06 Sankt Zorn-襲来-

 ニューストン竜研から逃げてきた始祖竜アイラムことキロア・ハートの真の目的は竜を元の世界に帰すことだった。

 彼女の思惑に異を唱え、賛同を拒否した僕だけど、そのことはしこりになるどころか、互いの距離を縮める結果となった。

 そして僕とキロアは、自分たちの相性を示すように演習を行って見せていた。


『右下、来ます!』

「避ける!」


 キロアを保護して数日。僕とキロアはレンジャーズの基地で演習をする日々が続いていた。演習は最初単独での基本動作の実演だけだったけど、そのあとはレンジャーズの竜乗りと空中での模擬戦を始めていた。そして今、キロアの言葉通り、僕からは死角になっていた右下から竜が一体突進してきたけど、すんでのところでかわす。


「竜石の干渉で聞こえていますね! 攻撃します、耐えてください!」


 相手の竜乗りに呼びかけると、今度は僕がアイラムを操作して、相手の竜に襲い掛かる。勿論、本当に倒すつもりじゃない、爪は立てず、体全体で体当たりをするだけだ。でも、それだけでも一歩間違えば相手に大きなけがをさせかねないし、一歩間違えば命だって危ない。だけど、相手だって長く訓練してきてる兵士だ、うまく受け流してくれた。


「リトル、竜石の干渉で聞こえるな! 一旦そこまでで切り上げるんだ!」

「分かりました! 戻りますよ、アイラム」

『はい』


 地上で待機していた将軍の呼びかけを聞いて、僕たちは地上に降り立った。僕はアイラムの手のひらに飛び移ると、アイラムは僕をそっと地面に降ろしてくれた。


『では離れてください』


 そう言うと、アイラムの体は光に包まれ、稲妻のようなものが周囲に走ると、次の瞬間にはアイラムのいた場所には一人の少女、キロア・ハートが立っていた。


「ご苦労だ、リトル、アイラム」

「演習を止めてまで、要件は?」

「集中するのはいいが、もう昼だろ。少しは休めっていうのと、世間話でもしようってだけだ」

「仮にも一軍の長なんですよ、将軍は」

「正規軍じゃあるまいし、俺が誰と話をしても問題じゃない」


 僕たちは話をしながらすぐそばの基地の施設まで歩いて移動する。そこでは通信担当のケリアさんが待っていた。あれ、普段ならイニさんがキロアのことを待っているはずなのに。


「お疲れ様です、イニさんは?」

「今日は転送装置のメンテナンスでスウケさんの手伝いですよ。だから私が代理です」

「そうでしたか、じゃあキロア、先に食事してきてください。僕は将軍と少し話をします」

「分かりました」


 キロアをケリアさんに託し、僕は近くにあった椅子に腰かけて、将軍と向かい合いながら話を続ける。


「で、実際どうだ? 始祖竜の力は」

「そりゃあ、やっぱり始祖竜の名は伊達ではないです。とてつもない魔力ですよ。敵う竜など、おそらくいないでしょうね」

「それは分かる。だが聞きたいのはそこじゃない。リトル、お前が本当に大丈夫だと思っているなら、何故不安そうな顔をする? お前は、アイラムで戦っても、アイラムを守れない。そう思ってはいないか」


 仮にも僕の祖父であり、一国の防衛の長だった人だ。僕が不安を抱えながら演習をしていることなどお見通しだってことか。


「それは多分、将軍もお気づきでしょうが」

「言ってみろ」

「アイラムは、始祖竜です。無尽蔵の魔力は圧倒的ですが、でもアイラムは戦う竜ではないのです」

「竜の力を与え、竜の力を奪う竜。そう言う竜であり、自ら戦うわけでは、確かに本来ないな」

「膨大な魔力は、たとえ真竜の攻撃と言えども寄せ付けないでしょう。しかし、アイラムの戦う手段はその爪とその牙のみ。まさしく、始祖の竜らしいと言えばそうなのですが」

「ブレスぐらい打てるだろ」

「島を一つ消していいなら、撃たせますよ」

「難儀だな。負けはしないが、勝てもしない」

「先日の、サドゥイという真竜との戦いは、相手の油断と一対一の状況だったからこそ成し得た勝利です。それに、アイラムの魔力は無尽蔵でも、その体の持ち主であるキロアと、操縦する僕の、体力と精神力は無限じゃない」

「手探りで新しい兵器の運用を新たに考えるっていうのは、なかなか骨が折れることだな。俺だって、そうそうやったことじゃない」

「でも、アイラムを連れ戻されれば、世界は取り返しがつかないことになります。考えないと」


 アイラムを兵器呼ばわりされることは少し引っかかったけど、何か間違いを言っているわけではないし、突っかかることはしなかった。


「あの四足になるやつはどうだ、それであいつにも勝ったのだろう」

「それこそ、体力精神力の摩耗が激しいですよ。無理はさせられない」

「だとすれば、やはり考えるべきか」

「何をです?」

「リスクを取ることだ」


 リスクを取る、その意図するところは、アイラムによって真竜に変身する力を分け与えてもらうことだ。竜研に真竜がいるのであれば、それを倒すためには真竜の力は必然だ。ただ、それをキロアが認めるだろうか。真竜の力を、他人に与えることを拒否して出奔してきたんだぞ。


「リトル、アイラムに話してみてくれるか」

「僕が? 将軍がおやりになればいいでしょう」

「力を分け与えてもらえるとすれば、お前だろう。アイラムはお前を信用している」


 僕とキロアが、先日キロアの企みについて口論したことを、将軍は勿論知らない。キロアは、僕が協力を断ってもこうして変わらず、僕に操縦を預けてくれているのだから信用はしているのだろうけど、それはあくまで自分の体を守るためにすぎないだろう。


「キロアは、真竜の力を持つ人間が増えることは望んでいません」

「それをしなきゃ自分を守れない。ならやってもらうしかないだろ」

「それは脅迫ですよ」

「他に手段があるならな」


 そう言って将軍は僕の頭に手を置いてくしゃくしゃと僕の頭を撫でた。


「まぁしっかり考えろよ、これもお前が成長するためのステップだ」


 そう言って笑う将軍のことを、僕は少し快く思わなかった。セブンスの、ひいては世界の危機だっていうときに、考えていることは僕のこと。それは身内に大事にされている嬉しさと言うよりも、身内に過干渉されている鬱陶しさと言うよりも、自分の価値観との食い違いから生まれる、純粋な不快感だった。でもここで将軍を頼って全てを決めてもらったりしてしまえば、それこそ将軍に依存しているレンジャーズの兵士たちと変わらないとも感じて、僕にとっては難しいところだった。そこまで含めて、お見通しなのかもしれないことさえ、不愉快だった。


「僕は何をやってるんだ」


 焦る必要のないことに焦っている自分にさえ、嫌悪感を感じていた。

 午後、食事を終えた僕とキロアは再び演習を再開し、一通り終えた後キロアが宿泊しているホテルへと戻った。レンジャーズは勿論、地元警察や警備隊、申し訳程度ではあるものの正規軍まで動員し、数日前よりもホテルの警備は十分に厳重なものとなっていた。

 あまりの警備に街の人々からは警備を訝しがる人も出始めている。エイブラハム首長が先日会見で「防衛上の重要人物の護衛をしている」ことは認めたが、それが始祖竜アイラムであること、そのアイラムが一人の少女であることは伏せたままだ。今起きている出来事の不透明さに、不安を感じているのだろう。


「いいのでしょうか」

「何がです?」

「私一人を護るのに、大勢の人に迷惑をかけてしまって」

「気にすることではないですよ。もしキロアが竜研に取り戻されてしまえば、もっと多くの、しかも具体的な犠牲が出る。その損得を考えたからこそ、ここにいるんでしょう?」

「理解していても、目の当たりにすれば生まれる感情も、ありますよ」


 ホテルの窓から真紅の瞳で街を見るキロアの表情は、責任感と使命感で押しつぶされそうだった。あーあ、やっぱり気分転換で街を案内して上げられればいいのにな。難しいことは重々分かっているけど、この状況、僕だってストレスがたまりそうだ。こんな状況のキロアに、真竜の力を与えてくれだなんて、どうして言えようか。


「あ、紅茶淹れますね」

「お願いします」


 僕はホテルに備え付けの紅茶を淹れてキロアに差し出す。ガネイシアから輸入したこの紅茶は、最近のキロアのお気に入りだ。


「いつもありがとうございます」

「どういたしまして」


 おいしそうに紅茶を飲むキロアの笑顔が見れるなら、紅茶を淹れるぐらい全く面倒じゃないんだ。


「今でも、少し悔いているのです」

「悔いる? 何を」

「ニューストン竜研を裏切ったことです」

「裏切ったって。あなたは正しい行動をしています」

「正しい行いが、良い行いとは限りませんし、その逆も然りでしょうから」

「あなたが弱気になったら、僕らは今何をしているっていうんですか」

「……そうですね、ごめんなさい」


 表情に出づらいだけで、キロア・ハートは精神的に大分滅入ってきているのかもしれない。自分のせいで周りに迷惑をかけている。いつやってくるかもしれない竜研の魔の手。すでにキロアは、色々なものと戦っているのだ。


「竜が人を支配する世界。竜のいない世界。どっちも僕は御免ですけれど、ただ、それでも僕は今は、あなたを守りたいと思ってます。あなたが本気で、成就を果たそうとするなら僕はあなたの敵となってそれを止める。でも、今は、違います」

「ヨエク・コール、あなたは……最初に会ったのが、あなたでよかった」

「僕はただ、自分のやりたいことを、自分のやるべきこととして、やろうとしているだけですよ」


 自分で考え、自分を信じ、自分の力で戦う。それが僕にまとわりつく祖父ヨエキア・コールの呪縛を解くことにだってなる。それは一種のエゴなのだけれども、自分のために、誰かのために何かを成す。そう言う理由づけに嘘を使っちゃいけないんだ。

 だから、言わなきゃいけないかもしれない。僕は、キロアを、始祖竜アイラムを守るために、戦いたい。なら、僕には必要だ。彼女のことを、真竜から守るために、真竜の力が。


「キロア、あなたは言ってましたよね」

「え」

「始祖竜には、真竜の力を人に与えることが出来るって。あなたを真竜の手から守るためには、戦力が必要です」

「……いつか言われるとは思っていました」

「なら」

「でも、誰でも彼でも分け与えることが出来るわけではないのです。心身共に健やかであり、何より竜と心を通わした人間でなければ……そう、始祖竜アイラムの声が聞こえる人間でなければ、ならないのです」


 僕はキロアの説明を聞いて僕は身体に何か電流のようなものが走ったのを感じた。キロアは、始祖竜の声が聞ける人間を探していた。真竜に変身出来る力を分け与えられるのは、始祖竜の声が聞こえる人間だけ。そして、キロアが見つけ出した、始祖竜の声が聞こえる人間が、今この瞬間、キロア・ハート、君の目の前にいるじゃないか!僕がアズールと心を通わせていたのも、今この瞬間、君からその力を授かるため、そう言う運命だったのじゃないか?

 僕は喉まで出かかった言葉を必死に呑み込んだ。焦ってはだめだ。慎重に、言葉を選ぼう。


「その資格を有する人間は多くはないかもしれません。でも、だとすれば。資格を持つ人間には、与えて協力を促すべきではないのですか」

「先日、その相手に断られてしまったわけですが」

「それは、あなたが企みを話したから、そうなるのですよ」


 しまった、口から今の言い訳が飛び出した瞬間に悪手だったと分かったけど、覆水は盆に返ってこない。


「す、すみません僕は。批判するつもりは無くて」

「いえ。でも、人を信用するって、信用してもらうって、難しいことですよね。お互いに」

「キロア・ハート、僕はただ。守りたいんですよ、あなたを」

「ありがとう。嘘だと思っているわけではないんですよ。でも、私は……」


 喋っている途中、急にキロアははっとした表情を浮かべて、うろたえる様にあたりをきょろきょろ見回す。


「キロア、どうしたんです?」

「気配を、何かいます!」

「何かって何です!」

「竜ですよ、真竜です! でも誰? この気配は知らない!」


 キロアは再び窓の外を覗き込む。と言うより、下を見る。そして次の瞬間、大きな声を上げた。


「やはり真竜! 人が、真竜に変身して!」

「なんだって!」

「こ、こっちを見上げています! あちらにも、私の気配が悟られた!」

「逃げますよ! 部屋じゃ変身できない!」

「ダメです、飛び上がって! 間に合わない!」


 窓の外を見ながら、相手の動きを実況するキロア。そんなことしてる場合じゃないでしょうに! どうするヨエク! この状況、どう切り抜ける! いやまず、何故相手は飛び上がった? キロアの気配を感じて、何故飛び上がった? 考えろ、相手の目的を!


「キロア、魔力はその姿でも使えますか!」

「少しぐらいは!」

「一か八か! 窓の外から、ホテルを包むように魔力の膜を!」

「そんな繊細なコントロール!」

「じゃあ、僕が調整しますから!」


 僕は一緒に持ってきていた竜石を持ち上げ、人間の姿のままのキロアの背中に押し当てる。自分で言っててなんだけど、出来るのかこれ? あくまでキロアは今、人間だぞ?

 と思ったら、竜石がキロアをアイラムとして認識した! いけるのか!


「敵、来ました!」


 キロアが叫ぶと、僕にも見えた。窓の外に、一体の巨大な竜。間違いない、真竜だ! 橙色の鱗で覆われた、体格のいい竜が窓の外を飛んでいる、そして正確ではないけれど、確実に僕たちのいる部屋の方を睨んでいる。ほぼ場所が割れている!


「そんな、見たことない真竜です!」

「見たことない? 真竜は、あなたが力を与えたんでしょう!」

「だから、私が与えた力を相手は、私が覚えています! こんな竜は、私は!」

「一旦黙って! まずは、ここを一発守る!」


 突然真竜が現れて、キロアを襲ってきた。僕は考えた。もし、相手がキロア奪還が目的なら、真竜に変身した時点で、飛び上がらずに下の警備を蹴散らすはずだ。混乱を作り出さなければ、キロアは奪還できないからだ。そうではなく、キロアめがけて飛び上がり、キロアの場所をにらみつけてくるなら、これは相手の目的はキロア奪還じゃない、キロアの暗殺だ!

 ただの憶測にすぎなかったけど、僕の勘はぴたりと当たった、相手の真竜は、こちらを睨んでいるけど、厳密にホテルのどの部屋にいるのかまでは正確に特定できなかったようで、やや離れた位置からブレスを放つ構えを取った。エネルギーが相手の真竜の口元に収束し始め、熱力を帯び、そして――放たれる!


「間に、合っ、たぁぁぁぁ!」

「弾き切ります!」


 ホテルめがけて放たれた膨大なエネルギー、しかしホテルの外側はキロアと僕が張った魔力の膜で覆われている。光が部屋を包み込み、何が起きているのかは目視では確認できない。激しい振動と音も、僕らを襲う。でも、竜石と肌で感じる魔力のぶつかり合う感覚が、僕の読みが当たり、そして成功したことを暗示していた。

 やがて光も音も揺れも収まり、僕は部屋の中を見る。僕たちは、生きている。ホテルも振動でものが落ちたり倒れたりしたけど、無事だ。


「はぁっ、はぁっ、っしゃとりあえず!」

「相手も、まだ戸惑ってます! でも、このままじゃ」

「戦えるのは、アイラムだけでしょう! やりますよ!」

「じゃあ屋上に!」

「間に合いませんよそれじゃ! 弁償は、警備隊にさせますから!」


 そう言って僕は窓を指さした。今の振動でヒビが入り、割れやすくなっている。キロアはそれを見て小さくうなずいた。


「私が飛び出したら、すぐ変身します!」

「僕はそれに飛び乗ります!」

「それからは、任せます!」

「任されて!」


 キロアはそう言って間髪入れずガラスを割って窓から飛び出す、ほどなくして外が光に包まれて、次の瞬間には窓の外に純白の毛で覆われた始祖竜アイラムが姿を現した。

 僕はその間にゴーグルをかけてグローブをはめ、竜石を抱える。そしてアイラムが現れてすぐ、窓から飛び乗った。竜石と僕の体を、アイラムの魔力で固定する。その間、橙の竜は攻撃を仕掛けてこない。自分のブレスをはじいて見せた、アイラムの魔力を警戒しているんだ。そのことは少しだけ幸いだったけど、僕らに余裕はない。


『さっき、人の姿で魔力の膜を張るのに、予想以上に消耗しました。もしかしたら普段より持たないかもしれません』

「くっ! レンジャーズ、こちらセブンス警備隊、ヨエク・コール! 誰か! 竜石の干渉で聞こえるでしょう! 応答を!」

「こちらレンジャーズ司令部、聞こえています! ホテルでの交戦確認! 応援出します!」

「頼みます!」


 僕らだけの力じゃ、状況は苦しい。でも、とはいえ応援に来てもらっても普通の竜じゃ真竜に太刀打ちできないのは分かっている。それでも、何か隙を作るためにとりあえず来てもらわなきゃ! そして、僕もできるだけ時間を作らなきゃ!


「そこの竜! 聞こえているのでしょう! 急に民間施設を襲うなど、正気ですか!」

『こいつ! 竜に話しかけるなど!』

「あなたの声は、僕に聞こえています! あなた、真竜でしょう!」

『何、貴様も真竜か!』


 頭に響くのは、若い男の声。多分、相手の真竜の声だ。僕は一瞬どう答えるべきか迷ったけど、あえて無理に否定せず明確には答えずにおこう。相手が僕を真竜だと思ってくれれば、ハッタリとして効くかもしれない。


「真竜がなぜ、始祖竜アイラムを襲うんです! 何が目的です!」

『始祖竜だと? 笑わせるなまがい物の分際で!』

『私が、何ですって?』

『貴様が、偽りの始祖竜が、アイラムを名乗るなぁぁぁ!』


 橙の真竜はアイラムめがけて飛び掛かってくる! 対話の余地は無しなのかよ! 僕は相手の動きを見極めつつ、竜石でキロアを操ってその攻撃を避けた。


『真竜を、竜石で操るだと!?』

「引いてください! あなたじゃアイラムは殺せない!」

『敵に指図など!』


 そう叫ぶと、橙の竜は再びブレスの構えをする。僕は再びアイラムに魔力の膜を張らせて、放たれたブレスをしのぎ切る。


「分からず屋め!」

『っ! 早い!』


 魔力の膜を解くとすぐに、アイラムは相手に接近して爪と尻尾で襲い掛かる。そして何発か当てたものの、やっぱりこれじゃ決定打にならない。やはり、サドゥイの時と同様に四足の姿でやるしかないのかと思いつつも、アイラムの魔力はさっきも言っていたように、この間以上に消耗している。果たして持つのか。そうやってあぐねいているうちに、事態は悪化する。気付いたのはアイラムだった。


『もう一体、来ます!』

『加勢!?』


 キロアの声で僕が気づいた瞬間、空から拡散した光のブレスがアイラムに襲い掛かる! 威力は小さいものだったけど、こちらの膜が間に合わず、咄嗟にアイラム体の魔力を高めて身を守ったけど、わずかばかりのダメージを負った。僕は攻撃の主を探す。見つけたのは、はるか上空にたたずむ一匹の竜だ。大きささえ判断がつかないけど、アイラムにダメージを負わせたんだ、多分あれも、真竜だ!


『戻れノナク! 暗殺は失敗だ!』

『失敗? ターゲットはまだ、目の前にいる!』

『逸るな!』


 橙の竜の声と言いあっているのは、若い女の声だ。多分、上空の真竜の声だろう。ノナクと言われた橙の真竜は、よほど急いているのかまたしても僕たちに襲い掛かってくる。

 始祖竜さえ防御するしかない強力なブレスを放つことが出来るのに、それを連射してこないと言うことは、連射できないというわけか。それなら隙を少しでも作れそうかと考えていたけれど、今ようやくそこに考えがいたっても無駄だ。その隙を埋める、厄介な加勢が来てしまったのだから。


「万事休すです、アイラム」

『ヨエク・コール! あなたが諦めるなど!』

「分かるでしょう! こちらが何かしようとしても、上空のやつが邪魔をします。一対二では、戦いになどなりませんよ! ……一対二では!」


 一対二では戦いにはならない。勿論これは暗にキロアに諭している。一対二では戦いにならないのであれば、どうすればいいのか。打開できる手段は、一つなのだ。


『でも、いずれにしろ隙が無ければ、何もできはしませんよ!』

「だから僕は、応援を読んだんですよ! 竜石の干渉で聞こえますね! まさかあなたが来ると思ってませんでしたが……お願いします!」

「任されてやる!」


 僕たち真竜同士の戦いに、飛び込んで割り込んだのは、漆黒の服に身を包み三体の竜を操る竜乗りだった。


「待ちくたびれましたよ、サドゥイ!」

『サドゥイ!? どうしてあなたが!』

「呉越同舟である! アイラムを殺されるわけにはいかないのでな!」


 真竜ではなくなったサドゥイの気配を、アイラムでは気づけなかったのだけれども、実は僕は竜石によってここに向かっている応援が、サドゥイであることにちょっと前から気付いていた。てっきり応援にはレンジャーズの竜乗りか、先輩をよこすものだと思っていたから、まさか捕虜を解放して応援に向かわせるとは僕も驚いたけど、冷静に考えれば非常に合理的な人選だ。

 サドゥイにとってもまた、アイラムは守らなければいけない存在なのだ。サドゥイの目的はアイラムの奪還であって、殺害ではない。賭けではあるけれどアイラムを守るために全力で戦ってくれるであろうという予測をするのは難しくない。

 それに、今レンジャーズの手駒の中で、真竜との戦い方の知識を持っているのは、サドゥイと対峙した僕と先輩を除けば唯一彼だけなのだから、彼ほどの適任はいないのだ。もっとも、捕虜を使うだなんて選択肢は普通考えはしない。多分、将軍の判断だろう。

 サドゥイは三体の竜のうち自分が乗っていない二体を操って、それぞれ二体の真竜に対峙させる。自らは距離を取りながら、アイラムの傍に寄っていく。


『ただの竜乗りが、竜石もなしに竜を操るだと!』

『ただの竜乗りではないからだ!』

『っ、真竜の声! こいつも、真竜? 情報と違うぞ!』

『だから戻れノナク! 前提が違うのだ!』

『しかしマイア! ここで引くわけには、行かないのだ!』

『こいつ、来るか!』

『サドゥイ! 竜で真竜と戦わせるなど!』


 この間の比じゃない。頭の中で、四体もの真竜の声が入り乱れる、僕のこの心身共に摩耗する感じを、どう分かってもらえばいいだろう。マイアってなんだ? 誰が言った言葉だ? あの上空にいるもう一体の敵の名か? というか、真竜の力を失っても、サドゥイは真竜と会話ができるのか。真竜の魔力を宿した名残か? でもこれはきついぞ、声を知ってたって、誰が喋っているのかわからなくなるぞ、これは。


「ヨエク・コール! 戦闘中に呆けるな!」

「呆けてなどいませんよ!」

「ならばいい! 私が竜を操り、時間をつくる! アイラム、貴様はその隙に私に真竜の力を返せ!」

『あなた、それが企みなのでしょう!』

「言っている場合ではないはずだ! 真竜の力で、貴様を助けられるのは私だろう!」

『でも! 今のあなたを信用するわけには!』

「ならばどうする! 誰ならば信用できる? 誰ならばその力を託すことが出来る? そうだろう、ヨエク・コール!」


 まさかの言葉だった。サドゥイそれはつまり、僕に真竜の力を分け与える助け舟ってことか?


『私が、真竜の力を託せる相手……』

「躊躇ってどうする? 死ぬつもりではあるまい! 覚悟を決めろ、キロア・ハート!」

『っ、サドゥイ! あなた!』

「決断してください、キロア! 僕にはあなたの力が必要で、あなたには、僕の力が必要なんです!」

『……一旦変身を解きます。サドゥイ、時間を作ってください』

「任されてやる!」

『逃げる? 逃がすものか!』

「貴様の相手は、私がする!」

『ただの竜で、何を!』

「私と、私の竜を舐めるな!」


 サドゥイとその三体の竜に真竜の相手を任せて、僕はアイラムを操ってホテルの陰に身を隠す。そしてアイラムは僕を降ろして変身を解く。


「はぁ、はぁっ、サドゥイが、時間を、作ってくれているうちに」

「キロア、大丈夫です? 疲労が」

「一日に何度も変身したり、戻ったりするのは初めてですから。私も限界かもしれません」

「じゃあ!」

「あなたを、信用していないわけではないんです。でも、この力は簡単に与えていい力じゃない。この力を得るということは、人であって竜でもあり、人でなく竜でもない、そう言う存在になるってことなんです」

「お互い、猶予が必要だったのはその通りです、でも!」

「わかってます、そばに」


 キロアに言われて僕はキロアのそばに寄る。


「サドゥイの力を奪った時と同じです。私があなたに噛み付いて、あなたに竜の魔力を注ぎこみます」

「噛み付くって、その姿のままで?」

「噛み付き自体はあまり痛くないですから、そのあと魔力が体を巡る感覚がかなりきついものですが、耐えてください」

「今言う話じゃないでしょう!」

「今以外、言うタイミング無かったでしょう!」

「それは、そうですけど!」

「ヨエク・コール! あなたも覚悟を決めて!」

「決まってますよ! 早く!」

「い、行きます!」


 キロアはゆっくり僕の首筋に顔を近づけて、そしてがぶりと噛み付く! 一瞬、針で刺されたような痛みが走ったけど、言う通りあまりすぐには痛みが来なかった。ちょっと変な気持ちになりかけるけどそんなこと考える場合でもない。でも、それからちょっとして、キロアが牙を僕の首筋から離した直後だ。急に体の中に何かが注ぎ込まれてくるようなめまいに似た、妙な感覚を覚える。血管が広がり、熱い液体が体を巡るみたいだ。これが、竜の魔力か!


「うっ、これが、真竜の力っ!」

「この瞬間、既にあなたの体は竜の魔力と共にある、真竜となっています。でも、まだ魔力を自分で生み出せないから、戦える時間は限られます」

「あなたが、アイラムが守ってくれるし、サドゥイがかく乱してくれている。やりますよ」


 僕はまだフラフラとした足取りでホテルの角から上空で戦う竜たちを見上げる。いくらサドゥイと言えど、普通の竜で真竜2体はまともにやりあえるはずがない。彼のかく乱をうまく利用するためにも今すぐ彼を助け出さなきゃいけないのだから、僕は慣れないこの力を、十二分に使いこなさなきゃいけない。我ながら、毎度毎度綱渡りを選び過ぎだ!


「まずは私が変身して飛び出します! ヨエクも少ししたら変身してついてきてください!」

「変身ってどうすれば!」

「私の変身を見れば、魔力の使い方と流れが分かる筈です!」

「投げやりですよ!」

「仕方ないでしょう! 今は!」

「分かってます! いいから、行って! サドゥイを!」


 キロアは上空を見上げると、再び自分の体の中にある魔力を高めて、その魔力を全身にまとわせて、自らの体を変質させていく。

 いや、再びとか言ったけど、今までよりもずっと明確に、キロアからアイラムへの変化がよく見えている。ただの光としか認知できなかった、変身の時の光や稲妻のようなものが、魔力であることが分かる。竜石を使わなくても、目で、肌で、五感で魔力を感じることが出来ているのか!

 体中に魔力がいきわたり、その体は人のものから竜のものへと完全に変化を遂げた純白竜アイラムを見て、僕は唾を呑み込んだ。


『行きます!』


 アイラムはそう告げて飛び出したけど、僕が操っていないアイラムじゃあ、戦いきれない。僕が行くしかない、僕が、僕自身が、竜になって!


「はぁっ!」


 キロアの変身を見て、確かに魔力の流れが分かった。体を巡る自分の魔力を意識して操り、その魔力を活性化させて、自分の体を変質させる。足先、指先、腹、背中、顔、あらゆるところに魔力を巡らせて、自分の体が変わっていくことを意識し、そして……変えていく!


「うぐっ、うおぉぉっ!」


 来た! この感じ、分かる! 僕の体が、変化し始めている!

 体中から魔力の赤い光と稲妻のようなものが放たれ、僕の体を包み込む。手も、足も、指先から鋭い爪が伸び、赤い鱗で覆われていく。体はどんどん大きくなって、体の重量をしっかりと感じる。首も長く伸びていき、顔も鼻先が前へと突き出していく。お尻のあたりと肩のあたりに、違和感を覚える。何かが生えている、そうか、多分尻尾と翼か! 試しに力を入れると……動く! 翼と、尻尾を、動かすことが出来るぞ!


「グゥ……グウォォォォッ!」


 僕は思いっきり叫んだけど、その声はもう、竜の咆哮そのものだった。同時に僕は何かを振り払うように、両手を力いっぱい大きく広げる! 刹那、僕を包んでいた光は霧散して、周囲からも、僕自身の目でも、僕の姿をはっきり見えるようになった。

 僕は、改めて自分の姿を見る。全身炎のように真紅の鱗で覆われている、いや、腹や、腕の一部には模様のように白い鱗のラインがあるな。手は、人と同じように五本あるからものを持つこともできそうだけど、親指が少し短いし、鋭い爪が生えている。

 足も、竜のものよりは、どちらかと言えば肉食動物の後足に似ている。やっぱり鋭い爪はあるけど、踵はのびていて、地面を蹴るのには適してそうだ。だけど、手は動物の前足よりも人間の手に近いし、他の真竜同様、四足には向かなそうだ。

 体は、引き締まっている方だろうか、我ながらスマートな体だと思う。スピードは十分速そうだし、腕や脚を見ればパワーも十分ありそうだ。

 尻尾は長い方だろうか、赤い鱗で覆われているけど、やっぱりここも白いラインが入っている。何か意味があるのか、たまたまそういう模様なだけなのか分からないけど。翼は、アイラムの鳥の羽毛とは違って、普通の竜のように膜で覆われている。

 顔は、残念だけど自分の目じゃ見れない。鼻先が伸びていて、鋭い牙が生えていて、多分頭から角か何か生えている感覚があるのは分かるけど、見えないから分からない。ホテルの窓にうっすら映るけど、ちょっとわかりづらい。後で鏡や映像ででも見た時のお楽しみにしておこう。

 と、長々眺めたように感じたけど、ここまで一瞬。あくまで一瞬で自分の姿を確認した! これが僕の、真竜としての姿だ!


『もう一体の真竜だと! さっき乗っていた奴か!』


 橙の真竜、ノナクの声が聞こえる。僕は上空で戦っているアイラムたちを見上げて、竜の口から静かに息を吐き出し、吸い込み、そして!


「グウォオオオオオ!」


 もう一発、雄たけびを上げ、そしてしっかりと上空を見据える。


『変身できたか!』

『ヨエク……いえ、力を貸してください。灼熱の紅蓮竜、エリフ!』


 エリフ、それが僕の、真竜としての名か! 意味は分かる。赤い火を意味する、竜の言葉だ。確かに体中から感じる魔力の熱さは、そうだ火の熱さだ。分かる、自分の体を巡る、魔力の扱い方が、分かる!

 僕は翼に力を込め、足に魔力を集中させて、そして飛び上る!


『今、力を貸します! アイラム!』

『任せます!』

『任されて!』


 始祖竜アイラムであるキロアの暗殺を狙って襲い掛かってきた、謎の真竜ノナクとその仲間マイア。

 それを退けるために、ついに僕はキロアから真竜の力、灼熱の紅蓮竜エリフの力を授かり、竜へと変身を遂げた。

 キロアを守りたい、その単純な感情が、僕を戦いに駆り立てていることにうっすらと気づきながら。

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