13 Wacher Orkney-騎士-
将軍を失ったレンジャーズに対して三度襲撃を仕掛けてきたザンクト・ツォルン。だけどその真の目的は、敵の真竜の仇である僕を討つことだった。敵の挑発に乗ってしまった僕はかっとなって無謀に飛び出し、アズールにけがをさせてしまったのだから、後退するしかないのだった。
「ヨエク・コール、アズール・ステラ、ビービー・ショック、着艦許可を!」
「OKだ! 入れ!」
アズールにけがをさせてしまった僕は、戦闘を真竜サドゥイに変身したテザヤルさんに、その監視を先輩に任せて、飛行船へと戻ってきた。翼と尻尾を怪我し、魔力のコントロールが不安定になったためうまく飛べないアズールのために、テザヤルさんの竜の一体ビービーの力を借りながら。
「手当をする! イニ、準備を!」
僕がアズールから飛び降りるさなか、スウケさんがそう叫んだ。デッキには、心配してかキロアも駆けつけてきた。
「アズール、アズール! しっかりするんだ、アズール!」
「ヨエク、あなたは怪我は!?」
「僕はいいから、アズールを、僕のせいで、アズール!」
僕はアズールに寄り添いながら、彼女の名を何度も叫ぶ。僕のせいだ、僕が、冷静になれなかったせいで、こんなことになってしまった。
「イニ、何をしてるんだい! 早く!」
スウケさんが、もう一度叫ぶ。ふと見ると、イニさんは治療の準備をせずに、僕の横に立っていた。
「イニさん、僕は」
僕が、イニさんに声をかけようとした瞬間、僕はバチンと言う大きな音と共に右頬に激しい痛みを感じ、同時に視界が揺れた。イニさんの平手が、僕の頬を強くはたいたのだ。
その瞬間、スウケさんも、キロアも、にわかに押し黙った。イニさんの手は、震えていた。イニさんは僕をキッと睨み付けるけれど、すぐにその目は悲しそうな目に変わって、視線を落とした。そして絞り出すように言葉を発する。
「ごめん、なさい。さっき私が、ちゃんと、自分の不安を伝えていれば。ヨエクくんの感覚が真竜に慣れて、アズールと合わないんじゃないかって、すっと言えれば、私……ごめんなさい……!」
平手打ちをしたのは、僕に対しての怒りだろう。アズールを危険な目に合わせてしまった僕のことを、無謀な戦い方をしてしまった僕を、叱ってくれたんだろう。僕の慢心が、驕りが、イニさんを追い詰めてしまってる。イニさんが責任を感じる必要性なんて全くないのに。
「イニさんが、謝ることじゃないんです。悪いのは……僕だから、僕が、アズールを」
「でも、私が、私がもっと、ちゃんと、ヨエクくんに言えてれば」
「そんな話より、手を動かせイニ! アズールを助けたかったらな! 後悔は後でも出来るが、治療は今しかできないんだ!」
スウケさんの言葉が、僕たちに向けられる。そうだ、後悔している場合じゃない。
「あの、僕も何かできることは」
「私に乗ってください、ヨエク」
そう言ったのは、スウケさんじゃなくてキロアだった。
「キロア、でもアズールが、それに、指示も」
「なら許可をもらってください。サドゥイの魔力は長く持ちません。万が一に備えても、私の出撃を進言してください」
「キロアは、命を狙われているんですよ!」
「それはあなただって同じでしょう! それなら、私たちが出れば囮にもなります。そう進言してください!」
「……わかりました」
僕はキロアに促されるまま、デッキ内の通信端末を手に取り、ブリッジと通信する。
「こちらデッキ、ヨエクです」
「ブリッジ、ケリアです。どうぞ」
「船長と話を」
「代わります」
ケリアさんがそう言って数秒後、船長の声が聞こえてきた。
「ヨエクか、酷いやられようだったな」
「単刀直入に言います。アイラムで再出撃させてください」
「さっきの今だ。お前が戦えるのか?」
「先輩とテザヤルさんのフォローが必要です。ソキアバさんやギアビさんが出るより、僕が出た方が」
「重ねての命令違反と判断ミス、さすがの俺でも看過できない」
「敵の狙いは僕です。そして始祖竜アイラムも。囮の動きならできます」
「だめだ、出すわけにはいかない」
「でも!」
「ヨエク、ブリッジに来い。アイラムには待機するよう釘を打て」
「わかり、ました」
通信が切れた後、僕はキロアの方を見る。
「待機だと、船長が」
「私は、レンジャーズでも警備隊でもないんですよ」
「分かってください、総合的な判断です。それに僕だって納得はしてませんから、僕は船長と話し合ってきます」
キロアにそう告げて、僕は船内を駆け足で移動し、ブリッジへと入った。
「船長」
「ヨエク、アイラムを戦場に送り込むことを躊躇ってたのはお前だろう。何故こんな話をした」
「それがいいと、そう思ったからです」
「進言するだけ、マシにはなったと思うべきか。あるいはアイラムの言われるがままなのか。どちらにしても、進言する姿勢を取っただけ進歩だな。実戦でそれを理解できたってことは、恵まれてると割り切るんだな」
「代償が、大きかったと思います」
「将軍の死ほどではないさ。あえてお前の癇に障る言い方をすれば、な」
将軍はカセキさんの映し出す疑似竜石の索敵によるレーダー映像と戦況報告、ケリアさんが整理するレンジャーズからの作戦指示を映像装置に映し出して状況を把握しながら、僕と会話を続けた。
「実害が出なければ、出勤停止で済むだろう。その間に頭を冷やすんだな。レンジャーズをどうするか決めきってなお、余裕のある休暇だろう」
「こんな状況で、落ち着いて休むだなんて」
「こんな状況だから、落ち着いて休めと言ってるんだ。お前は必要とされている人材だ。だから、今のお前じゃダメだってことだ。さすがのお前でも、背負うものが多すぎたんだ。ちゃんと整理しろ。幸い、今見る限りゾアスアはうまくサドゥイを乗りこなしている。お前抜きでもやれなければ、うちにもレンジャーズにも後は無いしな。だからお前は今は、頭を冷やせ」
「そうも言ってられないみたいですよ……船長! 敵増援! しかも、大きい! 真竜です!」
「何だってからに!」
索敵を担当するカセキさんの、敵増援の報告に船長は驚きの声を上げた。映像装置を確認する。確かにサイズも魔力も大きい竜が、戦闘空域に近づいてきている。
「やっこさんはどれぐらいで来る?」
「3分前後 ……いや、もっと早い!」
「チッ、ケリア、レンジャーズと通信! カセキも通信に回れ! ギアビ、代わりに索敵に入れ! 状況は逐一上げろ! ソキアバは出撃待機!」
映し出される真竜の接近速度は、確かに早い。もし本当に増援であれば、真竜は一対二。魔力が残り少ないテザヤルさんでは、しのぎ切れない。僕は大きな声で呼びかける!
「船長! この状況でも!」
「わかってる! レンジャーズには俺から指示を仰ぐ! だが出撃を逸るな、アイラムにも伝えろ!」
「任されて!」
僕はそう答えると、急いでブリッジから後方デッキへと移動する。僕が到着すると、キロアが慌てた表情で僕に声をかけてきた。
「ヨエク! 真竜の気配を感じます!」
「だから戻ってきたんです! 索敵で数1!」
「やはり……出撃するんですよね!?」
「今船長がレンジャーズに聞いてます」
「一刻を争っているんですよ! 間に合わなかったら、どうするんです!」
「だからこそ、言い争ってる場合じゃないんですよ、準備はしてください! 変身を!」
僕に言われてキロアは少し不満げな顔を浮かべながらも、デッキの端まで歩いていく。眼下には時々雲が流れていく。デッキに流れ込む風は恐ろしく冷たい。僕はもう慣れたけど、キロアは少し震えていた。僕は船内用の通信端末でブリッジに連絡をする。
「こちらデッキ、ヨエクです! キロアを変身させます!」
「カセキです。周囲確認……障害物なし。敵影なし。クリア! どうぞ!」
「キロア、変身してください!」
「はい!」
キロアはそう言って両手を広げると、重心を前へと傾けそのまま雲の流れる空へと落ちていく。僕はデッキ袖の手すりにしがみつきながら、眼下を眺める。飛び降りたキロアの体からはすぐに稲妻のような光が放たれ、瞬く間に彼女のシルエットが可憐な少女のものから、純白の美しい羽毛を持った巨大なドラゴンへと変貌を遂げた。
始祖竜アイラムに変身したキロアは、再び浮かび上がり船の速度に合わせながらぴったり船の真後ろやや下を飛び始める。僕が飛び乗るには、十分な距離を確保しながら。
「キロア、行きますよ!」
『どうぞ!』
頭の中にキロアの声が響いたのを確認して、僕は片手で竜石を抱えながらデッキから飛び出す。そして空いてる手でアイラムの体にしがみつく。短い距離とはいえ、高高度で命綱なしの飛び移りは、やっぱり肝が冷える。僕は竜石をアイラムの背中に押し付ける。そして魔力をコントロールし、竜石と僕の体を魔力でアイラムに固定する。
「っ、よし。アイラム、調子はどうです」
『いつでも、任せてください』
「了解です。船長、竜石の干渉で聞こえますね? 準備完了です!」
「聞こえている。今レンジャーズも体制を整えている。もう少し待て!」
僕は改めてゴーグルの位置を直し、グローブの感触を確かめて、周囲を見渡して。どうも、落ち着かない。こうしている間にもサドゥイの魔力は減り、敵の増援は接近しつつあるのに!
「船長!」
「逸るなと言った!」
「でも!」
「……ヨエク、レンジャーズの体制が整った! 出撃を許可する! 敵増援を、撃墜しろ!」
「任されて! ヨエク・コール、始祖竜アイラム!」
『キロア・ハート!』
「でます!」
僕は竜石でアイラムを操って、高度を少し下げ船から距離を取ると、一気に加速してサドゥイとマイアが戦っている空域を目指す。
『アイラム、今からはこっちで話しかけます。サドゥイの魔力は?』
『もって数分です』
『僕らが行っても、二対一になりかねないか――』
『でも、行くしかありませんよ!』
『分かってます!』
弱気なことを言ったって駄目だ。むしろ僕が弱気でどうする。多分、僕は少し怯えているのかもしれない。さっき僕は初めて、自分の命の危機を感じた。いや、自分の命だけじゃない。竜を操って戦うってことは、自分が乗っている竜の命もあずかっているってことなんだ。僕が操作を誤れば、竜の命を奪ってしまうこともある。アズールだって、アイラムだって。
それは凄く当たり前のことのはずなのに、どこか実感を持てていなかった。そして今、実感を持ってしまったから僕は、怯えてしまったんだ。僕の攻撃は敵の命を奪い、僕のミスは味方の、そして自分の命を奪う。
これが、戦争なんだ――。
『大丈夫ですよ、ヨエク』
『キロア』
『アズールは強い子ですから。あなたが一番知ってるでしょう? あなたが信じてあげることです』
『そう、ですね。ありがとうキロア』
そうだ、あの位の傷でどうにかなるようなやわな子じゃない。アズールは、僕の大好きなアズールは、こんなことでやられたりしない。僕が、迷ってどうする!
『ヨエク! 敵の魔力が、強く!』
『加速した!? あちらも気づいたか!』
『サドゥイと敵を視認しました! ……援軍も! 間に合うかどうか!』
『間に合わせる!』
僕は竜石を操って、アイラムのスピードを限界まで加速させる。アイラムを操るその感覚に、違和感はない。
「先輩! 竜石の干渉で聞こえていますね! 敵増援です!」
「聞こえている、そして把握している! すまん、立ち回り切れない! 防御を!」
「任されて!」
先輩が乗るサドゥイは、敵の真竜マイアの拡散するブレスに手を焼いてか、誘導されるように敵増援に背中を向ける位置取りになってしまっていた。そして、敵の増援――目視するかぎり、僕の変身した姿エリフに似た、紅い竜がまさに先輩に向けて炎のブレスを放つ瞬間! マイアもまた拡散するブレスを放ち、挟撃にあったサドゥイは万事休す! でも!
「やら、せるかぁぁぁっ!」
僕はアイラムを操って下から回り込むように、サドゥイと敵増援の間に入り込むと、移動中から事前に展開を始めていた魔力の壁をアイラムとサドゥイを包むように、張り巡らせる! ぶつかり合う魔力で激しい光と音が僕たちの周りを包み込むけど、間に合った! 僕も、先輩も、サドゥイも、アイラムも、今の攻撃で傷一つ無い!
「ふぅ、ひやひやしたぜ。ありがとな、ヨエク!」
「アイラムの魔力のおかげです。それにまだこれからですよ、先輩!」
『貴様に助けられる日が来るとはな、アイラム!』
『私はただ、あなたにも、誰にも、死んでほしくないんです、サドゥイ!』
純白の真竜と漆黒の真竜。追われる者と追う者。相反する二匹の竜は今、互いの背中を預けながら相手の名を叫んだ。敵対していると言っても、直前まで研究者と被験者だった二人だ。その仲は、その信頼は、道を違えても簡単に失われるものなんかじゃないんだ。そうして僕は無意識のうちに、軽くした唇を噛んでいた。
『ノナクの仇、のこのこと……!』
『逸るな、エルオア同志! 我々が逸る必要は無いのだ!』
『その名を呼ぶな、ナイハトル! 真竜の名を持つ者は、真竜の名で呼び合うのが聖者の掟だ!』
『かような掟、私には関係ないな!』
警戒しながら周囲の確認と、レンジャーズの部隊到着を待つ僕らを挟んで、ザンクト・ツォルンの真竜2体は言い争いを始めた。えっと、エルオアと言うのがマイアの人間としての名で、ナイハトルと言うのがあの紅い真竜の名だろうか。というより、増援できた紅い真竜は、本当にザンクト・ツォルンなのか? 聖者の言葉に従わないザンクト・ツォルンなんているのか。
『こちらはセブンス警備隊ヨエク・コール! 紅い真竜、聞こえていますね! ここはセブンスの領空です! どこの誰か名乗りなさい!』
『この声、始祖竜アイラムの乗り手……オルア同志をやった真竜か! いいだろう、私は名乗ろう!』
ナイハトルと呼ばれた紅い真竜は仰々しくポーズを取りながら、高らかに名乗りを上げる。名乗ってくれるんだ。っていうか、オルア同志って誰だ? ノナクのことか?
『我が名はワッハ・オークニー! 誇り高きノアのオークニー騎士団の団長である!』
「ワッハ!? ワッハ・オークニーだって!?」
「ヨエク、今何と言った!」
「船長、紅い真竜はワッハ・オークニーです! "あの"ワッハ・オークニーですよ!」
「何!? オークニー騎士団が出奔したとは報道でも言われていたが!」
船長が驚くのも無理はない。"あの"ワッハ・オークニーなのだから。
ノアはガイストから見て北西に位置する人工飛行島だ。今でも昔ながらの王国制を取っており、女王が統治する珍しい島だ。サテライト・スカイルも持たず、一島だけで構成される小さな国ではあるけど、歴史も長く国力も高い。セブンスとは主張する領空が重なっていることもあってお隣同士関係は良いものとは言えないけれど、ザンクト・ツォルンという共通の脅威に対しては共闘する姿勢を取っていた。
だから、ノアでも特に歴史があるオークニー騎士団がザンクト・ツォルンに下ったという報道は驚きをもって世界を駆け巡った。その話題の騎士団の団長が今目の前にいるのだ。真竜の姿で。
『ヨエク・コールと言ったな、貴公はかのヨエキア・コールの親族か?』
『ヨエキアは、僕の祖父です』
冷静になれ、ヨエク・コール。相手が挑発してきたって、乗っちゃだめだ。それで僕は失敗してるじゃないか。頭では自分にそう言い聞かせるけれど、指は自然と竜石をなぞり、アイラムにいつでも飛び掛かれる姿勢を取らせていた。
『惜しい英雄を亡くしたものだ、一国の防衛を築き上げた男の最期が、かほどあっけないものだというのは、私とて寂しさを覚えるものだ』
『何を言っている、殺したのはあんたらザンクト・ツォルンでしょうに!』
『全くである、協力者として甚だ遺憾な作戦だった。我らオークニー騎士団に任せてもらえていれば、正々堂々とした英雄の死にふさわしい最期を迎えさせることが出来たというのに!』
『こいつっ!』
『ヨエク、落ち着いて!』
僕はその指で、アイラムに飛び掛からせる指示をする直前だった。けど、そのアイラム自身の呼びかけで僕は何とか自分を制止できた。……だが、まずい。立て続けの挑発。しかも露骨に、明確に、僕を狙って、僕の性格を知って煽ってきている。マイアに限らず、ザンクト・ツォルンに僕のことが知られ、僕のことを研究し、僕を倒そうとして来ているのか、組織として。
『始祖竜アイラム、聡明で勇敢なお姫様だ。だが、その志が、その無知が、己を殺すのだ』
『私を、脅すつもりですか?』
『脅す? 私はただ、事実を述べてみただけだ』
僕と違ってキロアが安易な挑発に乗るとは思えないけど、キロアもザンクト・ツォルンが自分を偽物呼ばわりする真相は気になっている。何か聞き出そうとして相手のペースに乗せられてしまうかもしれないし、事実ワッハは先ほどから会話を仕掛けてきて僕らの注意をそらそうとしているようにも取れる。
「ヨエク、竜石の干渉で聞こえるな? 今どういう状況だ?」
そう竜石の干渉で問いかけてきたのは先輩だった。そうか、この場にいる中で、先輩だけ真竜同士の会話が聞こえていないのか。自然に会話できてしまっていたから忘れていた。
「聞こえます、先輩。多分、時間を使われています」
「何故待つ必要がある?」
「多分消耗を待ってます。アイラムの魔力の壁を見て、瞬時に自分の攻撃が通用しないことを察したのでしょう。だから戦力を少しでも削ろうと」
「サドゥイの限界に気付かれている?」
「おそらく。でも、こちらから動いても、隙を作ってしまう」
「厄介だな」
そう、だけど、だからこそ隙を作って状況を打破するしかない。でも、にらみをきかされている僕とアイラムも、先輩とサドゥイも、下手に動くことが出来ない。攻撃しようと魔力の壁を解いて、一斉射撃でも受けてしまえば、アイラムと言えどもただじゃすまない。
でも、隙さえ作れれば。たとえサドゥイが限界に来ても、アイラムを覚醒させてあの四足の姿に変身させれば、真竜二体相手でも十分に戦えるだろう。その隙さえ、作れれば。
『……そのつもりだから、ここまで黙って、様子を見ながら、集中していたんでしょう? テザヤルさん!』
『私の竜は、賢いからな!』
次の瞬間、テザヤルさんの操る竜が、ワッハこと紅い真竜ナイハトルの死角から飛び出し一斉に襲い掛かる。
『ふん、気づいていたさ! 黒い真竜が操っていた二体の竜が、攻撃の後気配を消していたことも! 私を狙っていたことも!』
ナイハトルは腕を一振りすると、二体の竜が放ったブレスを簡単に掻き消し、更に彼らに向かって爆炎を放った。二体の竜がそれをかわす隙に、サドゥイは一気にナイハトルとの距離を詰め、得意の光の鞭で動きを拘束しようとするが。
『その程度で、私を止められるものかっ!』
素早くかわし、逆に光の鞭につかみかかり、爆炎を放って消滅させる! この真竜、本当に強い!
『二体の竜で、この私の隙をつく発想、悪くはない。だが、その程度で敗れる私ではないわっ!』
『違う、ナイハトル! 奴が、黒い奴が操る竜は! 二体ではない……後ろだぁぁっ!』
『何っ!?』
マイアの叫び声を受けてナイハトルははっと振り返る。襲い掛かろうとしていたのは、アズールを助けるために一時戦線を離脱させていた、テザヤルさんの第三の竜ビービー・ショックだ! 再出撃後、隙を伺うために気配を消させて待機させていたのだ。
『だが、竜では真竜に、勝てんよ!』
『勝つ必要は無いのだ。この瞬間、貴様も、マイアというそこの真竜も、集中をそらしてくれたこの一瞬が作れたのなら、私たちは貴様に勝つ必要が無いのだ。……あとは任せたぞ! ヨエク、アイラム!』
『任されてぇ!』
そう言ってサドゥイの体から魔力は霧散し、テザヤルさんの姿に戻っていく。テザヤルさんはそのままパートナーであるエール・ワカツに、先輩はポイズナを船に戻してしまっていたため、臨時でテザヤルさんの竜であるグラナダ・ベルに乗り移った。
テザヤルさんと、その竜たちが作ってくれた一瞬の隙は、僕たちにとって十分なものだった。。そのわずかな一瞬、ナイハトルもマイアも、その視線はナイハトルに襲い掛かる竜たちに向けられていて、彼らは僕とアイラムを見ていなかった。ナイハトルはすぐに事態を呑み込んで、慌てて僕らの姿を探して近づこうとしたけど、三体の竜が邪魔をして僕たちに近づけない。そしてその隙に僕たちは、戦う覚悟を決める。
『あの時以来ですが、やってくれますね? アイラム!』
『任されます! 体の制御を、私に!』
『従います!』
竜石を操って、魔力の制御をアイラムに委ねる。その瞬間、アイラムの体から眩い光が放たれながら、そのフォルムが変化を始める。
『更に変身する……!? オルア同志をやったやつと同じ、四足の姿か!』
『確かに四足で、獰猛で、野蛮なケダモノの姿ではあるが、無粋な呼び方はやめてもらいたいな。あれにも呼び名はあるのだ。真竜の真竜たる姿、エウルト。アイラム・エウルトだ!』
エール・ワカツに乗ってナイハトルとマイアの動きをけん制しながら、テザヤルさんはそう叫んだ。
アイラムの姿は光の中で完全に変わっていた。純白の美しい羽毛はそのままに、後ろ足の踵は伸びて四足にふさわしい体躯となり、爪も牙も鋭く伸びている。鋭い眼光も、雄々しい姿勢も、まさに竜そのものだ。これがアイラムの竜としての本当の姿、アイラム・エウルト!
『ヨエク……後ハ……任セマス……!』
『任されて!』
四足となったアイラムこと、アイラム・エウルトの魔力を確認しながら、僕はゆっくりと指で竜石に触れる。そして、小さく呼吸をして、一気に、ナイハトルに近づく!
『これが、始祖竜の、速さか!』
『遅い!』
驚きの声を上げるナイハトルに対して、僕は攻撃の手を緩めない。右へ飛んで、左へ飛んで、ナイハトルを翻弄し、ヒットアンドアウェイで確実にダメージを与えていく。特別な攻撃方法を持たず、ブレスは強すぎて打てないアイラム・エウルトの戦い方はまさに獣そのものだけど、その圧倒的速さの前では優れた真竜でさえ反撃もできはしない。
『ケダモノめ……ナイハトルから離れろ!』
『やめろ、エルオア同志! 私が……引き付けていたというのに!』
ナイハトル、というよりワッハ・オークニーはやはり、若くして騎士団の団長を務めるだけあって、戦い方を知っている人だ。僕の付け焼刃の、やや分かりやすい戦い方は彼にはお見通しだったようだ。でも、それも織り込み済みだ。ナイハトルに気付かれても、マイアに気付かれていなかったのなら、自画自賛だけど僕の戦い方は及第点だ。僕はアイラムの向きを急転させ、一瞬の動揺で隙を作ったナイハトルに蹴りを入れて距離を取る。更にその勢いでマイアとの距離を一気に詰める!
『こ、こいつ! 偽物の、始祖竜を騙る偽物の分際で……そんな!』
『お前が、ザンクト・ツォルンが! 始祖竜を、アイラムを……キロアを語るなぁぁぁっ!』
マイアは何度も何度も、その口から拡散するブレスを放つ。しかし、光速のブレスを完全に見切って、僕とアイラムはマイアに接近していく。そしてアイラムはその口を大きく開き、マイアの首筋目がけて飛び込む!
『私が、そんな……聖者よ慈悲を……助けて、ノナク……!』
まさに噛みつくかどうかという、その瞬間だった。アイラムの魔力と、マイアの間に何か魔力の違和感を感じた僕は咄嗟にアイラムの口を閉じさせて、スピードを落とす。その瞬間、アイラムとマイアの間で小さな、そしてたくさんの爆炎が一気に広がった! 間一髪避け切った僕は、マイアを見る。かすかに火傷したようだが、ダメージはほとんどない様だ。そして今度は、ナイハトルの方を見る。三体もの竜を相手取っていたナイハトルだったが、一瞬の隙をついてこちらに加勢したようだ。
『綺麗な顔に火傷を負わせたことは詫びよう、エルオア同志。だが、悪く思わんでいただきたい。アイラムに噛みつかれ、同志の真竜の力を奪われるわけにはいかなかったのだ』
『ナイハトル……恩を着せたつもりか!』
『同志は守る! それが騎士の誇りだ!』
比較しての話だけど、戦いの経験が薄そうで、かつ能力が厄介なマイアから先に無力化すれば状況を打破できるだろうと考えたけれど、そうはうまくいかなかった。ナイハトルの能力は爆炎だと分かっていたけど、触れていなくても放てるとは見切れなかった。というより、戦っている時は意図的に触れた時だけ爆炎を放っていたのか。僕にそう意識づけさせるために。
『だが同時に、騎士道に反してでも、宿願成就のために、成すべきことを成す……撤退をする! 来るのだエルオア同志!』
『逃がすか、ワッハ・オークニー!』
ナイハトルは無数の爆炎を周囲に張り巡らせて、視界をくらませようとする。僕はアイラムの周りに魔力の壁を形成し、爆炎をものともせず突っ込んでいく。僕だって炎の竜だ。この程度の炎なんて怖くはない。だが煙が晴れた瞬間、逃げたと思っていたナイハトルがすぐ目の前にいて、僕は思わず驚いてしまう。
『爆炎だけが、我が能力と思うな!』
『しまった!』
ナイハトルの手にはいつの間にか、巨大な剣のようなものが握られていて、それをアイラムに向かって振りかざそうとしていた! アイラムは素早く身を翻してその攻撃をかわすけど、その隙にマイアは大分遠い位置まで離脱されてしまう。ならば、せめてナイハトルだけでも!
「逃がすものか!」
「追う必要は無い! ヨエク!」
「船長!? でも!」
竜石の干渉で聞こえてきたのは、船長の声だった。でも、ここで逃がしてしまえば、ナイハトルとマイアはまた僕たちを襲ってくる。ホテルの襲撃の時にノナクを見逃してしまったことで、将軍は命を落としてしまったんだ! ここで彼らを逃がしてしまっては、また被害が出てしまう! あの時と違って、アイラムの魔力は十分に残っているというのに!
「奴らの撤退先に、もう一体真竜の存在を感知した。ホテルの時と同じ、あの速い真竜だ。機動力だけならアイラムに匹敵するやつを、追いかけるのは無理だ」
「くっ……」
船長の言っていることが納得できたから、なお悔しかった。アイラムの魔力は十分残っている。今日なら彼らを追いかけきることだってできるはずだ。でも、追いかけ続ければ間違いなくザンクト・ツォルンの、フィフスの【領空】に入ることになる。おそらく彼らの拠点までずっと追いかけることになるだろう。そこまで追いかけられるのは高い機動性を誇るアイラムだけだし、一匹だけで敵の領空に突入するだなんてこと、普通は出来やしない。
「分かりました、従います」
「素直だな、だがそれでさっきのミスが消えるわけじゃないぞ」
「分かってますよ」
僕は船長との会話を終えると、深くため息をついた。
『ヨエク……戦イ、終ワッタ?』
『あぁ、ごめん。元に戻って大丈夫ですよ』
僕は竜石を操作してアイラムの魔力を制御する。魔力の流れを十分に抑え込んだところで、制御をアイラムに返すと、その姿は光を放ちながら四足の姿から二足の姿へ、アイラム・エウルトからアイラムの姿へと戻っていく。
『……っ、ふぅ……何とか、戦えましたね』
『はい、キロアのおかげです』
『私は、私自身は、何もできませんから』
『違いますよ、キロアがいたから、みんなの命が守れたんです。テザヤルさんの命だって』
そう、アイラムの力が無ければ、先輩とテザヤルさんを見殺しにしてしまう状況だったし、そうなればあのワッハが他の竜や飛行船に襲い掛かってくることだってあり得たし、もっと多くの命が失われていたかもしれない。
「大丈夫か、ヨエク」
「はい、先輩も御無事で」
「なんとかな。しかし、真竜の操縦はあんなにピーキーなんだな。半分以上奴任せだったが、暴走させないので精いっぱいだった」
そう言って先輩は、テザヤルさんを指さした。
「テザヤルさんも、ありがとうございました」
「ふん、繰り返し言うが、あくまでアイラムのための協力に過ぎないのだ。肝に銘じておけ」
「分かってますよ」
分かっている。テザヤルさんの目的は、アイラムの奪還。そしてそのためにアイラム抹殺を企むザンクト・ツォルンの脅威からアイラムを守ろうとしているに過ぎない。
でも、今気づいた。自分が追う側に立って、初めてそこに気が回って考えることが出来たのだけれども、わざわざ領空侵犯を犯してでも、相手を追いかけることは重大なリスクを孕んでいて、実際に僕はそのリスクを取ることを選ばなかったけど、実際の話としてテザヤルさんは、アイラム奪還のために、単身このセブンスの領空に乗り込んできたのだ。
それだけアイラムの存在が重大だから、そう思っていたから特に気にも留めなかったけど、改めて考えればそれを差し引いても、現にこうしてテザヤルさんが置かれている状況を考えるとやはりリスクが大きすぎるし、実際捕まるまでテザヤルさんがそのことを全く想像していなかったというのも考えにくい。
だとすれば、テザヤルさんは、初めからリスク覚悟でアイラムを追っていた? いやあるいは、この状況まで含めて最初から織り込み済みだった? 考え出すと、テザヤルさんが気味が悪いほどあっさり手のひらを返してきたことさえ、何か意味があるような気がしてきた。どうするヨエク、聞くべきなのか。聞くべきことなのかこれは!
「何を呆けている、ヨエク・コール。帰投するぞ」
「は、はい!」
って何故僕が、テザヤルさんの指示に従っているんだか。僕は小さく溜息をついた。
やっぱりまだまだ、考えなきゃいけないことは山のようにあるのだなと考えさせられたけど、とりあえずまた一つ、僕たちは危機を乗り越えることが出来たのだから、今は素直に安堵すべきだろう。
「帰りましょう、セブンスへ!」
ザンクト・ツォルンとオークニー騎士団、その共闘が僕たちレンジャーズに与える影響の大きさぐらい、僕にだって考えぐらいつくものだけれども、肝心の僕は自分がけがをさせてしまったアズールのことで頭がいっぱいで、それどころではないのだった。
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