20 Further Growth-訓練-

 あの日キロアと出会って、僕を取り巻くすべての事柄は大きく変わったし、その中で変わらないものもあるけれど、ただ一つ確実にこれだけは言えるのは、僕がアズールを思う気持ちは変わっていないと言うことだ。それだけは、断言できる。


「やーでもさー、アズールもいい竜になったよねー。めちゃかわじゃん?」


 訓練を仕切りなおすことになり、僕の真竜への変身許可が下りるまでの間、訓練場入口で僕たちは待機していた。


「ナスルは、相変わらず強いですね」

「えーそりゃそうだよー、最強の私の、最強の竜だからね! 私ら最強ペアだしね!」

「……また、【調整】を受けたんでしょう?」

「受けるよそりゃ、スペシャル・チルドレンだからね!」


 手の甲に、うなじ。埋め込まれた竜石はどうしても目立つけれど、よく目を凝らせば体のあちこちに【調整】による手術の傷跡が残っている。その傷跡を見ていると、僕もその傷が疼くような気がして、目をそらす。


「リベさんは、何故【調整】を続けるんです?」

「そりゃ、スペシャル・チルドレンだからね!」

「リベさんなら、そう答えますよね」

「そりゃそうよ! 私だもん!」

「自分の体なんだから、大事にしてくださいよ」

「大事にしたいから、【調整】するんだよ! 死にたくないもんね!」


 リベさんは、スペシャル・チルドレンである自分を全肯定しているし、自らを戦うための人間として割り切っている。いや、割り切っているという言い方が適切かは少し悩ましい。最初から、その選択肢以外を考えていないだろうし。


「あーでもなーいいよねー竜に変身出来る力! 変・身! ヒーローじゃんヒーローじゃん私さーマジそういうのめっちゃ好きだからねー私もなれるならなりたいよ」


 それを聞いて、ふと思った。ひょっとして、最強の竜乗りであるリベさんが真竜になれば、最強の真竜になるんじゃないか? 実際リベさんとナスルの強さはけた違いだ。そのリベさんなら――。

 いや、その前にキロアを説得できないかもしれない。竜の解放がキロアの理想。竜の体を傷つけてまで強さを追い求めるリベさんとは、考え方が合わなさそうだ。


「でも、リベさんが変身しちゃったら、ナスルに乗る機会減っちゃいますよ多分」

「えーそれはいやだなーしょぼぼーんだよー! ナスルと一緒! それは大前提! ていうか、まぁヨエクとーアズールがー、真竜に変身してもいいコンビネーション見せてくれれば全然まるっとオッケーなんじゃない! オールオーケーオールオーケー大笑い!」

「何言ってるんですか」


 リベさんと話をしていると、疲れてくるな。

 そんな会話をしている最中、スウケさんが現れて僕に声をかけてきた。


「真竜への変身許可が下りた。まぁ元々データ収集のために申請していたからな。日程を早めるだけだから承認も早かった」

「一昨日の交渉が、効果あってよかったです」

「交渉? データ収集? 何の話何の話?」

「リベさんには関係のない話ですよ」

「えー冷たい冷たい! 私だって一応【アトリ】の関係者だよ! 一応!」

「自分で一応をつけるぐらいの自覚はあるんですね」

「あるある! 一応をつけるよ! 自信あるもん!」


 何の自信だろう。


「リベ、別にヨエクを茶化すためにここに来たわけじゃないだろう」

「茶化してないよー普通のコミュニケーションだってー、私コミュ強だし!」


 リベさんはために、よくわからない言葉を使うよな。


「一応、緊急事態に備えて時間制限は設ける。キロアの訓練と一緒だ。魔力が枯渇してはいざという時に困るからな」

「それは、身をもって感じてます」

「あとは、暴走した時だが……」


 そこまでスウケさんが言いかけたところで、急にリベさんが目を輝かせて食い入るように聞いてきた。


「暴走? 暴走って何? 何それ何それめっちゃ面白そうな響きじゃん!」


 なぜそこでテンションが上がるんだ。


「何って。その通りの意味ですよ。真竜の力を高めすぎると暴走することがあるんです。真竜の姿は二つあって、二本足で立つ通常形態と、四本足で立つ暴走形態――エウルトの姿があって。エウルトの姿では、自分で自分の制御をできなくなるんです」

「あー! 映像で見た見た! めっちゃ四つ足でビュンビュン飛び回ってたね! 見たわ見た見た! へー、それって意識を竜に乗っ取られるって感じ?」

「いえ、その。なんというか。乗っ取られているというニュアンスは似てはいるんですけど、そうでないといえばそうでなくて。あれは……暴走していても僕は、自分の意志で動いていたはずなんです。でも、きっとあれは僕であって僕でなくて」

「何? 哲学の話してる?」

「してません」


 僕は自分の手を見ながら、あの時のことを、暴走形態となって自ら、ザンクト・ツォルンの真竜であるノナクを手にかけた時のことを思い出していた。あの時の意識は、僕のものじゃなかった。あれは、僕の中の真竜、灼熱の紅蓮竜エリフの意識だった。自分が竜であることを疑っていなかったし、自分が人間であることを、ヨエク・コールという一人の人間であることを、忘れていた。

 でも僕はあの時の記憶を、鮮明ではないけれども割と覚えている。あの瞬間の意識は、エリフのものだ。でも、ノナクを手にかけたのは、僕自身の意志だ。それは多分、僕の中にエリフの人格――いや竜格というべきだろうか、そういうヨエクとしての人格と別個のものが内面に存在しているわけじゃなくて、ヨエクという人格の一部分が真竜に変身したことによって表に現れたに過ぎないんだと思う。そしてそれはまさに、暴走と形容しても違和はない。


「暴走ねぇ」

「リベ、話を戻していいか?」

「どうぞどうぞプリーズ!」

「でだ。暴走した時は、なるべく速やかにお前の制御を行いたい。自我を失って暴れられては堪らないからな。真竜ほどの魔力を制御できる竜乗りを、あらかじめ乗せておきたい」

「ははーん? 話が読めてきたぞ」

「なら話が早い、リベ。お前が」

「お断りします!」


 お断りするのかよ。


「だってー、ヨエクに乗っちゃったらさー、私の訓練の相手いなくなるじゃん! そして私がヨエクに慣れてナスルとの連携落ちちゃったら、それじゃ何の意味もないじゃん! 意味ないじゃーん!」

「お前とナスルの関係で、それはあり得るのか?」

「ない!」

「ないならいいだろ」

「やだ! 訓練したい!」

「子供か」

「だってーそのためにここに来たんだよ! 訓練したい! 訓練させろー!」


 本当、子供っぽい人だ。でも、この意見に関しては僕もリベさんと同じだ。


「スウケさん、僕もリベさんには賛成です」

「ヨエク、お前まで」

「万が一僕が暴走してしまえば、それは問題だし、そうならない保証はない。でもそうなる前に、リベさんが僕に飛び乗って僕を止めてくれれば大丈夫だと思います。キロアはそうして止めてくれたわけですから」

「上に立つ経験しても、大人の言うことを聞かないところは変わらないな」

「判断した結論を言っただけです」

「お前もまだまだ子供だな」


 そう言って苦笑いするスウケさんだったが、リベさんが僕に乗らないことは渋々了承してくれた。


「珍しく意見が合ったね、ヨエク」

「僕だって、相手が合っての訓練がしたいですし、それに」

「それに?」

「アズールと魔力を確認しあうのであれば、竜石の干渉も減らしたかったんです。誰かに竜石で操られていては、僕の魔力がつかめない。と、僕は思ってますけどね。僕は」


 僕のその強調に、リベさんは珍しく何も言葉を発さずニヤリと笑った。リベさんは、何も考えていないように見えるけど、すごくいろいろなことを考えている人だ。そりゃあそうだ、最強の竜乗り、スペシャル・チルドレンの最高傑作なのだから。


「さ、準備も整ったし訓練訓練!」

「訓練はいいですけど、体を慣らすのとアズールと触れ合う間は、手出しなしですよ」

「わかってるよー、私だって悪魔じゃないよ!」

「悪魔じゃなかったら、何なんです?」

「何だろう? あ、二つ名ならいくつかあるよ! 【ハイダルの死神】とか【死を呼ぶベガ】とか! まぁ【死を呼ぶベガ】は私って言うか、ナスルの二つ名だけどねー」

「ヨエク! リベ! 無駄口叩かないで訓練を始めるなら早くしろ!」

「ふへーい。ほらーヨエクのせいで怒られたー」


 僕のせいじゃない。けどまぁそれはいいとして。僕はふて腐れるリベさんの後ろについていきながら、再び外の訓練場へと足を運んだ。向こうではアズールがすでに待機している。準備はできている。

 僕は目を閉じて一回深呼吸をする。頭がすっきりする。大丈夫、今は、カッとなるようなことはない。僕は落ち着いている。

 思えば、過去二回変身した時はどちらも戦闘中のことだった。だから変身も戦いも必死でやって、余裕なんてなかった。でも今回は違う。敵もいない。焦る必要もない。自分の好きなだけ、魔力が尽きるまで変身出来る。

 僕はもう一度深呼吸をし、体を巡る魔力を自分で感じ取っていく。そして、ゆっくりとその流れを自分で操り、活性化させていく。魔力が体からあふれ、僕の体から赤い光と稲妻が放たれていく。変化が始まる。

 魔力の光は僕の皮膚を赤い鱗へと作り替えていく。翼が、尻尾が生え、首は長く伸び、僕のシルエットは瞬く間に人のそれからかけ離れていく。


「グウォォォォゥッ!」


 大きな口を開いて、一吠えする。僕を覆っていた魔力の光が霧散して、僕の姿が、灼熱の紅蓮竜エリフの姿があらわになる。大きくなった自分の体の、その重量を確かめる。目線を上げて周囲を見る。あらゆるものが小さく見える。いや、実際僕が大きくなったのだから、想定的に周囲は小さくなったわけだけども。そして、周りのすべてが小さく見えると言うことは。


「キュイィィッ」


 青くてかわいらしい竜が、僕を見て鈴のような声で鳴いてきた。不思議な感覚だった。アズールは僕が小さいころからずっと一緒で、会ったすぐのころはそれほど大きくなかったけどあっという間に成長して、それからはずっとアズールは僕よりも大きな体だったから、こうして自分よりも小さなアズールを見るのは、違和感があったし、でもそんな違和感よりも何よりも、真っ先に思ったのは、アズールのかわいらしさだった。ただでさえかわいいアズールが、小さいのだから、もうかわいいなんてもんじゃない。


「グウォウッ」


 僕は屈んでアズールと目線の高さを近づけ、アズールを呼ぶ。この姿、この声じゃ僕の、ヨエクの面影なんて何もないけれど、それでもアズールは僕を僕だと認めてくれるだろうか。あの日我を忘れて暴走しかけた僕を目の当たりにしてもいるわけだし、おびえたりしないだろうか。


「キュイ、キューイ!」


 なんて心配は無用だった。アズールは僕を見て元気よく駆け寄ってきて、僕に抱き着くように飛びかかってきた。僕は両足と尻尾をしっかり地面につけて体のバランスを取りながら、彼女を受け止める。


「ガゥッ」

「キュイ!」


 言葉は、通じない。僕も竜で、アズールも竜だけど。だけど、わかる。アズールの魔力の流れが、真竜になった僕には容易に感じ取れる。

 一度アズールと距離を取ると、翼を広げて飛びあがる。魔力で飛ぶ竜にとって空を飛ぶための揚力を得る必要がないのだから、翼は空を飛ぶのに必要ないはずだけど、体のバランスや飛行中の姿勢制御を考えたら、やっぱり翼も尻尾も必要なんだなって、飛びながら改めて思った。そう、今の僕は、完全な竜だ。

 真竜となったあの日から、僕はすでに人間ではなくなっている。でも、やっぱりこの姿になって初めて、自分は竜なんだなって実感がわく。多少魔力を感じ取れる程度の力じゃ、なかなか自分が竜だってことを自覚できない。

 高く浮上した僕は、再び一つ吠えてアズールを呼ぶ。アズールは僕を追いかけて飛び上がると、空中で静止する僕の周りを嬉しそうに飛び回る。僕はそのアズールの動きを、そしてアズールの体を巡る魔力の動きをしっかりと感じ取る。優しくて、でも力強い、レグルス種らしい魔力だ。いや、ほかの種の魔力を感じたことがないから、正直比較したことないからわからないんだけど、なんとなくそう思った。

 そして、この時にはすでに僕は、アズールを操るすべを見出しつつあった。というより、操るというのは少しニュアンスが違うことに気付いた。

 アズールは、僕を見ている。そして多分、僕の魔力を見ている。試しに僕は急浮上、急降下を始めてみると、アズールはそんな僕を見てついてきてくれる。大きく旋回すると、アズールは反対周りで旋回してくれる。逆にアズールがジグザグに飛ぼうとしているのを感じ取った僕は、それを縫うように、交差するように飛んで見せる。

 アズールが僕を感じ取り、僕がアズールを感じ取る。お互いの魔力を感じ取ることができるからこそ、可能な芸当だ。これをテザヤルさんは竜三体に対して、魔力の少ない人間の姿のままやってのけていたんだ。あの人、やっぱりすごい人だったんだな。

 僕も、短い時間ならアズールと離れて行動できるけど、それは短時間で膨大な指示をアズールに出せる僕と、膨大な指示を理解し実行できるアズールの、能力の高さと絆の深さに他ならない。

 だって、僕たちは、そう【調整】されたのだから。

 でもこの力は、お互いの魔力を感じ取って、お互いの行動を読みあって、飛びあうことのできるこの力は。【調整】で得た絆よりももっと強く、確かで、深いもののように思えた。これなら、これをちゃんと極めれば、竜石なしでも、人間の姿でも、ずれなくアズールに指示を出すことができる! できるっていうか。

 ていうか。


「キュイキューイッ!」

「グウォォゥッ!」


 ていうかなんだこれ、めっちゃ楽しい!

 あのアズールと、僕が、こんな風に触れ合えるなんて! アズールと同じ竜の姿で! 僕としたことがなんでこのことにもっと早く気付かなかったんだ! そうだよこんな楽しいことないよ!

 


「お楽しみ中のところ悪いんだけどさ」


 たわむれ続けていた僕とアズールの間に、不意にナスルに乗ったリベさんが現れた。お楽しみ中だったのに。


「なーんか、忘れてない? 訓練! 訓練しよ!」

「グウォウッ……」

「何言ってるのかわからないけど不満があるのは感じ取れたよ。でもそりゃこっちも一緒! 私は! 楽しみが今止まらないの! 竜に変身したヨエク! 最強の私と張り合えるとしたら、もう今のヨエクしかいないっしょ! さあ訓練だ! 今すぐに訓練だ! 訓練させろー! 私に倒されろー!」


 訓練狂いめ。仕方ない、僕だって戦闘の中でのアズールとの連携は確かめなきゃいけない。たわむれるだけならアズールの魔力を容易に感じ取れて、お互い動きやすかったけど、ほかの竜が入り乱れる中でもそれが可能かどうか。僕にテザヤルさんのような芸当ができるかどうか。


「さぁ、ヨエク、アズール、かかっておいで! お姉さんが相手してあげるよ! ……本気でね!」


 リベさんはそう叫ぶと同時に、ナスルは僕たちにいきなり飛びかかってきた。「かかっておいで!」って言っておいて、そっちから来るのかよ!


「惚けて! でかい体は飾りかな!」


 僕とアズールがナスルの攻撃をかわしたかと思うと、ナスルは予備動作なしで宙返りをしてそのまま僕たちめがけてブレスを吐き出す! 僕はとっさに手を出して火球を目の前に作り、ブレスと火球を衝突させる。魔力と炎が分散し、熱によるダメージを避けるためナスルは僕から距離を取った。

 この人、本気だ……っていうか、殺る気だ! 予備動作なしで宙返りブレスとか、僕を殺す気か! いや、殺す気だ!


「ほらほら、アズールが囮の動きをしてくれてるってのに、ヨエクは感じ取れてない! ダメダメ! 意識をはらって、アズールを活かして、私を惑わして、戸惑わせて、楽しませておくれよ!」


 リベさんの言葉を受けて、僕はアズールの気配と姿を探る。くそ、リベさんの言うとおりだ。これじゃだめだ。相手の攻撃受ける度にアズールの魔力見失ってたら、連携も何もあったもんじゃない。でも、アズールに意識を取られていたら、リベさんの攻撃なんかかわせるはずない。どうしたら。


「はっはー、どうしたらっていいんだ、って顔してるねー!」

「グウォ……」

「教えてあげよっか?」

「ガウッ!」

「馴れる!」

「……」

「あっはっは、言葉わかんなくても会話って成り立つもんだねー! 笑う!」

「グルルル……」

「だってさ、それしかないじゃん。【調整】を受けないって言うならさ」


 聞いた僕が馬鹿だった。いや、実際リベさんの回答は至極正論で、微塵にもリベさんには間違いも非もない。「リベさんなら効率的で画期的な解決方法でも思いついてるんじゃないか」なんて期待して聞いた僕が、馬鹿だったのだ。

 そうだ、これは慣れるしかない。僕がスペシャル・チルドレンだから、僕は真竜だから、僕とアズールは特別だから、リベさんが最強の練習相手だから、だからと言って魔法のように、僕が飛躍的にアズールとの連携を高めることはできない。基礎的なことだ。ただひたすらに反復練習。その中でコツを探り、会得していくしかない。


「ははっ、楽しそうだなヨエク!」


 楽しそう? ああ楽しいさ、アズールといる時はいつだって僕は楽しい。アズールとともに戦い、アズールとともに成長していく。そうだ、僕はこの感覚が好きなんだ。この感覚が、楽しいんだ。竜乗りとして、真竜として、僕はアズールと強くなる。強くなって、アズールとともに戦う。

 戦い続けることは、もしかしたらまたアズールを傷つけてしまうことになるかもしれない。それでも、僕は竜乗りとして戦うなら、やっぱりアズールと戦いたいんだ。


「さぁヨエク、全力で相手してあげる!」

「グウォオォォォッ!」

「キュイィィッ!」


 僕が一つ吠えると、答えるようにアズールはそのかわいらしい声で鳴き、僕たちは再びリベさんとナスルへと立ち向かった。

 この日から僕たちの忙しい日々が続いた。コールズ・レンジャーズの暫定司令として組織再編やトゥイアメ幕僚長を迎え入れるための準備、コール家の人間として将軍ヨエキア・コールの追悼式典に向けた準備、そしてアズールとの訓練。振り返って思い出そうと思っても、いつ何をやったのかさえ覚えられないような目まぐるしい日々が続いた。だけど、弱音を吐いているばあじゃあなかったし、吐くつもりもなかった。ザンクト・ツォルンの脅威に立ち向かうため、僕たちは互いに協力し合って武力という意味だけじゃない、大きな力としてまとまりつつあるのを目の当たりにして、僕はただ純粋に、高揚してもいたんだ。

 それからさらに一週間。ガイスト本島ではついに将軍ヨエキア・コールの追悼式典の当日を迎えた。喪章をつけた政治家に正規軍の幹部たち。国内だけじゃない、友好関係にあるガネイシア、ヤシマはもちろん、ノアやユナイトといったガイストやセブンスとは因縁のある島の主要閣僚や軍関係者も集い、さらにはガイストの一般島民たちも多く駆けつけてきていた。


「すっごーい! 将軍がどれだけ慕われてたかよくわかるよね!」


 リベさんは喪に服す人々を見ながら、どこか嬉々とした様子で、僕の背中に乗りながらそう言った。

 そう、僕の背中で。


「まぁでも、これだけ要人が集まりゃ確かにどうぞどうぞ狙って下さいって言ってるようなもんだもんねー警備もそりゃ厚くなるわ」

「ガウッ」


 僕は答えるように小さく吠えた。そう、僕は今真竜の姿、灼熱の紅蓮竜エリフに変身している。別に今は訓練中ではないし、敵の襲撃があったわけでもない。けれど、リベさんの言う通りこれだけの要人が集まることなんてそうそうない。政治家も、軍人も、実業家も、様々な著名人が参列している今日この瞬間、この式典をたたけば世界情勢は大きく転覆することになる。だから僕はあらかじめザンクト・ツォルンやその他脅威の襲撃に備えてあらかじめ真竜に変身して会場のそばで警備にあたっていたのだ。本当はコール家の一員で、レンジャーズの暫定とはいえ司令である僕が式典に列席しないのはおかしいのだけれども、真竜である僕が警備にあたっていることをザンクト・ツォルンはもちろん、対外勢力に見せつける必要があると考え、今僕はこうしている。


「で、どうよ? これだけの人数に竜の姿を見られる気分って言うのはさ」


 緊張感のない人だ。そりゃあ、僕だって真竜の姿には最近馴れてきたとはいえこれだけ多くの人の面前に出るのは初めてだし、ましてや追悼式典に合わせて竜の姿に弔いの念を込めつつも軍の威光を見せつける黒と金の装飾を施された上でたたずんでいるのは、そりゃあ、まぁ、そりゃあ、思うところがないわけではないけれども。仕事だし、これだって将軍のためだし。

 ……緊張感がないのは僕も同じか。いや、言い訳になるけれども、真剣みがないわけじゃない。覚悟ができているというか、いつ来ても対応できる自信がついてきたからかもしれない。もちろん戦争になればそんな気持ちは吹っ飛んじゃうのかもしれないけど、戦う前から余裕を無くしていたら、いざ戦いになった時に一切の余裕を無くしてしまう。そんな状況じゃ冷静な判断ができないのは、これまでの戦いでいやというほど学んだんだ。……代償は大きかったけれど。


「ていうか、暇だよねー、暇だよねーっていうか、こうして私一人でしゃべってると独り言みたいじゃーん! さみしっ! 私さみしい女みたいじゃん! 家でぬいぐるみに話しかけてるOLかよ! 笑う!」


 リベさんは時々、僕の知らない単語を使うぞ。豆知識だ。


「ま、でもあとはみんなの嫌な予感が当たらないことをただただ祈るだけだよねー。まぁこういう時大体当たっちゃうんだけどさ。奴さん方もどこに狙いをつけるんだか」


 そう、式典を開くリスクは、何も会場だけにあるわけじゃない。重要人物がガイスト本島に集結しているということは、それ以外の島が今、手薄になっていると言うことでもある。

 もちろん、それは僕らも警戒している。ザンクト・ツォルンの襲撃に備え、万が一を考えて僕たち真竜は戦力を分散させて警戒任務にあたっている。

 ガイスト本島は紅蓮竜エリフである僕が、僕らの本拠地であるセブンス・サテライト・スカイルには漆黒竜サドゥイであるテザヤルさんが、そしてもう一つ、ザンクト・ツォルンの拠点であるフィフス・サテライト・スカイルと面している飛行島であるファースト・サテライト・スカイルには始祖竜アイラムであるキロアが配されている。もちろん、それぞれの島にはレンジャーズ、警備隊、正規軍が戦力を可能な限りバランスよく分散させて、事態に対応できるようにしている。

 もちろん、分散させてしまっているのだから、万が一の事態の時には厳しい戦いが予想される。それでも、重要拠点を守らなければならない以上、戦力の集中はできない。今僕たちにできるベストはこれだ。それはわかっている。でも不安がないといえばうそになる。三度にわたって立て続けにセブンス襲撃を試みたザンクト・ツォルンが、あれ以来すっかりおとなしくなったことだ。まだザンクト・ツォルンに対する諜報活動は不十分だけど、大規模行動に向けて準備を進めているとみて間違いはないと思っている。

 しかしなぜ、大規模行動に移ろうとしているのか、レンジャーズが浮足立っている今攻勢をかけてこない理由はなんだ? あるいはただの深読みなのか? 僕はどうにも腑に落ちなかった。


「お、式典が始まるぞ」


 リベさんに言われて僕も会場の方を見る。軍楽隊の奏でる厳かな曲で式典は始まった。この式典で、トゥイアメ幕僚長は正式にレンジャーズ司令官への就任と組織の再編を、その後の記者会見でさらにセブンス警備隊の編入や新設部隊の件、今後の対ザンクト・ツォルン戦略の見通しを語る予定になっている。

 この式典を機に、レンジャーズは新たな一歩を踏み出すことになる。将軍の遺志を受けて、セブンスの土地を守るために、僕たちの戦いが始まる。そう思っていた。

 そしてそれは間違いじゃなかったし、この日を境に新たな戦いが始まるのは事実だった。しかし、事態は僕らが考えるよりもさらに複雑で、難しい方向へと向かっていたのだった。

 追悼式典終了から数時間後、僕たちの耳に飛び込んできたのはザンクト・ツォルンによる、ノア進撃の報だった。混迷する戦局、それはこれから長く続く戦いの日々の始まりに過ぎないことを、僕は覚悟していた。

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