07 Fire Dragon-紅蓮-
人類支配を企む竜研から逃げ出してきた始祖竜アイラムこと、キロア・ハート。
そのキロアを狙って、謎の真竜が白昼堂々襲撃をしてきたから、僕たちは決断するしかなかった。
そして僕はキロアの力によって、灼熱の紅蓮竜エリフへと変身を遂げ、真竜たちとの戦いに挑むこととなった。
『セブンスで、勝手をするんじゃあないよ!』
『っ! こいつ、いい気に!』
真竜へと変身し、真竜たちとサドゥイが戦いを繰り広げる空中へ浮かび上がった僕に、橙の竜ノナクが急降下して対峙しようと接近してくる。いいぞ、アイラムへの注意が逸れた、それだけでも僕が真竜に変身した意味がある。
ノナクはその鋭い爪で僕に襲い掛かってくる、それを僕は軽くいなして避けると、すれ違いざま体を大きく回して僕の長いしっぽでノナクの体を叩きつける! 姿勢を崩したまま勢いづいたノナクは地面すれすれまで降下するがすんでのところで身をひるがえし再び僕めがけて上昇を始める。
いいぞ、体も、尻尾さえも、使いこなせる! 物理法則を無視して、魔力で縦横無尽に飛び回れる! 普段からアズールに乗ってやっていることと言えばそうなんだけど、自分の体でやると全然段違いだ。戦闘中なのに、僕は高揚してる!
『偽物を匿う貴様を、聖者は許さない!』
『聖者って、あんた、ザンクト・ツォルンですか!』
『語る必要は無い!』
『認めているようなもんでしょう!』
どいつもこいつも、嘘が下手な人ばかりだ! しかしまずい、ザンクト・ツォルンだとしたら、竜研なんかよりはるかにたちが悪いぞ。高揚している場合じゃない、僕もアイラムも、魔力は残り少ない。いつまで竜の姿を維持できるか分からないんだ。サドゥイだって、ただの竜で真竜といつまでも対峙してばかりはいられないだろう。猶予は、多分僕が勝手に経験と勘で予測して、そしてその半分ぐらいだと考える。……だめだ、そんな短い時間で、どうやってこの状況を乗り切る? 考えがまとまらない、いや駄目だ! 考えるんだ、考えろヨエク・コール!
『ザンクト・ツォルンが、何だってアイラムを狙うんです!』
『語らぬと言った!』
『語らないのではなく、語れないのでしょう!』
『何を!』
『聖者だなどと言う得体の知れないものを信じ、命令に従うあなたのような下っ端は、本当のことは聞いてないんでしょう!』
『貴様!』
僕は今急激に落ち着いて、少し余裕さえ感じていた。相手が安い挑発に乗ってくれたからじゃない。いや、それも含めてだし、僕らの方が圧倒的に不利であることには変わりないけど、実際に言葉を交わして、戦ってみて、状況を覆すことも難しくないのではないかと感じ始めた。
『きゃああっ!』
『アイラム! あの拡散するブレスを撃つ奴か! サドゥイ、ちゃんと守ってくださいよ!』
『無茶を言う! 貴様の真似をして、アイラムを竜石で操っていいのならできるがな!』
『いいわけないでしょう! 捕虜である自覚を!』
『その捕虜を頼って!』
『仕方がないでしょう!』
アイラムは、僕が搭乗して初めて戦闘に十分な力を発揮する。僕の乗っていないアイラムではまだ、戦い抜けない。ここ数日訓練を繰り返したけど、それでアイラムの戦闘力が急上昇するわけじゃない。だから、僕がアイラムから降りて、真竜に変身したところで、見かけ上は二対二になったけど、実際戦えるのは僕一人。一対二の状況に変わりはない。それでも、僕の選択は間違っていなかったと思う。たとえ見かけだけでも二対二の状況を作れたことは、大きいし、ノナクが僕の方に来てくれたことも幸いだった。幸いと言うか、僕はこれで確信出来たのだ。
『よそ見をするなど!』
『ブレスか、当たりませんよ!』
アイラムに気を取られていた僕に対して、ノナクはブレスを撃ってくる。でも、それは当たらない。ノナクのブレスは、他の竜のブレスよりもはるかに強力ではあるけれど、ブレスを撃つまでに他の竜よりも時間がかかるし、狙いも自信が無いのか至近距離で打ちたがる。ゼロ距離ならともかく、打つまでに時間がかかるブレスの射線上に大人しくターゲットが待っているはずなんてない。やっぱり間違いない。
相手は、戦いの素人だ!
『くそ、何故偽物に、我々が!』
『そんな戦い方で、どうしようっていうんです!』
引っかかるところはいくつもあった。真竜に変身して最初にアイラムを襲撃しようとしたとき、わざわざ飛び上がって、アイラムのいる部屋をめがけてブレスを放った。その間に僕は一度キロアを連れて逃げようとしたが、すぐに飛び上がった状況から取るべき行動を判断して、魔力の膜を張り、事なきを得た。そう、僕がキロアと逃げようとしたあの判断は、一瞬とはいえ僕の判断ミスだ。
もしブレスを撃ってくるまでの間がもっと短ければ、そう下で変身をした直後にブレスを放っていれば、僕たちは死んでいた。でも、ノナクが飛び上がって狙いを定める時間があったから、僕たちは生きている。何故飛び上がって狙いを定めたのか、それは推測だけど、間違いなくブレスの精度に自信が無いからだ。
そして焦ったノナクは何が何でもアイラムを討とうと攻撃を仕掛けてくるが、焦って熱くなり冷静な状況判断が出来ていない。上空のもう一体が正しい。アイラム暗殺に失敗したこの状況なら、速やかに撤退するのが理に適っている。いや、速やかに徹底すべき状況で徹底しないって判断を、僕が指摘してもお前が言うなって話ではあるんだけど。だけど、事実としてそうだ。
とはいえ、僕もアイラムも、魔力は少ない。どう戦う? この間みたいにアイラムが噛み付いて変身を解除させる? いや、理想だけど、僕のコントロールなしにそれは難しい。じゃあ、コントロールするために僕が人間に戻る? 本末転倒だ。仕方がないけど、ここは相手に撤退する決断をさせるしかない。じゃあどうする?
『退いてください! アイラムにあなたのブレスは効かないし、上空のお仲間のブレスはなおさらです!』
『我々を、侮辱するか!』
『冷静になれって言ってるんですよ!』
『舐めるなぁ!』
いや、なんとなく結果は予想はしていたけど、素直に促してみてもやっぱりだめか。ノナクは僕につかみかかってきたので、僕もそれに応戦する。空中でバランスを崩さないよう、翼でうまくバランスを取ってみる。魔力で体をコントロールできる竜だけど、姿勢制御のためにやっぱり翼と尻尾は必要なんだな、知ってはいたけど、なってみるとよくわかる。
しかしどうする? 僕とアイラムの魔力は少ない。でも、僕らの魔力が限界なら、彼らだってそう長くは維持できはしないはずだ。ノナクは玉砕覚悟できているのかもしれないが、上空のやつは冷静だ。彼らだって、ここで死ぬわけにも、捕まるわけにもいかないはずだ。
僕は取っ組み合ったまま姿勢を制御して仰向けになり、ノナクを蹴り上げる。そして、ついに僕も試してみる。口に魔力を集中して、同時に息を吸い込み、たまった熱量をノナクに向けて思いっきり放出する! 炎のブレスだ!
「グオォウゥッ!?」
命中! ノナクの顔は苦痛に歪む。見よう見まねで放ったブレスだったから、威力はそこまでではないけど、魔力が切れかかっている中で熱でダメージを奪われれば、戦意だってそがれるはずだ。それにしても、口の中熱い! これ、口の中熱いな! 放ち方ちゃんと学ばないと、ダメだぞこれ。
『まだだ、まだ……!』
『馬鹿を言え、私たちは失敗した! 退くんだよ!』
もう一体の真竜が、ノナクを諭す。そうだ、今ノナクを説得できるのはあなただけなんだ、聞き分けてくれよ、互いのためだ!
『っ、エリフ、もう一体真竜の気配を感じます!』
『援軍!? こんな時に!』
僕は一瞬血の気が引くのを感じた。僕もアイラムもいっぱいいっぱいだった、ここで援軍に来られると、いよいよ詰むぞ! だけど、それまで襲ってくる気満々だったノナクももう一体も、こちらを警戒しながら距離を取り始める。
『どうやら、援軍ではなく、仲間を回収しに来たようだな』
サドゥイの言葉を聞きながら、撤退していく竜を目で追う。素早いスピードで接近してきた謎の真竜が、ノナクともう一体の傍に近寄ると、2体の真竜は上空で人の姿に戻り迎えの真竜の背に乗ると、ここから離れていく。そのスピードは、これまで出会ったどの竜よりもはるかに早かった。
『あれでは、追跡もできぬだろうな』
『退いてくれた、守り切ったんだ』
僕はほっと安心をすると、急に気が抜けた感じがした。そして、しまったと思った。その瞬間、辛うじて保っていた魔力がついに切れて、僕の体から光が霧散し始める。まずい! 僕の体は上空に浮かんだまま人間に戻ろうとしている! でも、どうすることもできずに僕の体は人間に戻りそして……落ちる! と思ったとき、僕の体を誰かが受け止めた。白い毛で覆われた、大きな竜の手が僕を受け止めていた。
『大丈夫ですか、ヨエク』
『ありがとうございます、アイラム』
『お礼を言うのは、こちらの方です』
アイラムは地上に降り立って僕を降ろすと、自らも変身を解いて人間のキロア・ハートに戻る。
「ありがとうございます、守ってくれて」
「守ったというか、戦っただけですけど」
「ふふ、そうですね。ほとんど放っておかれました」
「で、でも考えての行動ですから!」
キロアはそんな僕を見て、ふふっとまた笑った。よかった、僕が本当に守りたい、キロアの笑顔を守ることは出来たんだ。去っていく真竜を見つめていた時、隣にサドゥイが自分の三体の竜を連れて降り立った。
「いいのか、見逃して」
「逃げてくれて、助かったぐらいですよ」
「甘いな、子供だ」
「だから感謝しているんですよ、サドゥイ」
「テザヤルだ」
「え?」
「サドゥイは竜としての名だ。テザヤル・ファン・カリオテ。それが私の名だ」
「いいんです? 名乗って」
「どうせ調べられれば、いずれ照合される。今更だ」
サドゥイこと、テザヤルは僕の目を見ずにそう答えた。それを見て、キロアが僕の傍によってきて耳打ちしてくる。
「ヨエクを信頼してるってことですよ」
「信頼? 僕を殺そうとしたくせに」
「だからこそ、信頼してほしいんですよ」
信頼してほしい、か。確かに今回は利害が一致したから共闘してるけど、この人の目的はキロアを、始祖竜アイラムを竜研に連れ戻すことだ。ほいそれと信じるわけにはいかないだろう。
「キロアだって、信頼はしていないでしょう」
「信頼していないのではなく、危険視をしているだけなんです。まっすぐな方ですから」
それがどう違うのか、細かなニュアンスは僕にはちょっと理解しがたい。でも、キロアはテザヤルのことをよく知っているのだろうし、二人には二人なりの、信頼関係があるのだろう。
テザヤルをすぐに信頼することは出来ないけれど、これからザンクト・ツォルンもキロアを、始祖竜アイラムを狙ってくるというのであれば、今は彼の力を頼らなきゃいけないのは事実だ。どう向き合い、どう付き合っていくか、考えなきゃいけない。というか、考えなきゃいけないことが山積みだ。一つ一つ、取りこぼすことなく片づけていかなきゃ。
その後、僕たちはホテルには戻らず基地へと送られた。レンジャーズの追跡班が逃げた真竜を追ったけど逃げ切られ、見失ったという報告を受けたけど、仕方がないと思う。
そして僕は将軍の部屋に通されて、将軍と顔を合わせ状況の報告をした。将軍はまじめな表情で聞いていたが、一通り僕の説明を聞き終えた後、笑みを浮かべた。
「まぁあれだ、お前が、そしてレンジャーズが真竜の力を手にできたことはでけぇな」
「そういうことを仰って」
「事実だ、できることが変わってくるからな」
できること、か。確かに、始祖竜アイラムは戦いに向かない真竜だった。取れる作戦は限られていたが、僕の変身した紅蓮竜エリフは、戦いに向いた真竜だ。先の戦いは、まだ僕が体に慣れ切っていなかったけど、それでも相手の真竜と互角以上にわたりあうことが出来た。戦い方を学べば、もっと結果を出すことが出来るかもしれないし、そうなれば作戦の幅も広がる。
僕だって考えているつもりだけど、やっぱり経験の差と言うか、将軍は二歩三歩進んで色々考えている。
「サドゥイは、将軍の指示で?」
「ああ、奴なら任せられると思ったからな」
「今後も、協力してもらうんですか?」
「真竜相手に、立ち回れる奴は他にはいないから、当面はな」
「捕虜の徴兵、条約違反でしょう?」
「裁判なら、慣れてるさ」
ああもう、我が祖父ながら言ってること無茶苦茶だ。とはいえ、その判断は理に適っている。ルールを無視してでも最善の策を取る。その判断が求められる時もあると言うことか。そんな判断を、果たして僕にできるだろうか。
「しかし、逃げられたのは痛いな」
「あれで精いっぱいですよ」
「分かってる。ザンクト・ツォルンがこんなに早く嗅ぎつけてきたこと、それを防げなかった俺の責任だ。むしろ被害を防いだお前は、誇るべきだ」
「あれはキロア自身の力ですよ」
「謙遜だな」
謙遜のつもりは無いけど、でも防衛が甘かったのは事実だ。突然ホテルを襲撃され、それを未然に防ぐことが出来なかったのだから、多分今後レンジャーズは勿論、正規軍も警察も、僕ら警備隊も、市民や議会から追及されることになるだろう。
とはいえ、難しいのは事実だ。真竜は、普段は人間の姿だ。誰がいつ、真竜の力を得たかなんてわかりはしないし、今のところ検査の方法は無い。警備を抜けて近づいてくることも容易だろう。今回のように。真竜の脅威は、ただその強力な魔力だけではないと言うことだ。
「しかし老いたくはないな、勘が鈍って仕方ない。全て後手になっている」
「そんな、将軍がいなければレンジャーズは瓦解してますよ」
「カリスマだと思ったことはないがな。老いは裏切らないな」
珍しく弱気な将軍だが、齢70ともなれば当然考えることなのだろう。だからこそ僕に対しての期待が上がってしまうのは、好ましいことではないのだけれども。
「そう言えば、ユナイトとの接触、首長から何か聞いてます?」
なんとなく話題を変えたくて、僕はその話を振った。数日たって何か動きがあったのか、気になっていたのは事実だ。
「いや、具体的にはな。左派も右派も反応が鈍いようだ」
「ユナイト全体が、何か隠してる?」
「そうではないだろうが、大きな間違いでもないだろう。竜研の実態はタブーなのかもしれない」
政治的なことは、僕や将軍らの考えることではない。が、無関係ではないのだから動向はしっかり理解すべきだ。ユナイトが何かを隠そうとしているのなら、ことと次第が変わってくる。
「だが、ザンクト・ツォルンがアイラムを狙っているなら、竜研だって何かしら動くだろう。ユナイトには抑止力になってもらわねばな」
「そのユナイトの政府の息がかかっていたら?」
「その時は、その時さ」
将軍はそう言って笑って見せた。先のことを考えはするけれど、考える必要のないことは考えない、その判断ができることも大事なことなのだろうな。
「兎に角、今まで以上にアイラムの傍にいてやれ。命令と受け取ってもらっていい」
「僕はまだ、正式にはレンジャーズではないですよ」
「じゃあ、一人の男としてのアドバイスだ。大事な女は、死ぬ気で護れ」
「だから、そんなんじゃないですって!」
「はっはっは! リトル、お前も男だぞ! しゃんとせぇ!」
ああ、大人って何だってすぐ、そう言う話ばかりしたがるのだろう。僕はアズール一筋だって、いつも言っているのに!
「さて、慌ただしくて悪いが次の作戦会議がある、アイラムのところにいってやれ」
「はい、でもホテルには」
「ああ、一旦基地で保護する。だが、落ち着けばまたホテルに戻す」
「基地で保護し続けていたほうが安全では?」
「アイラムにとってはな。だが、基地に被害を出せば、アイラムを失う以上のダメージになる可能性もある。ニューベイが郊外にあるのもそれが理由だ」
ホテルニューベイは要人がよく止まるけど、そうか市街地にあっては万が一の時に市民に影響が出てしまうから、そのことも考慮して利用されてるのか。
「これからも、こういうことが繰り返すんでしょうか」
「そうだな、そうならないように、さっさと決着を付けんとな。そのための会議でもあるからな」
将軍は、常に前を向いて、一つ一つ困難な障害を克服しようとしている。彼を模倣して彼のようになるのは、僕自身がヨエキア・コールのコピーのようになってしまうのが嫌だとは思っているけど、それでも見習うべきことはやはり見習うべきかもしれない。一国の防衛の頂点にまでたった人間のことを、そしてその人間が自分の祖父である事実を、僕はもっと、尊敬していいのかもしれないな。それを、重しに感じてしまっている事実は、事実だけども。
そう言って将軍は会議に、僕はキロアの元へ向かった。キロアはいつもの通り、笑顔で僕を出迎えてくれた。
「将軍とお話を?」
「はい。ザンクト・ツォルンもアイラムを狙って襲ってきましたから。今後のことも含めて」
「あの、そこでちょっと今更なんですけど、いいですか?」
「何です?」
「ザンクト・ツォルンって、何です? いえ、なんとなく把握は出来てはいるのですが」
「ごめんなさい、そう言えばまだちゃんとは話してなかったですね!」
うっかりしてた。色々なことが起こりすぎて、ザンクト・ツォルンのことはまだキロアに説明してなかったか。
「ザンクト・ツォルンっているのはつまり、平たく言えば、ガイストから見ればテロリストみたいなものです」
「テロリスト」
「はい、古い言葉で聖者の怒りを意味する通り、聖者と呼ばれる指導者の指揮に従い、ガイストと敵対している武装組織なんですよ。ガイストのフィフスは今、彼らに占拠されてしまっていて。それでここセブンスでも緊張が高まってるんです」
「そのテロリストが、私を狙っている」
「それが分からないですよね。それに、真竜の力も持っていた」
「真竜の力は、私が与えなければ手にできません。そのはずなのに」
「でも、事実としてザンクト・ツォルンに真竜の力を持つものがいた。迎えに来た奴も含めて、3体もですよ」
そのことは、非常に重要なことだ。もし、キロアの力を使わなくても真竜を増やすことが出来ているのだとしたら、ガイストにとってとてつもない脅威となる。竜研以上にだ。
「私が、来てしまったからでしょうか」
「え?」
「私がここにいるから、やっぱり皆さんに迷惑を」
「さっきも言いましたけど。それを言い出したら、きりが無いでしょう」
「そうですね。分かってるのだけれども」
「兎に角、僕が守りますから。キロア、あなたは僕が全力で護ります。あなたが何者でも、あなたが何を企んでいても、今僕がすべきことはあなたを護ること。それを誓います」
「はい、よろしくお願いします!」
「任されて!」
そう言って僕とキロアは笑いあった。
笑顔を見るたびに思う。この笑顔を守ろうと。そして、ザンクト・ツォルンだろうが竜研だろうが、誰が相手でも、戦い抜いてみせる。キロアのために自ら飛び込んだ戦いを戦い抜く、その覚悟が僕の中ではできているつもりだった。つもり、だった。
だけど僕はこの時点でとんでもない大きな勘違いをしていた。
15歳で軍学校を卒業して、17歳で警備隊の前線を任されて、突然起こった様々な出来事に対して対応して、きちんと乗り越えてこれたことが。サドゥイことテザヤル・ファン・カリオテを退けて、竜研から逃げ出してきたキロアを救い出し、そのキロアから真竜の力を授けられ、キロアを襲ってきたザンクト・ツォルンから、ホテルや市民に重大な被害を出すことなく守り抜いて、周囲の期待に押しつぶされそうになりながらもなんとか応えてきて、僕の勘違いは過度に膨張し、今僕が置かれている状況を見えなくしていた。
そしてそのことが何を引き起こすのか、僕はまだ知らなかったし、すぐ知ることになった。
それから再び数日後、将軍はこちらでの指示や会議を終え、首長との交渉も進めたうえで、再び今係争中の裁判をこなすために本島へ戻ることとなった。
「はっはっは、わざわざ見送らなくても構わんと言っただろう、リトル!」
「どうせ、演習で近くにいましたから」
「竜のお嬢さんも、付き合わせて」
「いえ、ヨエキア将軍には色々お世話になりましたから、せめてご挨拶ぐらいさせてください」
「はっは、何事もなければ、またすぐに戻ってくるさ!」
そう言って将軍は、僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。いや、このタイミングで何で僕の頭を撫でる!?
「そうだ、リトル」
「え? 何です?」
「一つだけ、念のために言っておく。お前は、アイラムを守ることをとにかく考えろ。何が起きても、何に巻き込まれても、何を見ても、だ」
「? そのつもりです」
「ならいい。任せたからな」
この時、何でわざわざそんなことを将軍が言ったのかは、僕は分からなかった。当たり前のことを、わざわざ言わなくたって、僕は分かってるつもりだった。だから、戸惑って、小さくうなずくだけで、言葉を返せなかった。
そして、僕はきっとこの瞬間、いつものように「任されて」と返せなかったことを、きっとずっと後悔するんだろう。
将軍は基地に備え付けの滑走路に待機させた飛行機に乗り込む。竜と飛行船が発達したこの時代において、飛行機のような古代技術は廃れつつあるけれど、完全に廃れたわけじゃない。この時代においても、ジェットエンジンによる飛行技術は、他の技術に比べてスピードの面では上回っているのだ。飛行船のような連続稼働も、竜のような戦力は持たないけれど、移動手段としてはまだまだ現役だ。
将軍を乗せた飛行機は、加速を始めて、離陸準備を始める。その時、突然アイラムが叫び声を上げた。
「気配! これは、この間の!?」
「キロア、どうしたんです!」
「この間の真竜の気配です! ……滑走路の、向こう!」
「何だって!」
飛行機が離陸しようとする、その先はるか遠方。確かに人影が見え、そしてそれが瞬く間に肥大して、見覚えのある橙色の真竜へと変化を遂げた。
「だめだ……将軍!」
すでに離陸準備に入っていた飛行機は、方向を変えることも、止まることもできはしない。真正面遠方で構える、橙の真竜の口には光が集まる。精度に不安があっても、真正面まっすぐ、自らに向かってくるターゲットを外すほど、あの真竜は愚かじゃない。
基地内に怒号と悲鳴が広がる。僕は慌てて基地の外に飛び出ようとする。だけど、誰が、何をしても、間に合いはしない。その瞬間全員が同じ悲劇を予想し、そしてその予想通りの悲劇を目の当たりにする。
僕は勘違いしていた。二度の戦いからキロアを守り切って、自分も生き抜いて、大きな勘違いをしていた。
いや、その前から僕の勘違いは始まっていた。ガイストのフィフスがザンクト・ツォルンの手に落ちても、危機感を感じなかったわけじゃないけど、どこか他人事のような、もっと言えば幼稚に自分の考えを披露して見せて、自分が何かを分かって、考えているようなふりをして。
何も分かってないじゃないか、何も気づいていないじゃないか。僕は。
思っていたんだ。キロアを、セブンスを、ガイストを、竜研やザンクト・ツォルンの脅威から守らなきゃいけないと、争いに巻き込んじゃいけないと。思っていたんだ。でも、それ自体大きな間違いだ。もう、僕は二度も戦いを経験してるじゃないか、それは紛れもなく戦闘行為だ。そして、戦いは戦いを呼び、人は戦いに呼ばれていく。そして、僕も、キロアも、セブンスも、ガイストも。その争いの真っただ中にもういるんだ。
僕は、勘違いをしていたんだ。
戦争は、もう始まっていたんだ。
僕は、真竜の放ったブレスを受けて、激しい光と炎を放ちながら爆発し、蒸発していく飛行機を眺めながら、呆然と立ち尽くしながら、なおすぐには呑み込めずにいた。
自身の勘違いも、目の前で肉親を失った事実にも。
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