19 Unfavorable Reunion-再会-

 将軍ヨエキアの死は衆目にザンクト・ツォルンの脅威を目の当たりにさせることになり、結果的にそれは分断が続いていたコールズ・レンジャーズとガイスト正規軍とが相互協力するきっかけになったけれど、大事なことは僕たちがこれからどうしていかなきゃいけないかってことで、まだまだ課題は山積みだけれども、とにかくやっていくしかないわけだ。


「お疲れ様。いい話し合いになったんじゃない?」


 ガイスト正規軍幕僚長トゥイアメ・バルトロメウとの会談の席を終え、別の会議室で休憩をしていた僕とコールズ・レンジャーズ幕僚会議議長キヌアギア・ネレイドのもとに現れたのは、会見に同席していた僕の叔母セニカ・トラスト・コール上院議員だった。


「ええ、まぁ。結果としては喜ぶべきですけど」

「トゥイアメ幕僚長、曲者と思ってたけど、想像よりは楽に説得できたんじゃない? 喧嘩してる場合じゃないって感じたんでしょうけど」

「そのことなんですけど」


 僕は手にしていた手にしていた飲み物の容器を机の上に置いて、少しだけ前に乗り出すようにしてセニカ叔母さんに問いかける。


「何を取引したんです?」


 セニカ叔母さんは微笑んだまま、何も反応しなかった。僕の後ろにいたキヌアギア議長の視線も感じる。


「セニカ上院議員とトゥイアメ幕僚長の間で、ガイスト政府……いやDPG(ガイスト民主党)とガイスト正規軍の間で、何を取引したんですか」

「ふふ、変なことを聞くのね。言ったでしょう? みんなに平和を考えてほしいって。英雄の娘として私が願い、できることはそれだけなのよ。それで、不満かしら?」


 セニカ叔母さんのにこやかな表情が、答えだった。

 思えば、ユピテル計画に話が及んだ時に、動揺していたのは正規軍の幹部たちで、トゥイアメ幕僚長もセニカ叔母さんも驚くほど冷静だった。


「あなたは私を利用した。だから、私もあなたを利用した……言ったでしょ、私だってただの若手議員。なんてね、お互いこれからも助け合っていきましょ、ヨエク暫定司令さん」


 そう言って上機嫌で僕たちに背を向けて部屋を後にしたセニカ叔母さんを見届けた後、僕とキヌアギア議長は顔を見合わせた。


「不満や不安を感じるのなら、DPGを諜報させますがどうですかね?」

「トゥイアメ新司令を迎え入れるんですから、諜報部は動かせませんよ。着任後には筒抜けになりますからね」

「ならどうする?」

「どうもしませんよ。トゥイアメ新司令がそこにいる。その下にあなたがいる。それで十分です。ただ……そうですね、ことを十二分にするためには、後何かひと手間でも加えましょうか。セニカ上院議員には、僕を御し得ると思ってもらった方が、かえっていいかもしれません。甥としてのわがままを今度、伝えておきますよ」


 そう言って僕は含むように笑って見せた。疑ったって、敵視したって意味がない。セニカ叔母さんが僕の味方でいてくれることに大きな意味がある。それは今日、改めて実感した。セニカ叔母さんが言うみたいに政治家を目指す気はさらさらないけど、あの人が僕を利用し、利用させてくれるなら、その関係は良好であるべきだ。


「あの叔母にしてこの甥あり、って感じですがね」

「まぁそれは、否定しません。将軍の子と孫ですから」


 最大の課題だったレンジャーズの指揮体系は、トゥイアメ新司令の招聘でひとまず形になった。これから速やかにレンジャーズは、新体制に移行していくことになる。と言っても、ベースは既に幕僚会議でできている。これから大きく動くのは、まだ先の話としていたセブンス警備隊の接収を、新体制に合わせていくのを急ピッチで進めなければならないと言うことだ。

 課題は山積みだけど、とりあえずは新生レンジャーズは形になりつつある。僕の暫定司令としての作業も、それほど長くはないだろう。

 怒涛の二日間を一気に駆け抜けて、ようやく僕が落ち着けたのはその日の昼頃だった。押さえてあったホテルに泊まり、僕は泥のように眠った。僕が本来の目的地である【アトリ】を訪れたのは、その更に翌日だった。


「お疲れ。どうだい、少しは疲れはとれたか?」

「まぁ、なんとか。スウケさんこそ、調査ありがとうございました」

「いいさ、私にできることがあるならね」


 【アトリ】を訪れた僕を出迎えてくれたのは、【アトリ】の制服に身を包んだスウケさんだった。


「で、どうだい? 数年ぶりに訪れた感想は」

「別に、何もないですよ。僕はあまり、いい思い出ないですから」


 【高等戦術総合研究所】、通称【アトリ】は元々ガイスト軍の戦術研究を担当する一部門として設立された後、戦術に影響を及ぼす、戦術以外の様々なものも含めて研究する部門に改められ、現在は軍との関係性も維持しつつ、別の独立した機関として運営されている。僕やスウケさんたちスペシャル・チルドレンも、ここで【調整】を受けて、成長してきた。


「アズールは、既に召喚してますか?」

「ああ。念のため検査等々受けてもらった。戦いの怪我はほぼ回復している。訓練は問題なくできるだろう」

「ありがとうございます」


 僕とアズールは元々ここ【アトリ】で、その関係性を強化するため訓練を受けていた。ここなら、不振に陥っている僕とアズールの関係性を戻すことは出来ると感じていた。本音を言えば、戻ってきたい場所ではなかったのだけれども。


「ああとそれともう一つ」

「なんです?」

「リベ・エイブルも来ている」

「えっ、あの人が?」


 リベ・エイブルは僕やスウケさんと同じ、アトリで【調整】を受けたスペシャル・チルドレンだ。ただ、僕は個人的にちょっと苦手なのだ。


「スウケさん、リベさんとは親しかったりします?」

「いや、年齢も少し離れているし接点が元々少ないしな。いい奴ではあるけど。そういうヨエクはどうなんだ。元々竜乗りとして訓練を受けていたんだ、訓練で一緒だったり、軍にいた時も接点があったんじゃないか」

「まぁ同じ竜乗りとして、憧れはありますよ。でも、考え方が合わないというか」

「だろうな。ヨエクが苦手そうなタイプだしな。まぁでも、挨拶はちゃんとしなよ? 一応あんなでも【アトリ】の最高傑作なんだから」

「分かってますよ。でも、何でリベさんがここに?」

「……いい理由では、ないらしいがな」


 そんな話をしながら【アトリ】に併設された大型屋外訓練場の出入り口にたどり着いた僕らは、一人の女性とその周りにいる数人の【アトリ】職員が会話をしている場面に出くわした。腰ほどまである長い深緑の髪に褐色の肌、ぴっちりとしたガイスト正規軍の純白の竜乗りスーツ。おそらく訓練直前だというのに、竜石を手にしていないその姿、間違いない。リベ・エイブルその人だ。リベさんはこちらに気が付くと手を上げて声をかけてきた。


「あー! ヨエク、久しぶり! スウケから話は聞いてたよ! 元気してた?」

「まぁ、ぼちぼちです」

「そっかー、なんて言ってるけど報道で見て大体知ってんだけどねー! 大変じゃんセブンス! めちゃめちゃじゃん! ヤバいよね、私も数多の戦場駆け抜けてきたけど、今度の戦い絶対ヤバいよね! あ、将軍の件は本当惜しい人を亡くしたっていうかさ、私もよくしてもらってたからすっごいショックでさー、もう泣いちゃいそうだよー! えーんって泣いちゃいそう!」


 僕は、リベさんのことが苦手だ。と言っても、こういう喋り方が嫌いなわけじゃない。いや好きじゃないんだけど、そこが理由じゃない。


「あーもー! 後悔だよ、後悔しかないよー! だってさ、私が将軍の傍にいれば、十中十二ぐらいでさ、将軍のこと守れたのにね。間違いなく」


 この異常なまでの自信についても、僕は嫌いじゃない、というか否定できない。恥ずかしながら僕自身も似たようなところがあることを自覚しているし、何よりリベさんの自信は決して、自己の過大評価では無いからだ。

 というかそもそも苦手、嫌い、という表現は僕の彼女への感情を端的に言うための表現であって、正確ではない。正確に言えば、この感情は、軽蔑だ。


「これから訓練ですか?」

「うん、そうだよ? 最近はずっと訓練なんだー。ここ最近戦いっぱなしでさーちょっと負荷かかりすぎ? んでもってお暇を頂いちゃったわけ!」

「お暇を頂いてすることが、訓練ですか」

「ていうか、他にやることなくない? なくなくない?」

「いや、やることはあるんじゃないですか? リベさんだっていい大人なんだし……」

「あーそうやって人をオバサン扱いするー! まだ24だよ! まだ、24、だよ! そりゃやりたいことはあるけどさー、訓練してないと体なまっちゃうじゃん? じゃあ訓練するしかないじゃん? 違う?」

「そりゃあ、リベさんがそれでいいなら、まぁ」


 一度話しだしたら、長いんだよなこの人。リベさんだって僕だってこの後訓練あるのに。


「あ、ヨエクもこの後訓練?」

「え、まぁそうですけど」

「じゃあさ、私と一緒に訓練しようよ! 一人でやるよりも、二人でやった方が、実戦勘養えるし! どう、ヨエク? 相手してくれる?」

「いいですよ、任されて」

「え?」

「任されて、って言ったんです」

「本当!? 珍しー、前だったら絶対いやですって言って拒否してたのにー!」

「僕も相手がいた方がいいですから」


 僕はリベさんと戦うのが好きじゃなかった。リベさん自身を軽蔑してるっていうのもあるけれど、そもそもリベさんとの訓練に意味を感じなかったからだ。


「待っててください。僕も準備しますから。スウケさん、準備をお願いします」


 僕はスウケさんに訓練の準備をお願いして、更衣室で着替えを始める。着慣れた黒色の竜乗りスーツに身を包み、ゴーグルとグローブ、そして竜石を手にする。アズールと会うのは、怪我させたあの時以来だ。どんな表情をすればいいだろうか。もし、万が一、アズールに拒絶された時、僕の心は準備が出来ているだろうか。

 いや、よそう。僕とアズールだ。いらない心配をしたって仕方がない。一つ深呼吸をすると僕は再び訓練場の出入り口へと向かう。


「お待たせしました」

「待ったよー待った待った超待った! 待ちくたびれちゃったよー! さ、訓練だ訓練!」

「ちょっと待ってください」

「えー! 待てない! いこう!」

「待てないなら訓練しませんよ」

「じゃあ待つ」


 待てるなら最初から待っててほしい。


「リベさんは、その、竜乗りとしての戦いのセンスは、凄いと思っているのでお願いするのですが」

「えー何何? 後輩の頼みだもん、そこそこ聞いちゃうよー! そこそこは」


 そこそこかい。


「今、僕とアズールの連携がちょっと上手くいっていなくて。気付いたことが有ったら教えてほしいんです」

「えーじゃあ早速言っていい?」

「え、何です?」

「それ私にそんなこと聞かず、大人しく【調整】を受ければ済む話でしょ」

「聞いた僕が間違いでした」

「あー正論言っただけなのにー! いいよコテンパンにしてやるんだからー!」

「お手柔らかに頼みますよ」

「任されない!」


 任されないのかよ。


「言いたいことがあるなら表情に出さずに声に出してよー!」

「言うほどのことじゃないからですよ」


 ペースを乱されるなー。この人は、本当、そういうところから器用というか、負けず嫌いというか。でも、そうじゃなきゃこうはなっていないのだろうな。

 リベ・エイブル正規軍中尉。軍学校を史上最年少となる14歳で卒業し正規軍に入隊、以降この10年間ガイスト正規軍のエース竜乗りとして第一線で戦い続けてきた、生きる伝説だ。普段はこんなだけど、いざ戦いとなればまるで別人……という表現も正しくはないだろう。戦場でもこの人はこのままなのだ。普通、普段と戦場で性格なんて変わって当然なのに、この人はいつもこのままなのだ。


「ヨエク、アズールを連れてきたぞ!」

「はい!」


 スウケさんに呼ばれて僕は、リベさんに軽く身振りをした後、スウケさんの方にかけていく。その先で待っていたのは、青い鱗の、見慣れた、かわいらしい一匹のドラゴンだった。


「アズール! アズール!」

「キュイ!」


 アズールの鈴のようなかわいらしい鳴き声が、僕の耳を貫いた。ああ、良かった。良かった、元気な声だ。アズールの、元気な、声だ。僕は彼女の顔を撫でまわしながら、彼女の顔を覗き込みながら問いかける。


「この間は本当にごめん、怪我はもう大丈夫? 痛みはない? また僕と、一緒に――」

「キュイキューイ!」

「あはは、ごめん、くすぐったかったかい?」

「キュ!」


 アズールは、笑顔だ。ドラゴンにだって表情はある。アズールが笑顔を浮かべていることは僕にはわかる。……というのが僕の思い込みで、本当はアズールが嫌がっていたら、アズールに嫌われていたら、どうしよう。前はこんなことを思うことなんてなかったのに、自信を無くしているのか僕は。


「安心しろ、アズールがそれ位でお前を嫌ったりなんかしないさ」

「そう、ですよね」


 表情に出ていたのか、スウケさんが僕の肩を叩いてそう声をかけてくれた。


「そうだよヨエク! 人と竜の関係はそう簡単に壊れたりしないって! 私の存在が、何よりの証拠でしょ!」

「リベさんの場合はまた、別じゃないですか」

「一緒一緒~! 私と、ナスル・ドライの関係は絶対だもんね! それが【スペシャル・チルドレン】なんだから!」


 リベさんはそう言って、自らの竜であるナスル・ドライを背に連れて僕の前に立ちはだかった。ナスルは、レグルス種のアズールよりも、さらに言えばアズールよりも大きな体を持つリゲル種であるテザヤルさんのエール・ワカツよりも、さらに大きな体を持つベガ種の竜だ。竜、と呼ばれているし実際分類上竜であることに違いはないのだけれど、全身の多くを鳥のものに似た羽毛で覆われており、背中から生えた翼も皮膜ではなく鳥のものによく似ている。その鋭い眼光や爪は、鷲を連想させる。現在飼育可能な竜の中で最も大きく、最も扱いが難しいのがベガ種だ。そしてリベさんはそのベガ種であるナスルを、自由自在に操ることが出来る。

 スペシャル・チルドレン計画は元々、空への移民に合わせて、空での活動に適合した【あらゆることが出来る子供】を生み出す計画であり、人と竜の関係性が強化されているのはその一環に過ぎない。だけど、結果的に焼き直しされた現在のスペシャル・チルドレンは被験者の万能性も保ちつつ、それぞれの長所を極端に強化されている被験者が多い。その最たる例がリベ・エイブルその人であり、ある意味でスペシャル・チルドレン計画の完成形でもある。故に僕は、彼女を軽蔑しているのだ。


「さ、ヨエク! いざ訓練訓練! あー、ヨエクと訓練するの久々すぎて超楽しみーわくわくしてきたー! 他の兵士じゃ全然張り合いなくってさー!」


 そう言ってリベさんはナスルの背に乗り、ポケットから髪留めを取り出して長い髪を束ねる。ゴーグルも、竜石も持っていない。彼女には必要ない。理由は、シンプルだ。彼女の両手の甲に、そして髪を上げたことで露わになるうなじに、その理由がはっきり見える。むき出しの”ソレ”がはっきりと見える。そう、竜石を持つ必要は無いんだ。何故なら彼女の体には、竜石が埋め込まれているのだから。


「さ! 準備オッケーだよ! ヨエクも早く!」

「分かってます。アズール、いくよ」

「キュイ!」


 先に飛び立ったリベさんとナスルを追いかけて、僕とアズールも飛び上がる。普通の動作、これは問題ない。僕とアズールのずれは、感じない。僕は顔を上げて、ナスリの体をじっと見まわす。

 リベさん自身だけじゃない。ナスルの体にも、その背中と、全身の数か所に竜石が直接埋め込まれている。竜乗りと竜、その双方の肉体に竜石を埋め込めば、双方の情報伝達速度は飛躍的に上昇し、指示と反応のラグは、限りなく小さくなる。竜乗りとしては最も理想的なあり方だ。でも、そのためにリベさんは、自らの体も、そして何より大切なパートナーの竜の体も、傷つけて、無理をさせてしまっている。お互いの体を大事にしていないのだ。僕はそれが、許せなかった。

 でも、それを言ってしまえば僕だって、アズールを危険な戦場に連れ出しているわけで、人のことを言えた立場じゃなくて。というか、リベさんがやってることは、結果的に自分と竜の生存率を上げるための行いなのだから、責める道理なんて僕には実際無い訳で。それでも許せないのは自分勝手というか勝手な価値観の押し付けだってことは分かってるし、それでも嫌悪感はどうしようもなくて。


「ヨエク、竜石の干渉で聞こえると思うけどさ、考え事なんかしながらだと、私普通にガチで撃墜しちゃうよ?」

「それは勘弁です」


 自己嫌悪はやめだ。考え事しながら訓練したって、何にもなりはしない。ちょうどいいじゃないか、最強の竜乗りリベさんを相手に、どれだけやれるか。実戦勘を取り戻すには、もってこいだろう!

 竜での攻撃が施設の建物に影響しないぐらい、建物から距離を取った僕たちは、上空で向かい合った。


「さぁ、ヨエク! いつでもいいよ! かかっておいで!」

「行きます!」


 竜石の干渉で聞こえるリベさんの声を受けて、僕はアズールを操ってナスルの方へと向かわせる。スピードを徐々に上げていく。ナスルは上昇しながらややゆったりと後退すると、翼を大きく広げた。その動きは知っている。ナスルが光の矢を放とうとするときの動きだ。果たして、ナスルの上には光の玉がいくつも出来上がる。……というか、その出力、実戦で使うレベルの魔力を感じるぞ!?


「お手柔らかにと言ったでしょうに!」

「任されないと、言ったよ! いっけー!」


 リベさんの声に合わせて、光の玉は光の矢へと形状を変えて、僕たちに襲い掛かってくる! しっかり見極めて、右、左、上、とかわしていくが、その瞬間だった。何度も方向転換を繰り返す中で、あの感覚に陥った。


「くっ……! 反応、してるのに!」


 僕の意識は、矢を捉えている。かわせる距離感も把握しているつもりだ。指示だってちゃんと出している。でも、そこにずれがある。アズールの回避行動は矢が当たるすれすれで、それのずれを受けて僕は次の行動を修正しなきゃいけない。これでは戦いどころじゃない!


「隙だらけだよ!」


 竜石の干渉を通すことなく聞こえてきたリベさんの声に気付いた僕は、ナスルに距離を詰められていたことに気付く。万事休すだ。


「どっかーん!」


 ナスルの長い尻尾で思いっきり叩きつけられたアズールの体は、軽く吹き飛ばされてしまう。僕は揺れる頭でも、機能しない三半規管でも、何とか周囲を見ながらアズールの魔力をコントロールし、姿勢を立て直す。いや、本当に手加減無しか! どういう神経してるんだあの人は!

 でも、こんなことぐらいで音を上げちゃダメだ。アズールと、僕との絆、もっと強いものにしなきゃ。もっと、強くならなくちゃ!


「いくぞアズール、もう一度――」

「終ー了ー!」

「……は?」

「終了! お疲れ!」

「いや、リベさん待ってください! 終了って、今始めたばっかりじゃないですか! なのに」

「だってこれ以上の訓練は無意味だもん。お互いに」

「無意味って、そんな」


 今の僕とアズールじゃ、リベさんの相手にすらならないって言うのかよ。何だよ、それ。


「あーごめんごめん言い方悪かったよー! ヨエクとアズールが悪いとかじゃなくて、いや実際調子悪そうだなーとは思ったんだけどそれで勝負にならないなとか思ったわけじゃないというか私たちだってほら調子悪いわけでお互い様だしそれは日ごろの体調管理というか自分との戦いというか、あれ何の話だったっけあーもうそんな表情しないでー! ほらーお詫びにさー、答え教えてあげるからー」

「え?」

「何か気づいたら教えてって言ってたじゃん? だから答え教えてあげようと思って」

「何か気づいたんですか?」

「気づいたよ。気付いたさ。私を誰だと思ってるの? 最強の竜乗り、リベ・エイブルよ!」


 自分で最強って言っちゃうあたり、リベさんだなーって感じだ。


「ヨエク、あんた竜に変身出来るようになったんでしょ? 見せてよ」

「は? なんで今――」

「スウケ! 竜石の干渉で聞こえていたでしょ! ヨエク変身させてもいいよね?」

「聞こえている! 真竜の力はレンジャーズ管理下に置かれている。正当な理由なく我々の一存で行えるものではない。ヨエクは謹慎中の身でもあるしな」

「謹慎中に訓練認めちゃってる時点でもう別にそれ関係なくない? 便宜上の建前でしょ?」

「そうはいかない。許可を得ればいいだけの話ではあるが、だからこそ許可は得なければならない。訓練に変身が必要なら後から仕切り直ししてくれ」

「はー、頭固いなー。しゃーないしゃーない。軍ってさー結局どこもそうだよねー。いいよー私もスロー調整だしオフみたいなもんだしー。わくわくの続きが先延ばしになっただけだしー」


 不貞腐れた感じでそう言うリベさんは、ナスルを操りながら地上へと降下していった。


「ほら、ヨエクも。仕切り直し仕切り直し」

「……はい」


 ここ来てからもうリベさんにペース握られまくっちゃってるな。なんで僕がこの人の指示で動かなきゃいけないんだ。

 地上に降り立ち、アズールに感謝を込めて一通り撫でまわした後、僕はリベさんのもとへと向かった。


「で、何が分かったんです? 僕が変身することにどんな意味が――」

「まーなんて言うか、こういう例って私も経験ないからぶっちゃけ憶測っていうか、分かんないんだけどさー」

「リベさんが予防線を張るなんて珍しい」

「張るよー全然張るー。的外れだったら超恥ずかしいもん。ハズってなるもん。だから全然張るよー。でも、気づいたなりに言わせてもらうとさ。多分ヨエクとアズールのずれって、感覚のずれっていうか、それもまぁそうなんだけど、それだけじゃないかなって感じしてさー」

「それだけじゃない?」

「私ほら、体に石入れてるじゃん? だからわかるんだけどさー、ヨエクって竜になったんでしょ? 見た目変わってないけど、その体、竜なんでしょ?」

「どうしてそれを」

「だから、体の石でわかるって言ったじゃん話聞こうよー」


 リベさんに話聞こうって言われるのは心外だ、世も末だ、僕も終わりだ。


「今私に失礼なこと思ったでしょ」

「続けてください」

「そうそう、でね。私石入ってるから、ヨエクの魔力、感じちゃうんだよね。そうそう、感じちゃうの! 感じちゃう!」

「言い方」

「こう、ぐわーっって、あー魔力湧いてるなー動いてるなーって。わかっちゃうんだよね」

「それが、何故僕とアズールの不調につながるんです?」

「それは私専門家じゃないから分かんないけどさー。何か干渉とかあったりとか? したりしなかったりするんじゃない? 竜石で竜の魔力を操ろうっていうのにさ、自分の魔力が邪魔しちゃったりさー。だからどっちかっていうと、その姿じゃなくて竜の姿で、竜同士魔力の感覚を確かめ合った方がいいんじゃないかなって思っただけなんだよねー」


 その時、僕ははっとした。思い出したのだ。聞いていたじゃないか、将軍を失って、幕僚会議を始める直前、出来た時間を使ってテザヤルさんと面会した時に、僕は確かに彼から聞いていたんだ。どうすればテザヤルさんのように、竜石を使わずに竜を操れるようになるのか、その答えを。言っていたじゃないか、真竜になって、アズールと触れ合ってみればいいと。

 テザヤルさんは、パートナーであるエール・ワカツこそ竜石で操っているが、多分、戦いぶりを見る限り補助程度に使っているだけだ。普段彼は、竜石を使わずとも三体の竜を同時に操ることが出来ている。

 もし、竜石を使わずにアレだけ操れれば、それは僕とアズールにとってプラスになる筈だ。その糸口が、僕が真竜になってアズールと触れ合うことだとすれば、リベさんの話は決して的外れじゃない。


「ありがとうございます、何か、今ので分かった気がします」

「本当! やったね私めっちゃ手柄じゃんやるーひゅーひゅーさすが最強の竜乗り!」

「それ自分で言ってて恥ずかしくないんですか」

「10年言い続けてたら恥ずかしくなくなったよ! さすがにね!」


 そうですか。

 そんなことは置いといて。


「置いておかれた」


 僕は外の訓練場でスウケさんに手当を受けているアズールを見ながら、小さく頷いた。僕と、アズールなら、きっとできるはず。僕は徐々に自分の自信を取り戻しつつあった。

 テザヤルさんの言葉、リベさんの言葉、僕を支えてくれるすべての人々、その力を受けて僕は今ここまで歩いてきた。そして、僕とアズールは、レンジャーズは、そしてこの戦いは、新たなステージへと突入する。

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