第二部:レンジャーズ再建
09 Quínuagear Nereid-後継-
キロアから真竜エリフに変身する力を授かって僕はどこか浮かれていたのかもしれない。
勿論それだけが原因じゃないけれど、僕は思うだけでは守りたいものを守れないことを痛感せざるを得なかったわけで、だとすれば僕に足りないものは何なのか、今まで以上に考える必要があった。
「ザンクト・ツォルンが犯行声明ですって?」
戦闘後、魔力切れで動けなくなっていた僕は医務室で休憩していたけど、にわかに基地が慌ただしくなって聞いてみたら、先の基地襲撃に対してザンクト・ツォルンが犯行声明を出したという情報を聞いた。僕はキロアと共に医務室から飛び出して映像装置のある会議室に入った。たまたま船長や先輩、スウケさん、イニさんらクルーもここにいた。さっき先輩とスウケさんに助けてもらえたのも、今日はうちの班が警備隊の業務ではなく軍での訓練の予定だったからだ。警備隊は僕たちの船だけじゃなく、いくつかの班が持ち回り警備を担当している。警備隊がレンジャーズに接収される話が出てからは、今まで以上にローテーションが慌ただしい。
僕は船長の隣に立って話を聞いた。
「今、改めて最初から見るところだ。体調はいいのか?」
「休んでられませんから」
「無理をする時ではないだろう」
「船長だって、戦闘船の指揮の指導受けてるって話を聞きましたよ」
「そういう事態に備えるって話だ。お、始まるぞ」
船長に言われて、僕は映像に目を向けた。映っていたのは目元を仮面で隠した男の姿だった。白装束に身を包み、竜石を抱えている。年齢は分からないけど、若くは見える。十秒近い沈黙の後、男が言葉を発し始めた。
「これは聖者の言葉である! 人は、人がなぜ人であるのかを忘れ、思いあがっている。人が人を作り、竜を作り、大地を作り、偽りの世界を作り、一部の権威者だけが資源をむさぼり、食いつくそうとしている。何故世界はゆがめられてしまったのか! 聖者は今大変心を痛めておられる。聖者はその怒りによって、慈悲とし、世界を救う者である!」
「なにが世界を救う者だ。テロリストのくせに」
近くにいた先輩が、ぼそりとそう呟いた。将軍を殺されたからどうこうと言う話じゃない。そもそも彼らはガイストのフィフスを武力で制圧している。立派な侵略行為だ。その行為のどこに、正義があるっていうんだ。
「しかし聖者は、世界に仇なす者を許さない。人は武力によって抑圧されるものではない。故に! 武力によって人々を抑えつける輩は、聖者の名のもとに粛清されるべきものである! 賊軍の首魁ヨエキア・コールの粛清は、その始まりに過ぎない!」
賊軍の首魁、よく言ったものだ。自分たちとガイストの立場を都合よくすり替えている。
「始まり、つまりセブンスに対する宣戦布告ってことでしょうか」
「断言はしかねるが、まぁそう捉えるべきだろうな」
船長は険しい表情で僕の問いに答えてくれた。その直後映像が切り替わり、どこから撮影していたのか、将軍を乗せていた飛行機が真竜ノナクによって爆破される映像が映し出され、それと同時にレンジャーズ兵からは悲鳴、溜息、怒りの絶叫、色々な声が聞こえてきた。
「聖者は、一部の権威者のみがむさぼる資源を、弱者へと解放するために戦いの手を止めることはない。正しき世のために、我々は聖者の意思のもと戦う者である! そして、この行いは何人たりとも止めることは出来ないものである! 聖者の祝福を! 聖者の祝福を!」
力強い言葉、と言えば聞こえがいい。耳障りのいいことは言ってはいるが、その内容はめちゃくちゃだ。僕はそう感じた。でも、実際に聖者の言葉を信じて、聖者のために戦う人間がいるのは事実だ。さっき僕が戦ったノナクだってそうだ。声の感じは若かったし、もしかしたら僕とそう歳も変わらないかもしれない。そういう相手を、僕は殺したんだ。
「映像はここまでです」
映像を再生していた兵士がそう告げると、会議室は一斉に騒がしくなった。冷静に今後のことを話す者、言葉なく呆然とする者、怒りで当たり散らす者、はばからず泣き崩れる屈強な兵士もいた。ただ、反応に違いこそあれど、全員に共通して言えることがある。それは、間違いなく将軍ヨエキア・コールを慕っていたと言うことだ。
「で、どうするんだ?」
「どうするって」
「ここにいるのは、コール・レンジャーズ。コール家の私兵だろう?」
「意地悪を言って、僕だって同じようなものですよ!」
「だが、コール家だろう?」
分かっている。そもそも僕はスペシャル・チルドレンだ。ヨエキア・コールの後釜として育てられてきた。それにしたって、僕はまだ17歳だ! 僕に意見を求められたって!
「ヨエクさん、こちらでしたか」
不意に、聞きなれない声が僕に呼びかけてきた。振り返るとそこにいたのは50代半ばの男性だった。レンジャーズの人間だとは思うけど、制服を着ていないし、びしっと黒装束を決めている。髪も整っていて眼鏡もかけていて、痩せ気味で軍人って感じはしない。
「法務部門のボアザ・ハントです。お見知りおきを」
「ヨエク・コールです。法務がどうしたんです」
「ヨエキア・コールの言葉として、お伝えすべきことがあります。一緒に来ていただけますか」
ボアザさんは静かな口調でそう言った。基地の混乱に反して、随分と落ち着いた雰囲気だ。僕は船長や先輩と顔を見合わせる。
「行ってこい」
「しっかり聞いてくるんだな」
船長と先輩の言葉に僕は静かに頷いた。多分、僕も、船長も先輩も、これから話される話がどんな内容なのか知らないけれど、多分概ね近しい予想を共有できているのだと思う。
「お願いします」
「ではこちらへ」
僕はボアザさんに連れられて基地内を移動する。
「あの」
「なんでしょう」
「将軍は、このことを予期していたのでしょうか」
「それは法務部門では分かりかねますが。ただ、あの年齢になれば、自分がいなくなった後のことを考えるのは、不思議なことではないかと思います」
「ボアザさんは、何かを悟ってらっしゃったから落ち着いているのでは」
「落ち着きが無ければ、法務は務まりませんから」
そういうものだろうか、と思いつつ、僕とボアザさんは応接室の前まで来た。
「失礼します」
「どうぞ」
「ヨエク・コールさんをお連れしました」
ボアザさんがドアを開けると、中ではすでに一人の男性が座っていた。やや細見ではあるものの、服の上からでもわかる筋肉質な体格。レンジャーズの制服をラフに着こなしているが、その胸にはきらびやかな星が並んでいる。40代半ばの彼は三白眼鋭くこちらをじろっと見てきた。ボアザさんと違って、軍人らしい軍人と言った感じだ。そして僕はこの人を見たことがある。
「こうして、挨拶をするのは初めてですかね、ヨエク・コール」
「こちらこそ、キヌアギア・ネレイド北方師団長」
キヌアギア・ネレイドさんはレンジャーズの北方師団を率いる師団長だ。現在47歳、師団長としては若いけど、彼はかつて正規軍時代に将軍の子飼いとして軍事のイロハを学び、その後スピード出世を遂げた人物で、将軍が最も信頼を置いている人物の一人だ。そしてレンジャーズ発足の際にはふたつある師団のうちのひとつを任されていた。そしていずれはきっと、もっと大きいものを任せるつもりだったはずだ。
対する僕は将軍の孫であり、僕もまた将軍の後継者として色々指導を受けていた身分だ。僕とキヌアギアさんは直接知り合うことはなく、将軍を通じて何度か顔を見かけた程度だけど、お互いの存在はそれなりに知っていたし、意識もしていた。
「ボアザ法務部長、単刀直入だが、俺ら二人がそろったってことは、これから話すのはレンジャーズの今後ってことでいいんですかね?」
「察しが良くて助かります。ここに、将軍ヨエキア・コール司令の遺言があります。お二人にはその概要をお聞きいただきます」
そんなとこだろうとは思っていた。さっきのボアザさんの口ぶりからして、そういう話だろうなとは予測がついていた。レンジャーズの法務部門ってことは、将軍の遺言ぐらい預けてたって不思議じゃない。
そしてここにいる僕ら二人は、将軍の後継者として育てられてきた二人だ。おのずと話は見えてくる。
「必要なところを手短に、かいつまんでお話させていただきますが」
「頼みます」
「では。まず、将軍は自身が指揮を取れない事態に際して、その後継者を指名していました。そしてそれは、ザッペ・モーレ副司令です」
ザッペ・モーレ副司令は将軍の後輩で、側近中の側近だ。右腕として将軍を長らく支えてきた人物だ。しかし。
「しかし、ザッペ副司令もまた、先刻の襲撃の際、将軍と共に飛行機に乗っておりました。よって、彼もまた執務不可となります」
そのあたりは将軍の、ザッペ副司令の、そしてレンジャーズ自体のリスク回避の甘さだ。組織のツートップがそろって移動しようとすれば、こういう不測の事態に、最悪の結果を招いてしまうのに、それを怠っていたのだ。ホテル襲撃があった直後にもかかわらずだ。
「組織の一番二番を一瞬で失ったんだ、兵だって浮き足立ってる。じゃあどうするって話になるが」
「はい。それが遺言の続きとなります。もし、自身も、ザッペ副司令も執務不可となった場合は後任の人事決定まで、コール家を代表してヨエク・コールに暫定的に司令相当の権限を委譲する、とされています」
ボアザさんがそう言い切ったのを待って、僕は唾を呑み込んだ。
後任の人事決定まで、暫定的に。そんな言葉は有ったけれど、僕がレンジャーズの司令に指名されたのは事実だ。
「あまり驚かれないのですね」
「僕がヨエク・コールである以上、いずれは訪れていたことですから。とはいえ、早すぎます。僕はただの警備隊隊員ですよ」
「コールズ・レンジャーズはコール家の私設軍。コール家の人間が指揮を執るのは当然のことかと」
「僕には父だっていますし、その弟もいる! 僕じゃなくたって!」
「その方たちが、レンジャーズを率いることをヨエクさんが想像できるのなら、それでも構いませんが」
「それは、それを言ったら誰だっていませんよ! ヨエキア・コールの代わりなんて!」
「だから、あなたが指名されているのですよ、ヨエク・コールさん」
「そんなの勝手じゃないか、そんなの」
確かに、コール家に他に軍関係者もレンジャーズ関係者もいない。ほとんどは軍学校出てそれっきりだ。それは僕だってそうなのに、何だって僕が!
「何も永劫続けろと言っているわけではありません。あなたならこの困難を適切に乗り切り、適切な後継者を任命し、引継ぎができる。そう信じていたから、将軍はあなたに暫定司令を任せたのではないのでしょうか」
「それは、ボアザさんの憶測でしょう」
「そばで見てきたから、言えることもあります。ご決断を」
「……後継者や今後の方針は、僕の一存で決めていいことなのでしょうか」
「その点に関してのご説明をするために、キヌアギア師団長にもお越しいただいた次第です」
ボアザさんはキヌアギアさんの方を見る。腹を括った様子のキヌアギアさんを見て僕は、心構えの違いを感じさせられた。
「遺言には続きがあります。ザッペ副司令が司令に昇格した場合、および執務不可となった場合は、副司令の役職を廃止し、新たに幕僚会議を新設、意思決定機関とすると」
「幕僚会議?」
「はい。これまでは指揮系統を司令たる将軍ヨエキア・コール、副司令たるザッペ・モーレに集中しておりましたが、その代わりになる、二師団及び各部門の代表からなる、常設となる意思決定機関です。そしてその議長に、キヌアギア師団長を指名するとのことでした」
「幕僚会議、か。てっきり俺は副司令かと思ったが、そういうことですか。まぁ、権限が違うが、概ね一緒だろうし問題はないですがね」
キヌアギアさんは幕僚会議の新設に少しだけ驚いた様子だったけど、それでも動揺はない。
「あの、キヌアギアさんなら、レンジャーズの司令も務まるのではないですか? ヨエキアの薫陶を一番受けているのでしょう? 僕よりずっと」
「ヨエクさんが、そう見定めて任命するのなら暫定司令の決定、否定はしませんが」
「だがそれは早計すぎるってやつですよ、ヨエク暫定司令」
「キヌアギアさん、でも!」
「もう少し、レンジャーズのことを知ってからでも、遅くはない、違いますかね?」
「ことを急ぐ時です!」
「だが、焦る時じゃない」
「それは、そうですけど」
急がなきゃいけない、でも焦っちゃいけない。くそ、将軍にだっていつも言われてたじゃないか、こういう時こそ、考えなきゃいけないんだ。精一杯考えなきゃ。
将軍にも言われた通り、優先して考えるのはキロアの身の安全のことだ。そのために僕に何ができる? レンジャーズをどう動かす? 竜研は、ザンクト・ツォルンはどう出る? 警備隊をどうする? 正規軍や警察とどう連携する? 民間人にどう説明する? 本島やユナイトとの連携は?
……だめだ、考えることが、多すぎる。
「ヨエク暫定司令、多分君も将軍に言われてるからそうだと思うんですがね」
「……キヌアギアさん」
「考えろ、考えろってのは将軍の口癖だった。俺も常に言われてましたがね、一人で考えられることには、限界があるってもんですよ」
「将軍とザッペ副司令は、それを二人でやってのけていました」
「経験があるからですよ、50年軍人やり通したからこそですよ。最初からそうだったわけじゃない。だが、残されたレンジャーズは未熟。コール家の跡取りも若い警備隊員。それでも、考えて、考えて、組織は進まなきゃいけない。そのための幕僚会議新設である、将軍はこの危機さえ未熟な組織と後継者を成熟させる好機と捉えていたんじゃないですかね」
「それだって、憶測です」
「憶測だって時には、考える根拠にしなきゃいけない。そういうときもある」
「屁理屈ですよ、そんなの」
「理屈も屁理屈も、責任を持つ、覚悟を持つ、考える、っていうのはつまり、結局のところそういうところだと俺は思うんですがね、ヨエク・コール。あの竜と戦えた君の覚悟を、君はもっと見せる必要がある」
「僕の、覚悟」
僕は、キロアを守る。それだけ願って戦っても、キロアは守り切れない。僕一人がどれだけ考えても、それには足りない。誰かに考えをただ任せるだけでも、解決にはならない。
将軍に言われた通り僕はキロアを守ることだけを考えなきゃいけない。でもそのためには、もっと広く、もっと大きく、もっとたくさんのことを考えなきゃいけない。それはある意味矛盾かもしれない。だから、僕がキロアを守ることに集中するためにも、自分ひとりでただ考えるだけじゃない、誰が何をどう考え、どう理解し、どう活かすのかまで考えて、そのうえで僕自身は、キロアのことだけを考える。それが僕に、レンジャーズにできるのか。
ヨエキア・コールが一人でやってきたことを、組織としてやってのけて初めて、僕とレンジャーズは、将軍が作り上げてきたこの組織を、今以上のものにすることが出来る。キロアを、セブンスを、ガイストを、この空を、守ることができる。
腹を括れ、ヨエク・コール。お前はヨエキア・コールの孫だろう。僕は深呼吸をして、すっと前を見据える。頭は、すっきりしてる。今はかっとはなっていない。
「……キヌアギア幕僚会議議長の名のもとに、統括部門より両師団及び全部門に伝えてください。幕僚会議を招集すると」
「任されましょう」
穏やかじゃない笑みを浮かべて、キヌアギアさんは通信端末を手に取って指示を出し始めた。
「ボアザさんは、将軍とは昔から?」
「30年ほど前の平和維持活動で、将軍が戦争裁判にかけられた時に弁護を請け負った時からです」
「そんなことが」
「むかしから無茶をなさる方でしたから、気苦労は耐えませんでしたが、法務冥利に尽きる、と言えば奇妙でしょうか」
「祖父が信頼した所以が分かる気がします」
「光栄です」
ようやくボアザさんが少し笑ってくれた。冷静であるってことは、感情を持たないってことじゃなくて感情を押し殺すってことなんだなとふと気づいた。
「各所への指示を出したが、少し時間があいたせいで既に各部門情報が錯綜してしまってるようでして。南方師団は一旦独自で警戒態勢を取るために、到着が遅れるそうですな。金融部門、諜報部門はステアウアにいるが、今は飛行機を飛ばせない」
「エアカーなら、時間もかかりますね。二時間あれば揃いますか?」
「三時間見ましょう。今回のことで警察は検問を設けてる」
「分かりました。何かそれまでにできることは」
「今回のことをどう報じるか、広報部門が意見を求めてきてる。どうされますかね、暫定司令」
「直接話を聞かせてほしいです。キヌアギア議長、お願いできますか」
「ご案内しましょう、ボアザ法務部長はここで」
「あ、待ってください。ボアザさんにお願いしたいことが」
僕は頭の中で一つ一つ今目の前にある課題を整理しながら、今やるべきことを冷静にこなさなきゃいけない。折角法務部門のボアザさんがいるのだから、確認すべきことはある。
「先日警備隊で捕まえた捕虜の処遇ですが」
「徴兵したいという話ですか? 将軍からは相談されていました」
「結論は?」
「対外的な風当たりも考えて、条約違反である以上すべきではないというのが法務の主張です」
「僕は、多分将軍も、そう言うことは聞いていないつもりです。道理は十二分に承知の上です。聞きたいのは、捕虜を徴兵した時の、有効な弁明方法です」
「徴兵は前提であると」
「ザンクト・ツォルンとの交戦が激化するなら、やむをえません。すでに一度出撃してもらってる以上、いつ追及されてもおかしくない。あらかじめプレスや会見を広報と詰めてください。キヌアギア議長から何か意見は」
「プレスは詰めるとして、例の捕虜一名のケースにとらわれず、今後民間人やザンクト・ツォルンの捕虜を利用する場合についてもあらかじめケースを上げて考えるべきかと思いますがね。処遇の結論は、幕僚会議に持ち越しましょう。そこでの変更も視野に」
「ボアザさん、その点も考慮を」
「かしこまりました」
ボアザさんはそう言うと、会議室を後にした。
「キヌアギアさん、ありがとうございます」
「いえなに。しかし、面構えは将軍の若い頃によく似ている」
「急ですね。でも、そうでしょうか」
「将軍の若い頃を見たことが無いのでは?」
「そうですね、でも似てるつもりがまずなかったので」
「腹を括られた時の表情なんかは、自然と似るんでしょうな」
「そういうものでしょうか」
「そういうものでしょうな」
にやり、とキヌアギア議長の口元が緩んだ。
「では、広報部門に行きましょうか」
「はい」
キヌアギア議長に連れられて、広報部門の執務室へと移動する。その道中の廊下、僕から彼に話しかける。
「キヌアギアさん」
「なんですかな」
「さっきの遺言、知ってるのはあの場の三人だけでしょうか」
「あとは、法務部門は目を通してるでしょう。さっき会議の招集をかけましたから、伝令と各部門長も」
「他は知らない?」
「漏れていなければですがね」
「幕僚会議実施までは、議長ではなく北方師団長で通してください。僕はコール家の代表として意見を求められているけど、暫定司令であることは伏せましょう」
「情報を錯綜させないためですかね、いいでしょう」
「あと、さっきキヌアギアさんはレンジャーズのことを知れと仰った。話を聞かせていただくことは」
「じゃあ、幕僚会議の前にでも」
「分かりました」
キヌアギアさんに案内されて、広報部門の執務室の担当者と面会する。現れたのは50代後半の恰幅のいい男性と、30代後半の痩せた髭面の男性だった。
「ヨエク・コールです」
「あなたが将軍の! このたびは将軍が、まさかこのようなことに」
「その話は、別の機会に。まだ会見もできていないと聞きました」
「情報が錯綜していて、意思決定がどうなっているのか聞けていないのです。我々の独断で決めるわけにもいきませんから」
「わかりました、キヌアギア師団長と僕で、情報を精査の上で発表内容を判断します。会見は基地司令にお願いしたいのですが」
「お呼びします」
「あと、会見は15分後と報道各社・各協会に伝えてください。どうせ詰め寄られているのでしょうから、通して構いません」
「かしこまりました、おい会見場にマスコミを入れろ!」
慌ただしい中、僕とキヌアギアさんは資料と原稿に目を通す。レンジャーズ、正規軍がそれぞれ得た情報を精査して、状況を整理し、現時点で民間人が知ってもよい情報だけを選び抜き、原稿を推敲する。キヌアギアさんが話しかけてくる。
「会見をしたという事実を作った方がいい。ネガティブな印象を持たれても、分からないことは分からないで押し通すべきですかね」
「賛同します。ザンクト・ツォルンの犯行かどうかは?」
「確認中だが可能性が高い、としよう」
「犯行声明については」
「解析中で通すべきだ、映像が出ているが、入手経路が分からない以上、ザンクト・ツォルンと決めつけ出来ない。将軍の死は?」
「伝えます」
「弱体化を世間に伝えることになる。ザンクト・ツォルンも見るのだから、将軍の死は伏せるべきかと思いますがね」
「どうせ隠してももうばれているでしょうし、騙せません。レンジャーズの力の誇示は、別の形を考えます。事実は事実で言うべきだ。混乱がないことを言えば印象は変わります」
「それこそ、会見まで時間をかけてしまった、混乱が無いと言えば嘘になる」
「では混乱は収まり、今後についての検討内容がすでに整いつつあることにしましょう」
「それが落としどころですかね。広報誰か! 各島の反応を! 首脳陣のコメントが出ている島があれば、反応を用意する!」
僕とキヌアギアさんは、二人で意見を出し合いながら会見内容を整理していく。将軍の後継者同士だからといって全ての意見が一致することは無かったけど、将軍ならどう考えるか、僕らにどう考えてほしかったのか、レンジャーズをどうしたかったのか、考え、悩みながら話をするのは、多分僕ら二人だからできたことだ。
「ポーツァベンド基地司令フィセナ・コムが入ります!」
「フィセナ・コム基地司令です」
「ヨエク・コールです。忙しい中お手を煩わせて」
「いえ、基地での出来事。責任は私にあります」
60代前半の穏やかそうな白髪の男性が、丁寧にあいさつをしてくる。穏やかそうと言っても、彼の制服には多くの星と無数の勲章が付いている。おそらく、正規軍時代のものからも含めてだ。直接会う機会は今までなかったが、警備隊も基地を利用している関係上、顔はよく知っていたし、どんな人物かもうわさで聞いていた。
「こちら、会見の内容です。会見まで2分。問題点があれば」
「いえ、目だけ通してこれで行きます。不明点は調査中、検討中、調整中、で通せば?」
「さすがフィセナ基地司令、話が早い」
「キヌアギア師団長、君とスペシャル・チルドレンの仕事なら、何を疑うというのだ」
随分と雑な買いかぶりだけど、ケチをつけられるよりかはましだ。
「では基地司令! 会見を!」
広報部門の人間に呼ばれて、フィセナ基地司令は会見場へと向かっていった。僕とキヌアギアさんは映像装置で会見の実際の報道映像も逐一チェックしながら、更なる情報に目を通す。
「しかし、師団長にもなって、まさかこんな下っ端みたいな仕事する羽目になるとは、有事っていうのは起こってみないと分からないもんだな」
「下っ端にできる作業ではありませんよ、これを一人でこなしていた将軍を、孫ながら恐ろしく思いますよ」
「だから、それを俺たちが出来るようになるために、幕僚会議が必要であり、コール家の象徴が必要なんだ。分かっていただけると思いますがね」
「他人事とはしないつもりです……ん? これは」
「どうしましたかね、ヨエク・コール」
「ガイスト正規軍幕僚長のコメントが出ています、というか、今出ましたね。見ました?」
「トゥイアメ・バルトロメウ幕僚長が? 係争中だってのにですかね」
レンジャーズと正規軍は、将軍がレンジャーズ決起時に押収した基地、兵器、竜、人員に関して、本島の正規軍と裁判沙汰までこじれている。にもかかわらず出されたコメントは、将軍に対して強い敬意と哀悼の意を表した内容のコメントだった。裁判のことについては一言も触れていなかった。
「将軍の件は今発表したばかりなのに」
「正規軍なのだから、こちらの状況は理解しているさ」
「確かに、それもそうですね」
「元々トゥイアメ幕僚長は、ザッペ副司令同様将軍の側近の一人でしてね、対立して以降は大分心を痛めていたと聞いてますがね」
「お会いになったことは」
「正規軍時代に四、五年ぐらい傘下の部隊に所属してましたがね、直接の上司じゃなかったが面識はある」
僕は報道資料に貼られたトゥイアメ・バルトロメウ幕僚長の写真を見ながら、小さく唸った。映像装置には、フィセナ基地司令の喋る姿が大きく映し出されていた。
レンジャーズに訪れた最大の危機、そのさなか手にしたガイスト正規軍幕僚長の資料に目を通しながら、僕はレンジャーズの未来に関してある一つの可能性を思案し始めていた。
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