11 Decision Making-幕僚-

 将軍ヨエキア・コールを失ったレンジャーズは、それでもセブンスを、ガイストを守るために戦わなくちゃいけないし、だとしたらどう戦えばいいのか、それを決めるために僕たちは、幕僚会議を開くこととなった。

 それぞれの思惑を勘繰りながら、僕は静かに幹部たちを見つめていた。


「改めて名乗る必要は無いと思いますが、この会議にて議長を務めさせていただく、北方師団長キヌアギア・ネレイドです。この度の混乱の中、急にお集まりいただいた状況で情報の伝達がうまくいかず、この幕僚会議の趣旨を呑み込めていない方々もいらっしゃるかと思います。改めてこの会議の趣旨を、法務部長ボアザ・ハントに」

「はい、法務部門よりご説明させていただきます」


 キヌアギアさんがボアザさんに話を振ると、ボアザさんは立ち上がり幕僚会議に集まった幹部たちを見回しながらひとつ咳払いをした。


「発端の詳報は、改めてキヌアギア師団長よりご説明があるかと存じますが、先のポーツァベンド基地襲撃によって、将軍ヨエキア・コール、副司令ザッペ・モーレを含む幹部、および基地の護衛に当たっていた兵士十数名が犠牲になり、その命を落としました。この会議は、ここにお集まりいただいたみなさんは、亡きヨエキア将軍の遺志によって集められた方々です。将軍の遺言は、大きく二点。一つは、ここにいらっしゃる将軍の孫、セブンス警備隊のヨエク・コールを暫定司令に任命すること。一つは将軍とザッペ副司令に代わる意思決定機関として、キヌアギア師団長を議長とした、両師団及び各部門代表者による幕僚会議の新設すること。以上です」

「ちょっとよろしいですかな」


 ボアザさんが話し切るかどうか、その絶妙なタイミングで一人の男性が言葉を挟んだ。胸に肩に様々な勲章を付けた幹部の制服を身にまとった、恰幅の良い白髪の男性は、僕をギラリと睨み付けながら言葉を続けた。


「ヨエク・コールくんは、まだ17歳と聞くが。暫定とはいえ、司令が務まるのかね」

「ロヘナ・カラム南方師団長、意見の前には挙手を」

「君もそうだ、キヌアギア北方師団長。先任の幹部は君以外にもまだいるだろう。何故君がこの場を取り仕切る」

「それが将軍の遺志だからではありますが、よもやロヘナ南方師団長、将軍の遺言を無視なさるおつもりということですかね」

「この場が意思決定の場と言うのであれば、たとえ将軍の遺言とはいえ、それを承認するか否か。我々には権利があるのではないかね」

「一理はありますがね、ロヘナ師団長。しかし」


 キヌアギアさんが言葉を続けようとしたところを、僕は彼の目の前に手を伸ばして制止した。


「ヨエク暫定司令」

「一理あるのであれば、キヌアギア議長。まず初めに承認を得ましょう。あなたの役目は、ロヘナ師団長を言い負かすことではないはずです。幕僚会議議長としての職務を」

「失礼、仰る通りです。では、皆さんに問います。ヨエクくんを暫定司令、並びに俺キヌアギアを幕僚会議議長とし、本会議の開催に異論のない方は、ご起立を願います」


 その言葉と同時に、僕とキヌアギアさんを含めた、この場にいる幹部たちが次々立ち上がる。

 起立したのは8名。

 着席したままなのは、5名。


「起立多数により、この会議の開催、およびヨエク暫定司令と私の幕僚会議議長への、一旦の任命は承認されたものとみなします。よろしいですかね、ロヘナ師団長」

「多数決で議決する。正しい在り方だ」

「ご理解いただきありがとうございます」


 ロヘナ南方師団長は、椅子に深く腰掛けたままそう答えた。ただ、この議決に動じている様子はない。あらかじめこうなることがわかった上での、問題提起だったんだろう。あるいは、はっきりさせたかったのかもしれない。ここにいる誰がヨエキア・コール派で、誰がザッペ・モーレ派なのかを。


「では皆さん、ご着席ください」


 キヌアギアさんの合図で、起立した幹部たちが腰を下ろす。キヌアギアさんは僕の方を見て、さりげなくにやりと笑った。多分、さっきキヌアギアさんがロヘナ師団長に反論をしようとしたのは僕へのジェスチュアだったのだろう。僕に正当な意見を言わせて、間接的にでも僕がこの場を収める格好を作れば、たとえ17歳の警備隊員でも、ここにいる幹部たちと十分にひざを突き合わせる資格があることを示せるのだし、実際そうなったのだから。

 つまり僕は、キヌアギアさんに一つ恩を売られたのだ。成程、キヌアギアさんは味方だけど、だからといって敵ではないとも言い切れないわけだ。


「では改めて。ボアザ法務部長よりお話があった通り、先の襲撃でヨエキア将軍、並びにザッペ副司令を含む幹部が命を落としました。特に将軍とザッペ副司令は我々レンジャーズの心臓と頭脳。その二つを同時に失った我々は、まさに機能不全に陥っております。しかし、四半日ほど経ち、さすがにこのままと言うわけにはいきません。ここにお集まりいただいた、2師団8部門、および教導団の責任者には、この幕僚会議にて是非、今後のレンジャーズのために何が出来るのか、何をしなければならないのか、その意見をお聞かせ願いたいのです」

「じゃあ、私からよろしいかしら」


 聞こえてきたのは、やや低めながらも品のある女性の声だった。男ばかりがそろったこの幕僚会議で唯一の女性、そして40代50代が多い中、60代後半で最年長でもある彼女が手を上げながらキヌアギアさんを見ていた。極東の飛行島であり、スウケさんの出身島でもあるヤシマの古い民族衣装に身を包んだ彼女は僕に見られていることに気付いたのか僕の方を見て、優しく微笑んだ。


「ササワ・アガタ調竜部長、どうぞ」

「では、これは私からの意見では無いのだけれどもね、私は兵士ではないから、兵法のことは分からないのだけれども、今後の軍の在り方を考えるうえで、一つ重要なことを確認しておく必要があると思うの」

「何でしょう?」

「ヨエクさん、あなた真竜になって戦ったのでしょう?」

「え、はい」

「率直な感想と素直な見解を仰って。真竜の登場で、これからどう変わるとお思いかしら?」


 調竜部門は竜の調達、飼育、管理、研究を一手に引き受け、更に竜乗り、竜使いの教習も行うなど、レンジャーズの屋台骨ともいえる部門だ。ガイストでは、元々竜の研究が盛んで先んじていたヤシマ出身の竜使いが多く、ササワさんもスウケさんもヤシマの出身だ。ササワさんは元々ヤシマの学校で研究者として従事していたところを、将軍が正規軍時代に引き抜いたって話を聞いたことがある。僕とも面識はあるけど、ちゃんと話をしたことは無かった。開会前の決議は起立してくれていた。


「どう変わるというのは? それは、戦術的にでしょうか、それとも戦略的に?」

「どちらも聞かせていただけるかしら」

「そうですね……戦術的には、まず真竜には真竜でしか戦えません。普通の竜の魔力では、真竜に傷一つ与えることは出来ません」

「かつての戦闘機と竜の関係と同じ、そう捉えて差し支えないかしら」

「はい」

「真竜には真竜で対抗するしかないというのか、手立てはないのか」


 僕とササワさんの会話に割って入ったのは、ロヘナ南方師団長だった。


「ロヘナ南方師団長、発言は挙手で」

「次からは気を付ける。ヨエクくん、聞くが今真竜は君を含めて、レンジャーズに何体確保できているんだ」

「僕と、始祖竜アイラムの2体です。ただ、ザンクト・ツォルンの狙いはアイラムですから、積極的に戦場に出すわけにはいきません」

「……君と始祖竜アイラムは仲がいいと聞くが、私情は混じっておらんかね?」

「お疑いですか?」

「その口から聞きたいだけだ」

「ゼロと言い切れるほど、僕は完璧な人間ではありませんが。もし彼女を戦いに一切巻き込まないつもりなら、彼女と共に戦闘訓練をやったりしませんよ。彼女にだって、戦うべき時には戦ってもらいます」

「その戦うべき時の判断は、誰がする? 話は聞いている、アイラムはユナイトとの政治的切り札でもあるのだろう? ならばますます、彼女に戦わせるわけにはいかない、ということになるのではないのかね?」

「……必要であれば、彼女の判断で」

「ガイストの、世界の秩序に関わることを、本人の一存で決めていいわけがなかろう! そもそも、君のここ数日の出撃状況だって、私は問題視をしているんだ、ヨエク・コール! 状況と顛末は聞いている。君は警備隊の身分で未知の巨竜と勝手に交戦、その後のホテルでも、先ほどの基地での戦闘も、全て君の独断で戦闘行為を行っている!」

「あれらは必要な自衛行為でした!」

「その責任を誰が負うのだ! 最初の戦闘で君が黒い真竜に殺されていたら! ホテルの戦闘で君が真竜の制御を出来なかったら! 先の戦闘で君の暴走を誰も止めることが出来なかったら! どうなっていた!」

「仮定の話を、なさったって!」

「事実の話をしていいのだな!? ならば聞こう! ホテルでの戦闘で! なぜ橙の真竜を逃がした! 貴様が奴をあの時点で殺していれば! 将軍は、副司令は死なずに済んだ! 違うか!」

「……それは、でも!」

「違うかと聞いている!」


 分かっている。ロヘナさんは口は悪いし、ザッペ副司令派だから僕のことをよくは思っていないのだろう。だけども、一つだけ確かなことはある。この人だって、レンジャーズがどうあるべきか、どうすればよかったのか、考えているからこそ僕に厳しく問いかけているんだ。

 それに対して、僕が言葉を詰まらせるのは、僕の言うべきことと言うべきではないことの切り分けに精一杯で、考えが追い付かないことが原因だ。こんな風に声を荒げられるのは、いつ以来だろう。


「ロヘナ南方師団長、さすがに人が悪いんじゃないですかね」

「キヌアギア、君こそヨエクに甘いのではないのか? 甘やかすから、つけあがるのだ」

「別に甘やかしてるつもりはありゃしないし、つけあがっているとも思えはしないんですがね」

「ならばなんだ? コール家の末裔。将軍の孫。スペシャル・チルドレン。そして真竜。それらを背負うと言うことは、責任とは、どういうことだ?」

「たかだか17歳の子供に責任のなすりつけをしたところで、何も好転しやしませんよ」

「なすりつけてはいない、責任とはどういうことかと、聞いているだけだ!」

「やれやれ。仕方ありませんね、ヨエク暫定司令。じゃあ、お答えください」


 キヌアギアさんの悪いところだ。ロヘナさんの矛先が自分に向きかけたから、それをいなして自然に僕に向き直させた。そしてその表情は平静を装っているようで、その実は口元がかすかに緩んでいる。僕を、試しているんだ。この人は、何度僕を試すつもりなんだよ!

 落ち着け、考えろヨエク・コール。試されているって考えるから、正解を探してしまうんだ。キヌアギアさんに認めてもらうことも、ロヘナさんに認めてもらうことも、今すべきことじゃない。認めてもらえるかどうかは、僕の行動に対する評価であって、最初からそれを得るためにやることじゃない。

 大丈夫、僕はかっとなっていない。落ち着いて、言葉を繰り出せ。腹を括れ、ヨエク・コール!


「先の三つの戦闘が、いずれも追い詰められた僕の、ただのその場しのぎであることは否定しませんし、乗り切ったから僕自身の判断は正しかったと、今は胸を張って言うことが出来ません。仰る通り、いずれも些細な違いがあれば、結果は全く異なったものになっていました。必然も偶然も、時に僕の味方で、時に僕の敵であっただけにすぎません」

「言い訳を聞きたいのではない、責任とは何だ? 問いに答えるんだヨエク・コール」

「……僕の祖父は将軍で、もし、僕が腹を掻っ切るなり、首を括るなり、こめかみを撃ち抜くなりして、ご納得いただけるなら、あるいは失われた魂が帰ってくるのなら、そうしたいぐらいです。でも、僕のすべきことはそうじゃないことも、分かっています」


 何をしたって、将軍ヨエキア・コールは帰ってこない。失われた命は、永遠に失われたままだ。そして彼の代わりなんて、誰もいやしない。


「そして僕に今求められるのは、将軍の代わりになることでもないと理解しています。こうして、暫定司令だなんて肩書をつけてますが、誰にもヨエキアの代わりは務まりなんてしない。それであれば、ヨエキアの死をもって我々は何を学ばなければいけないのか、一丸となって考えなければなりません」


 僕はロヘナさんを見る。口を挟む気配はない。僕にこのまま、ひとまずすべて喋らせる気だろうか。僕は一旦呼吸を落ち着けて言葉をさらに続ける。


「僕も、今回のことで誰に責任があったのかと言うことを問うつもりはありません。ですが、考えなければならないことはいくつもあります。ホテルでの襲撃の時、何故敵の真竜があそこまで容易に侵入できてしまったのか。何故アイラムの居場所が把握されてしまっていたのか。何故ホテルの襲撃があったのに、基地の襲撃を防ぐことが出来なかったのか。真竜の存在を知り得ながら、適切な対処を取れなかったのか。……あるいは、ヨエキアはそのツケを払ったと言うことなのかもしれませんし、彼の死によってそのツケが我々に回ってきたと、そう言えなくもありません。いずれにしても僕たちは、ヨエキアを失った中で、ヨエキアが成し得なかった責任を、レンジャーズの責任を果たしていく必要があります」

「我々自身が、ヨエキア・コールの代わりにならねばならないと」

「それは……少し違います」


 ヨエキア・コール将軍は、優れた軍人だった。それでもこの事態を招いたのだ。ただただ将軍の代わりを務めようとしたところで、僕たちに次は無い。


「僕たちは……僕も、レンジャーズも。【コールズ・コラテラル(コールの代わり)】ではダメなんです。求められているのはそこではないと、僕は思います。今僕たちがなるべく求められているのは、将軍の成し得なかったことを成し、守り得なかったものを守り、見得なかった未来を見ることのできる、ヨエキア・コールの、そしてレンジャーズの宿願であるセブンス、ガイスト、そして世界の平和をその手で勝ち取るべき存在、ヨエキア以上のものにならねばなりません!」


 そうだ、誰もヨエキア・コールの代わりになんてなれない。彼に匹敵する個人なんて、いやしない。でも将軍だって完璧な人間じゃない。残った僕たち後継者を、将軍自ら見初めてこのレンジャーズを結集させたのなら、その力を合わせれば、容易ではないにしろ、将軍のやるべきだったことを、僕たちが果たすことだって、不可能じゃない!


「それこそが僕らの目指すべき、【コラテラル・コール】なのです!」


 僕の声が会議室に反響する。そして、静寂が訪れる。少し荒くなった僕の呼吸だけが聞こえる中、パラパラと拍手の音が響き始めた。初めにササワさん、次にキヌアギアさん、つられて他のヨエキア・コール派の幹部たちが拍手をしてくれた。


「……継承しつつも、相並ぶ、あわよくば超えようと。はっ、大きく出たな、小僧!」

「お笑いになるならお笑いになってください、ロヘナ・カラム南方師団長。ですが、僕は正気です」

「正気のまま狂える、か。……っはっはっはっは! なるほどな、ヨエク・コール! 果たして、スペシャル・チルドレンに将軍の面影を重ねることになるとはな」


 重ねて大きな声で笑うロヘナさんだったけど、ひとしきり笑い終えると、再び鋭い眼光で僕をにらみつける。


「して、大見得を切るだけの策は、あるのだろうな?」

「策ではありませんが、僕から幕僚会議に対していくつかの提案があります」

「いくつかの、提案?」


 そう聞いたのは、ロヘナさんではなく、僕の横にいたキヌアギアさんだった。多分、提案に対しての疑問ではなく「いくつかの」に対しての疑問だったんだろう。

 僕がこの場で持ち込むつもりだった大きな議題はふたつ。捕虜の取り扱いと、後継者の任命だ。「いくつか」だなどというあいまいな数じゃない。


「キヌアギア議長、その提案を喋らせてもらっても構いませんか」

「お任せします」

「任されます。ではまず。真竜の運用は、ロヘナ南方師団長の仰る通り、一個人では判断に余る、ご意見を聞いて僕も今はそう感じました。戦術的なことは実際に変身して戦っている僕がここの誰よりも分かっている、そういう自負はあります。ですが戦略的なことを言えば、初めのササワさんの問いに答える形であれば、僕としても分からないというのが正直なところです。何せ現状で真竜として戦えるのは僕一人。僕を失えば、レンジャーズの戦いはそこで終わります」

「いつ出撃させるか、どこに配備するか、作戦全体に対してどういう役割を担うべきか、若い警備隊員が考えれることではないな」

「はい、その責任を僕一人では、正直負いきれませんから」

「ならば、誰が負う?」

「だからと言って、出撃の承認プロセスを煩雑にすれば対応が後手に回ります。スムーズな承認のために、作戦を立案する責任者が、全体を把握の上で承認をすべき、僕はそう考えますが、いかがでしょうか」


 僕はそう言ってキヌアギアさんを見る。キヌアギアさんは深く目を閉じて、大きく鼻から息を吐き出し、手を上げた。


「ならばこうしましょう、ヨエキア・コール暫定司令。作戦を立案する責任者と言うことであれば、幕僚会議直下に二師団とは別の、真竜のための部隊を新設しましょう」

「僕を、ご自分の駒としてお使いになるおつもりですか?」

「どちらかの師団配下に配置することを避けるためです。公平性のためですよ。ちょうど、暫定司令の所属する警備隊はレンジャーズに併合する。これをどのような組織とするのか結論は出ていなかった。ならばあなたのサポートをするための組織として、他師団の影響を受けづらい部隊としていたほうが、暫定司令も動きやすいというものでしょう」


 あからさまな口車ではあるのだけれども、あえて乗らない理由もなかった。


「僕としては、僕の行動に責任を取ってくれ、適切な作戦を立案し、選別し、指示を出せる重要な決断力を備えた方であればどなたでも構いはしません。キヌアギアさんがそうだというのであれば、僕は承認します。その分、僕としても強く主張はしますが」

「わかりました。……ですが、さて。先ほどは議決を多数決で取りましたが、本件も多数決で決めるべきですかね」

「では私から」


 手を上げたのはロヘナ南方師団長だった。


「意思決定機関であり、複数名で構成する以上、多数決以外の議決方法はありますまい」

「ならばみなさんに伺います。警備隊の編入に伴い幕僚会議直下に部隊を新設し、真竜の運用を行う別動隊とすることに対して異論のない方はご起立を」


 再び幹部たちが立ち上がる。今度は、ロヘナ南方師団長たちも立ち上がった。

 しかし、全員が起立したわけじゃない。なお座り続けるのは、2名。


「ではご着席ください」


 キヌアギアさんの合図で全員が腰を下ろす。キヌアギアさんはその隙にそっと僕に耳打ちをしてきた。


「今座ってた左が統制、右が情報開発。彼らはどちらでもありません」


 どちらでもない、と言うのはコール派でもモーレ派でもない、と言うことだろう。そう言われて僕は座っていた二人を見る。

 統制部門は、レンジャーズの二師団に対して情報、指示の統制をおこなう組織であり、そういう意味であれば二師団に対して中立でなければならないし、同時に自らの部門とまだ権限の明確な住み分けが出来ていない幕僚会議に対しては、強い警戒心を抱いていてもおかしくない。

 情報開発部門はソフトウェア開発を行っている部門であり、各種通信端末や飛行船のソフト面での開発、整備を行うほか、竜石の調整なども行っている。彼らの場合、中立の立場を取っているというよりも、そもそもレンジャーズ自体とやや距離を置いている節もある。

 というのが、僕の知っている知識での、勝手な想像も含めた各部門の現状だ。2部門であり、彼らを含めても反コール派の数はコール派に及ばないものの、コール派内でも意見が分かれそうな議題の際には彼らの動向にも注意を払う必要がありそうだ。


「では真竜の運用は一旦、俺に一任させていただきますが、それで真竜の話は終わりじゃないですよね、暫定司令」

「はい、真竜の運用に関してはそれで構いませんが、そもそも、敵の真竜に僕一人で戦わなければならない、という状況を解決しないことには、苦境に変わりはありません」


 僕が厳しい表情を浮かべていると、眼鏡をかけて白装束を着たやせ形の男性が手を上げた。


「どうぞ」

「技術開発部門、オロケナワ・ニクスです。真竜の力は、ヨエク暫定司令がアイラムから授かったのですよね?」

「はい」

「容易に授かることが出来るものではないと言うことですか?」

「竜と心を通わせている人間に限ります。竜乗りでもそう多くはないですし、いたずらに数を増やせば、ザンクト・ツォルンも対抗して数を増やしかねない。普通の竜で太刀打ちできない以上、真竜の数がインフレを起こせばパワーバランスは大きく崩れ、取り返しのつかない状況になります」

「では、竜が真竜に太刀打ち出来ればいいということですか?」

「? 言ってしまえば、そうですが」

「つまり、それをできるようにするのが我々技術開発部門の今後の課題、そう考えてよろしいですか」

「オロケナワさん、そう言って臨時予算を獲得したいだけでしょう?」


 口をはさんできたのは、さっき座っていた2人のうちの1人、情報開発部門の人だった。


「情報開発のケリエバ・スティーブンソンです、以後お見知りおきを。技術開発部門は、新型戦闘用飛行船の開発で予算が枯渇気味と聞いてます、新たな予算が欲しいのでしょう」

「防衛のための重要な技術開発であることは、情報開発部門こそわかってるだろ」

「はい、そして我々こそ、防衛のために必要な開発予算を頂きたく存じます。ヨエク暫定司令、真竜の脅威というものは、戦略面においては何が一番の脅威となり得るとお考えでしょうか?」

「真竜は、人の姿の時には今の僕のように、普通の人間と区別がつきません。この姿でも竜と同じく魔力を宿していますが、発現している量は少なく、竜石や魔力探知機でも、検知は出来ないでしょう」

「つまり、人間態の真竜を見極める技術、それこそが今求められている技術であると! ならば予算を割いていただくのは我々、情報開発部門! 是非、ご検討を!」


 ケリエバさんも細身で眼鏡をかけているけど、長身で短髪。大人しそうな外見と思ったけど、なかなか見かけによらずぐいぐい来る人だな。


「えっと、金融部門は?」

「あ、俺です。金融の責任者の、ザーレ・ゴードンです」


 答えてくれたのは、ピシッとした服装と反してややだれた格好で座っていた、この中ではぐっと若く見える男性だ。若いと言っても、多分30代半ばか後半ぐらいだろうけど。


「ザーレさん。レンジャーズの予算状況は?」

「んー、よくはないですね。コール家の私財もあるし、ウェイブ家をはじめとする有力な政治家実業家をバックにつけているんですぐに焦げ付くことはないんですけど、将軍がああなっちゃあ、追加予算くれって言ったって渋られるでしょうね、多分」


 ザーレさんはけだるそうにそう答えた。多分、こういう受け答えの人なんだろう。多分。


「両開発部門ともに、十二分に意義のある開発であることは承知したつもりです。ただ、この場でその漠然とした提案に対して承認を得ることは、難しいかと思います。議長」

「はい、両部門は概要で構わないので計画案を資料に。俺と各師団長、統括、金融とで、別途臨時予算会議は開催しましょう。構いませんかね?」

「仕方ないでしょう」

「今後の戦略を考えて、ザンクト・ツォルンを上回る何らかの技術が我々には必要です。御健闘を」


 そう言われて両開発部門は大人しく引き下がってくれた。しかし今度はすかさず、またロヘナ南方師団長が手を上げる。


「しかし、開発を待つ間、真竜一体でどう乗り切る? ザンクト・ツォルンの真竜は、何体残っている?」

「把握している限りでは二体。ですがそれよりいる可能性は十分考えられますし、最悪の事態を考える必要があります」

「最悪の事態?」

「うちで保護している始祖竜アイラム、僕は彼女から真竜の力を授けられました。始祖竜アイラムの力は、真竜の力を授けること。ですが、そのアイラム自身が、ザンクト・ツォルンの真竜に覚えがないと言っています」

「それの示唆する、最悪の事態と言うのは?」

「……ザンクト・ツォルンにも、始祖竜アイラムがいると言うことです」


 僕のこの発言には、さすがに幹部たちも少しざわついた。

 そりゃそうだ、そもそも始祖竜自体、伝説上の存在でしかなった。だから現実に現れたこと自体僕らにとっては驚きだというのに、それが世界に二体もいるというのだ。始祖竜だなんて名前だからてっきりキロア一体だけだと決めつけていたけど、キロアだって何らかの形で竜研から始祖竜の名と力を受け継いだのだから、別にキロア以外にそういう人がいたって不思議ではないわけだ。


「もう一つ気になっていることとして、あの橙の真竜と戦っている時、彼は援軍や救助が来ないことを焦っていました。おそらく、彼はそれを待っていたのでしょう。ですが、実際来なかった」

「つまりあの橙の真竜は、見捨てられたと?」

「そもそも、捨て石だったのかもしれません。……僕が彼を倒すことまで見込んで」

「だとすれば、ザンクト・ツォルンには、捨て石に出来るだけの十分な数の真竜がいて、今後も増やすだけの準備と余裕があるということなのか?」


 低く、重い口調でロヘナさんが聞いてくる。そうだ、もしザンクト・ツォルンが貴重なはずの真竜を簡単に見捨てることが出来るというのであれば、彼らには十分な戦力が整っているという可能性も十分に考えられる。


「とはいえ、もし現時点で大勢の真竜が準備できているのであれば早々に、そして大々的に襲撃をかけてくるはず。セブンスは、ラインキルヒェン攻略のために早々に攻め落としたいはずですから。それを攻めあぐねいているのであれば」

「そこまでの人数ではないということか」

「はい、諜報部門では何か情報は?」


 僕はここまで一度も発言のなかった諜報部門の責任者の方に目を向ける。


「申し訳ありません」

「今後、我々がザンクト・ツォルン、いえあらゆる敵と戦い抜くために、諜報こそ求められます。必要であれば、人材、予算、計画の提案をお願いします。コール家、ウェイブ家のつてをたどって情報網の拡大にも協力します」

「分かっています。我々も、責任は痛感しています」


 僕の勝手な素人考えではあるけれど、レンジャーズにおいては諜報力の低さが、今回の事態の根本原因の一つであると思っている。ザンクト・ツォルンの動向も、真竜の存在も把握できていなかったのは、レンジャーズにとっては事前に対策を立てることが出来なかったことを考えると、かなり手痛いことだった。


「人間の姿で近づき施設の近くで変身、襲撃する。この手段が常とう化されてしまえば【制空権】は有って無いものになってしまうな」


 ロヘナさんは椅子の背に持たれながら腕を組んだ。

 セブンスがザンクト・ツォルンに狙われているのは、セブンスが重要な資源拠点であるラインキルヒェンの真上に位置し、資源採掘から輸送までのルートを保持しているからにほかならず、そのためにもセブンスには敵が近づけない、近づけさせてはならない、十分な【制空権】を保有する必要があった。

 たとえ空から地上からセブンスかラインキルヒェンを襲撃しようとしても駆けつけることが出来る絶対的な距離。レンジャーズはそれを保つ力を有し、誇示してきた。しかし、真竜がこっそり侵入できるという事実は、ロヘナさんの言う通り【制空権】の形骸化を意味している。戦略は大きな転換を迎えることになるかもしれない。


「いずれにしても、僕一人で戦い抜くことは不可能であるとは思っています。先ほども言った通り、必要であればアイラムにも出撃はしてもらいます」

「それでも二体だ。耐えれるのかね」

「……もう一人、出てもらうつもりでいます。ボアザさん」

「はい、先日警備隊が確保した捕虜が真竜の力を持っていました。そして我々が保護している始祖竜アイラムをザンクト・ツォルンから守る、と言う目的は我々と一致しています。彼を捕虜ではなく、司法取引によって解放したこととし、レンジャーズに入隊した、と言うことにすれば、条約には違反しないと考えています」

「というのはこちらの勝手な言い分でしょう? 条約違反には変わりはないわ。大丈夫かしら」


 眉をひそめて首をかしげたのは調竜部長ササワさんだった。


「不安はあります。たしかに他の島との連携のために、何よりガイスト本島との関係も悪化させないためにも、条約や法律の取り扱いには十分かつ慎重な対応は必要です。が、真竜の運用に限ってはそうは言っていられないはずです」

「ごめんなさいね、否定するつもりは無かったのよ。でも、本当に、冷静に取り扱うべきよ。協力関係になり得ても、始祖竜や真竜を研究していた組織の人間、何を知っていて、何を隠しているかわからないのだから」

「ありがとうございます。捕虜の取り扱いは今後も検討は必要ですが、新設部隊配下で管理したいと考えています。議長、いかがでしょうか」

「他に御し得る部隊はありはしませんからね、仕方がないと言ったところですかね。異論がある方は?」


 誰も挙手や起立をする者はいなかった。


「ありがとうございます、では次に……」


 それからも僕たちは、様々な議題に対して意見を交換し、様々なことを決めていった。

 キヌアギアさんの幕僚会議議長就任に伴う、新たな北方師団長の任命を含む幹部の人事、二師団体制の維持の確認、対ザンクト・ツォルン体制の強化方針と部隊再編、幕僚会議の権限の及ぶ範囲など、数え切れないほどのことを一気に確認し、決断していった。

 そして長い会議も終盤に差し迫ったころだった。


「さて、他に意見が無ければ次の議題に。ある方は挙手を――」


 キヌアギアさんの言葉を掻き消すように鳴り響いたのは、基地の警報だった。


「どうした、何があった!」

「フィセナ基地司令より、通信が入っています!」

「フィセナさんから? 通せ!」

「はっ!」


 伝令などを使わず、フィセナ基地司令自らが報告をするほどの、基地に警報を鳴らす事態とは。会議室にいた幹部たちに、一斉に緊張が走る。

 キヌアギアさんは通信端末を会議室に備え付けてあった映像装置に接続に、室内の幕に映像を投影する。映し出されたのはフィセナさんだった。慌てている素振りは見せないようにしているけど、その顔には少しだけ焦りが見える。


「キヌアギアくん。いや、幕僚会議議長。早速だが出番のようだ」

「何です、わざわざ警報を鳴らすなど」

「基地には私の独断で臨戦態勢を指示した」

「臨戦? 敵襲と言うことですか!」


 キヌアギアさんの会話を聞きながら、ロヘナさんは自分の部下に何か指示を出し始める。ササワさんも通信端末で何かを確認しているようだ。


「断言は出来ん。フィフスから竜が三体接近してきている」

「フィフスなら、ユナイトとわけが違う。ザンクト・ツォルンで間違いないのではないですかね」

「逃亡や投降の線もゼロではない! が、限りなくゼロに近いと判断しての、臨戦だ。基地部隊は一旦残存勢力で防衛体制を取る。他部隊の配備と指示を任せたい」

「わかりました。皆さんお聞きの通りです! ムグエド、北方師団長としての初の実戦だ、頼んだぞ」

「はっ!」


 そう告げられ敬礼したのは、幕僚会議議長となったキヌアギアさんに代わり北方師団の代表としてこの会議に出席し、そして新北方師団長に任命された副師団長ムグエド・ショウさんだった。ムグエドさんもまた部下に指示を出し始める。キヌアギアさんはそれを見届けた後、僕に声をかけてきた。


「ヨエクくん、君にも出撃をお願いしたいんですがね、出れますかね?」

「僕はまだ、あなたの直接の部下になったわけではありませんよ」

「分かっていますがね、事態が事態だ」

「まだ真竜が相手か分からないじゃないですか」

「分からないからこそ、君の出撃が必要なんですがね」

「それに、仮に出ても僕は真竜には変身できません」

「おっと、それは困りましたね」


 僕は先のノナクとの戦闘で、暴走しかけるほど魔力を使った。変身が全くできないわけじゃないけど、変身を長い時間維持することも、その状態で戦うことも多分無理だ。


「じゃあアイラムを出しますかね、どうです?」

「いや、敵の目的が分からないのであれば出せませんよ!」

「まぁ、そうでしょうな。だとすれば、おのずと答えが出ておりますが……どういう指示を出しましょうかね。ね、ボアザ法務部長」


 そう言ってキヌアギアさんは、この非常に緊迫した状況の中で、にたりと笑って見せた。ボアザさんは無言のまま仕方がないという表情を浮かべて見せた。

 将軍ヨエキア・コールを失ったレンジャーズに対して、ザンクト・ツォルンは容赦なく襲い掛かってくる。そして降りかかる火の粉を払うためには、どんな手段だって講じて見せるしかない。

 僕はキヌアギアさんの思惑を読みながら、自分の戦う決意をもう一度心の中で確認していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る