10 Hearing Survey -立場-

 ザンクト・ツォルンの襲撃で将軍ヨエキア・コールは命を落としたけど、彼は僕とレンジャーズに遺言を残していた。遺言に従い、僕はレンジャーズの暫定司令に、そしてキヌアギア・ネレイド北方師団長を議長とした幕僚会議を組織することとなった。


「会見お疲れ様です。フィセナ基地司令」

「ヨエク・コール、わざわざ待っててくださって」

「無理をお願いしたのはこちらですから。ですが、ひとまずこれで世間への示しはつきました」


 会見を終えて会見場から出てきたポーツァベンド基地司令フィセナ・コムさんを、僕とキヌアギアさんで出迎える。短い会見だったけど、フィセナさんはかなり疲れた様子だった。


「ひとまず、でしかないのが難しいところですね。よどみなく答えたつもりではありますが、やはり言えることが少なかった。今後事実を公表するたびに、風当たりは強くなっていくでしょうね」

「しかたのないことです」

「しかし、さすが将軍のスペシャル・チルドレンだ、と言う言い方をしてしまうと不愉快ですかね」

「それも、仕方のないことと言えばそうですから、別に気分は悪くはないですよ」

「それは失礼しました。しかしキヌアギア師団長、随分とヨエクくんにべったりだが、なんだ、将軍から難しいことを請け負ったか?」

「そういう探りの入れ方、相変わらずですなフィセナ基地司令。直にお話しますよ」

「ふむ、では待とう。私は司令室に戻るが」

「はい、ありがとうございました」


 フィセナさんはそう言うと基地の司令室へと戻っていった。まだ基地は混乱が続いている。


「キヌアギアさん、ありがとうございました」

「ひとまず対外的には示しはつきましたな。まぁ、今後のことは激しく追及されそうですがね」

「それをどうするかの、幕僚会議です」

「勿論です」

「では、話を聞かせていただいても構いませんか? 先ほどの」

「ええ、場所を移しましょう」


 僕とキヌアギアさんは広報部門を後にして、先ほどの会議室に場所を移すため、また廊下を歩いていた時だった。キロアや船長たちと鉢合わせをした。船長から僕に声をかけてきた。


「ようヨエク、お疲れだったな」

「疲れるのはこれからですよ。やらなきゃいけないことは、山のようにありますから」

「その様子だとそうらしいな。キヌアギア北方師団長も、ご一緒ですか」

「ジョナサン船長も元気そうで」


 警備隊の一船長とはいえ、島の首長の息子である船長の顔は意外と広い。基地を兼用していることもあるけれど、権力者の息子であるから、基地内でも顔が利く。それをあまり偉ぶらないのは船長のいいところだけど、もうちょっと利用したって罰は当たらないだろうに。


「ヨエク、大丈夫ですか? 少し疲れているんじゃないですか?」

「大丈夫ですよ、これぐらい。僕だって」

「またそうやって、無理をしようとして」

「無理じゃないですよ。僕は」

「まださっきの戦闘の疲れが癒えていないでしょう」


 キロアが心配してくれるのは分かるし、うれしいことだ。だけど僕にはやらなきゃいけないことがある。キロアを守るために、やらなきゃいけないことが。


「ヨエク・コール、挨拶もこれぐらいで。話の続きをするのでしょう?」

「そうですね、キヌアギア師団長。じゃあキロア、また後で」


 僕は心配そうな顔をするキロアに背を向けて、キヌアギアさんと共に会議室へと向かう。


「あれが始祖竜アイラムですか」

「彼女を守れとヨエキアに、将軍に言われました」

「言われたからやっているわけではないように見えますがね」

「それは、そうだと思います」


 僕は軽くした唇を噛む。何だか、何かが、心にひっかかる。僕はアイラムを守るために、戦おうとしているのに。

 僕とキヌアギアさんは会議室に着くと、椅子に腰を掛けて向かい合った。


「さて、何から話しましょうかね。知るべきことは多いが、時間は多くない」

「僕は、コールズ・レンジャーズという組織は、ヨエキア・コールがコール家の私設軍として設立した以上、将軍麾下一枚岩かと思っていて、だからこそ将軍のことをよく知るあなたが後継者として適任と考えていました。でもあなたは早計だ、レンジャーズを知れと仰った。それはつまり、レンジャーズは一枚岩ではないと」

「一枚岩ではないと言うほど、ごたごたしているわけではないんですがね、ただまぁ、そういう解釈もできます」

「聞かせてください」

「レンジャーズは2師団を有しています。これは正規軍時代の組織をそのまま傘下に収めたからなのですがね、我々北方師団は昔ヨエキア将軍が率いてた軍で、直接息がかかっているんです。ですが、南方師団はザッペ副司令麾下の部隊。そのザッペ副司令自身はヨエキア将軍に仕えていたからいいのですが、そこに仕えている人間たちは違うわけでしてね」

「将軍ではなく、ザッペ副司令に仕えていると」

「彼らもコール家の私設軍であることは理解していますがね、誰がレンジャーズを率いるのかとなれば、下手な人事をすれば難色を示すかと思いますがね」

「将軍をよく知るからと言う理由で、あなたが司令になるのを快くは思わないと」

「俺も、指揮を執るうえで面倒ごとは御免ですからね」

「面倒ごとを嫌い、あなたが僕に吹き込んでいる可能性も」

「それはご自分で見極めてください。俺が嘘ついていたとして、嘘ついていますよなどと言いはしませんよ」


 その通りだ。キヌアギアさんは優秀な人材で、頭も切れる。今のところ間違いなく僕の味方だ。だけど、彼には彼の考えがあり、思惑があり、描く未来がある。


「何故、レンジャーズだなどと言う無謀な組織を、将軍は立ち上げたのでしょうか」

「無謀ではないと思ったからかと思いますがね。本島の防衛省長官を仰がなければ動かせないような、旧時代めいた文民統制に限界を感じていたのかと」

「それは、キヌアギアさんの印象として?」

「ええ、直接聞いたわけではないんですがね。ユナイト、ガネイシア、ヤシマ、他の島だって。均衡はいつまでも続かないと踏んでいたのでしょうな」


 そして今、その均衡は崩れ始めている。ザンクト・ツォルンの台頭がそうだけれども、それ以上に真竜の登場だ。かつて戦闘機が竜に敗れたように、竜は真竜に勝てはしない。真竜を持つ組織が勝つ。だから真竜を持つ組織を、他は大いに警戒するはずだ。ユナイト、ザンクト・ツォルン、そして僕らセブンスをだ。勿論、これらもお互いに警戒を強めていく。


「でも本島にとってそれは、クーデターとしか映っていないわけでしょう? そのリスクは将軍だって」

「それは分かっていましたとも。ですがね、天秤にかけて、私設軍の名目で自分で動かせ、自分で責任を取れる組織が必要だった、そういうことですよ」

「それは、断言なさるんですね」

「将軍から聞いていますから」


 そんな無謀が出来たのも、セブンスのエイブラハム・ウェイブ首長が旧知の仲だったから庇えたことも大きいだろう。将軍ほどの人でも、決して一人で何かをやっているわけではない。だから、組織を作ったのだから。


「ところでヨエク・コール、話を本筋に戻しますが」

「お願いします」

「結局誰がレンジャーズを率いれるのかと問われれば、最適な解などないのでしょうな。俺は御免ですし、それはロヘナ・カラム南方師団長も、板挟みにあってる統制部門も、同様でしょう」

「誰がなっても後腐れ無くというのは難しいと」

「だから後腐れ無いのが、ヨエク暫定司令、君と言うことになるんですがね」

「17歳のただの警備隊員に、軍が取り仕切れると本気でお思いですか?」

「そう考える幹部も少なからずいるし、逆に傀儡としては丁度いいと考える幹部もいるでしょう」

「僕を、象徴として祭り上げてですか」

「将軍の孫、なるほど打倒ザンクト・ツォルンの分かりやすいアイコンだと俺は考えますがね」

「キヌアギア議長として、それを望みますか?」

「であれば、それを話さずに言葉巧みに君をその気にさせることを考えて、そう行動していると思いますがね」


 キヌアギアさんは、にたりと笑った。目は笑っていない。鋭い眼光は、僕に向けられている。僕は、唾もうまく呑み込めない。


「だが暫定司令、君の肝が据わってるのは、事実大したものだと思いますがね」

「覚悟を決めてるだけです」

「それを、肝が据わってるって言うんです。17歳で出来ることじゃない。スペシャル・チルドレンだからってわけではないでしょう」

「巻き込まれず、平穏無事に暮らしたかったぐらいですよ」

「それなら最初から、警備隊などに入ってはいないはずだ」

「それはまぁ、仰る通りです。でも、だけど結局僕はただの警備隊員。ヨエキアの孫だとしても、スペシャル・チルドレンだとしても、です」

「レンジャーズを正式には率いる意思はないと」

「コール家の代表として振る舞うべきことはしますが、やはり兵法は分かりはしませんから」

「しかし、なら他に誰が適任がいるというのですかね? ……という、質問をお待ちでしたかね? 大事そうに資料を手に抱えて」


 キヌアギアさんの言葉の通り、僕の手には資料が握られている。広報部門で入手した、トゥイアメ・バルトロメウ正規軍幕僚長のコメントと、彼の経歴が書かれたあの資料だ。


「お気づきでしたか」

「何を持ち出されたのかと思いましたがね、失礼な言い方ですが、あの将軍の孫であれば、考えられる範囲での一番適切で、しかし常識的に考えて一番ありえない、そういう人選をするんじゃないかと思った時に、あなたが熱心にトゥイアメ幕僚長の資料を読んでいたから、さてはそう言うことだなと、直感が働きましてね。どうです、当たってますかね?」

「さすが、としか言葉がありません」


 キヌアギアさんは、僕の考えをぴたりと当てて見せた。

 つまり、僕は考えていた。僕が何も考えずに後継者にキヌアギアさんに指名しようとしたとき、本人自ら早計だと言ってきた以上、多分キヌアギアさんに限らず、内部の誰を任命してもスマートに事は進まないのだろうと。そんな折に僕が手にしたのが、トゥイアメ幕僚長の資料だった。

 将軍の元側近で将軍のことを熟知していること。敵対していたとはいえ、これまでの裁判でレンジャーズの現状もある程度把握しているであろうこと。そして何より、正規軍においてヨエキア・コール前幕僚長から職務を引き継いでおり、今求められている「ヨエキア・コールの後継者」という役割を、確かに経験しているということ。考えてみれば、これほどまでに最適な人物は他にいないのだ。彼が現役の、レンジャーズと裁判で争っている正規軍のトップであるという事実を除けば。


「逆に、人材の目の付け所としては、私は君にさすがと言いたいところですがね、ヨエク暫定司令。そういう判断は、祖父譲りですかな」

「どうでしょうか、あそこにたまたま資料があったから、トゥイアメ幕僚長がたまたまあのタイミングでコメントを出したから、そう思っただけの話ですし」

「偶然をものにできて、初めて成功者ですよ」

「僕はまだ何も、功を成してませんよ。何も」

「それを、これから成すのですよ。腹を括ったのなら」


 キヌアギアさんはまた、にたりと笑った。ああそうだ、僕はまだ何も成してはいない。結局、僕はまだキロアを守っている最中で、将軍のことは守れなかった。僕はまだ何も成していない、これから何かを、成さなきゃいけないんだ。


「とはいえ、現実的にトゥイアメ幕僚長の招聘は骨が折れると思いますがね」

「容易ではないことは、理解しているつもりです」

「容易ではない、というレベルではないでしょうな。正規軍の幕僚長を引き抜くなど」

「しかし、間もなく定年で退役されます」

「体があくからと言う問題じゃない、立場を考えれば、と言うことです」

「最悪、招聘に犠牲を払う必要があるなら、払う覚悟はあります」

「裁判の敗北を受け入れる? それは本末転倒だと思いますがね」

「はい、だからそれを受け入れるつもりはありません、ただ防衛策や人材、兵器で譲歩できるところがあれば、返還でことを収められるのなら、あるいは」

「いや、そういうところは流石に些か考えが甘いと言わざるを得ない、ヨエク暫定司令。やはりまだ、駆け引きの術は分かっていても、先読みが足りていない」

「だめでしょうか」

「人材、兵器の返還を認めれば、事実上の敗北だと思いますがね、事実がどうであれ、この場合は周囲にどう映るか。それが敗北と映る結果であれば、それは敗北なのですよ、つまり」

「キヌアギア議長の主観が混じっています」

「主観の混じらない、絶対客観な意見を言える人間を見たことがありますかね? 客観のふりをしている意見こそ、主観ではないかと疑うべきだと考えますがね」


 言われてみればもっともだ。キヌアギアさんの話に、全面的に納得したわけじゃない。だけど、僕一人で勝手に急いて判断することではないな。


「まぁ、そのための幕僚会議です。百戦錬磨の元軍人相手に、どこまで口で渡り合えるか見ものですよ」

「面白がらないでくださいよ、キヌアギア議長」

「はっはっは、でも俺とこれだけ話せてるんだから、固くなることでもないでしょう。これから会う幹部たちだって、誰だって将軍の死で悲しんでばかりはいられませんからね、将軍がいなくたって我々はこれだけできるのだ、どうだ見たか、ってぐらいでやって見せるのが最大の供養になるでしょうからね、笑い飛ばすぐらいのつもりでいますよ、個人的にはですがね」

「議長こそ、肝が据わってます」

「そうでなきゃ、できない仕事ってだけですがね」


 そう言って三度笑ったキヌアギア議長の笑顔は、いささか穏やかだった。


「さて、簡単にはお話ししましたが、時間までまだありますな、何か他に聞きたいことは?」

「いえ、あると言えばあるのですが、幕僚会議の前にやっておきたいことがあるんです」

「この状況下で? 急くことがありますか?」

「急いてはいないのですが。話を聞いておきたい人がいるんです」

「話を聞くっていうのは、自分が思っている以上に心身疲弊すると思いますがね、体がもちますか?」

「今、やっておきたいんです。後回しにすべきことじゃないんです。時間があるなら、少しでも有効に使いたいんです」


 僕はそう言った後、キヌアギアさんに挨拶をして会議室を出る。出て少し、その場で立ったまま今の会話を手短に反芻する。幕僚会議に臨むにあたって、喋るべきこと、決めるべきことを忘れぬよう、確かめるために。

 会議室を出た僕はその足で次の場所に向かう。そこは、基地の外れにある独房。会おうとしていたのは他でもない、捕虜としてここに収容されている真竜サドゥイことテザヤル・ファン・カリオテだ。

 監視役の兵士に事情を話して、面会の手筈を取ってもらう。面会室で待っていると、ほどなくテザヤルさんがやってきた。


「貴様の方から訪ねてくるとは、どういう風の吹き回しだヨエク・コール」

「すみません、伺いたいことがあって」

「それより、基地が随分と混乱しているようだが、何かあったか」

「基地よりも、ご自分の心配をした方がいいんじゃないですか。あまり供述していないと聞きましたよ」

「するはずがないだろう。私にも立場がある」

「今の捕虜と言う立場も、忘れないでくださいよ」

「それであれば、捕虜の私にも基地の現状を知る権利はある」


 テザヤルさんの態度の大きさは相変わらずだったけど、今のところ大人しく捕まっていてくれている。真竜の力をキロアに奪われているから、真竜に変身して脱走だなんてことは出来ないけど、この間は真竜と同じように竜の声を聞いて、話しかけることが出来ていた。僕も真竜の力を授かる前から聞くことだけはできていたわけだから不思議はないのだけれども、だとすれば気づかれないうちに仲間と連絡を取り合っている可能性だって十分に考えられる。が、それを取り調べるのは僕の仕事じゃない。僕が聞きたいことは別にあった。


「この間ホテルを襲撃した竜が、基地を襲ってきたんです」

「奴がか。どうなった? また追い返したか? ……いや、違うなその顔は。貴様まさか、やったのか?」

「レンジャーズが敵の襲撃を受けて、それを凌いだ、お話しできるのはその事実だけです」


 分かっている、そんなことを言ったって、どれほど取り繕ったって、僕の動揺を見逃すほどこの人は鈍感じゃない。


「どうりで顔つきが変わったと思ったが」

「別に、変わってはいませんよ」

「まぁ、私には関係のないことだ。話があるのだろう?」

「はい、あなたの見解を伺いたくて」

「見解?」


 僕がテザヤルさんに聞きたいこと、それは敵の真竜のことだ。今レンジャーズにおいて、真竜の知識を有しているのは、竜研から来たテザヤルさんだけだ。彼の立場上、真竜のことを話せば竜研のことを認めてしまうことになるから話せないだろうけど、反応を見るだけでも意味はある、僕はそう踏んでいた。


「この間と今日。これまで2回、セブンスは真竜の襲撃を受けました。いずれも同じ真竜であり、証言から断言はできませんが、ザンクト・ツォルンから来たとみて間違いないと思います」

「ザンクト・ツォルン、ガイストと敵対しているテロリストだったな」

「はい、彼らはただのテロリスト、そう思っていました。しかし実際には真竜の力を有していた。竜研は何か知っていたのでは?」

「竜研に関して私の口から語れることは何一つない」

「聞き方と質問を変えます。あの真竜は、竜研から逃げ出したものではないのですか?」

「仮に私もあのノナクと言う真竜も竜研から来たのだとすれば、私が奴と敵対する理由は何だ? 仮に敵対していたとして、あの時の我々の反応が、元々知っている者同士の邂逅に見えたか?」


 テザヤルさんの質問に対する僕の答えは、ノーだ。と言うよりもその答えは、多分そう答えるだろうと予測していた。ノナクはアイラムのことを偽物と呼び、キロアは彼らのことを知らなかった。真竜は始祖竜アイラムから力を分け与えられることで変身出来るようになる。でも、そのキロアが真竜のことを知らなかったのだ。テザヤルさんが知っている可能性は低い。


「だとすれば、彼らは何者だと思いますか? 始祖竜の力を受けず、真竜になる方法があると?」

「そんな方法はありはしない」

「なら」

「私の口から語れることは無い。が、貴様だって大方予想ついているのだろう?」

「……ノナクは、アイラムのことを偽物と呼んでいました。何故アイラムを偽物呼ばわりするのか、引っかかっていた」

「そこに気付いているのなら答えは出ているようなものだろうに」


 テザヤルさんの言う通りだ。考えはいたってシンプルだ。

 真竜は始祖竜アイラムから力を授けられなければ変身することは出来ない。

 ノナクはアイラムのことを偽物呼ばわりしていた。

 導き出される答えは一つ。ザンクト・ツォルンにも、始祖竜アイラムがいるということだ。


「答え、と言うことはそれがあなたの見解と捉えても」

「貴様の中での答えと言う意味だ。私個人はその件に見解は持たないし、語ることもない」

「僕は、真竜のことを何も知らない、この力を手にしても、この力が何なのか分かってさえいないんです。だから、あなたに頼っているんです」

「情に訴える前に、捕虜の扱いをやめてもらえれば済む話だが」

「それとこれは別です」

「分かっているさ」


 テザヤルさんは腕を組んで、不機嫌そうに後ろにのけぞった。だけど多分、これでもテザヤルさんとしては大分喋ってくれた方だと思う。自分の立場で言える範囲で、最大限。


「あの、何故この間は助けてくれたんです?」

「戦闘の時にか?」

「はい、しかも戦うだけじゃなくて、真竜の力を僕に与える後押しまでしてくれて。最初に会った時、あなたは僕を殺そうとさえしたんですよ」

「あれはアイラムの協力者を増やしてはいけない、そう考えていたからだ。だがザンクト・ツォルンの襲撃で状況が変わった。貴様はアイラムを守るために必要な存在だ。そうしなければアイラムを守れないと考えれば、どんな手でも打つ」


 そうだよな、なんとなく分かっていたけど、この人も将軍や首長と一緒なんだ。目的のためにはいい意味でも悪い意味でも手段を選ばないんだ。そういう覚悟を持っている人ってことだ。


「これからも、力を借りることがあると思います、お願いできますか」

「捕虜に協力を依頼するなど、常識外れだが、私とてアイラムをザンクト・ツォルンにやられるわけにはいかないからな、状況次第だ」

「分かっています。……あ、そうだあと」

「多いな」

「すみません、これで本当に最後です。気になっていたことがあって。あなた、自分の竜を竜石無しで操っていたじゃないですか、三体も。あれも真竜の力?」

「その一種だが、一度会得すれば真竜でなくなった今でも操れる」

「現にこの間やってましたもんね」


 ホテルが襲撃された際、テザヤルさんは自身の三体の竜を、竜石無しで操っていた。最初に会った時もそうだ。


「あれ、僕もアズールとできるようになりますか?」

「アズール? 貴様のあのレグルス種か」

「はい、大切なパートナーです」

「……それぐらいは教えてやろう、と言いたいところだが。言って説明できるものでもないなあれは」

「勿体ぶって」

「そうじゃない。言葉での説明は難しいのだ。今度時間を作って、貴様も真竜の姿になってあのレグルス種としっかり触れ合ってみるといい。自然と分かってくるはずだ」

「分かりました、ありがとうございます!」


 随分と漠然としたアドバイスだけど、嘘はついていない様子だ。蔑ろにしているつもりは無いし、毎日ちゃんと触れ合ってはいるけれど、それでも最近キロアとの訓練ばかりで、まえに比べたらアズールといる時間が短くなっていたな、落ち着いたらちゃんと、アズールと久々にゆっくり触れ合いたいな、今日の夜にでも時間を作るか。

 僕は監視役の兵士に挨拶をして、面会室を後にした。

 テザヤルさんは、態度こそあれだけど、かなり協力的な方と考えていいだろう。脱走や裏切りは、今のところ考えにくい様子だ。勿論、キロアがザンクト・ツォルンに狙われている現状では、と言う前提があるけれど。

 でも、だとすればテザヤルさんを竜乗りの一人としてだけ見ていていいのか? 真竜に対抗できるのは真竜だけ。そして、ここには真竜の力を使える人間がいる。一体でも多くの真竜が必要な状況だ、キロアに言って、テザヤルさんにサドゥイの力をもう一度与えてもらうべきだろうか、いや真竜の力を手にすれば何をするか分からない。真竜に変身できれば、大人しくこんなところで捕まってたりもしないだろう。

 時期尚早、そう考えるしかなさそうだ。


「まだ時間は少しあるけれど」


 僕は基地内で飲み物を買って喉を潤すと、基地内にある中央司令室の横にある大会議室へと向かった。扉の前ではキヌアギアさんがすでに待機していた。


「キヌアギアさん、皆さん揃っていますか?」

「いや、まだですがね、どうします? 待ちますか?」

「待ちましょう。説明も二度手間になってはいけませんから」

「じゃあ、奥の休憩室で少し休んでるといいでしょう、疲れを取るのも、仕事のうちだと思いますがね」

「そうさせてもらいます」


 僕が飲み物を手にしていることに気付いて、キヌアギアさんが気を効かせてくれたのだろう。僕は休憩室に入り、小さく溜息をついた。そして頭の中で事柄を整理する。これから臨む幕僚会議は、キヌアギアさんやテザヤルさんと話をするのとわけが違う。もしかしたら主導権の握りあいになるかもしれない。

 でも、僕はやらなきゃいけない。キロアを守る、そのために何をしなきゃいけないのか、どういう形がベストなのか、将軍は僕に何を期待し、何を託そうとしたのか。

 それを話し、レンジャーズの未来を決めなきゃいけない。


「全員到着しましたよ、始めますかね」

「分かりました、行きます」


 数十分後、キヌアギアさんが僕を呼びに来て、僕は彼と共に大会議室に入る。ずらりと並ぶ10人前後の男性たち。そこらの兵たちとは違う、修羅場を乗り越えてきた顔。僕でさえ一瞬見ただけで分かる。この張りつめる様な空気感も、経験したことが無い緊張感。

 僕とキヌアギアさんが着席すると、キヌアギアさんは全員を舐めるように確認した後、咳ばらいを一つして息を吸い込んだ。


「皆さん、大変な状況で集まっていただきありがとうございます。これより、幕僚会議を開催いたします」


 静かに、力強く宣言されたその言葉によって始まった幕僚会議。

 志を同じくしながらも思惑を抱え、違え、まみえる男たち。アイラムを、レンジャーズを、セブンスを、ガイストを守りたい、その目的のために何ができるのか、何をすべきなのか、僕たちが直面している状況は、これからの未来を大きく変えるかもしれないことを、僕は肌で感じていた。

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