第三部:セブンス防衛
21 Unexpected Invasion-侵攻-
ガイスト本島における将軍ヨエキアの追悼式典は滞りなく執り行われ、その中でトゥイアメ幕僚長のレンジャーズ司令就任や打倒ザンクト・ツォルンの宣言が行われ、いよいよ本格的な戦いへと舵を切ろうとしていた中で舞い込んできた突然の報は、僕たちを慌てさせるには十分だった。
「ザンクト・ツォルンがノアに侵攻というのは!」
「報道で出た通りだ、我々もそれ以上のことは把握できていないのだがね」
僕は追悼式典に伴う警戒任務を切り上げ、リベさん、スウケさん、シウバさんとともにフライハイト郊外の防衛省庁舎を訪れた。突如報じられた、ザンクト・ツォルンのノア襲撃の報。僕らが将軍の追悼式典をしている最中にも拘わらず、ザンクト・ツォルンが妙に静かすぎるのは気にかかっていたことだし、大規模な軍事行動に出るだろうと言うことも予想されていた。しかしなにぶんうかつにフィフスに近寄れないがためにその行動を完全に知るには限度があったし、だからこそいつ襲撃されてもいいように警戒していたのだけれども。
「行動はいつから!」
「二時間ほど前にノア東岸の都市グランバラから20kmの距離に揚陸飛行船が接近、船から砲弾らしきものが数発発射。警備にあたっていた騎士団の竜乗りによって弾いたものの、その後竜が多数飛来し戦闘状態に突入したとのこと。今は追悼式典に参加していたノアの政府関係者、騎士団団員から情報を集めている最中って状況ですがね」
「ザンクト・ツォルンの狙いは一にラインキルヒェンの資源、二に始祖竜アイラムの始末。ならなぜノア襲撃を?」
「それがわかれば、ノア防衛にあたってましたよ」
「ガイスト正規軍は?」
「閣議中ですがね、トゥイアメ幕僚長もそちらに出られている。まだ情報は下りてきませんが対応が決まり次第我々も動きますよ。セブンスではロヘナ師団長に指揮に当たってもらっている。不測の事態に備えてもらってね」
僕は庁舎の司令部にいたキヌアギア議長と話をしながら、あつめられた資料にも目を通していた。同時にリベさん、スウケさん、シウバさんにも報道資料を調べてもらっていた。リベさんの兵士としての勘は鋭いし、スウケさんシウバさんの情報収集能力は確かだ。
「ヨエクー、ザンクト・ツォルンがノアを襲撃した理由なんだけどさー」
「何です、リベさん」
「ザンクト・ツォルンの目的が資源、始祖竜という前提としてさ。あ、私始祖竜って何か知らないけどそれは後で説明してもらうとしてね」
「話を進めてください」
「でね、ノア抑えるのに資源ってことはあり得ないじゃん? ノアの資源は枯渇してるわけだし」
「そうですね、でも資源を抑えるための拠点としてノアを得るというのは」
「いや無いっしょ。西は大洋、北は寒冷地帯。セブンスは攻めやすくなるだろうけど、この距離ならセブンスから見ればフィフスもノアも、北か北北西かの違いじゃ挟撃にもなりゃしない」
「だとすれば?」
「……私さ、こう見えて歴史とか昔ばなしとか普通に好きなんだよねー」
「真面目に話しないなら帰ってもらいますよ?」
「真面目だって! さすがに私も真面目だって! 不真面目に見える? 日頃の行いそんなに悪い? 悪いか! 悪いな! はは、笑う! 超笑う!」
「リベさん」
「わーったって。でもマジで聞いて」
リベさんに真面目モードがあっても、ずっとこのテンションじゃこっちだってわかりゃしないよ。
「話に出てきた始祖竜ってさ、あの伝説の始祖竜アイラムのことでいいわけ?」
「その解釈で構わないですよ」
「おっけー。じゃあさ、そもそも始祖竜アイラムの話って、どこの島の話よ」
「それは……一応ノアですけど」
別に、始祖竜アイラムに限ったことじゃないけど、そもそも人が空に進出した最初の島がノアなのだから、始祖竜や真竜の原点は、ノアといっても過言じゃない。もっと厳密にいえば、地上時代にまで話が遡るのだろうけど。
「だったらさ、始祖竜の何か……まぁそれはもう何かは全然わかんないけどさ。それを始末するなり、手に入れるなり、そのためにザンクト・ツォルンがノアに攻め入ってもおかしくはないんじゃないのか?」
「何か……何だと思います?」
「だからそれはわかんないって」
「だから、予想ですよ。何だと考えますか? 何だったらザンクト・ツォルンがそこまで必死になりますか?」
「……手に入れたい始祖竜アイラムの情報があるとか?」
「それは多分ないです。何故ならザンクト・ツォルンはおそらく、始祖竜アイラムを手に入れているからです」
「はっ!? 何それ聞いてないんだけど!」
「言ってませんから。スウケさんはどう思います?」
「手に入れたいのではなく……破棄させたい情報があるのかあるいは……」
「あるいは?」
「三人目がいる、と言うことだって考えられるな」
ザンクト・ツォルンは、始祖竜アイラムであるキロアのことを偽物だと言い張って始末しようとしてきた。ザンクト・ツォルンにもどうやら始祖竜アイラムの後継者がいるらしい。そして、ザンクト・ツォルンが偽物の始祖竜を始末しようとしていて、キロアの他にもいるのだとすれば。
「だが、それだけのために大規模行動にでると思えないがね。ホテルニューベイ襲撃の時、アイラムを襲ったのは真竜二体。計画からすれば襲撃というよりもはや暗殺未遂だ。目立たぬようホテルの近くまで忍び寄り、一気に叩いた。将軍暗殺の時もそうだ。わざわざ今回目立つ行動をとった理由はなんだ?」
口をはさんだのはキヌアギア議長だった。彼の尤もな指摘に、さすがのスウケさんも一瞬たじろいだ。
「やはり拠点としてノアを落とす必要があった?」
「だからザンクト・ツォルンにとってノアに拠点としての価値があるかってことじゃん、無いんしょ?」
「……三人目の始祖竜がいるという線はあながち間違ってはいないような気もするんですが、大規模行動に出てノアを制圧しようというならノア自体に価値があると感じているからとしか考えにくいですよ」
「じゃあ何さ。ザンクト・ツォルンの狙いは?」
分からない。ノアの拠点価値とはなんだ? 資源はない、技術力は高くない、農業に秀でているわけでもない。軍事力は低くないが、ザンクト・ツォルンの襲撃を防げないレベルだ。ただ領地がほしかったのか? いや、支配地域をいたずらに広げれば、組織の影響力と求心力を失う原因になるだけだ。じゃあ何が考えられる、キーワードから考えるんだヨエク・コール!
ザンクト・ツォルン、始祖竜、その末裔、真竜、拠点価値、資源、ノア……騎士団……。
「……シウバさんは叔母さ……セニカ上院議員についているだけあって、防衛には明るいんですか」
「秘書としての役目を全うできる程度には」
「将来的には、防衛を担当されるつもりで?」
「与えられた職務は何であれ全うする所存です」
「じゃあ割と何でも詳しかったりします?」
「わかる範囲でよければご質問を」
「ノアの騎士団制度、おさらいがてら説明してもらっていいですか」
「任されます」
リベさんは僕とシウバさんのやり取りを聞いて首を傾げたけど、僕には今一度確認しておきたいことがあった。
「騎士団の原点はノア発足以前、旧連合王国時代の末期に遡ります。地上時代の末期に王国を救った軍人、政治家、実業家。その中でも特に功績を上げたものを称えるために、古代の制度だった騎士団を復活させて与えたものです。その後新設や統廃合を繰り返し現存する騎士団は19。各騎士団には軍務、内政、外政、経済など各騎士団が得意とする職務と権限が与えられています」
「ありがとうございます。ではオークニー騎士団は、どのような騎士団ですか」
オークニー騎士団はワッハ・オークニー率いる騎士団で、現在はザンクト・ツォルンに下っている。ノアとザンクト・ツォルンの関係を紐解くのなら、必ずキーポイントになるはずだ。
「オークニー騎士団はもともと、複数の中小騎士団を傘下に収める元締めのような大型騎士団です。ノア北部の内政と自治、防衛全般を任せられています。元来女王への忠誠が強い一族ですが、ワッハ・オークニー騎士団長の代になって、その傾向は過激なほど強まり、また歪み、中央の騎士団との軋轢が絶えなかったと記憶しています。とはいえ、女王への中世の強いオークニー騎士団がノアを裏切り出奔するのは、考えにくいことだったのですが」
「ワッハ騎士団長とは交戦経験があります。彼はなお、ノアの騎士団であると自称していました。彼はまだ、自身がノアの一員である自覚があるはず」
「ワッハ・オークニーが一枚噛んでいるのは間違いないだろうが、目的はなんだ? そもそもワッハは何を目論んでザンクト・ツォルンに入り込み、けしかけた?」
キヌアギアさんの疑問に、僕は黙り込んだ。ダメだな、何か答えを一つ導くには謎が多すぎるし、情報が少なすぎる。僕らが次にとるべき行動を、もっと明確に、シンプルに絞りたい。どうする?
「とまぁ、考えだしたらキリが無いわけですがね、我々ができることなんて言うのは限られてくる」
「ならどう考えます?」
「ザンクト・ツォルンが何をするのか、ではなくノアを侵略したことでザンクト・ツォルンに何ができるか考えましょう。我々にテロリストの考えることなど、考えられやしませんからね」
「なら一つ。確実に防がなきゃいけないことあるんじゃない?」
キヌアギア議長の言葉に反応したのは、リベさんだった。
「と言うと?」
「シンプルに、フィフスは南にセブンス、東にファースト、西にノアがあって、北は寒冷地域。フィフスを襲撃したのは資源と始祖竜のため。それを前提として聞いたらノアの拠点価値はないなって思ったけどさ。でもでもでーも、ただただ単純に、たとえば主語をガイストに置き換えて仮定すればさ。その上でノアの拠点としての価値考えるなら、その立地は確かな価値があるじゃん?」
「ノアの東にはフィフスがあるだけ。そのフィフスをザンクト・ツォルンが支配している。……まぁ落としてさえしまえば、ほかに落とされる心配のない拠点という点では、価値がないわけじゃない」
「そして何より、ノアの西には海が広がっている。そしてその先にあるのは」
「そうかユナイト! シウバさん、セニカ叔母さんに」
「任されます。ユナイト高官と連絡を取り防衛について話をするよう政府に進言することを提案します」
僕がみなまで言うまでもなく、シウバさんはそう言って通信端末を手に取って席を外した。
リベさんの言葉通り、セブンス同様ノアの西には大洋が広がっており、それを挟んではるか遠くにユナイトが存在している。ノアがユナイトを襲撃する可能性があるかは正直分からないが、始祖竜であるキロアが生み出されたのはユナイトにあるニューストン竜研だ。
「始祖竜の情報を狙ってザンクト・ツォルンがユナイトに仕掛ける可能性は、無いとは言えないですね」
「ノアを橋頭堡とすれば、それも可能か。だが逆に協力関係になるというのも考えられなくもないですがね」
テロリストであるザンクト・ツォルンが、大国ユナイトと手を組む。ユナイト側からすればありえない話ではあるが、無いとは言い切れない。そう考えているときに、キヌアギアさんが眉をひそめながら静かに語り始めた。
「……なるほど。多分こうです。レンジャーズは元々ガイスト軍から独立した軍隊です。ゆえに我々は独立以降ガイスト正規軍とは微妙な距離感が存在していた。しかしザンクト・ツォルンという脅威を前に、我々は正規軍を後ろ盾とすることに成功した。と同時にガイストとしては真竜の存在ゆえ手をこまねいていたフィフス奪還の足掛かりもできた。だが一方のザンクト・ツォルンも、一テロリストとして活動することに限界が生じ始めていた。ノアもまた、慢性的な困窮に陥っており状況を打開する案を模索していた。だとすれば」
「ノアとザンクト・ツォルンの利害が、一致していると?」
「今回の一戦、狂言ではありますまい。しかし、手際が良すぎる。手引きした人間がいたとしか思えませんがね」
「やはりワッハ・オークニーがけしかけたと」
「ワッハは中央の騎士団を排除したかったのでしょうな。武力に訴え、自らこそ女王の一番の信任を得るに相応しい騎士団であることを証明せしめようと画策してたと考えられやしませんかね」
ノアの誇り高きオークニー騎士団が何故、テロリストに手を貸すのか。謎ではあったが、もし最初からノアとザンクト・ツォルンの橋渡しを目的として潜り込んでいたのだとしたら。
「クーデターか!」
「ノアもザンクト・ツォルンも困窮していて資源がほしい。お行儀のよいハトが巣食う中央の騎士団では、ノアはゆったりと死に向かっていくとでも考えたのではないですかね。 ザンクト・ツォルンはユナイトを見据えてノアを拠点として制圧。ノアは協力の見返りにセブンス攻略の暁には資源を得る。どうです? 無い線じゃない」
「キヌアギア議長はその話をもって、トゥイアメ幕僚長と話を! ワッハがノアを掌握すれば、ただちに宣戦もあり得るでしょうし」
「任されましょう。俺は引き続きここで正規軍の作戦に協力します。ヨエク暫定司令は、セブンスに戻ってください。事態に備えていただく。あるいはこれが、最初の指揮になるかもしれませんな? 【特務隊長】殿?」
「それを任されるのは二週間後ですし、飾りに過ぎないでしょう?」
「事態が事態なら、前倒しますし、ただの飾りじゃあないわけですがね。コール家の人間って肩書は。では俺は作戦司令本部に行きますよ」
ニヤリと笑ってキヌアギア議長は作戦本部へと向かっていった。
「僕らもセブンスに戻りましょう。スウケさん、手配をお願いできますか?」
「ん? あ、ああ」
「どうしたんです? そこまで考え込むなんて珍しいですね」
「さっきの、三人目の始祖竜のことが気になってな。その線も私は、可能性あるんじゃないかと思えてな」
「何か思い当たる節が?」
「いや、正直あるわけじゃないんだが……セブンスに戻ったら、テザヤル・ファン・カリオテに話を聞いてみよう。黙秘するかもしれないが、何かしらの反応があるかは見てみたい」
確かに、元々ニューストン竜研にいたテザヤルさんなら、何かしらの情報を知っているのかもしれない。手配はしてみるか。
「じゃあ、シウバさんが戻ってき次第、ノイヴィーンに向かいましょう。リベさんも、お願いできますね?」
「もちろんもちろん! いいねいいね、戦いの匂いだ! 私とナスルの勇姿を見せつけるチャンス!」
リベさんは嬉々とした表情を浮かべながら飛び跳ねた。これから多くの命を奪い奪われる戦場に赴くというのに、不謹慎だなとは思いつつも、この人はこういう人なのだと自分で納得させながら言葉を飲み込んだ。
シウバさんの帰りを待って、僕とリベさん、スウケさん、シウバさんはエアカーでノイヴィーンへと向かった。その間もスウケさんとシウバさんには通信端末で最新の情報をチェックしてもらい、事態の推移を見守った。
しかし、と言うべきか、やはり、と言うべきか。ノイヴィーンに到着する頃には届くしらせは芳しくないものばかりとなっていた。
「正規軍は、出撃を躊躇しているんですか?」
「ノアからの救援要請が来ないそうだ。元々ガイストとノアは微妙な関係性が続いていたからな」
「とはいえ追悼式典にノアからいくつか騎士団が来てたと記憶していますが。エクター騎士団とかデュラック騎士団とか。彼らは中央寄りだし、すぐにでも戻って応戦したいはずでは」
「いたずらに戦局を混乱させたくないようだ。どうやらやはりオークニー騎士団が裏で糸を引いているらしい。グランバラで防衛にあたっていた騎士団も、ザンクト・ツォルンに寝返ったらしい。やはりワッハが懐柔したのかもしれない」
スウケさんのその言葉に、僕は小さくうなずいた。果たして僕らの考えはその通りだった。僕らが飛行機でセブンスのステアウア基地に到着すると、基地の会議室に通された。出迎えてくれたのはレンジャーズの金融部門の若き責任者ザーレ・ゴードンだった。
「こういうのは俺の仕事じゃないんすけどね。まぁ、基地がばたばたしてて、金融が手ぇ空いてるもんでこういうことやらされるわけですよ」
ザーレさんはど頭からけだるげにそんなことを愚痴って見せた。ああ、そういえばこの人そんな人だったな。
「ザンクト・ツォルンが映像を公開したと」
「ええ。それを今見てもらいます」
そう言ってザーレさんは部下に映像の再生を指示すると、映像装置から映像が投影される。映っていたのは、ノアの宮殿内部と思われる場所。そこに数名の人間が映っていた。その真ん中にいたのは、やはりあの男だった。
「ワッハ・オークニー……やはり」
竜乗りのぴちっとしたスーツの上に、騎士の礼装用の装飾を付けたワッハ騎士団長が、精悍な顔つきでこちらをじっと見つめていた。横には、以前将軍暗殺の犯行声明を出した際に喋っていた仮面の男も映っている。いや、仮面をつけているのだから、本当に同一人物かどうかはわからないけど。映像のワッハは小さく息を吸った後、力強い声で語り始めた。
「ここノアは、代々女王陛下によって収められてきた、由緒正しき島であることは、あえて語るまでもない。しかし、今やこの島は、一部の騎士団が私利私欲を得るために、何も見ず、何も聞かず、何も語らず! 穏やかで空しき終わりの時を迎えるまでその実を貪られるだけの島に成り下がってしまった! 我々は、ノアを憂う者の集いである! そして私は、ワッハ・オークニー! ノアを取り戻し、導く者である!」
力強く叫ぶワッハ・オークニー。整った顔立ちで、長い髪をなびかせながら語るその姿は様になっており、妙な説得力を生み出す。
「この世界は、地上を捨てたその日から、島とともにあり、竜とともにあった。ノアもまた、竜とともにあり、竜は騎士団とともにあった。しかし、今の騎士団はただ名ばかりの、導く力を持たない集団と化してしまった! 私は、それを否とする! 騎士団はノアを導き、守るものである! 私は強き騎士団を新たに作り、ノアを健全かつ、世界で最も優れた島へとするために、今ここに女王に選ばれたものである!」
やはり、ワッハは女王からの信任を強調してきた。女王本人の言葉は無いままに。
その後もワッハは自らの正当性と今後の展望を語ったが、ガイストやほかの島への宣戦は最後までなかった。ただし、ノアに対する介入については拒否する旨を示唆する言葉もあったし、ザンクト・ツォルンに言及する場面もあった。
「我々は、世界を正しく導こうとする者たちへの協力を惜しまない。世界の在り方を憂う者同士、共に手をとり、導いていく! 我々は、時代を導く者である! この日、この瞬間が、導きの始まりなのである! 立ち上がれ同志よ! 我々は、常に手を差し伸べている!」
導く。端的に言えばワッハとザンクト・ツォルンがやろうとすることはそういうことなのだろう。しつこいぐらいに繰り返し口にしていた。
映像を一通り見終えた後、僕はまずシウバさんの方を見た。
「ガイスト政府の対応は?」
「【領空】の線上に飛行母艦を待機させています。追悼式典に出席していた騎士団も合流して、対応を協議しているようです。いつでも出撃できるし、ノアからの侵攻を迎撃する準備もあると」
「介入をためらった結果、ワッハのノア掌握を許した結果にはなりましたが……下手に介入して戦局が混乱すれば、被害は尋常じゃなかったかもしれませんし、すっとあきらめて次の手を模索しているってところでしょうか」
結局のところ、それぞれの思惑があるのだろう。ノアを救おうとして戦いを長引かせて死者が多数出れば、本末転倒だ。ワッハの挑発に乗る必要は無いのだろう。
「とまぁ、こんなところですね映像は。で、ヨエク暫定司令についてなんですけど、とりあえずセントラルに向かっていただくって話になっていて」
「セントラル?」
不意に出てきた話に、僕は思わず首を傾げた。セントラルとは文字通り島の中央のことを指す。セントラルには、地上のラインキルヒェンで採掘した資源を島に上げるための資源エレベーターが存在している。文字通りセブンスの命綱だ。
「諜報によると、ザンクト・ツォルンのノア襲撃と合わせて、ザンクト・ツォルンかどうかはわかりませんが地上で武装集団の移動が目撃されているらしくて、ラインキルヒェン領土内に侵入されている可能性が高いようです」
「地上はどうしても警備薄いですからね……突こうとすれば突ける穴ですよね」
「その穴は塞いでおこうと。領域に入られて、ラインキルヒェンの端っこで申し訳程度の資源とられてるぐらいならたかが知れてるわけですが、資源を根こそぎ奪おうってなるなら、当然資源エレベーターが狙いとなる。【特務隊】にはそれを警備してもらおうと。キヌアギア議長の指示ですからご安心を」
念を押したのは、ザーレさん自身ザッペ・モーレ派であることを気にした発言なのだろう。ただ状況が状況だ。疑いはしない。
「わかりました。ではこれから向かいます」
「そうそう、あと。こんな時になんですが、こんな時だからこそってことで。皆さんの制服もできていますから、ついでに受け取っておいてください」
「ありがとうございます。受領しておきます」
そして僕たちはザーレさんへのあいさつも早々に、再びエアカーに乗り込みセントラルへと向かう。
「移動続きで体がなまりそうですね」
「もうやだー移動飽きたー竜に乗りたいー訓練したい」
「わがまま言わないでくださいリベさん。これから闘いの日々になるかもしれないんですから」
「闘いの日々になるから、訓練したいんじゃーん! じゃーん! 移動飽きたよー」
子供か。
「あの、お言葉ですが」
「何ですか、シウバさん」
「今日一日同行しましたが……そちらの方大丈夫ですか」
大丈夫じゃないと思う。
「その、竜乗りの実力としては他を寄せ付けない圧倒的なものを持ってますし、軍人としての閃きとか矜持とかそういうのはちゃんと一応多分持ってる人なので、その、まぁ、あれだと思います」
「あれですか」
「あれです」
うん、リベさんはこんな人だけど、優れた人なのは事実だ。だから、ここに来てもらったのだ。
僕たちはエアカーの中で仮眠を取ったり、少しばかり気を休めるためにたわいのない会話をしつつ二時間程度過ごした。そしてセントラルに到着した僕らを待っていたのは、先に到着していたジョナサン船長たちだった。
「よう、なんか久しぶりだったな。元気でやってたか」
「ええ、忙しかったですけど。状況はどうです?」
「戦闘船の準備はできている。こちら側のメンバー選定はほぼ済んでいる。基本的に俺の船の面々は残ってもらって、あとは方々に都合をつけてもらった。お前が連れてくるって言ってたのは」
「ええ」
そう言って僕はシウバさん、リベさんの方を振り向いた。
「こちらはDPG(ガイスト民主党)の党員でセニカ上院議員の秘書を務めていたシウバ・ナロさん。情報収集と政府側とのパイプをお願いすることになります」
「出向以後よろしくお願いします」
「で、こっちがガイスト正規軍のリベ・エイブル中尉」
「どうもー! 最強の竜乗りリベちゃんです! いぇいいぇい! 今日は名前だけでも覚えて帰ってください!」
疲れる。
「リベ・エイブル中尉は、名前だけ覚えておけばいいのか?」
「何を真に受けているんですか。この人はこういう人だから、普段の言葉は無視して大丈夫です」
「お前がそういうなら、そうするか」
船長は話が早い。早すぎるよ。
「で、スウケは今後も竜使いとして従事してもらうと」
「ええ、黙っていて申し訳ありませんでした船長。厚かましいお願いではありますが、改めてよろしくお願いします」
「お前みたいな優秀な人材が残ってくれるなら、願ったりかなったりだ」
「ただスウケさんは身分を明かした以上、今後は【アトリ】とのパイプも務めてもらいたいし、より参謀的に立ち回ってもらえたらうれしいなと思っていまして。その辺りは」
「大丈夫だ。庶務も減って竜使いの業務出来る人間がいなくなっちまったからな。元々人手は補充してある」
なるほど人員の心配は、無さそうだ。【特務隊】の出番は、キヌアギア議長の言葉通り近いのかもしれない。
「それよりも、こんなところで油を売ってないで、挨拶しておけよ。あいつらも帰ってきてるからな」
「あ、はい!」
僕は船長に一礼をした後、レンジャーズ兵から話を聞いてある待合室へと向かった。待合室で待っていた二人は、慣れない日々に少し疲れた様子だったけど、僕を見て笑顔を浮かべてくれたから、僕は大きな声で二人の名前を呼んだ。
「キロア! イニさん!」
「ヨエク!」
「お久しぶりですね! ヨエクくん!」
キロアとイニさんも、警備の任のため、ガイストの衛星島ファーストに派遣されていたが、今回の事態を受けて戻ってきたのだ。
「二人とも、無事でよかった」
「ヨエクこそ、体は大丈夫ですか? ずいぶんと無理をしたんじゃ」
「平気ですよ、忙しかったのは事実ですけど、ちゃんとアイラムともまた戦えるようになりましたし。むしろ前以上に元気なぐらいです」
「でも、無理はしないでくださいね? これからもっと、きっと、戦いは厳しくなっていくんですから」
「わかってます。キロアにも、イニさんにも、したくない戦いを強いることになるかもしれません」
そう言って僕は二人を見た。二人は顔を見合わせて小さくうなずく。……あれ、何だろうこの雰囲気。この二人元々仲良かったけど、なんだかますます……。
「私も、キロアちゃんも。この10日間戦闘こそなかったですけど、戦いの最前線に身を置いて。やっぱり感じたんです。自分たちに戦う力があるのなら……ちゃんとやっていこうって。やれることをしっかりやろうって。二人でいろいろ、話したんです。ね、キロアちゃん」
「はい。イニさんと、いろいろ話をして私なりにまた、この戦いのこと考えていたんです。……私の目的のことも、イニさんにはお話ししました」
「えっ、あの、竜を解放って話をですか」
「はい。イニさんも竜を本当に想う方ですし、私に乗って時には戦うかもしれないのだから、私も黙っているわけにもいかないなと思って」
10日間、時間としては短い期間だったけど、人と人とが信頼を築くのには十分な期間なのかもしれないな。
「それで、ほかにもいろいろ話したんです。私たちのこと、この島のこと。もちろん、ザンクト・ツォルンのことも。二人で話をして、二人で考えて、二人で決めたんです。この戦い、しっかり自分の目で見て、自分の手で戦わなきゃって」
「キロアちゃんはこの戦いに始祖竜として責任を感じてるんです。私も、キロアちゃんの力になりたいし、ヨエクくんの力になりたいんです。だから、キロアちゃん! ヨエクくん!」
そう言ってイニさんは急に僕とキロアの手を取って、3人の手を重ね合わせた。
「厳しい戦いになるかもしれませんが、お互い力を合わせて、もちろんここにいる3人だけじゃなくて、部隊のみんな組織のみんなで力を合わせて! 戦い抜きましょう! ……って、これ、私が言うことじゃないですよね、あはは、こういうのは【隊長】がやることですよねヨエク君、私つい」
「いえ、いいんです。僕も引っかかってたんです。二人を戦いに巻き込み続けて本当にいいのかって。でも、僕が悩んでたって、ダメなんだ。僕が覚悟を決めなきゃダメなんですよね。大丈夫です。何が何でも、二人の命は、みんなの命は、僕が守り抜きます。【コラテラル隊】の【特務隊長】として。それが僕に与えられた責任だと思いますから」
【コラテラル隊】。それは暫定司令の任を解かれた僕に与えられた、新たな責任。コールズ・レンジャーズが接収した旧セブンス警備隊を再編してキヌアギア議長配下の『真竜を運用するための部隊』として設置された新たな部隊だ。キヌアギアさんが『面白がって』僕を【特務隊長】の名を与えたけど、将軍の孫である僕に『それっぽい肩書を付けたい』キヌアギア議長の思惑によってつけられた飾りに過ぎない。でも、それでも僕が任せられた責任があるのは事実だ。そのために、その名と権限を利用して正規軍からリベさんを、DPGからシウバさんを出向という形で引き抜いた。
【コラテラル隊】に与えられた最初の任務は地上のラインキルヒェン地帯、および資源エレベーターの防衛任務だったけど、それが新たな戦いの引き金になることをこの時はまだ気づいていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます