05 Difficult Ideal-決意-

 ニューストン竜研から逃げてきた始祖竜アイラムことキロア・ハートを保護した僕たち警備隊。

 コール家の私設軍であるレンジャーズ基地で今後の話し合いをした後僕たちは、キロアを保護するホテルへと移動する。

 そしてそこで僕とキロアはついに二人きりとなり、キロアの真の目的を聞くこととなった。


「紅茶でいいです?」

「はい」


 僕は部屋に備え付けてあった紅茶セットを出して紅茶を淹れる。


「ガイストで取れるんですか?」

「いえ、輸入ですよ。ガネイシアのです」


 僕は注ぎ終えた紅茶をキロアの前に差し出す。キロアは紅茶にフーッと息を吹きかけると、ゆっくりと口を付ける。


「紅茶は、気持ちを落ち着かせますから」

「おいしい、ありがとうございます」

「お気に召してよかった」


 かすかな笑みを浮かべたキロア。だけどすぐその表情は深刻な表情に切り替わる。


「ヨエク・コール。改まって、お話をさせてください」

「そのための時間です」

「……まず断れば、ここまでの私の話に嘘はありません」


 キロアの話、つまりユナイトにあるニューストン竜研が、竜により人類を支配しようとしていること、キロアはそこから逃げ出してきた真竜だということか。


「ですが、おそらくエイブラハム首長には違和感を覚えられてしまいましたが、私が竜研を逃げ出したことはそれだけではないのです」

「あなたには、あなたの企みがあると」

「企み、そう言われても仕方は無いのかもしれません」


 キロアは視線を下へと落す。僕の目を見て話すことに、抵抗を感じているのか。後ろめたいことがあるのだろうか。


「つまるところ、私と竜研の思想の根幹は似たものなのです」

「キロアも、竜は人の上に立つべきだと?」

「そうではありません! それは、竜研がそのようなことを言うのは、つまり解決策なんです」

「解決策?」

「竜が人に使われる現状に対しての、です」


 今の時代、人が竜を使役するのは当たり前の時代だ。先輩みたいに竜を道具のように扱う人も少なくはないし、それに違和を覚える人もまた、同様。僕も、人と竜の関係性には疑問を持っている。だからと言って竜研の考え方にも賛同は出来ない。


「そういえば、あのサドゥイって人が言ってましたね、秩序を乱すとか」

「竜研は、人と竜に新たな秩序をもたらそうとしています。ですが、私はそれを認めませんでした。彼らの行いを見て、そもそも私は人と竜の関係自体、過ちだったのではないかと、そう思ったのです」

「出会うべきではなかった?」

「出会ったことは仕方ありません。ですから、これからどうするかということです」


 要領を得ないな、つまりキロアは何を成そうとしているんだろう。

 人と竜が出会って、人が竜を使役するようになってしまったのは僕も胸につかえるものがあるけれど、それで人と竜の関係性をこれからどうしていくっていうのは、つまり何がしたいんだろう。


「どうするかって、何を、どうするんです」

「竜を、異世界に返すのです」

「異世界だって!」


 竜は確かに、元々異世界の生物だ。それをこの世界に連れてきて飼いならしたのが現在僕たちが使役している竜のはじまりってことになる。でも、その考えを聞いて僕は正直に、キロアには申し訳ないけれど、ばかげていると思った。


「ばかげていると、そうお思いでしょう?」

「そこまでは、思ってないけど。でも、そんなこと!」

「私は、本気なのです。人と竜の関係性は、誤ってしまった。解決の術は、これだけしかないと」

「極端ですよ、そんなの」


 本当に、極端な話だ。二人の関係がうまくいかないなら別れた方がいいだなんてことは、最後の最後の話なんだ。まだまだ人と竜の歴史はこれから続けていくことが出来る段階での、そんな話は無茶苦茶だ!


「それに、今の竜はこっちで生まれたんですよ!」

「竜はそもそも、異世界の生き物なのですから」

「だからって、ここで生まれた竜があっちに馴染むかなんて、わかりゃしないでしょうに!」

「ここにいては、人も竜も不幸になります!」

「エゴイスティックですよ、それは!」

「私の、なんですって?」


 口が過ぎた、そう思った。別に、彼女は利己的にそんな話をしているわけじゃない。きわめて他者本位で、でもだからこそ僕がそれをエゴだと感じたのは事実だった。


「その、今のは」

「……確かにこれは、私の勝手な考え方ですから、賛同を得られるとは思ってませんから」

「すみません、言葉が過ぎたんです。僕はただ、その」

「ごめんなさい、私も、あなたに不愉快にはなってほしくないから、その、気分を悪くしたなら、ごめんなさい」

「あ、謝らなくてもいいんです! その。考え方なんて、みんな違いますから」


 彼女の言っていることは無茶苦茶で、賛同はおろか理解さえできはしない。でも、だからと言って僕がそれを否定し咎める理由になりはしない。人と竜の関係を憂いながら、何も考えず、何もしていない僕に、そんな資格はある筈ないのだ。


「でもその、それで竜研を飛び出して、どうするつもりだったんです? そう、そうだ僕を探していたって」

「あ、その話ですが。探していたというのはつまり、協力者をということなんです」

「協力者?」


 確かに彼女の理想は、彼女一人でどうにかできるものじゃない。そのための仲間集めのために、外へ飛び出したって言うのか。


「私は、あなたに呼びかけて、あなたはそれを聞いてきたのでしょう? 声が聞こえる人間を探していたんです」

「そうそれです。僕はなぜ、あなたの声が聞こえたのか」

「普通の人間には、普通の竜の声は聞こえません。しかし、竜と長い時間を過ごし、竜と心を通わすことが出来ている人間であれば、人と竜の間である、つまり元々人間である真竜の声を聞くことが出来るのです」


 なるほど、合点がいった。僕はアズールと長い時を一緒に過ごしてきたし、彼女は僕にとって最高のパートナーだ。


「あなたは、あの青い竜、アズールと言って? 強い絆で結ばれているのでしょう?」

「小さい頃から一緒でした。僕にとって彼女は、特別な存在なんです」

「でも、だとしてもあなたの動き、あれは一体。あんな風に竜を、私を、手足のように操れるのは、普通の竜乗りではできることではありません」


 彼女は彼女のことを話してくれた。だとすれば、僕も僕のことを話さなきゃいけないのは道理だろうな。僕は小さく息を吸い込んだ。


「何も、特別ってほどじゃないですけど、キロアに比べたら」

「特別ってほどじゃないけど?」

「けど、その。いわゆるスペシャルなんです」

「スペシャル……スペシャル・チルドレン計画!」

「はい」

「あれは、あれこそ大昔に廃棄された計画だったのではないのですか!」


 キロアが驚くのも無理はない。スペシャル・チルドレン計画と言うのは、端的に言えば特別な子供を、正確に言えば【あらゆることが出来る子供】を作り出し、空への移民が完了後に世界を創っていく人間へと育て上げる計画で、もちろんそんなものはただの絵空事でしかなく頓挫するのは当然だった。


「ただ、かつての計画とは別物です。可能な限り人道的に進められた、新世代の計画です。今日、僕の祖父に会ったでしょう? 僕はつまり、彼ヨエキア・コールの代わりなんです」

「代わりって、それはどういう意味で」

「その通りの意味ですよ。僕は、ヨエク・コールである前に、ヨエキア・コールなんです」

「それは、あなたは納得してるんです?」

「納得していないから、軍人じゃあないんですよ。僕は」


 将軍が僕に入れ込む真の理由は、つまりそこだ。そもそも僕は将軍ヨエキア・コールの孫として生まれてきたけれど、アズールをあてがわれ、小さいころから戦闘訓練を受けて、戦術戦略叩きこまれて、13歳の時には軍学校に放り込まれて、彼のコピーのように扱われて、多感な少年時代を奪われた僕としては、将軍や父親、周囲の大人たちのことを、決して恨みはしていないけれど、反発はあった。


「13で軍学校に放り込まれたんですけどね、15歳で卒業しても軍に入らず、祖父から離れたんです。それで、エイブラハム首長を頼って、警備隊で雇ってもらったんですよ」

「それを将軍は、許された?」

「どうでしょう? あの通り険悪にはなっていないですからね」

「それにしたって、あなたの竜の乗り方、戦い方。普通ではない印象でした。本当に、人道的な、方法だけで?」

「そこは、まぁ。でも、ほら、アズールがいてくれたから、僕はここまで強くなれましたし、あなたを助けられたんですから、自分のことを憂う気はないですよ。そう、アズールと出会えたのだから。恨みなんてありはしないんですよ、もう」


 それに、結果としてキロアを助けることが出来た。だから問題なんてありはしない。こういう偶然だって、これだって、きっと因果なんだ。


「強いんですね」

「そうなれればいいと思ってやってるだけですよ」

「それができるのが、強さですよ」


 それが強さなのか、僕には分からない。自分のしていることがわがままだっていう自覚はある。だけども、求められることをただやるだけじゃだめだと思っているから、自分で考えて行動したい、それを分かってくれる人に恵まれていること自体は事実だし、だとすれば僕の強さはそう言うものだ。


「アズールに、会ってもいいかしら?」

「キロアがアズールに?」

「はい、さっきは戦闘中でちゃんと見れなかったから、会ってみたいんです」

「分かりました、イニさんに後で、会えるよう頼んでみますね」

「お願いします」


 キロアの穏やかな笑顔は、どこか寂しさも感じたけれど、でもやっぱりかわいい女の子の笑顔はかわいいなと思った。

 その後、やけに遅く戻ってきたイニさんに話をして、アズールをホテルに呼んでもらうことにした。竜の転送は転送装置が無ければできない。ホテルには勿論そんなもの置いてはいないので転送は出来ないけれど、スウケさんやイニさんら技術者なら竜を操って呼び寄せることならできる。僕ら竜乗りは、そばに竜がいてくれればどんなことでも言うことを聞かせることが出来るけど、こういう時に竜使いの力は必要なわけだ。


「こっちだ! おいでアズール!」

「キュイー!」


 僕のパートナー、アズール・ステラはホテルの屋上にいる僕たちを見つけて、降り立った。戦闘の疲れもあるだろうに、それでもかわいい声だ。


「アズール、いい子だ!」

「キュイィ!」

「とても懐いているんですね」

「そりゃあ、ヨエクくんはアズール一筋ですから。ね!」


 何でキロアの質問に、イニさんが答えてるんだろう。その通りだけど。


「キロアも、ほら」

「はい」


 僕の隣にいたキロアが、アズールのことを撫でる。アズールもキロアも、互いに警戒心は無い。


「人懐っこいんですね」

「というより、キロアがさっきの純白の竜だって分かってるから、警戒してないんですよ」

「聡明な竜ですね、そしてあなたにとってとても大切な存在」

「はい」


 そう、僕とアズールは、お互いにとってお互いが大切な存在だ。いなくなっては、生きていけないくらいの、そういうパートナーなんだ。


「だから、さっきの話ですけど」

「え?」

「協力の話、正式にお断りさせてください」

「……そうですか」

「というより、人選ミスだと思うんです」


 話をしかけて、僕はイニさんの方を見た。そうだ、さっきの話を、キロアの本当の企みを、イニさんの前でするわけにはいかない。信用していないわけじゃない。けど、やっぱりあの話は僕の胸にとどめておくべき話だ。僕は言葉を選びながら話す。


「その、僕とアズールはこういう関係ですし、竜を理解し、竜と心が通じ合い、真竜の声が聞ける人間ってきっと、みんなこうだと思いますよ」

「パートナーである竜との、絆を重んじるという意味で?」

「はい、だから、あの話は無理筋なんです」

「……それで、自分の信念を曲げるつもりはないです」

「僕はただ、協力は難しいという話をしているだけですから」

「そう、ですね。でも本当、アズールはいい竜ですね」


 アズールを見つめるキロアの姿は、どこか寂しげだった。断ったことは申し訳ないけれど、やっぱり僕には、人と竜が別れて暮らすべきとは到底思えなかった。

 僕とアズール、キロア、イニさんはそれからしばらく交流した後、アズールを帰して僕たちも部屋へ戻った。護衛任務ではあるけれど、僕たちは比較的年の近い3人同士、普通の友達のように色々と話をすることが出来て時間はあっという間に過ぎていった。

 夜になってキロアとイニさんを部屋に残すと、僕はホテルにある警備室に移動して、そこで他のレンジャーズや警備員と共に警護を続けたけど、さすがにこの日はこれ以上何事もなく終わった。

 翌朝、僕は再びキロアの部屋を訪ね、3人で朝食を食べていると、こんな朝早くから将軍と首長が訪ねてきた。


「すまないな、こんな早くに」

「いえ、でもお二人そろって一体何なんです?」

「昨日は我々だけでいろいろ話をしたからな、改めて今後のことを竜のお嬢ちゃん、アイラムと話をしようってことだ」


 昨日は結局基地に寄ったのは、無駄足だったものな。でも、朝早くから偉い人間が二人もこんなところに来るなんて、急く話だろうか。


「いや、アイラムだけじゃなくてお前らにも話があるか」

「僕らですか?」

「エイブラハム、アイラムはお前に任せていいか」

「勿論、二人にはヨエキアから」

「ちょ、ちょっと待ってください。僕らとキロア、別々に話を聞く理由は何です。聞かれちゃまずい話をするんです?」

「まぁ、つまりそう言うことだ」


 将軍、あっさりと認めたな。でも、僕に聞かれちゃまずい、アイラムの話っていったい何なんだ?


「ほら、隣の部屋も抑えておいた。お前らはそっちで話をするぞ」


 将軍に連れられて、僕とイニさんは隣の部屋へと移った。そして椅子に座って将軍と向き合うと、将軍は話を切り出した。


「話は二つだ」

「二つ?」

「一つは、警備隊の今後のことだ」


 警備隊、レンジャーズ、正規軍が乱立しているセブンスの警備は、決していい状況ではないのは事実だ。だとすれば、ザンクト・ツォルンやニューストン竜研の脅威が迫る中、そこに手を入れるのは至極当然のことだ。


「警備隊、どうするんです?」

「一時的にレンジャーズ傘下に入ってもらうことになった。エイブラハムとは話が付いている」

「半官半民の組織を、私兵隊傘下に置く? 道理は通らないんじゃないです?」

「もめて防衛をおろそかにする方が、通らない筋だろ」

「それは、そうですけど」


 レンジャーズはコール家の私設軍、正規軍から独立した組織、ガイスト本島ではクーデターとまで言われ裁判沙汰になっている。そんな組織に、半官半民の組織を併合すれば、風当たりはますます強くなるんじゃないのか。将軍はともかく、首長はそこに考えがいたる筈の人なのに。


「私たちも、レンジャーズ隊員扱いになるってことですか?」

「そうだ、お前ら全員兵役は終えているのだから、軍でも働けるだろ?」

「でも、軍属を嫌って、民間に下りた人達ばかりですよ、警備隊は」

「有事であれば、こういうこともあるって分かってるだろ、イニ・アレン隊員」

「将軍、でも、正規軍ならともかく、レンジャーズへの加入は」

「勿論、隊員に強制はしない。竜、船、施設は管理下に置くが、隊員には選択の自由がある」


 選択の自由、つまりレンジャーズへ加入しない選択もあるんだって言いたいんだろうけど、警備隊の職は追われるわけだから、生活のことを考えたら、拒否できる人はあまり多くないんじゃないのかその選択は。公平な条件なのだろうか、この二者択一は。


「まぁ、納得いかないのは分かるが、繰り返すがもめてはいられない。正規軍とも、裁判中だが、協力体制を取るつもりだ。本島の置物どもさえ黙らせれば、後は元幕僚長の俺がどうにでもするだけだ。……まぁ、こっちの話は、お前らは納得はしなくても、理解はするのは分かってる。問題はもう一つの話だ」


 いや、この話だって僕とイニさんはかなり不満げに聞いていたぞ、将軍。元一国の正規軍のトップだった人間とはいえ、言ってることはめちゃくちゃだ。いや、戦争になろうとしているのだから、僕らのその不満もそれはちょっとおかしな話になるけれど。でも、これ以上の話をぶっこむっていうのか。


「竜のお嬢ちゃんは、アイラムはレンジャーズが預かる。それはすでにした話だ」

「竜研は必ず、キロアを、アイラムを狙ってくるでしょうから」

「そうだ、レンジャーズはアイラムを護衛する。それに異論はない。が、大事なことを忘れてるだろ」

「大事なこと?」

「改めて、対峙したお前の口から聞かせてくれ。お前は真竜と戦った。アズールで太刀打ちできたか」

「真竜には、サドゥイには、攻撃は効きませんでした。……アイラムじゃなきゃ、戦えなかった」


 しまった、先に話を理解してしまった。

 そうだ、真竜には普通の竜の攻撃は効かない。勿論、人間の兵器による攻撃も効かないだろう。そして、もし竜研が襲ってくる場合、高い確率できっと真竜を送り込んでくるはずだ。そしてその真竜に太刀打ちできるのは、今のレンジャーズには存在しない。そう、保護すべき存在であるはずの、始祖竜アイラムを除いては。


「キロアに、戦わせるんですか!」

「じゃあ、他に戦う手段があるのか」


 思わず大きな声を出したけど、そもそもキロア自身は、竜研の脅威を訴えこそすれ、戦わないという意思表示をしているわけじゃないし、実際追ってきたサドゥイとは自ら戦う意思を示していた。


「俺たちは可能な限り、アイラムが戦わずに済むよう善処する、が、実際戦闘になってしまえば、アイラムが戦わざるを得ないだろう」

「始祖竜アイラムには、真竜に変身する力を他人に分け与えることが出来ると、彼女は言っていました」

「その手も考える必要はある、が、得体の知れない力だ。慎重にならざるを得ないだろう」

「だったら、アイラム自身だってそうでしょう」

「制御できることを示したのは、誰だ?」


 普段は豪快な将軍だけど、一国の防衛の頂点を担っていた男だ。慎重になるべきところは慎重に、大胆に行くべきことは大胆に、合ってる間違ってるではなく、素早く決断し状況を判断できる人だ。これ以上言いあっても、説き伏せられて終わってしまう。


「僕らが反対するのを分かって、キロアと僕ら別々に話をするんですか」

「決めるのは、アイラム自身だからな」


 キロアは、今首長から同じ話を聞いているだろう。アイラムとして、もし彼女がさっき僕に語ってくれたたくらみを実行するのであれば、彼女はどういう結論を出すのだろうか。


「あの、キロアも、レンジャーズで戦うとして。誰が乗るんです?」

「そりゃあ、操れる人間が操るべきさ。まさかこんなことが起こると思わなかったが、お前をこう育てたのは間違いではなかったわけだ」

「僕はまだ、レンジャーズに入るって言ってないですよ」

「ん、ああそうだな、確かにそうだ。お前にだって、選ぶ権利はあるな」


 将軍はそう言って軽く笑った。権利はあると言いながら、僕にはまるで選択肢が無いみたいな態度だ。まぁ、そうかもしれない。警備隊と言う選択肢があったから、元々あえてレンジャーズへの入隊を避けた僕だけれども、こうなってしまえばほぼ腹は決まっている。そしてキロアの決断で、それは確定するだろう。


「イニさんは、どうするんです?」

「それは、今決めることじゃないですし。猶予は、あるんですよね?」

「ああ、他の隊員にも同じように聞いてるところだ。組織再編だからな、時間はかかることだ。それでも一か月のうちにもな」

「早いですね」

「双方、言ってみれば民間組織だからな、エイブラハムとの話は、昨日のうちについている」


 昨日のうちに、基本合意には達していたのか、やっぱり決断力こそが、この人達をこの地位に押し上げたってところだろうか。


「まぁ、とりあえず入隊するかどうかは別にして、後で基地に来てもらう。アイラムのこと、今日改めて確認するからな」


 レンジャーズへの編入、僕とイニさんの心情は穏やかではなかった。イニさんの複雑な横顔を見て、きっと僕も他人には同じような顔で映っているんだろうなと思った。

 話を終えて僕とイニさんは、同じように首長から話を聞き終えたキロアと合流した。


「どうするんです?」

「え?」

「エイブラハム首長から、話を聞いたんですよね」

「ああ、それなら結論は出していないですよ、でも」

「でも?」

「こうして、基地に行くわけですから」


 キロアも、覚悟はある程度決まってるんだろうな。戦えるのは自分だけ、そのことはキロア自身だって分かっているんだ。


「アイラムとして、戦うんですよ」

「これから基地でそれを示そうと思ってます。力を、貸してくれますか」

「えっ」


 キロアの言葉の意味を、僕は少しして理解した。少ししてと言うのは、エアカーで基地に移動して、基地内の広い屋外訓練所に着いた時だ。すでにそこには、船長や先輩ら警備隊の隊員がそろっていた。僕は将軍の姿を見つけて話しかける。


「キロアから聞きました。戦う意思を見せるって」

「ん、ああ。お前も、お嬢ちゃんに協力してやれよ」

「分かってますって」


 僕はここに来る途中、控室に持ってきてもらっていた僕のゴーグルやグローブ、普段はアズールにつけている竜石を持って、少し離れたところでレンジャーズの隊員と何か話をしているキロアの方を見た。

 キロアは僕の視線に気づくと笑顔を浮かべて軽く手を振ってくれた。


「一目惚れするのが分かるな」

「将軍も! 誰に言われたんです!」

「そう言っちまうと、図星ってなるぞ」

「からかわないでください! 真面目な時に!」


 僕はそう言ってゴーグルとグローブを身に着ける。そうしていると、キロアの周りにいた兵士たちがキロアから離れて僕の方へ寄ってきた。


「準備、言いそうですよ」

「ありがとうございます」


 僕はキロアに駆け寄って声をかける。


「本当に、いいんですね」

「私は私で、信用してほしいですから」

「サドゥイが言ってましたよ、昨日が初めての変身だったって」

「自力では、と言う意味です。実験では何度も経験してますから。何かあっても、ヨエクがいてくれますから。はい、じゃあちょっと離れててくださいね」


 キロアは笑顔でそう言うと、僕は少しだけ距離を取る。キロアは小さく息を吐き捨てると、体に力を籠める。瞬間、持っていた僕の竜石が反応する。魔力が、高まっているんだ。


「ハァッ!」


 小さく、か弱く見えるキロアから、発せられた大きな声。それと同時にキロアの体は白い光に包まれ、辺りには稲妻のようなものが走る。光の中でかすかに見えるキロアの体の輪郭はふわっとぼけ始める。キロアの体は徐々に肥大し、その体には柔らかな獣の毛が生えそろっていく。首はのび、お尻からは尻尾が伸び、手足には鋭い爪が伸びている。


「グッ、キュウゥ……!」


 かすかに聞こえてきた声は、既に人のものじゃなくて竜の声だった。背中には、鳥のように大きな翼が生え、鼻先は前へと突き出し、犬にも少し似た、竜の顔へと変化した。


「キュイィィ!」


 純白の毛で覆われた美しい姿、鈴のように美しい鳴き声。そこにいるのは、人間のキロア・ハートではない。美しく気高い純白の竜、始祖竜アイラムだった。


「キロア・ハート……いや、アイラム! 大丈夫ですか!」

『……』

「キロア?」

『大丈夫です、ちょっと、変身してすぐは、意識が安定しなくて……はい、大丈夫です』

「大丈夫ですね?乗りますよ?」

『はい、お願いします』


 キロア、改め始祖竜アイラムは身を屈めて、腕を地面につける。アイラムの体は毛が長いから、つかみやすいしよじ登りやすいから、こっから登れってことだな。僕はアイラムの体にしがみついて、その背中まで移動する。そしてゴーグルをしっかり確認し、竜石を操作する。


「魔力、十分に上昇。竜石固定確認。周囲……OK! アイラム、行けますか!」

『任せます!』

「任されて! 将軍! やりますよ!」

「おう、見せてみろ!」


 近くに寄ってきていた将軍に許可を得て、僕はアイラムを操り始める。数歩後ろに下がり、離れてみているレンジャーズの兵士や、警備隊の隊員たちが見やすいように、彼らから見て横向きにアイラムの体を向ける。そんなことをしている間、僕とアイラムはと言うと。


『どうでした? さっきの、私の変身』

「サドゥイのを見た後ですから驚きはないですけど、やっぱり今こうしていても、信じられないような感じですよ」

『そうじゃなくて、どう思いました?』

「そりゃあ、アイラムの姿は、美しいなって思ったのは嘘じゃないですよ。アイラムの姿は」

『引っかかる言い方するんですね!』


 緊張感が無い訳じゃないけど、だからこそ僕たちは、昨日出会ったばかりで、死闘を繰り広げて、言い争いして、和解して、お互いの難しい人生を知って、急速に縮まった距離を確かめるように他愛もない話をしていた。


「じゃあ、やりますか」

『はい、任せます』

「任されて! ヨエク・コール、アイラム! やります!」


 そして僕はアイラムを操って、飛び跳ねたり、浮かび上がったり、回ったりして見せる。真竜の力を実演してみせるのは、単なるレンジャーズに言われた確認作業としてだけではない。レンジャーズに、警備隊に、首長に、将軍に、僕たちの動きを見せる。これは、別に確認したわけじゃないけれど、多分僕とキロアの、共通の覚悟の表れだったと思う。アイラムに乗って戦うのは、ヨエク・コールであると、そして、この真竜の力で真竜と戦うという、アピールだった。

 この瞬間、僕はアイラムを自在に操っていて、まるで本当に自分の体のように錯覚するほどだった。


『宙返り、やってみますか?』

「試してみましょう!」


 純白竜アイラムの力を持つキロアと、祖父の代わりになる特別な人間として育てられた僕。

 似た境遇と、胸の内を明かし、意見の対立さえした僕らは、お互いを理解し、思いあえるようになった。

 でもそれだけじゃ何か守るには不十分だっていうことを、この時はまだ理解していなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る