもしれないが、幸いだったのはそれでも僕を見守ってくれようとしていることだろう。人選には、おそらく相当気を使わせてしまったのかと思うと申訳がないな。
「警察は、小型船でドーム周辺に接近し、突入部隊を展開します。僕らはその周辺で竜を配置し、ザンクト・ツォルンに備えます」
「接近中や展開中に襲われたら?」
「それは正当防衛でしょう」
「それを聞いて安心した。で、誰を出す?」
ワニエバ中尉の言葉を受けて、僕は改めて竜乗り全員を見る。実力者ぞろいで曲者ぞろい。だが、実戦の経験値にはだいぶ開きがあるのは事実だ。誰を出すのかはあらかじめルーバ参謀長と参謀補佐を始めたスウケさん、そして僕の三人であらかじめ決めているが、最終的に決断する権利があるのはやっぱり僕なのだ。僕の意志で、僕の責任で、戦わせる人間を選ぶのだ。
「僕とリアテさん、ソキアバさんは、警察の小型船を露払いとして護衛した後、同行して強制捜査に加わります。ザンクト・ツォルンや騎士団が絡んでいるのなら、僕とリアテさんは乗り込むしかない」
「リアテはともかく、隊長自らいくことか?」
「相手が真竜を出してくるなら、僕が行かないと誰も守れませんから。ソキアバさんはその護衛です」
「なるほどな。だが3人も中に割けば、外はどうする」
「ワニエバ中尉とリベ中尉に任せます。キロアとイニさん、それにスアノアさんは船を守ってください」
中に僕らが入っていく必要が本当にあるのかは、警察ともルーバ参謀長とも話をさんざんしたけれど、事態に柔軟に備えるよりも、ザンクト・ツォルンと騎士団がいることを見越した行動に一点張りしてばくちを打つのが、今は最善だと考えた結果だった。
「手薄だな、船を守るのが実質スアノアだけということだろう? 本当にやれるのか?」
「ゾアスア先輩らをポーツァベンドの護衛に残してしまってますからね。人手不足は事実です。そして焦っているのも隠さない事実です」
「相手竜石の数が、多くないのだな?」
「やれる時にやる、しかうちにできることはないですから」
「それを反素人と、【死神】を抱えてか。難儀だな」
「だからこそ、ワニエバ中尉をお呼びしたんですから。後方の指揮、任されてくれますね?」
「任されよう」
ワニエバ中尉は笑ってそう答えてくれた。警備隊の流れを受け継ぎ、レンジャーズの部隊であるこの【コラテラル隊】で、その指揮を正規軍から出向してきたワニエバ中尉にお任せするようなことになるのは申し訳ないし、悔しいことではあるのだけれども、背に腹は代えられないのだし、適材適所という言葉があるのだ。
「では編隊の確認をします。ぶっつけ本番になりますが、頭に叩き込んでください」
そうして僕たちは、突入に向けた打ち合わせを始めた。そもそも発足自体もっと先の予定だったこの部隊は、ザンクト・ツォルンのノア襲撃を受けて大きく前倒して発足したものだから、ろくな訓練なんて積んじゃいなかった。不安ばかりが募るけれど、メンバーは頼りになる人たちばかりだ。信じて動くしか、無いのだろう。
その後粗方確認を終えた僕たちは、警察の特殊部隊の人たちも交えて時間まで入念に確認を行い、そして三時間後いよいよ出撃の時を迎える。僕はヒウナさんにアズールを呼び出してもらい、彼女に搭乗する。
「アズール、久々の実戦だ。大丈夫、アズールは僕が守る。アズールも僕を守ってくれよ」
「キュイ!」
ふと周囲を見渡せば、デッキにはスウケさんがおらず、イニさんも竜乗りとして準備をしている。そんな様子を見ていると、やはり状況っていうのは刻一刻と変わっていて、なんだか新鮮に感じた。
そんな時僕はすでに竜に乗り出撃の準備をしていたリアテさんに話しかけた。
「リアテさんの竜も、レグルス種なんですね」
「ブラッド・リロード、賢い奴だ。そしてレグルス種使いに、悪い奴はいないのは相場だ」
「今度上に戻ったらゆっくりと話をさせてください」
赤いレグルス種、ブラッド・リロードは同じレグルス種であるアズールよりも気持ち大きく、全身を真っ赤な鱗で覆われていた。
「リアテさんは、ワッハ・オークニーと面識があると聞いています」
「私を調べたのか」
「今、騎士団の方を招き入れるというのなら、そうせざるを得ないことはご理解いただきたいです」
「私も嘘はつかない。ワッハは優れた男だ。騎士学校のころには私に剣の稽古をつけてくれた。親しくなかったと言えば嘘になる」
「ワッハ・オークニーがこのような行動に出ることを、予期させるようなことってあったんです?」
「これが尋問だというのなら答えるが。どうする?」
「いえ、そう仰るのなら機会を改めます。お話を聞くなら、ちゃんと聞きたいですから」
「ハッチを開けますよ! マスクをつけて!」
僕が話を終えるのとタイミングを丁度同じくして、ヒウナさんの声がデッキに響き、デッキのハッチが開く。僕たちは慌てて防毒マスクとゴーグルを装着し、汚染された空気に備える。別に一回呼気吸気をしたところでどうにかなる致死性のものではないのだけれども、それでも決して侮ってはいけないものではあるのだ、大気の汚染というものは。
「ヨエク、ソキアバ、リアテ! 竜石の干渉で聞こえているな!」
「聞こえています、どうぞ」
竜石から聞こえてきたのは、船長の声だった。
「警察の船が出た。視認できているだろうし、船の疑似竜石の干渉も追えるな!」
「はい大丈夫です! 三名とも出撃します!」
「ああ、任せたぞ!」
「任されて! ではソキアバさん、リアテさん。お願いします!」
「おう」
「任されよう!」
僕たちはそれぞれの竜をデッキ端まで足を進めさせる。流れ込んでくる生暖かい風が、高度の低さを実感させた。
「ヨエク・コール! アズール・ステラ、出ます!」
「ソキアバ・ドス! ホットショット・ハーレー、出る!」
「リアテ・ベンウィック! ブラッド・リロード、行くぞ!」
僕たちは相次いでデッキを飛び立ち、警察の突入船へと追いつく。そして一定の距離を取りながら僕たちはドームへと接近していく。
「リアテさん。竜石の干渉で聞こえますね? 敵の竜石の反応に注視をお願いします」
「言われるまでも」
「ソキアバさんは、目視での警戒に力を」
「任される」
すでにドームからは、望遠鏡ならこちらを目視できる距離にあるはずだ。そしてこちらの竜石がドーム側の竜石と干渉して、僕たちが近づいてることに気付いているはずだ。だが、反応はまだない。
「本気で我々を迎え入れる気か?」
「それならそれで、面倒ですが。船長、竜石の干渉で聞こえますね? キロアは真竜の気配を感じてませんか?」
「聞こえている。今のところは無いようだ」
「ありがとうございます」
船から離れた距離だと、キロアと竜の心の声が届きづらくてうまく聞き取れないから、結局竜石の干渉に頼らざるを得ないのはちょっと残念だな。
しかし、それにしてもおかしい、いくら何でも無抵抗すぎる。相手に動く気配さえ見えないなんて、おかしいじゃないか。
「船長、警察の突入を一旦延期してください。これは、誘われている可能性があります」
「ああ、警部とも話をしていた。そっちは警戒を怠るな。ワニエバとリベも追いつく」
よくある話だ。わざとすきを作り誘い込んで、たとえばドームごと自爆してみせるとか、追い込まれたやつらならやりかねない手だ。こんなところでいたずらに人員を失うことはできない。
「ソキアバさんは一旦旋回して、ワニエバ中尉とリベ中尉の編隊に加わってください。リアテさんは船の上をお願いします。僕は船の下に回ります」
竜石に映る、ほかの竜石の情報を確認しながら僕は状況を判断しつつ指示を出した。いったいどうなっている、まさかドーム・ローレライがザンクト・ツォルンに制圧されている、という見方自体が的外れだったのか? それともこちらの動きを察知してすでに退却済みなのか? いや、だとしたら竜石を残す理由はなんだ? こちらに動きを悟られないためか? 考えろ、考えるんだよヨエク・コール!
そしていつものように考え始めようとした瞬間、急に背筋が凍るような、ぞわっとした感触が僕の全身を駆け巡った。そしてそう感じた次の瞬間に僕は息を素早く吸い込み、ためらいもなくアズールと僕をつないでいた安全帯を外した。
「ヨエク! キロアが」
「わかってます! ワニエバ中尉、以降の指揮を! リアテさん、ここは任せます!」
船長の言葉を聞かず、僕はそれぞれにそう伝えると、腕に力を込めてアズールから飛び降りた。……が、普段の飛行島の高度と違う、低空飛行をしている船に合わせた現在の高度は、普段よりずっと地面が近くて、あっという間に地面が近くなってきて、本当に、あっという間に、あっという間で……ってヤバイ!
「うおぉぉぉっ!」
飛び降りる前に、ちゃんと魔力を整えておくんだった! 僕は手に魔力を込めると、自分が落ちて行っている地面へと向けて手を伸ばした。計算は、あっているはずだ。【アトリ】にいる間、リベさんと訓練する中で何度も練習したんだ。僕の変身は、これまでのそれとは比べ物にならないほど、スマートでスムーズになっていた。
突き出した僕の手に込められた魔力は、落下の勢いも借りて瞬く間に僕の体に浸透していく。僕の手は、指は、腕は太く大きくなっていき、鋭い爪が伸びていく。皮膚は赤い鱗へと変化していき、僕の体全体へと広がっていく。落下する僕の体は、赤い光と稲妻の中で瞬く間に変化していった。
そう、あっという間だったはずだ。だから、対応できたのだ。地上で先に変身を終えた真竜の、上空へ向けて離れたようとしていたブレスを、魔力を押し出して消し飛ばすことが。
「グウォォォォォッ!」
「ガァッッッ!?」
重力に引かれ加速した僕の体に、さらに魔力の炎を纏わせて、突き出した手をそのまま地上で待つ者へと叩き込んだ。響くのは、二頭の竜の声だ。一つは灼熱の紅蓮竜エリフ、つまり僕の雄たけび。もう一つは、僕が拳を叩きこんだ、見慣れた真竜だ。
この直前、上空で真竜の気配を地上から感じた僕は、迷わず変身をするために飛び降りた。将軍を守り切れなかったあの日の間隔が、今でも僕に焼き付いていて、だからなのかもしれない。真竜への変身を繰り返してきた僕はどうやら、キロアとそん色ないほど真竜の気配に敏感になりつつあるようだ。ましてや、これまで二度戦った相手の魔力だ。間違うはずがない。おかげで地上の真竜が船を襲う前に、先手を打つことができた、が。
『私をぉ……見くびるなぁ! ノナクの仇、ヨエク・コール!』
重力と魔力、絶大な運動エネルギーと化した僕の拳をぶつけてなお、彼女はそこに立ち続けていた。彼女もまた、魔力を手に集中させて、僕の攻撃を受け止めたのだ。拡散するブレスを撃つ、緑の真竜。ザンクト・ツォルンのマイアだ。
『また僕を、おびき寄せたつもりか!』
『おびき寄せたさ! 私は……貴様を、この手で葬ると決めたんだ……ノナクの魂を、救うのは私がやるのだ! それは救済! 私の救済……聖者の、導きだ!』
鬼気迫る形相で、マイアは僕を睨みつける。整理されていない彼女の言葉が、僕への感情を裏付ける。
奪われたものと奪ったもの。マイアが僕に向ける憎しみが、怒りが、以前にも増していることを僕は十分に感じ取ったし、これは僕にとって避けられない戦いであることも、また理解せざるを得ないのだった。
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