14 Self Confidence-焦燥-

 敵の真竜が将軍の命を奪い、僕がその真竜の命を奪ってしまったことで、コールズ・レンジャーズとザンクト・ツォルンの資源を争う小競り合いは、ついに命を奪い合う戦乱になってしまったことは、僕自身責任を感じているのは事実だけど、だけど今の僕は戦いで傷つけてしまったアズールのことで頭がいっぱいだった。


「どうですか?」


 僕を狙って襲撃してきた真竜マイアと、その応援に駆け付けた真竜ナイハトルことオークニー騎士団団長ワッハ・オークニーを退けた僕は、船に戻り一通り結果を船長やレンジャーズに報告した後、アズールの治療をしていたスウケさんに話を聞いていた。


「今は眠っている。転送は負担がかかるからこのまま港まで連れていくが、竜は元々回復力に優れているし、レグルス種は特に生命力に優れているからね。怪我はすぐ治るだろう」

「よかった」

「ところが、よくもないことが一つある」


 一瞬、安どの表情を浮かべかけた僕だけど、スウケさんの言葉にまた表情が曇る。


「よくないこと?」

「早い話が心の問題だ。アズールが今回のことで戦いへの不安、お前への不信、そういうのを抱いただろう。それがどの程度のものなのか、どう払しょくするか。考えなくてはならない」

「アズールが、僕を信じなくなる、そんな」

「乙女心ってのは、デリケートなんだよ」

「鉄人がよく言うぜ」


 何故か自慢げに乙女心を口にしたスウケさんの横を、先輩が鼻で笑いながら通り過ぎていった。


「その鉄人の尻に敷かれてる優男がよく言うね」

「そんな鉄人じゃなきゃ惚れてないからさ」


 ああもう、こういう時位のろけはやめてくれないかなこの人達。


「まぁでも、案外冗談でもないのさ。アズールに心のケアが必要かもしれない」

「アズールのことは、僕が一番よく分かってます」

「と、今でも胸を張って言えるかい?」

「……胸を張っては言えません。けど少なくても、スウケさんたちよりかは。というか、やっぱり僕自身が解決しなきゃいけない問題ですから」

「そういう傲慢さは、否定しないよ」

「でも、そのせいででアズールを傷つけてしまった」

「お前がその自身を失って、アズールと接することが出来なくなることが一番まずい事態だからな。それに今回のことは、私たちの責任でもある」


 スウケさんはアズールの看病をイニさんに任せると、僕を船内の休憩室に連れていく。休憩室の椅子に腰かけると、スウケさんは一つため息をついて僕に説明を始めてくれた。


「普段乗り慣れた竜とは異なる竜に乗ったとき、ギャップに悩むことは竜乗りにはよくあることだ。それはお前だって知ってるだろう」

「はい」

「だが、大概の竜乗りはギャップにすぐ慣れるし、事実お前だって普段はすぐギャップに気付いて修正できたはずだが、今回は出来なかった」

「アズールの調子が悪いのかとさえ思ってしまいました」

「つまり、ギャップが大きすぎたんだ。アイラムの感覚とアズールの感覚との差が大きすぎて、その差はギャップとしてではなくアズールの不調だと思い込んでしまった。エアカーでハイウェイを飛ばした後、一般道に下りるとすごく遅く感じるだろう?」

「スウケさんは、ハイウェイで飛ばすんですか?」

「話を戻そう」


 ちょっと気まずそうな表情を浮かべて、スウケさんは照れながらひとつ咳払いをする。なるほど、ギャップか。


「そうしたケアをするのも、私ら竜使いの仕事だ。管理を任せられているのだからな。だが、私も気づけなかった、というよりそういうところに気を配るのを疎かにしたってことになるな。正直、お前とアズールに限っては、そういうことが起こるとは思っていなかった。アズールの怪我の遠因は私にもある」

「そんな、出撃前に僕がイニさんの言葉に耳を傾けていれば」

「あの忙しい中、イニのあの話で気を付けられたら大したもんだ。ものの言い方と言うタイミングを学ぶ必要があるな」


 スウケさんに責任が無いのかと言えば、確かに言う通り責任はあるのだと思う。でも、彼女のせいでアズールがけがをしたとは思わないし、思えない。物事がおきてから、そんな都合のいい責任のなすりつけ方は、したくない。


「まぁ兎に角、アズールのケアをどうするかだ。だから聞くんだが、お前はどうしたい?」

「僕が、ですか?」

「お前は真竜の力に変身する力を手に入れた。アイラムという新たなパートナーも得ている。つまり、アズールがいなくても、戦う力は得ているわけだ。そんな状況で、大切なアズールを戦いに巻き込み続ける必要性はあるのかってことさ」

「それは、そう言われてしまうと」


 僕が口ごもるのを見て、スウケさんは即座にフォローしてきた。


「何も、アズールを戦いに巻き込むなって言いたいわけじゃない。竜使いである私がそれを否定するはずはないからね」

「分かってます、これは僕の問題です」


 スウケさんの今の提案は一聴には正論のようにも感じる。僕だって、アズールを巻き込みたくはない。だけど、巻き込みたくないとか、望んで巻き込もうとか、そういう話はすることじゃないことも、分かっている。スウケさんは分かって、僕を思って言ってくれただけだ。


「でもそれは、答えはもう出ています。今日の出撃が答えです」

「……そうだな、お前は今日、アイラムが来てから、そして自分の真竜の力を得てから、初めてアズールに乗って戦った」

「はい。今日のように、僕自身の魔力が切れて出撃できないことは今後もあります。戦術上や戦略上、キロアが出れないことだって。そういう時僕は、今まで通り竜に乗って戦わなきゃいけなくなるし、そうなれば僕は、正当な理由が無い限りは、アズールで出るんですよ。僕のパートナーは、アズール・ステラですから」

「人が竜を使役するのは、人の勝手だ。お前はそれを望んでも、アズールが拒めば」

「分かってもらう努力はしますが、無理強いはしません。それは、本望ではないですから」

「そうか。そうだな、お前はそこまで分かっていて、覚悟している男だよな」


 スウケさんは感心したようにやや大げさに首を縦に振った。褒められているのか、呆れられているのか。でも、僕にとって一番は、やっぱりアズールと一緒にいたいってことが大事だ。その一番に対して、僕はここ最近蔑ろにしてきた。そのツケが来たってことだ。だからこそ、やることはシンプルだ。アズールと、もう一度分かり合うこと。僕とアズールの波長をもう一度合わせること。うん、やるべきことは、分かっている。


「ふふっ」

「何です、スウケさん。突然笑って」

「すまない、ヨエク、お前を見ていると、スペシャル・チルドレンと言っても、普通の人間と同じ。結局こうして過ちや後悔を繰り返して、成長していくしかないっていうのを実感するよ」


 不意にスウケさんがそんなことを言うもんだから、僕は呆気にとられたけど、すぐに何かを感じて言葉を返した。


「とぼけたことを言わないでくださいよ。その苦労は、僕よりもスウケさんの方がわかってるじゃないですか」

「何をだ?」

「スペシャル・チルドレンの苦労を。だって、そうなんでしょう? スウケさんだって」

「気づいていたか」

「というか、気づいていない人の方が少ないと思いますよ」


 スウケ・オオトリは竜の転送や管理、育成を任せられている竜使いで、竜医としての知識も併せ持っており、通信機器の扱いにも長けていて、ジョナサン船長の船では畑違いの船内技師まで任せられていて、世界情勢にまで精通していて、ジョナサン船長のサポートまで勤めていて。そんな人が、スペシャル・チルドレンでなくて何だっていうんだ。


「自分から言ったことは無かったから、誰も知らないとは思ってたが」

「僕みたいにばれている以外は、普通開けっ広げにスペシャル・チルドレンであることを言ったりしないですからね。でも、これだけ仕事してれば、スペシャル・チルドレンのことを知ってる人なら誰だって、そうじゃないかって疑いますよ」

「仕事、し過ぎてたか。抑えてたつもりだったんだがな」

「こういうの、自覚しづらいですからね」

「お互いにな」

「僕はこの状況で初めて、自覚しましたけどね」


 僕がそういうとスウケさんは噴き出すように笑い出し「違いない」と呟いた。


「でも、スウケさんほどの人が何故、こんな警備隊にいるんです? あなたほどの人であれば」

「それは今、お前が聞きたいことか?」

「いえ、すみません。ちょっと思っただけです」

「事情っていうものは、大人にはあるものなのさ。そういうことはヨエク、賢いお前ならわかるだろう」


 スウケさんは笑いながらそう言った。わかる、わけではない。けど、スウケさんほどの人がこんなところにいるほどの事情が何なのか、察することは出来た。考えられるのはふたつ。エリート街道を進むはずがトラブルを起こしてここに流れ着いたのか。あるいは、そうここはユナイト、ノア、ザンクト・ツォルンと外敵と対面するガイストの最前線であるのだから、もしかすると――だとすればちゃんと聞くべきなのか。今後の信頼関係のためにも。


「買いかぶりですよ。スペシャル・チルドレンはエスパーじゃない。分からないから、僕は聞いたんです」

「安心しろ、警備隊やレンジャーズの不利益になるようなことは一切していないさ」


 組織の不利益になるような行為はしていない。それはつまり、スパイ活動ではないと言うことか。だとすれば、何が考えられる? スウケさんはスペシャル・チルドレンだ。それほどの人がわざわざ警備隊にいる理由。……いや、そうか。もっとシンプルに推測してもいいのかもしれない。スペシャル・チルドレンが警備隊にいるから、スペシャル・チルドレンが警備隊にいるのだ。


「それはつまり、僕の監視ってことですか?」

「エスパーではないのだろう?」

「状況から判断した、憶測ですよ」

「その鋭さはお前の武器さ、ヨエク。お前は知らないだろうが、私は幼いお前と【アトリ】で会っていてね。私もスペシャル・チルドレンだからね」


 不意に始まったスウケさんの昔話に、僕は戸惑った。

 【アトリ】と言うのは、僕が小さい頃に通っていた場所だ。そこで僕は、スペシャル・チルドレンとしての教育や訓練や、それ以外のことを受けた。


「すみません、覚えていなくて」

「覚えていなくて当然さ。私がまだお前ぐらいの年の時だ。将軍に連れられているお前と何度もすれ違ってるし、挨拶ぐらいはしている。私は18の時に、スペシャル・チルドレンとしての【調整】を終えて、ヤシマに帰ったが、事情があって25の時に【アトリ】に出戻った」

「3年前なら、僕はまだ軍学校にいました」

「そのころには将軍は、手塩にかけた孫が自分の思い描いた将来を目指していないことに気付いていたし、尊重しようとも考えていた。だから、【アトリ】に声がかかった。ヨエク・コールの監視とサポートを出来る人間をあてがえないかってね」

「聞く限り、過保護な祖父に思えてきました」


 将軍は僕のために、組織をそんな風に動かしていたのか。うれしい反面、かなり複雑だ。将軍の組織の私物化の一端を垣間見た気がした。


「別に過保護ってわけじゃないさ。お前の嫌う言い方をすれば、お前はプロジェクトの成果物だ。守ろうとするのは、当たり前のことだ。人と金が動いたのだから。私も勿論そうだ」

「だから、スウケさんが充てられたと」

「そういうことだ。秘密裏である必要性は無かったが、前もってお前に話してあれば、お前にとっては気分がいいものではないと思ったから、お前には何も話せずにいた」

「僕のことを、将軍や【アトリ】に報告を?」

「私からは【アトリ】に報告を上げていただけだ。近況報告をしている程度でな。私は私でお前の監視と言うのは二の次で、ここでの仕事を気に入ってここに来たのは嘘ではないんだ。そうでもなければ、こういう仕事に就けなかったし、何よりいい男も見つけたしな」

「それは、まぁ、楽しそうで何よりです」

「ああ、楽しんでいるさ」


 スウケさんはそう言って笑った。嘘はない、とは思う。実際、スウケさんが僕の監視をしていただなんてこれっぽっちも感じなかったし、実際のところ僕の監視と言っても、僕の状態や様子を見る程度なのだろう。ふと考えれば今日、僕が真竜として暴走しかけた時もスウケさんは先輩と共に文字通り飛んでやってきて僕を助けてくれた。あれは、僕の監視と言う側面もあっての行動だったんだな。


「と、話が長くなったな。到着すればお前はまた、忙しいのだろうな」

「アズールとの時間を、すぐにでも作りたいのが本音ですが」


 とはいえ、アズールは怪我でまだ寝ている。すぐには時間を作れないし、基地に戻ればまたレンジャーズのことを考えなきゃいけなくなる。後継者問題はまだ解決していないし、何よりやらなきゃいけないことだってある。


「落ち着いたら連絡くれれば、アズールとの訓練の申請はしておくよ」

「あの、その件なのですが。今話をしたから、お願いできることなのですが」

「何だ?」

「……【アトリ】に、連れてってくれませんか? 僕とアズールの状態が悪化しているのなら。ちゃんと確認したいんです」

「【調整】を受けるのか?」

「まさか。でも、闇雲に訓練したって駄目ですし、あそこなら必要なものがそろってる。それに万が一の時でも、他の誰にいじられるよりも、スウケさんなら僕は信頼できる」

「【アトリ】のスパイをか?」

「警備隊の仲間としてですよ。スウケさんのその立場に、偽りはないのでしょう?」

「それは誓える。分かった、手配しよう。だが、お前も忙しいし、私だってそうだ。すぐにはいけないぞ?」

「分かってます。3日後ぐらいにでも、調整できませんか?」

「任されよう」

「お願いします」


 こういう時、体が複数あればいいのにと本気で思う。アズールのことだって、レンジャーズのことだって、今の僕には何より重要なことなのに!

 スウケさんに挨拶をして休憩室から出た僕は、船の外へと出る。手すりにつかまりながら、遠くまで続く空を見る。日は落ち、東の空は夜の濃い青に色付いていく。


「アズールの色、ですね」


 そう言って声をかけてきたのは、キロアだった。


「お邪魔、してしまいましたか」

「いえ、大丈夫ですよ。キロアなら」

「アズール・ステラ。素敵な名前です。古い言葉で、それぞれ別の言語ですけど、繋げればその意味は青の星、ですよね」

「はい。ステラと言うのは、彼女の母の名から受け継いで。アズールは、彼女の姿を見た僕が名付けたんです。幼い頃は、今より鱗がもう少し鮮やかな青で」

「綺麗でした?」

「とても。僕のパートナーになると知って、飛んで喜びました」


 キロアは僕の横に並んで立ちながら、僕の話を聞く。


「アズールとは、ずっと一緒に過ごしてきたんですよね。素敵なことだと思います」

「はい、でも僕は、そんな彼女を傷つけてしまった」

「ヨエクは、何故警備隊に入ったのですか?」

「え」


 唐突な質問だった。キロアには、僕が警備隊に入隊した経緯は話したはずだけど。


「前も話しましたけど、将軍への反発で軍に入りたくなくて」

「ごめんなさい、聞き方が悪かったです。私が気になったのは、その選択肢が何故、警備隊だったのかって。他にも選択肢は、あったでしょう? あなたとアズールなら、何も他の選択肢は有ったんじゃないかって。配達員、レーサー、他の競技だって。どうしても戦いの道と言うのなら、闘竜の道だって」


 そう言えば、何故警備隊なのか、については確かにしゃべっていないかもしれない。僕はちらりとキロアを見た後、再び空を見ながらゆっくり口を開く。


「警備隊には、エイブラハム首長のコネが使えるからっていうのは大きかったんですけど、ただ僕は空を守りたいなと思った、からかもしれませんね」

「空を?」

「今の時代って、みんな領空主張しあってるでしょう? でも、空のどこにも線なんてありゃしない。それは陸だって海だって一緒なんですけど、でも、なんていうか、漠然として僕もうまく言えないんですけど、空ってもっと自由であるべきと言うか。空は誰のものでもあってほしくないけど。でもその空を、ガイストの空を、脅かされるようなことはもっと許せなかったんです。だから、僕は警備隊になった。だから本当は、レンジャーズでも、正規軍でもよかったんです。将軍のことが無ければ、軍に入っていたかもしれません」


 僕の話を、キロアは空を見ながら、そして時々僕の顔を見ながら、黙って聞いていた。喋る度に白い息が僕の口から洩れて、消えていく。


「すみません、一方的に」

「いえ、私の考えは前話しましたけど、ヨエクの考えはあまり聞けてませんでしたから」

「キロアのと違って、僕は目標とか目的とかじゃないから、漠然としていますけど」

「目指さないのですか?」

「何をです?」

「誰のものでもない空を、取り戻すことを」


 キロアはその紅の瞳でじっと僕のことを見てくる。漠然とした僕の考えに、しっかりと問いかけてくるキロアは、多分自分の考えに信念があるから言えるんだろうと思う。


「そんな、ただの絵空事です」

「無謀な夢を抱くことを、ヨエクは笑う?」

「キロアのことを、悪く言いはしませんよ」

「分かってます、でもそんな口ぶりだった」


 じっと僕を見ながらキロアはそんなことを言う。キロアの、竜をこの世界から異世界に返すという目標のことは、荒唐無稽だと僕は思っているけど、今は決してそれを否定しようとは思わない。キロアがそう信じているのだから、それを否定する理由は僕にないから。


「気に障ったのならごめんなさい。でも、本当にそういうつもりは無かったですよ。むしろはっきりとやるべきことが見えている、素晴らしいことです」

「ヨエクは、やるべきことが分からないままここにいるんですか?」

「今は、キロアを守ることが僕のやるべきことです。だからそう、そのためには、犠牲はつきものなのかもしれない」

「アズールの怪我を、そうやって納得させようとするのはずるいと思います。アズールが望むヨエクの姿は、そうじゃないですよ」

「分かった様な言い方をするんですね」


 僕は少し不満そうにキロアに向かってそう言った。僕とアズールに今溝ができてしまったのは否定のしようがないけど、アズールのことを分かった様な口ぶりで言われるのは、やっぱり面白くなかった。


「私だって、あなたに乗ってもらうパートナー、立場はアズールと同じですから、気持ちは分かりますよ。だから、ヨエク。アズールとは今まで通りまっすぐ向き合ってあげてください。アズールと歩むと決めたこの道を、否定しないであげてください。アズールが聞きたいのは、言い訳や、後悔や、そんな言葉じゃなく、自分の名を呼んでくれるあなたの声ですから」


 その言葉に、分かった様な口をきかれた腹立たしさは無かったわけじゃないけれど、不思議とストンと僕の心に落ちてきた。そうだな、そうかもしれない。


「ありがとうございます。ちょっと自信になるかもしれない」

「アズールとあなたの仲の良さは、私も好きですから。私も二人の元気の姿が見たいんです」


 キロアはそう言って笑顔で僕を見上げた。そうだ、弱音を吐いたって、そんな姿をアズールに見せたって、アズールを不安にさせてしまうだけだ。だからと言ってカラ元気はもっとダメだ。僕は、僕らしくアズールと向き合えばいい。分かってたつもりだけど、キロアの言葉で再確認できた気がする。

 そのあと僕とキロアは港に着くまでしばらく空を眺めながら、これまでのこと、これからのことをまた少し話をした。

 港に到着後、船から搬送されるアズールを眺めながら、僕はぐっと堪えていた。本当は病院まで付いて行ってあげたいところだけど、あいにく僕にはやるべきことがまだまだある。幕僚会議の続きがあるのだから。

 そう思って基地に向かう手はずと進めエアカーに乗り込むと、運転手を務めてくれるレンジャーズ兵士が声をかけてきた。


「ヨエクさん、お伝えしたいことが」

「何です?」

「基地の応接間に、将軍のご家族がお集まりです。ボアザ法務部長が現在対応していますが、幕僚会議の前にヨエクさんにもお越しいただきたいと」

「家族……そうか、父さんたち来たのか」

「はい、将軍の御子息、御息女がお見えになっています」

「分かりました」


 そう言った僕の顔は多分少し渋い顔だったんだろう。同乗したキロアは僕の顔を覗き込んで不思議そうに聞いてくる。


「将軍のご家族って、つまりヨエクの」

「僕の父と叔母と叔父ですね。父は三兄弟で」

「確か三人とも、民間企業に勤めていると」

「そうですね、あ、いや、真ん中の叔母だけは違いますね。今はガイスト本島で上院議員をしています」

「議員? すごいですね」

「そうですね、元々警察官だったらしいですけど」

「お父様はどんなお仕事をされてるんですか?」

「父ですか? 何か運送とかそういうような仕事だとか、そういうことを言っていたような気がします」


 急に歯切れが悪くなった僕に、キロアは首を傾げた。でも僕だって父の仕事を言うのを拒んでいるんじゃない。本当にこの程度のことしか言えないのが事実なんだ。


「……父とは、幼少のころから離れていて。正直あまりよく知らないんです」

「最後に会ったのは?」

「僕が軍学校に入る前。4年前だったと思います。卒業の時も、警備隊入隊の時も、父は来ませんでしたから」


 そんな父が今日は来ている。いや、そりゃあそうか。父にとっての父、将軍が死んだんだ。駆けつけて当然だろう。それさえも来なければ、僕は本当に父を軽蔑しかねない。

 僕らを乗せたエアカーは基地へと到着し、僕は兵士に連れられて家族の待つ応接間へと向かった。僕が応接間に入ると、将軍の3人の子供、つまり僕にとっての父、叔母、叔父が僕の方を見て僕の名を呼んだ。


「ヨエク! 久しぶりね、あはは! 大きくなって! いやーおっきくなって! ごはんちゃんと食べてる?」

「食べてますよ、大丈夫です。セニカ叔母さん」


 セニカ叔母さんは、さっきキロアにも話した通り、ガイスト本島で上院議員を務めている、コール家屈指の才女だ。……そして、父親の死を直面にしてもこの明るさで振る舞える性格の人だ。


「話は聞いてるわ。パパにレンジャーズの暫定司令押し付けられたんですって?」

「押し付けられたってそんな。ボアザさん、そこまでもう説明したんですか」

「はい、ソウグ様に説明を求められましたので」


 そう言ってボアザさんは奥のソファを見る。奥に座っていたのは、僕の父さんソウグ・コールだった。セットしているはずの髪は乱れ、表情もやつれているように見える。それもそうだ、実の父が死んだのだから。僕だって、取り乱してしまったのだから、実の肉親である父さんであればその絶望は、計り知れない。


「……随分と落ち着いた様子だな、ヨエク」

「4年ぶりに会った息子に、最初にかける言葉がそれですか」

「実の祖父が死んで、その態度かと聞いているんだ」

「肩を落として、涙を流し、頭を抱えれば満足ですか? 将軍は! 僕の……僕の目の前で!」

「やめやめ! 兄さんも、ヨエクも! ったく、似た者親子なんだから」


 僕がつい食って掛かるような勢いで父さんに詰め寄ろうとしたところを、セニカ叔母さんは制止してくれた。確かにセニカ叔母さんの言う通りだ、僕と父さんはこういうところは似ている。煽りに弱いくせに自分もつい相手を煽って、引っ込み付かなくなって。それでさっきアズールを危険な目に合わせたばかりじゃないか僕は。僕が、もっと落ち着かなきゃ。


「17歳の子供に、私設軍を託す親父もどうかしている。あの人が何を考えているのか、今でも分からない」

「そうおっしゃるなら何故、僕を【アトリ】に出したんです。将軍の言葉のまま、僕をスペシャル・チルドレンにしたのはあなたでしょうに」

「それとこれは別だ。私設軍の司令と言うのは、ゲームじゃないんだ。戦争をすることになるんだぞ」

「僕はその戦争を、しているんですよ! この手で敵も殺しました。……前線に出たことないあなたが、どの口で戦争を語るんです? 僕がどんな思いで命を懸けたと思って!」

「だから、やめなさいってヨエク! 兄さんも! キアシュ! あんたも何か言いなさいな!」

「ああもうだったら姉さんも静かにしてくれよ! 父さんが亡くなったっていうのに、あんたたちは!」

「私は別に関係ないでしょ! 湿っぽいのだってパパは好きじゃないわよ!」


 だめだ、僕も父さんを目の前にしてピリピリしてしまってるのかもしれない。僕の方から憎まれ口をきいている自覚はあるけど、つい止められない。父さんだって、キアシュ叔父さんだって、明るく振る舞ってるセニカ叔母さんだって、本当は心に余裕なんてないんだ。ある筈ないんだ。この状況下で。


「大体、私たちだってこんな言い争いしに集まったわけじゃないでしょ? ボアザさん、お話を進めて」

「かしこまりました。ご家族の皆様にはこれからヨエキア将軍の死後のことについて、お考えいただくことがいくつかあります。その中でも特に、レンジャーズとの関わりのある案件については、現レンジャーズ暫定司令であるヨエクさんとの折衝が必要でありますので、ヨエクさんもこの場にお呼びしました」

「僕と、父さんたちとで折衝を?」

「はい。コール家とレンジャーズ。その関係性と、今後についてでございます」


 ボアザさんの言葉に僕は唾を呑み込んだ。そうか、僕は今この場に、コール家の一員としてではなく、レンジャーズの代表として立っていることになるのか。そう気づいた瞬間、体が震えた気がした。

 アズールの怪我を心配する余裕を与えないかのように僕の身には課題が次々降りかかってきて、僕の焦りは募る一方だった。

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