15 Complete Defeat-挫折-

 戦いの中でアズールを傷つけてしまった僕は、彼女の看病に付き添いたい気分なんだけど、僕とレンジャーズを取り巻く環境はそれどころではなく、幾重にもなって僕にのしかかってくるのだった。


「今後の話、と言うのは具体的にどういう話をされるんです、ボアザさん」


 僕はボアザさんの方を見ながらそう問いかける。コール家とレンジャーズの関係性の今後。レンジャーズはそもそもコール家の私設部隊だ。ガイスト正規軍の兵器、人員、基地を元幕僚長である将軍の強権で強引に押収しレンジャーズを結成したのだから、今も昔も、その基本には大きな変わりはないはずだけれども、実態としてはコール家と言うよりも将軍個人の部隊であるとも捉えることもできる。だから、そのあたりの兼ね合いのことだろうか。


「レンジャーズの司令官に関しては暫定的にヨエクさんを立てることが、遺言で述べられていました。しかし、コール家との具体的な今後の関係性については、特段述べられていませんでした」

「レンジャーズはパパの部隊、つまりパパは司令官である前に、レンジャーズのオーナーでもあった。組織として見た時の話ね。で、そのパパがいなくなった、ならレンジャーズは誰の持ち物か? そういう話ってところで合ってるかしら」

「さすがセニカ様、お話が早い」


 そうか、僕が受け継いだのはあくまでレンジャーズの指揮権だ。それは遺言でそう述べられているからであって、レンジャーズ自体の所有権について語られていないのなら、僕はそれを受け継いでいないことになる。ボアザさんは僕たちの表情をそれぞれ確認した後、更に言葉を続けた。


「そして遺言にない以上、レンジャーズの所有権はヨエクさんではなく、ヨエキア将軍の第一子であるソウグ様に譲渡されることとなります」


 ボアザさんはそう告げて、父さんのことをじっと見つめた。父さんは疲れ切った表情のまま大きくため息をつき、睨み返すような表情でボアザさんを見ると、重い口を開き始めた。


「……つまり私が、例えばレンジャーズを解散すると言えば、直ちにそうすることもできる、そう捉えたが」

「父さん、何を!」

「例えばの話をしただけだ。レンジャーズの重要性は知っている。直ちに解散させるつもりは無い。だが親父を、ヨエキア・コールを失ったレンジャーズが、今後その重要性を維持できるのかは疑問でしかない。それに、それを任せるのがもともと組織に属していない17歳の子供だなどと、気が触れているとしか思えない。そのような折衝は、成立しない」


 父さんの言うことが分からなくはない。レンジャーズは将軍が作り上げた、将軍による、将軍の部隊だ。実際将軍と、ザッペ副司令が同時に亡くなったことで組織内はギスギスし始めているし、将軍というアイコンを失った今、支援者たちから今まで通り支援を受けて活動を続けられるかどうかも不透明だ。正規軍との裁判だってある。分かっている、課題は山積みだ。だけども。


「確かに僕自身、納得を仕切ってるわけではありません。でも、それら問題を解決するために、将軍は僕を暫定司令に据えたんです。その事実自体が、答えです」

「一警備隊員に、何が出来る。たかだか17歳の子供に」

「何もできやしませんよ、僕自身、僕一人では。将軍の、ヨエキア・コールの代わりになることすら。でも唯一、だからこそ、僕にできないならだれにならできるのか、誰にもできないならどうすれば出来るようになるのか、僕ならそれを考えることが出来る」

「親父の、スペシャル・チルドレンだからか?」

「それが将軍の教えだからです。考えろって、あの人はいつも言っていた」

「……親父は、いつもそうだった。考えろ、考えろって。だから私も、セニカも、キアシュも。それぞれが考え、それぞれの道を、それぞれ選び、それぞれで歩んだ」


 父さんはやや声のトーンを落としながら、そう言った後、口をつぐんだ。


「将軍が何を考えているか分からないと、父さんは言ったけれど。多分それはあの人と同じ立場で、あの人と同じ量考えてなきゃ、分からないと思うんです。誰も。僕だって同じことは出来ない。……できないから、それでもやっぱり考えて、やれることをやろうとしています。僕は将軍にそう教わりました」

「パパ、ほんと滅茶苦茶な人だからねー、どうしようもないっていうかさ、それに反発してよし見てろって思って、でかいことしようと思ったら私、こんな面倒な仕事しちゃってたし」

「兄さんと姉さんは、張り切り過ぎたんだよ、父さんに対して。意識しすぎてたというか」

「キアシュが一番、関係ないとこ行ったもんねー、飲食業界って」

「まず腹を満たすことが、平和への道だって、俺なりに真剣に考えたんだよ。父さんだって最初笑ったけど、お前らしいって、そう言ってくれた。考えた結果を、父さんはちゃんと認めてくれたから」


 それはセニカ叔母さんとキアシュ叔父さんの何気ない会話だけども、そうしたところから読み取れる、僕の知らない将軍の人間像は、自分の理想像を押し付けてくる傲慢さも感じるし、それと同時に相手の考える自分の理想像も最大限尊重する優しさも感じることが出来て、僕に対してだけじゃない、こうして実の子供である父さんたちにも、そしてきっとキヌアギアさんら部下たちも、直接指導を受けた人たちは将軍のそんな人柄を慕っていたんだ。

 そして、そんな風に慕われていた将軍は、もういない。

 僕が助けられなかったから。

 いや、ザンクト・ツォルンが、将軍を殺したからだ。


「将軍は、セブンスを、ガイストを、ひいては世界を守るために、常に考えてた人でした。一つ一つは強引で、滅茶苦茶でも、繋がるのはいつだってそこだった。だから、そう言う人を手にかけたザンクト・ツォルンの脅威を、野放しにはできませんし、彼らの脅威から人々を守るためにも、レンジャーズは必要な組織なんです。絶対的に」

「……あれほど軍隊を嫌っていたお前が、どういう変心だ」

「僕はただ、言いなりになりたくなかっただけです。多分、考えて行動することを、自分もしてみたかった。子供だったんですよ、軍隊に入らないって決断したのは15の時ですよ? でも、実際戦争に触れて、将軍を失って、考えて、考えて、考えて。腹を括ったんです。僕だって、僕みたいな若造がいつまでも組織のトップごっこをしていることに無理があるってことぐらいわかります。僕が任せられたのは多分、レンジャーズはコール家のものだっていう将軍なりのジェスチュアだったんじゃないかって、今は思います」


 僕が一気に、反論の隙を与えないように喋る様を父さんたちは黙って見ていたけど、僕がしゃべり終えるのを見て、父さんは呆れたように鼻で笑ったもんだから、僕はつい語気を強めて問いかける。


「何がおかしいんです」

「17のお前が、2年前の自分を子供と言うか」

「そりゃ今だって、子供かもしれませんけど。でも」

「ヨエク、確かにお前はその年齢で多くのことを経験し、多くの人と出会った。だがそれはお前の置かれた立場が恵まれたものであっただけで、お前の力ではない」

「自惚れてるって言いたいんですか?」

「恵まれていると言うことは、それだけ果たすべき責任も大きいと言うことだ。……無論それは、ヨエキア・コールの息子である、私もな」


 そう言って、父さんはおもむろに立ち上がると、ボアザさんの方へ二、三歩歩み寄る。


「コール家当主として、コールズ・レンジャーズ暫定司令官、ヨエク・コールとの折衝、正式にお受けする。この場で始めさせていただきたい」

「父さん……!」

「お前が、考えてものを語っていると知ったから、私にも考えがあることを示すだけだ。お前を暫定司令として認めたわけではない」


 そう語る父さんの姿は不思議と、さっきまでの落胆した様子からはいくらか元気を取り戻したかのようにも見えた。


「子供って、勝手に育つもんなんだなって実感したでしょ?」

「セニカ、何が言いたい」

「うちも息子19になるじゃない? 今日ヨエク見ていやーしっかりしてるなーって思ったけど、うちも息子も今学校にやって研究者目指し始めてて、あー子供って親が育ててるんじゃなくて、親は育つ手伝いをしてるんだなって、感慨深くてねー、キアシュもさっさと結婚しなさいよ」

「何で俺に飛び火するんだよ」

「孫の顔、見せてやれなかったんだからせめて早く結婚してあげないと、パパも浮かばれないわよ」

「余計なお世話だよ」


 僕は、小さなころはともかく、スペシャル・チルドレン計画に組み込まれてからは、父さんが父親らしい振る舞いをした記憶なんてないし、育ててもらったとは思ってないけど、でも、そうだよな。父さんが将軍のことを理解できなかったように、僕だって父さんのこと、理解できてないだけなのかもしれない。


「でもボアザさん、折衝って言っても、僕一人で決めれることには限界あります」

「そのための幕僚会議です。ご活用なさってください」


 ボアザさんの言葉を受けて、僕は椅子に座り、父さんたちと対峙する。ボアザさんがこちら側に座ってくれているとはいえ、身内とこういう形で向き合うのは緊張するものだった。


「ヨエクさんも皆様も、お時間がありますゆえ、今早急にお話しすることだけ、お伝えさせていただきます」


 ボアザさんはそう言って資料を片手に説明を始める。

 その内容は確かに、僕にしろ父さんにしろ、即決できる内容は少なかった。基地をはじめとする土地の所有権や、組織としてのレンジャーズの規模の維持の是非、竜や各種兵器の扱い、更には将軍が抱えていたもろもろの裁判をどうするか。その一つ一つに対して僕は父さんと意見を交わしながら、今後の在り方を考えていく。親子と言う立場を超えて、僕はレンジャーズの人間として、父と言葉を交える。それまで親子としての会話は元々少なかったけど、やっぱり複雑な気分になった。


「分かってはいたが、即決できない問題ばかりだな」


 父さんも、頭を抱えながら嘆くようにつぶやいた。実の父を失って、感傷に浸る猶予さえ、与えられていないのだから、強い父さんと言っても心労は計り知れない。


「あ、そうだ。私からもいい?」


 そう言って唐突に手を上げたのはセニカ叔母さんだった。ここまでのやり取りでセニカ叔母さんは、突っ込んだ質問をしたりする場面もあったけど、自ら何か主張したり意見することは無かったけど、いったい何を話すつもりだろう。


「先の話ももちろん大事だけどさ、もうすぐ差し迫ることについてもちゃんと話しとかなきゃいけないと思うの」

「何の話です?」

「葬式よ、パパの! ガイストの英雄よ? 家族でひっそりやりますってわけには、いかないでしょ?」

「セニカお前何を言ってる」

「大事な話よ! そうでしょう? パパほどの人よ」


 一瞬、何もこんな時にそんな話をしなくてもと思いかけたが、確かに大事な話だ。


「だが、盛大に行えばいいというものでもないだろう」

「だから、ガイストの英雄よ? ガイストとして追悼式典をやったっていいぐらいだわ」

「……親父の死を、政治利用するつもりか?」

「DPGの議員の立場として答えるなら、そう言われる覚悟はできてるわ。でも、それだけ価値があることよ」


 DPGは、セニカ叔母さんが所属する保守政党、ガイスト民主党の通称だ。確かにあの党なら、国威発揚のためならそういう手段も取り得るだろう。でも、ことはそう単純じゃないはずだ。


「セニカ叔母さん、確かにそれは重要なことですが。今話した通り、将軍はガイスト正規軍とレンジャーズの関係を巡って本島とは対立しています。かつての英雄とはいえ、DPGにだって、保守層にだって……むしろ保守層こそ、良い感情を抱いてない方も多いのでは?」

「天秤にかけても、DPGとしてのプライドや面目を捨ててでも、やる価値はある。私はそう思ってるわ。ヨエキア・コールの娘としてでなく、DPGの議員としてね」

「島民の理解を得づらいと思いますよ」

「支持は割れるでしょうね。覚悟はしているわ」

「……なら、僕も覚悟を決めます。その案を、まるっとレンジャーズに譲っていただけませんか?」

「ヨエク、お前まで何を言っているっ」


 父さんがやや強めの口調でそう言うけれど、僕はそちらを見ることなく、じっとセニカ叔母さんを見つめる。叔母さんはにたりと笑いながら、僕に対して大人の女性らしい口調で、だけどとげとげしく、僕の顔を覗き込みながら言葉をかけてくる。


「いけしゃあしゃあと、言うわね。かわいい甥っ子の頼み、聞いてあげたいところだけど」

「なら、取引を」

「ないない、ないわ! 当主である兄さんが反対しない限り、私はDPGに提案を出すわ。取り下げには応じるつもりは無いの」

「前線になるのはセブンスです。本島がやったって、セブンスでの効果は薄いですよ」

「セブンスの都合と本島の都合、天秤にかけてみる?」

「そんな言い方、中央にしか価値がないみたいに!」

「元幕僚長ヨエキア・コールに、そして何よりガイスト建立の父エイブラハム・ウェイブ。彼らをはじめとする要人が余生を過ごすために、作り上げた理想郷。それがセブンス・サテライトスカイル」

「セニカ叔母さんは、本気でそれを言っているんですか……!?」

「私はパパのことも、エイブおじさんのことも分かってる。そんな人達じゃないって。でも、本島での彼らに対する心証はいいものではないわ。……レンジャーズ設立は、クーデターとまで言われている」


 セニカ叔母さんがそう語る目は、とても寂しそうなものだった。常に明るく、賑やかで、やかましいぐらいであるこの人でも、こんな表情をするんだと、正直に思った。多分、今彼女の口から出てきた将軍やエイブラハム首長に対する意見は、彼女が実際に議員として言われたことなのだろう。クーデター、か。レンジャーズを設立して勝手に自衛を始めたのだから、クーデターとはニュアンスは違うのだけれども、そういう風にとらえられてもおかしくない状況ではあるのもまた事実だ。


「そんな状況なら、なおさら追悼式典なんて」

「そんな状況だからこそよ! 政府が持ち上げれば、メディアは良いも悪いも含めパパを取り上げてくれる。人々の心に改めて、パパのことが刻まれる。パパが70年、何を求め、何と戦い、どう生きて、……どう死んだか。知ってもらいたいのよ。多くの人に。そして考えてもらいたいの。どのようにして平和を勝ち取って、どのように失うのか。答えがないことだからこそ、考えてほしいのよ。私たちに対してそうだったように、世界の人々も考えて行動し、未来を切り開くこと、きっとパパはそれを望んでいると思うわ」


 セニカ叔母さんの言葉にじっと聞き入っていた僕は、彼女が話し終えた後も何も言葉が出てこなかった。

 完敗だ。僕の準備不足だ。多分セニカ叔母さんはこれを言う覚悟でここに乗り込んできてたんだ。僕は甘かった、レンジャーズの暫定司令としてこの場に望まなきゃいけなかったのに、僕は結局、父さんとどう折り合いをつけるかに意識が集中していて、セニカ叔母さんがこんなことを言うだなんて考えていなかった。それは多分、父さんもそうだ。上院議員である彼女の立場を考えれば、そういう話をしてきたっておかしくなかったんだ。


「どう、兄さん? 反対する?」

「セニカ、お前の真の狙いは、何だ? ガイストを二分させて、混乱させるつもりか?」

「兄さんは私がDPGとしてメリットがないことをするのが納得いかない?」

「私の質問には答えるべきだし、答える気が無いならそれでも構わない」

「言うわ。理由は二つ。一つは本当に、みんなに平和について考えてほしいと言うこと。その気持ちに偽りはないわ。もう一つは、勿論、私の地位向上のためよ」


 なんでも正直にしゃべるのが、セニカ叔母さんのいいところであり悪いところでもあるけど、本人が一瞬躊躇するぐらい、確かに正直すぎる理由だった。


「勿論これは博打よ。それでDPGが追い込まれれば私は失職する。提案した私は戦犯。二度と議会の床を踏むことは無いわ。でも、コール家のため、パパのため、みんなのため、そして何よりかにより自分のため! 私はもっと上の立場に立ちたいの!」

「なら、上に立つ人間として、仮にもガイストを構成するサテライトのうちの一つの、自衛を司る私設軍の司令官殿を前にして、その意見を無下にするようなことは、よもやしないだろうな」


 父さんはそう言って僕の方を見た。表情は硬いままだったけど、どこかその顔は「後はお前の力次第だ」とでも言いたげだった。助け舟を僕に出したつもりか。なら僕も心の中で言っておくべきかもしれない。「ありがとう」って。


「ったく、兄さんも結局甘いんだから」

「セニカ叔母さん……いえ、セニカ・コール・トラスト上院議員。あなたの主張、お考え。よく理解しましたし、僕もお話を聞いて、納得しました。それに取り付く島もない。レンジャーズとして追悼式典をするという主張は、取り下げます。この件であなたを説き伏せは出来なさそうです」

「この件で、とはっきり言ったわね。何か交換条件を出す? 私にはレンジャーズの主張を呑むメリットは無いわ」

「そんなことはありませんよ。将軍が抱えている今の裁判。僕たちの望みは解決させることですけど、でもそれをこじれさせ、将軍の心証をさらに悪化させることだって容易にできるんです。そうなれば追悼式典も、そのあとのあなたの立場も、良いものにはならない」

「ヨエク、なるほど。パパの息がかかってるだけあって……論理が滅茶苦茶ね」

「褒め言葉として受け取ります」


 分かっている。準備をして喋ったセニカ叔母さんと違って、僕は今レンジャーズとして、レンジャーズのために、セニカ叔母さんと準備なしに対等に言葉で渡り合おうとしている。考えろヨエク、滅茶苦茶でもいい、相手の論理の隙をつけ、こちらの隙はこの際、いくら見せたって構いやしないんだ!


「すでにレンジャーズが担う防衛は、セブンスだけにとどまりません。ザンクト・ツォルンという明確な脅威が、既にフィフスを実効支配し、そしてセブンスまでその魔の手を伸ばしているこの状況で。レンジャーズと正規軍が一枚岩ではないというのは彼らにとってつけ入る大きな隙となってしまいます」

「混乱を起こせば、彼らに付け入る隙を与えると?」

「その通りですが、僕が主張したいのは何も、今混乱を起こすなと言うことではありません。僕は政治家じゃありませんから、そのあたりのことは分からないふりをします」

「じゃあ、手短に聞くわ。ヨエク、あんたの望みは何?」

「僕を、トゥイアメ・バルトロメウ幕僚長に引き合わせてください」


 そうだヨエク、冷静になって考えるんだ。今目の前に、上院議員がいる。身内が議員と言う、分かりやすいコネクションがある。それを利用しないでどうするつもりだ。


「トゥイアメ幕僚長に会って、どうするつもり? まさか和解でもするつもりなの?」

「これは、父さんたちが将軍の息子で、コール家のオーナーだからと信じて、お話しますが。僕はレンジャーズの次期司令官に、トゥイアメ幕僚長を引き抜くつもりです」

「……ふふ、ははは! なるほどね! 私はパパの娘だし、ヨエク、あんたはパパの孫だわ! 今すごく納得がいったもの!」


 うーん、褒められていないなこれは。でも、僕が冗談を言っていないことも、僕の目を見てセニカ叔母さんも分かっているはずだ。彼女の目も、笑ってない。


「セニカ上院議員、僕は本気ですよ」

「分かってる分かってる。本気だから、私を選んだんでしょう? でも、私だってたかだか二期目の議員よ? 直接のパイプなんてないわ。それにヨエクなら、使えるコネ他にもあるでしょ? レンジャーズの何とかって幹部さんとか、そう、何を言ったってエイブおじさんだっているじゃない」

「彼らには彼らで頼ります。でも、つながりが多いに越したことはない」

「じゃあなぜ私を利用するの?」

「セニカ上院議員に、叔母さんに正規軍とのパイプや、レンジャーズとのパイプを持っておいてほしいからですよ。コール家としてだけでなく、セブンスと本島、その橋渡し役もコール家が担う……それは僕にとって、レンジャーズにとって、都合のいいことですから」


 支離滅裂だとは、我ながら思っている。でも多分、セニカ叔母さんの性格を考えれば、今僕がとるべき態度はこれで間違っていないと思う。理屈に整合性が通っているかじゃない。セニカ叔母さんと対等であるには、セニカ叔母さんと同じように自分の立場と状況に応じて、その瞬間で言えるべき範囲のことの中で、一番正直なことを、はっきりと言うことだ。

 僕は、というよりレンジャーズは、今将軍を失って窮地に立たされている。だからこそ利用できることは何でも利用したい。藁にも縋る思いだ。

 と言う姿勢を見せておけば、多分セニカおばさんなら。


「そういう正直に言うの、好きよ。……とでも言うと思った?」


 ……見透かされていたか。あからさま過ぎただろうか。


「ま、でもいいわ。エイブおじさんのつてもあるし、防衛省長官もうちの党から出している。エイブおじさんにも私から話をしてみるわ。私みたいな若手議員がどこまで使えるか分からないけど、それでも構わない?」

「あなたでも、謙遜するんですね」

「ただの保険よ、失敗したら格好悪いもの」

「でも、いいんですか?」

「逆に聞きたいぐらいよ、追悼式典をレンジャーズでやることをあっさり諦めることに対して、トゥイアメ幕僚長に会うことが両天秤だとは思わないわ。私を頼らなくたって、ヨエクなら会えたでしょ。コネクションを作れるぐらいのことで釣り合ってるとは思えない」

「追悼式典をレンジャーズでやれない以上、追悼式典をやろうとするあなたを敵に回せないだけですよ」

「敵に回したくない、理由があるのね」

「レンジャーズにとっても、利用できることは利用したいですから」

「ふふ、いいわ。今度詳しく聞いてあげる。でもトゥイアメ幕僚長との会談、いつがいい?」

「僕はどちらにしても、【アトリ】に行くため本島にわたる予定でした。出来れば追悼式典前にはお会いしたい」

「……そうね、なんとなく魂胆も見えてきたけど、分かったわ。かわいい甥っ子の頼み、聞いてあげるわ」


 そう言ってセニカ叔母さんは笑った。

 だけど、僕は内心悔しい思いでいっぱいだった。今日対峙したワッハ・オークニーも真竜として僕より一枚上手だったし、マイアにはアズールをやられてしまった。口でのやり取りには自信があったけど、よりにもよって身内に負けてしまった。

 僕は、まだまだなんだ。周囲に求められていることに対して、僕の力が全く追いついていない。訓練だって、勉強だって、ずっとやって、必死でやってるのに。どうしてうまくいかないんだ!

 話を終えた僕はもやもやとした感情を抱えたままボアザさんと共に応接室を後にして、幕僚会議のため幹部たちが待つ会議室へと向かおうとした、その時だった。


「ヨエク、ちょっと待ってくれ」


 呼び止めたのは父さんだった。僕は振り返って首を傾げた。


「まだ何かありましたか?」

「本島に行くのなら、家にもちゃんと寄るんだぞ。母さんもルッキも、寂しがっている」

「分かってます。僕だって、家族のことは家族だと思ってますから。僕だって、分かってるんですよ……」


 その会話は短くて、余計なお世話で、僕は自分への苛立ちで穏やかではなかったのだけれども、父さんが僕にかけてくれた久々の、父親らしい言葉で、その言葉を受け止めようとすると、僕は、何だろう、この胸の締め付けられる感じは。


「……ヨエク?」

「分かってるんですよ、僕だって……将軍は……僕が、僕があの時敵を仕留めていれば……もっと早く襲撃に気付いてれば、僕は、将軍を、守れたのに。アズールだって、僕は、僕だって、出来ることをやってきて、セニカ叔母さんがすごいのは知ってるけど、でも、もっとちゃんと話せると思って、父さんとだって、もっといろいろ言いたいことがあって、こんなはずじゃなくて、何も、何で……何でなんだよ……僕だって、こんなにやって! なのに、なのにもう……どうしろって……うぅ、ぁぁあっ……!」


 考えて、考えて、考えて。でも、時に余裕で、時に焦りで、考えた通りに物事はうまくいかなくて。こんなに何もかもうまくいかないなんて、初めてで。忙しくして、立ち止まる余裕さえ自分から奪えば、心の痛みから逃げれると思っていたのに。

 僕は今、膝を床についたまま立ち上がれず、頬を伝うものを止めることもできず。ただ自分の無力さを噛みしめることしかできなかった。


「どうしたらいいか、それを考えるのが、親父の教えだったろう。……だが、歩みを止めて、過去を後悔するななんて、私にも言えはしない。物事は大体うまくいかず、その度自分の考えの浅はかさに打ちひしがれるんだ。……でも、立ち止まってもいい、それでも、その道を選んだのなら本当に諦める瞬間まで、諦めるな。それでも、考えて、考えて、考え続けるんだ。お前が親父に……ヨエキア・コールの死に報いたいのなら。……だから、辛い時ぐらい、家族に頼るんだ。お前も私も、そういうのは昔から下手くそだったからな」

「父さん、僕は、僕は……あぁぁぁぁっ……!」


 父さんに抱き寄せられて僕は、しばらくの間力なく泣き続けることしかできなかった。

 時計の針はいつの間にか12を過ぎて、長い一日が終わりまた新しい一日が始まっていた。

 将軍ヨエキア・コールは死んだ。

 だけども僕は、立ち止まっていることなんてできはしない。レンジャーズだってそうだ。僕たちはそれでも、自分の成すべきことを成さなければならない。時間が経って気持ちを落ち着かせた僕は、先ほどの戦闘の混乱を収束させたレンジャーズの幹部たちと共に幕僚会議の続きに臨んだ。その場で僕は追悼式典の話とトゥイアメ幕僚長の話を幹部たちに伝えた。


「随分と譲歩してしまったな。実の家族相手に手が緩んだんじゃないのか?」


 厳しい指摘をしてきたのは、やっぱりロヘナ南方師団長だった。


「そう疑われても仕方のない内容だとは思っています。それでも、我々だって政権与党を敵には回せませんから。将軍という絶対的なアイコンが無い以上、対外的に強気の姿勢は続けられません。だからこそのトゥイアメ幕僚長なのです」

「簡単に言うが、あの方は手ごわいぞ。お前を言いくるめた叔母なんて、あの方に比べれば小娘以下だ」

「ロヘナさんがそこまで仰るほどの方であれば、なおのこと僕は、トゥイアメ幕僚長にレンジャーズをお任せしたくなりました。彼であれば皆さんも、指揮官としてご納得いただけますよね」

「本当に連れてくることが出来るのであれば、だがな」

「連れてきてみせます。暫定司令として、最初で最後の大勝負です」


 分かってる。大見得を切ったって得になんてなりはしない。それでも、僕は自分を奮い立たせるためにもそう言うしかなかった。

 キロアを守りたい、その単純な僕の決意は、僕と周囲のあらゆるものを巻き込んで、大きなうねりとなって今僕に襲い掛かってきている。そのうねりに打ち勝つために、アズールとの絆を取り戻すために、トゥイアメ幕僚長の協力を得るために、僕はガイスト本島へと向かう。

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