12 Her Aim-復讐-

 相次いだザンクト・ツォルンの襲撃によって多くのものを失った僕とレンジャーズは、それでも次の戦いに備えて幕僚会議を開催していた。だけどそんな時でさえ、ザンクト・ツォルンは手を緩めてはくれないのだから、僕たちも反撃のためにはなりふりを構ってはいられないのだった。


「船長!」

「ヨエクか! 状況は聞いている!」


 基地に警報が鳴り響く中、僕はレンジャーズの兵士にエアカーで港まで送ってもらい、監視船で待機していたジョナサン・ウェイブ船長に声をかけた。


「北方師団からうちに協力要請が来ている、お前の指示か?」

「まさか、僕にそんな権限はありませんよ。ムグエド師団長の指示です」

「ムグエド師団長? 師団長はキヌアギアじゃないのか?」

「細かい事情は追って。作戦の確認をお願いします」

「分かった、ブリッジに来い」


 ザンクト・ツォルンが占拠しているフィフスから、竜が三体接近してきている。昨日はホテルを、今日は基地を襲撃したばかりだというのに、ザンクト・ツォルンは立て続けにセブンスを狙ってくるのか。あるいはノナクの嘆いていた応援、救援が今頃来たというのだろうか。いや、さすがに時間が空きすぎている。ならば、なぜわざわざこちらに警戒させるような接近の仕方をしてくるのだろうか。

 ブリッジに着くと、いつものクルーとキロアが待っていた。ゾアスア先輩は僕を見て、僕の頭に手を当てながら話しかけてくる。


「どうだった、司令官殿?」

「からかわないでください。別に何か、特別なことをしたわけじゃないですから」

「お前が特別じゃないって思っていても、お前の存在や行動は特別なんだ、いい加減わかれって」

「わかっていないわけでは、ないですけど」


 僕は身体を少し引いて、先輩の手から距離を取った。僕は船長の方を見て声をかける。


「現状は? それとうちへの指示は」

「三体は変わらずこっちに向かってる。襲撃か陽動か分からんが、襲撃と見ている」

「陽動の可能性は?」

「さっきの今だ。陽動をかけるなら先の基地襲撃の時にやってたはずだ。襲撃する理由も見当たらないが、陽動の線は考えにくい」


 基地を襲撃し、僕の祖父である将軍を手にかけたザンクト・ツォルン。襲撃している映像まで撮影し、世界に公開するほど周到に行われた後で、わざわざもう一度同じことをしようとする理由は見当たらない。


「僕が倒した、ノナクと言う竜は、倒れる前に援軍や救援が来ないことを嘆いていました。その可能性は」

「わざわざご丁寧に映像まで撮影していて、その救援が数時間後の今着きましたってことはないだろう。フィフスからセブンスまでだって、そこまで時間はかからない」


 だとすれば、今回の襲撃は何なんだ? また、アイラムの暗殺か? いや、それだってこんな堂々と襲撃してくるのはおかしい話だ。


「ともかく。うちからはウォベ船長の部隊が警備にあたっていて、間もなく接触するはずだ」

「ウォベさんところってことは、スアノアさんたちが出るんですか?」

「そうなるな、あくまで警告を出すだけだが、万が一戦闘になれば、ウォベ船長の部隊は後退し、レンジャーズとうちが出る。ヨエク、ゾアスア、お前たちに出てもらう」


 そう言って船長は僕と先輩の方を見た。


「相手がただの竜三体なら、俺らの出番はあるのか? レンジャーズが適任でしょう?」


 先輩の問いかけに、船長は小さくうなずいた。


「そうだ。レンジャーズからは二個小隊を出す」

「二個小隊、つまり竜八体。敵三体に対して、随分と攻勢ですね」

「レンジャーズも警戒していると言うことだろうし、面目もある。基地をいいようにやられて、これ以上後は無いだろうしな。それで決着がつくなら、うちは出番はないさ。俺らだって、一応まだただの民間人だ」

「そんなに出して大丈夫でしょうか。陽動の可能性だって」

「本体を引きずり出して、真竜がもぐりこんで基地を叩く。あり得る話だ。だが言った通り、陽動の線は捨てだ。レンジャーズとしての賭けってことだ」

「賭け、か。危なっかしい状況が続くな」

「今向かってきてる奴らも、真竜が相手ならどのみちレンジャーズと言えども太刀打ちできない。だから、真竜との交戦経験のある、ヨエクとゾアスアの力が必要だ」

「ヨエクはともかく、俺の力っつっても、一回交戦しただけですよ。そんなにレンジャーズの連中と変わりゃしないでしょう」

「一回ってのは、でかいぞ」


 船長はにやりと笑って、言葉を続けた。


「それに、今回はヨエクだって条件は同じだ。そうだろう?」

「はい、僕も基地での戦闘で魔力は使い切ってます。変身できないわけじゃないですが、何秒持つかどうか」

「じゃあ、どうするんだ? 真竜には真竜でしか太刀打ちできないんだろう?」


 先輩の問いに対して、僕は小さくうなずく。


「はい、なので今回は……というか今回も、力を借りるつもりです……お願いできますね、テザヤルさん」


 そう言って僕は扉の向こうまで来ていた捕虜、真竜サドゥイことテザヤルさんを呼び込んだ。テザヤルさんはレンジャーズの兵士に拘束されたままつれられる形でブリッジに入ってくる。


「サドゥイ! どうしてあなたが!」

「聞くなら、ヨエク・コールに聞くのだな」


 驚きの表情を浮かべたのはキロアだった。


「ヨエク、どういうことです!?」

「この間のホテルの時と同じです。テザヤルさんの力を借りるんですよ」

「サドゥイの力を借りることは分かってます! 私だって割り切りました! でも、サドゥイだって真竜の力は今無いのですよ! それなのに!」

「だから、キロア。テザヤルさんに真竜の力を授けてほしいのです。真竜サドゥイとしての力をもう一度」

「ヨエク、あなたなんてことを! それがどういう意味か、サドゥイが私を連れ戻そうとしているってことを、分かっていて!」


 キロアは困惑の表情を浮かべながら、大きな声で僕に問いかけてくる。分かっていないわけじゃない。サドゥイの目的は、始祖竜アイラムであるキロアを連れ戻すことだ。


「私が出ます! 私はまだ、魔力が十分残ってます! だから!」

「自分の立場を分かってください! キロアは命を狙われてるんですよ!」

「ならばなおさら、私自身が戦わなくては! サドゥイに力を戻しても、長時間は戦えません! 私だってご迷惑をかけてばかりじゃ!」

「必要であれば、出撃の指示もあります!」

「私は、軍人ではないのに指示に従う所以は無いはずです!」

「そんな屁理屈を言って!」

「非常事態に喧嘩しなさんなお二人さん!」


 言い争いをする僕とキロアの間に船長が止めに入る。


「ま、まずいです! ウォベ船長の船が、戦闘を開始しました!」

「戦闘!? スアノアが先走ったか!」


 通信オペレーターであるケリアさんの報告に、船長は驚きの声を上げる。僕が言えた口ではないけれど、警備隊の仕事は戦闘じゃない。あくまで警備だし、今回の指示も領空侵犯に対する警告だったはずだ。


「カセキ! 状況は!」

「疑似竜石も反応! 所属不明が数3で間違いありません! アダーラ一体とウェズン二体! 真竜ではありません! スアノアさんとムタキさんが出てます! レンジャーズの二個小隊も今出ました!」

「ケリア! 竜石の干渉は!」

「ウォベ船と交信可能です!」

「ウォベに状況を聞け!」


 船長の指示で、ケリアさんがウォベ船長との通信を試みる。


「ヨエク、アイラム、サドゥイ。結論を急げ。相手が真竜になれば、すぐ出てもらうことになるぞ!」

「分かってます! キロア、テザヤルさん、あっちで話を」


 渋るキロアをブリッジの外に連れ出して、僕は再びキロアと向かい合って話をする。


「キロア、君の力が必要な時は、ちゃんと頼ります。でも、今はテザヤルさんの力を借りる時なんです」

「ヨエク、冷静になって。……あなた、おかしくなってる」

「……レンジャーズの偉い人にも、狂ってるって言われましたよ。でも、肉親の命を奪われて、その相手の命を奪って。それでおかしくならない方が、よっぽどおかしいですよ」


 キロアはさらに何か言葉が喉まで出かかっていたようだったけど、それを呑み込んだ。


「勿論、テザヤルさんに真竜の力を返せば、キロアを連れ去ろうとするかもしれません。だから、僕がしっかり抑止力になります。だからキロア。僕を信じてほしい。君の目的のために、僕とテザヤルさんを利用すべきだ」

「そんな言い方をしてっ……そんなのずるい」


 キロアは俯いて黙り込んでしまった。僕らの間に沈黙が続いたが、数秒後ブリッジから船長の大声が聞こえた。


「ヨエク、ムタキがやられた! 結論急げ!」

「ムタキさんが!? スアノアさんは!」

「ムタキを連れて後退だ! ムタキも落とされちゃいない! 真竜はまだ出てないが、手練れだ! 万が一に備える!」


 ムタキさんは、僕ら同様実戦経験はほぼないけれど、訓練で十分な実績を誇る実力者だ。それが、2対3の不利な状況とはいえものの数分でやられるなんて。


「今結論を出します! レンジャーズは!」

「スアノアのカバーに入る! 船を出すぞ!」

「只今! ……キロア、聞こえましたね。頼まれてくれますね?」


 キロアはうつむいたまま、何も言わない。僕が焦れて、言葉が喉まで出かかったその時、テザヤルさんが手を伸ばしてそれを制止した。


「テザヤルさん」

「アイラム、貴様がもし始祖竜の力を完全に使いこなせるというのなら、ヨエク・コールもこんな話はしないことぐらい、貴様だって分かるはずだ。そもそも、誰かを頼る必要だってないはずなのだから。私を信じないのは勝手だが、ならば貴様は誰なら信じられる?」


 その言葉は、ホテルを襲撃された時と同じような内容だった。テザヤルさんは本当に、僕を殺そうとしたのが嘘のように僕に協力的だ。薄気味悪ささえ感じるほどに。そして悲しいけれど、キロアに言葉が届くのは、彼女が頼ってる僕じゃなくて、彼女の敵であるテザヤルさんの言葉なんだ。

 テザヤルさんの言葉を受けて、キロアは唾を一つ呑み込むと、何か決心した表情でテザヤルさんを見上げた。それが、僕とキロアの、そしてキロアとテザヤルさんの関係を物語っていた。


「サドゥイだって、真竜の力を返しても、長くは戦えないんですよ?」

「ヨエク・コールよりはましだ。数分戦えるなら十分。万が一があれば、それこそアイラム。貴様が出ればいい」

「……分かりました。私に寄ってください」


 キロアに言われるまま、テザヤルさんは彼女に近づき、自らの首筋を差し出した。始祖竜アイラムが真竜の力を人間に与える方法は、相手の首筋に噛みつき、直に真竜の魔力を流し込むことだ。


「……行きます」


 キロアはそう言うと、口を開く。瞬間、彼女の口の中に鋭い牙が見えた。人のものじゃない、竜の牙だ。その牙でテザヤルさんに噛みつき、数秒後に彼から離れた。それと同時に、テザヤルさんはふらっと姿勢を崩しかけるけど、慌てて壁に手をついてバランスを取った。僕も数日前、キロアに真竜に力を与えてもらったから分かる、人が真竜になる瞬間の感覚のことを。姿の話じゃない。魔力を注がれた時点で、その体はすでに人のものではない、竜のものとなっているのだ。


「ちっ、経験していてもこれか……!」

「早速ですけどテザヤルさん、すぐ出れますか?」

「くっ……捕虜遣いの荒い奴だ。私の竜を、エール・ワカツを用意するよう、あの竜使いの女に伝えておけ。魔力の消費を抑えるため、現場まではエールで行く」

「いつも乗ってるリゲル種ですね? 他の二体は?」

「もちろん、グラナダ・ベルもビービー・ショックも出撃させる」

「任されます。キロアも、備えてください。指示があれば」

「私は、私の判断で戦います」

「まだそんなことを!」

「だから、自分の判断で今はブリッジで待機します。……ヨエク、焦らないで」

「分かってますよ! テザヤルさんは、着替えを! 僕はブリッジに報告した後、スウケさんのところに先に行ってます!」


 拘束具を着たままのテザヤルさんをレンジャーズの兵士に任せて、僕はブリッジに顔を出す。


「キロアがテザヤルさんに真竜の力を返しました。出れます! ただ、戦えて数分です!」

「分かった、レンジャーズ側にも伝えておく。ヨエク、出撃指示を待てよ!」

「分かってます!」


 そして僕はすぐブリッジを飛び出し、船後方の出撃デッキへと移る。そこではスウケさんとイニさん、そして先輩がすでに待機していた。それに、僕のアズールと先輩のポイズナもすで召喚を済ませていた。まず話しかけてきたのは先輩だった。


「話はついたか?」

「テザヤルさんに出てもらいます」

「そうか、仕方ないな」

「はい。スウケさん、テザヤルさんのエール、グラナダ、ビービーの3体とも準備を!」

「分かった、任せな。イニ! お前も手伝え!」

「はい!」


 スウケさんとイニさんはゴーグルをかけると、端末を操作し始める。僕と先輩は、先に召喚された自分の竜の元へと近寄る。


「アズール! アズール!」

「キュイ!」


 青く艶やかなうろこ、力強くもしなやかな四肢。今日も僕のアズール・ステラは最高の竜だ!


「アズール、今日も僕は君の力が必要だ。力を貸してくれるね?」

「キュイィ!」


 アズールのかわいらしい鳴き声が、ピリピリしていた僕の心を癒してくれる。本当に、いい子だ。僕にとってとてもとても大切な、パートナーだ。


「三体来るぞ! ゾアスア! ヨエク! 竜を前に出せ!」

「任されて!」


 僕と先輩はそれぞれ、アズールとポイズナをデッキのより先へと誘導する。そして振り返ると、眩い光と激しい音があたりに響き渡る。その光の中から爪が、翼が、尻尾が顔を出し、やがてはっきりとそこに、三体の竜があらわれた。


「ゴォォォゥッ!」


 中央に現れたのが、テザヤルさんがいつも乗っているリゲル種のエール・ワカツだ。体は、真竜ほどではないけれど普通の竜よりも二回りほど大きい。勿論竜だから体は鱗に覆われている部分もあるし、竜の翼も持っているけれど、体の大部分は紫色の柔らかな体毛で覆われ、顔もやや犬や狼に似ている。特徴的なのは身体と比較して極端に大きな四つの足だ。その指から生える爪も大きく、魔力を帯びた状態で襲い掛かられれば、たいていの竜はひとたまりもないけど、体も大きく的にもなりやすい。その弱点を補うためにも、テザヤルさんは他の二匹も連れて操っているのだろう。


「竜好きのお前として、リゲル種はどうなんだ?」

「どうって、かわいいですよ」

「かわいい? アンバランスなあれがか?」

「そういうところも含めて、かわいいんですよ。性格も従順ですし。まぁ、しなやかさ、美しさ、力強さを兼ね備えた姿に、戦えばパワフルでありながら機動性運動性も高く、そして何より、普段は人懐っこくてすぐ甘えてくる、レグルス種の可愛さには及ばないですけどね」

「それは聞き捨てならないな、ヨエク・コール」


 僕が気持ちよく喋っていたのに、言葉をかぶせてきたのはテザヤルさんだった。相変わらずレンジャーズ兵に監視されながらだけど、拘束は解かれ、レンジャーズ支給の竜乗り用スーツに着替えている。手には竜石とゴーグルが抱えられていた。


「リゲル種は従順なだけではない。人間の指示を正確に理解する高い知能と、全ての竜の中でもトップクラス高い魔力とそれによる高い攻守の能力、雷を伴うブレス、そしてスピードは、竜乗りの憧れの的である。そして何より、普段は人懐っこくてすぐ甘えてくる、リゲル種の可愛さにはレグルス種など及ばんぞ、ヨエク・コール」

「普段と違って、随分と饒舌で。何かお気に召さないことでもありましたかね、テザヤル・ファン・カリオテ」

「その言葉、熨斗をつけて返してやろうか、ヨエク・コール」


 つらつらと講釈を垂れながら、テザヤルさんはエールの背中に乗り、竜石をセットして、安全帯を準備する。僕らも同じように準備をしながら、僕はテザヤルさんのことをにらみつけた。

 不思議だ。この一瞬で、テザヤルさんにものすごく親近感が湧いたし、それ以上にテザヤルさんに対する敵意も僕の中で急速に増大している。不思議だ。


「リゲル種は確かに賢いですけれど、レグルス種の方が賢いですからね、僕のアズールなんか僕が何も言わなくても僕が撫でたいなーと思ったら寄ってきて頭を差し出して甘えてきますから」

「レグルス種の姿は確かに美しいが、リゲル種だって可愛さなら負けていないのだ、私のエールなぞこの巨体で普段からは想像もつかない優しい声で鳴きながら体を摺り寄せながら甘えてくるのだからな」

「レグルス種の方が!」

「リゲル種の方が!」

「いいから緊張感を持ちな、竜バカども! これから戦闘だってんだ!」

「いやスウケ、その数に俺を入れるなよ」


 先輩は呆れたように、本当にいやそうな顔でそう答えた。


「分かってるさ、ゾアスア。私はあんたの割り切り、ちゃんとわかってるし、認めてる。そういう覚悟も竜乗りには必要だからね」

「スウケ、竜使いであるお前に理解してもらえるのが救いだ。だからこそ、報いなければな」

「大丈夫、あんたならやれるさゾアスア。だから、死ぬんじゃないよ」

「お前が待っててくれるなら、大丈夫さ」


 まーた先輩は、ポイズナを伏せさせて、スウケさんとイチャイチャし始めた。


「……ヨエク・コール。我々は何を見せつけられているのだ」

「見なくていいですよ、テザヤルさん。あれは、別に」


 張りつめていた緊張感が、程よくほぐれ始めたと思った瞬間、再びデッキに緊張感が走る。ブリッジから通信オペレーターのケリアさんが、状況の報告を大きな声で叫んだのだ。


「真竜出現しました! 疑似竜石に反応してると、カセキさんが!」


 スウケさんはそれを聞いて、急いで通信端末を握り返答をする。


「真竜の数は!」

「1です! ですが、キロアちゃんが!」

「アイラムがどうしたって!」

「キロアちゃんが言うには、ホテルを襲ってきた緑の竜だって言うんです!」


 ホテルを襲ってきた、緑の竜! 僕が倒したあのノナクと一緒に、アイラムを殺そうとしていた、拡散するブレスを撃つあの女の真竜か! 名は確か、マイアと言ったか。


「聞こえたな、三人とも!」


 次に聞こえてきたのは船長の声だ。


「三体の竜に乗ってた竜乗りのうち、一人が真竜に変身したが、残り二人はその様子は無い。レンジャーズは一体のみ真竜との対峙で囮になりつつ、他の七体で周囲の二体を落とす。お前たちは、この船が戦闘空域に近づいたら出撃し、サドゥイは真竜に変身、ヨエクがそれを操れ。ゾアスアは周囲でサポート、いいな!」

「聞こえたな、竜バカども」

「だから、俺を含めるなって」


 先輩が不満げに文句を言ってる横で僕は、しかしあまり話が頭に入ってこなかった。考えていたのだ、何故このタイミングでマイアが襲ってきたのかを。

 緑色の真竜マイアは、声からするに多分若い女性だ。もしかしたら、僕とそう年齢も変わらないかもしれない。口ぶりからしてあのノナクの監督役、と言うだけじゃなくて、もしかしたら、ノナクと、もしかするかもしれない。


「ヨエクくん、大丈夫?」

「え、あ、イニさん?」


 ふと気づくと、アズールに乗っている僕のことを、イニさんが見上げていた。


「大丈夫って、何がです?」

「ヨエクくんは、アズール一筋ですよね?」

「ま、またその話ですか!」

「……大事な話ですよ、ヨエクくん」

「えっ?」


 珍しくイニさんがすごくまじめで心配そうな顔をしていたので、僕もつい姿勢を正した。


「ヨエクくん、あの時以来無茶ばっかりするようになって。段々とアズールとも訓練しなくなってるから、不安なんですよ」

「僕とアズールは、心配いりませんよ。もう十年近く、一緒に過ごしてきたんですから」

「だから、心配なんです! アズールに、無理をさせないかって。今のヨエクくん、色々なものを背負い過ぎていて、一つ一つの重さ、大きさ、分からなくなってるんだと思うの」


 イニさんの言い方は、相変わらずどこか比喩めいて、ロマンチックな感じだけど、言いたいことはなんとなくわかった。でも、僕がそれほど背負い過ぎているだろうか。むしろまだまだ、背負わなきゃいけないっていうのに。……いや、将軍に色々背負わされることを嫌って、警備隊に入ったり距離を置いたりしてたのに、いつの間にか背負って当たり前って感じているこの状況が、やっぱり僕がおかしくなっているってことなのだろうか。


「さっきも言いましたけど、想ってくれる、人と竜がいるんです。それを、ちゃんと理解してあげてください。取り返しのつかないことになる前に」

「取り返し……? それってどういう」


 僕がイニさんに聞き返そうとしたとき、再びスピーカーから船長の声が響き渡る。


「戦闘空域に接近! 竜乗りは随時離船、出撃せよ!」

「出撃します! イニさん、離れてください!」


 イニさんにそう促すと、僕はゴーグルをかけて竜石を操作し始める。


「ヨエク、テザヤル、準備はいいな?」

「はい!」

「任されてやる」


 ハッチが開いたことを確認し、僕たちは竜を前へと進める。高高度の冷気が、デッキ内に流れ込んでくる。吐く息は、白い。


「ゾアスア・メイデイ! ポイズナ・パセム、出る!」

「テザヤル・ファン・カリオテ! エール・ワカツ、出撃する!」

「ヨエク・コール! アズール・ステラ、出ます!」


 先輩、テザヤルさん、僕の順番で飛び立ち、更に後ろからテザヤルさんの二体の竜が付いてくる。


「竜石の干渉で聞こえているな。三対二になるななどと、変なことを考えるなよ」

「聞こえている。下らんな、ここで貴様らを殺したって、アイラムを取り返せやしないだろう」

「俺はまだ、お前を信用していないだけだ」


 先輩のポイズナと、テザヤルさんのエールは並びながら速度を上げていく。僕もそれに合わせるように、竜石を使ってスピードを上げていく。

 けど、何だろう、何だか妙な違和感を感じる。それが何なのか正直分からなくて、その事が余計に気味悪く感じる。その時、竜石から船長の声が聞こえてきた。


「ヨエク! 竜石の干渉で聞こえているな!」

「聞こえています! どうぞ!」

「戦況だ、レンジャーズは4体やられたが、真竜以外の2体は落としたそうだ!」

「後は、あの真竜だけですね!」


 真竜一体だけ。とはいえ、それを倒すことは困難だ。真竜マイアの拡散するブレスは、威力こそ真竜のブレスとしては弱いけれど、最大の特徴はその攻撃範囲だ。容易に接近することが出来ず、格闘戦に持ち込むことは難しい。ブレスで狙おうにも距離があって、命中させるのは難しい。

 ましてテザヤルさんの変身する真竜サドゥイは、光の鞭を使った中距離戦を得意とする竜だ。相性が良くないのは事実だ。それでも、やらなきゃいけない。

 そして間もなく、真竜とレンジャーズの小隊が交戦している様子を目視できる距離まで近づいた。


「こちらセブンス警備隊、ゾアスア・メイデイ! レンジャーズ各位は竜石で聞こえるな! 一旦退き、態勢を!」

「助かる! 各員、空域を離脱せよ! 再編する! 警備隊、しばらく任せるぞ」

「任される!」


 先輩の呼びかけに応じて、レンジャーズは真竜との対峙を切り上げ後ろへと後退し始める。しかし、そのやり取りを見ながら僕は、何故真竜マイアがこんな状況で無茶な襲撃を仕掛けてきたのか、にわかに理解していた。

 マイアが僕を見た瞬間に、頭の中に響いた若い女性の声。真竜マイアの声だ。そしてそれと同時に、僕は感じ取ったのだ。彼女から僕に対して発せられる、尋常じゃない、殺意に。


『青い竜に乗ったやつ……赤い真竜に変身するやつ……来たな……ノナクの、仇ぃっ!』


 陽動としては不自然な動き、救援としては遅すぎる、単純な襲撃としては規模が小さすぎる。違和感はずっとあったけど、その理由はひどくシンプルだった。つまりマイア、彼女は仲間であるノナクの仇である僕を討ちに、ここへやってきたのだ。出撃まで時間がかかった理由は分からないけど、制止されていたりしたのかもしれない。

 そして即座にマイアの口元に魔力が収束し、僕めがけて拡散するブレスが放たれる! でも、この距離なら避けるのは難しくない、そう考えながら竜石を操る、がしかし。


「っ……!? アズール!?」


 ブレスはかわし切った、けれどアズールの体をかすめるぐらいの本当にギリギリのタイミングで何とか避けた感じだった。何だ、何かがおかしい。アズールの調子が悪いのか?


「アズール、しっかり飛んで! 当たってしまう!」

「キュ、キュイィッ」


 何だ、アズールが何かを訴えかけるように鳴いている。


「何を呆けている、ヨエク・コール!」

「アズールとの、感覚が合わなくて!」

「何っ……面倒な、このタイミングで!」


 僕の戸惑いなど構わず、マイアは二発目、三発目と次々ブレスを乱発してくる。あっちもなりふり構っていられないのだろう。しかしこれじゃ、テザヤルさんが変身する隙も、僕が乗り移る隙も無いし、それ以前に僕は避けるので精いっぱいだ。おかしい、僕とアズールなら、こんな攻撃をかわすことぐらい造作もないはずなのに!


『赤い真竜! 貴様がノナクを殺したんだ!』

『何を言って、先に将軍を殺したのは、そちらでしょうに!』

『賢者の意思だ! ヨエキア・コールは世界のために、犠牲となった!』

『何が犠牲だ、テロリストめ!』

『そしてまた、ナルイとオゼも貴様らに殺された! セブンス! 資源を独占する諸悪! ノナクの苦しみを……味わえ!』

『何が諸悪だ……ふざけるんじゃないよ!』


 頭に響くマイアの声に、僕はアズールのスピードを上げた。


「っ、ヨエク! 先走るんじゃない!」

「安い挑発をしあって……迂闊だ、ヨエク・コール!」


 先輩とテザヤルさんの声が聞こえる。分かっている。この瞬間僕は、かっとなっていた。勝手なことを言うザンクト・ツォルンに、心底腹が立っていた。将軍を殺された怒りも、悲しみも、憎しみも手伝って僕は、冷静になれていなかった。マイアがブレスを撃たずに僕を誘い込もうとしていることも、僕がそれにつられて、迂闊に近づきすぎてしまったことも。

 気づいた時には、僕はマイアのブレスの射線上に誘い出されていた。しかも至近距離で受けてしまうほどに。まずい、避けなくては!


「ヨエク・コール! ブレスを撃てぇ! 牽制にはなる!」


 テザヤルさんの声が聞こえた。そうだ、僕は何をやっている。何故ブレスを躊躇した? 普通の竜のブレスでは、真竜にダメージを与えることは出来なくても、意識の集中をそらしたり、目くらまし程度には使えるのに、僕は何故撃たなかった?

 僕は、この瞬間重大な落ち度に気付いた。というより、理解したんだ。イニさんが、何を心配していたのかを。

 つまり僕は、最近キロアとの訓練や実戦が多かったり、自ら真竜になって戦っていたせいで、僕自身の感覚が真竜のそれに近くなっていたんだ。アズールが遅かったわけじゃない。僕が、アイラムやエリフのスピードに慣れてしまっていたんだ。そんな当たり前のことさえ分からないほどに、僕は、冷静さを失っていたっていうのか。


「せめて、回避をっ」


 僕は竜石を操って、ブレスから逃げようとする。でも、アズールの運動性でも、間に合わない。刹那、ブレスは放たれる。


「キュイィィィッ!?」

「ぐっ……!? ア、アズール……アズール! しっかり!」


 直撃は免れた。けど、マイアのブレスはアズールの背中と翼に少し当たってしまった。アズールの表情が、苦しそうだ。スピードも落ちて、高度が少し下がる。


「僕は……僕のせいで」

「ヨエク・コール! ビービーを貸す! アズールを連れて下がれ!」


 テザヤルさんの声が竜石から聞こえる。見ると僕の傍にテザヤルさんが連れている竜の一体、ビービー・ショックが寄ってきていた。


「でも、僕があなたを、制御しなければ!」

「サドゥイが変なことしないよう、竜石で制御すればいいんだろう? だったら、俺がやる!」


 聞こえてきたのは、先輩の声だった。つまり僕じゃなくて先輩が、真竜に変身したサドゥイを操ってマイアと戦うというのか。


「船長! 竜石の干渉で聞こえていましたね! ヨエクと、アズール、ポイズナ、ビービーは帰します! 受け入れを!」

「聞こえている! スウケに伝える!」

「こちらはテザヤルだ! ビービーはその後再出撃させる! それも伝えろ!」

「注文の多い捕虜だ! 任されてやる!」


 テザヤルさんと先輩は、僕をかばいながらも船長と会話を進めている。僕は、何もできなかった。ただ出てきて、挑発に乗って、アズールにけがをさせてしまっただけだった。僕は、どうして!


「ヨエク、こういう時くらい、俺を頼れってんだ!」

「先輩!」

「だから退け! たまには、ちゃんと命令を聞くんだ、アズールのためにもな」

「はい……!」


 僕とアズールはビービーに連れられて、戦場から後退する。


『逃げる? 逃がすものか!』

『貴様の相手は、私がする!』


 なおも執拗に僕を追おうとするマイアの前で俄かに、バチバチと黒い光が周囲に放たれる。それは勿論テザヤルさんが真竜に変身しようとしているから発せられているものだ。

 テザヤルさんの体は光の中で徐々に形を変えていく。体は徐々に大きくなり、肌は黒い鱗で覆われていく。首が伸び、顔も竜のものへと変化していく。その頭からは二対の角が生えてくる。

 尻尾と翼も生えたその姿は、姿勢こそ人間に近いものの、紛れもなく竜のそれだ。漆黒の真竜サドゥイの姿だ。


「グウォォォウ!」

「飛び乗れってんだろ? ヨエクに出来る無茶なら、俺だってやってやるよ!」


 完全に変身し終えたテザヤルさんことサドゥイの姿を確認し、先輩はポイズナとの安全帯を外し、竜石を抱えたまま飛び移った。


「っ……よし! 下手な動きをするなよ、捕虜!」


 先輩がサドゥイの背中に竜石をセットすると、サドゥイはマイアの方を向き直す。


「俺は貴様の監視役なだけだ。だから、戦い方は遠慮せず、いつも通り戦え! サドゥイ!」

『気に食わんが、いいだろう。任されてやる!』


 サドゥイは再び力強い雄たけびを上げると、光の鞭を放ちながらマイアへと立ち向かっていく。

 突然現れた真竜マイアの目的は、ノナクを殺した僕への復讐だった。挑発に乗ってアズールを怪我させてしまった僕は、先輩とテザヤルさんの戦いを、ただ見ていることしかできなかった。

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