04 Yoëkia Call-将軍-
僕たちセブンス警備隊は警備中、漆黒竜に変身する男サドゥイに追われていた純白竜アイラムを助けた。
アイラムの話で、ニューストン竜研から逃げてきたこと、そして竜研が竜による世界支配を企んでいることを知った僕たちは飛行島セブンスに戻り、僕の祖父率いる私設軍レンジャーズと接触することにした。
「ん? 具合はいいのかアイラム」
僕に連れられてブリッジに入ってきたアイラムことキロア・ハートを見て、船長は問いかけてきた。
「ありがとうございます、おかげさまで。お邪魔にはなりませんか?」
「問題はない。もう着岸する。ヨエク、捕虜の監視で男手が足りない」
「分かってます。だからキロアを連れてきたんです」
「キロア? アイラムの名か」
「一人にはできませんから。よろしくお願いします」
「ああ、そっちは任せたぞ」
「任されます」
僕はキロアを船長に託して、僕は一人でブリッジへ出て、さらに船の外に出る。すでに船は港に着いており、先輩とカセキさんがワイヤーを用意していた。普段この作業は力のある先輩とソキアバさんの仕事だけど、ソキアバさんはギアビさんと共にあのサドゥイの監視中だ。生身なら一番強いソキアバさんを監視から外すわけにはいかないものな。
「お手伝いします」
「ああ、頼む」
先輩と一緒にワイヤーを引っ張り出し、港に渡しやすいようにまとめる。ワイヤーを渡すのは手馴れている先輩に任せて、僕とカセキさんは接岸に際して周囲の警戒と、港で待機する職員や港を共用しているレンジャーズの兵士とのやり取りを行う。
「捕虜がいると聞いたが!」
「手続きの時に船長のウェイブから説明があると思います! 着岸後の乗船を許可します!」
不正な操業をしていないか、どっちにしてもいつも着岸後にはレンジャーズの兵士に乗船の許可を出して検査を受けているのだけれども、毎度毎度許可を宣言しなきゃいけないのはある種の慣習だ。そんな会話をしながらも、操舵手のイセさんが操る船は徐々に岸に近づいていく。前後左右だけではなく、上下もコントロールしなきゃいけない飛行船の着岸操作は、かなり難しい。そして船がぴったり近づいたところで港からアームが伸びて船をしっかり固定する。固定の確認をするのも、僕たちの役目だ。そして、固定に問題がないことを確認して、港の職員と船長に完了を報告する。
「OK! 助かったぜカセキ、ヨエク」
先輩の言葉を受けて僕とカセキさんは互いにほっとした表情を浮かべて見合った。人手の多くない船の上での作業において作業経験が無かったわけじゃないけど、やっぱり慣れない作業をするのは疲れる。まして、疲れた後なのだから。
「戻ってゆっくり、っていかないのがきついな」
「仕方ないですよ。戦闘行為ですから」
「仕掛けたお前が言うなよ」
「それは、そうですけど」
普段なら、仕事を終えたら事務所によって事務作業を軽くこなせば帰れるのだけれども、今日はそうはいかない。レンジャーズとの話が待っている。僕の祖父である将軍とも会わなきゃいけない。ちょっと気が重いぞ。
一仕事終えた僕たちは、船内の自室に向かい、荷物をまとめて下船の支度をする。ブリッジの方では船長たちが捕虜の引き渡しや、キロアに関する報告を簡単に行い、ようやく船を下りる準備が整った。
僕と先輩は、捕虜をレンジャーズに引き渡しひと段落したブリッジを訪れた。キロアはまだそこにいた。僕はキロアに笑顔で軽く手を振ってあいさつした後、船長に問いかけた。
「キロア、どうするんです?」
「とりあえず基地で話を聞いた後、一旦はホテルで保護することになるだろうと」
「ホテル? ニューベイ?」
「ああそうだ」
「要人扱いなんでしょうけど、レンジャーズで保護しなくていいんですか?」
「デリケートに扱うってことだろ。逆に言えば」
「そういうもんでしょうか」
「そういうもんなんだろ」
ホテルニューベイは僕たちが拠点とするこの街ポーツァベンドにある大きなホテルだ。この島に要人が来ることはあまり多くは無いけれど、船長の父親であるエイブラハム首長が客人を招いた際にはほぼそこに泊まらせている。
「あの、キロアに島を案内してあげたいんですけど、ダメですかね」
「そりゃさすがにダメだな」
「僕が警護に付きますし、レンジャーズに見張りを依頼もしますよ」
「そう言う問題じゃないだろう。アイラムに関してはしばらくは完全にレンジャーズ預かりだ。話をするなら将軍とするんだな」
「はぁ」
僕はため息をついて船長の傍から離れ、キロアの元へと向かう。
「ごめん、島を案内するって約束、守れそうにないです」
「さっき軍人さん、ですか? 色々言われましたし、仕方ないですよ」
「ああ、あれはまぁ、軍人と言えばそうですけど、正規軍じゃなくてレンジャーズですよ」
「レンジャーズ?」
「セブンスの私設軍です。はぁ、でもキロアに街を見せたかったんだけどなー」
「綺麗な街なんですか?」
「旧時代の、さらに古いころの街並みを再現してるって聞いてます。特にここポーツァベンドはおしゃれな街ですよ」
「話は後にしろ、まずは降りるぞ」
ポーツァベンドの話をしようとした時、船長にそう呼びかけられて僕は渋々会話をやめた。そしてキロアには「また後で」と言って別れた後、先輩と共に船を下りた。その先にはレンジャーズの兵士たちが数名待ち構えていた。
「ご苦労様です。基地まで送ります」
「お願いします。将軍はいつ来ます?」
「1時間ほどで到着と聞いています。東基地を出たところなので」
「セブンスには来ていたんですね」
東基地は、文字通りこの島の東に位置するステアウア基地の通称だ。将軍は最近、レンジャーズ独立に伴う裁判で本島にずっといたから、てっきり今日も本島から来るものだと思っていたけれど。
「フィフスの件で、こっちで防衛対策を結構議論されてるんですよ。聞いてませんか?」
「将軍とそう言う話はしてないですから」
レンジャーズの兵士も僕が将軍の孫だって知っているから、部外者である筈の僕に情報を喋ってくれる。都合がいいと言えば都合がいい。それでいいのかと問われれば、また別なのだろうけれども。
「捕虜はどうなるんです?」
「それは、あいつがどう出るか次第でしょうね。それも、将軍が決断されるかと」
私設軍だけあって、みんな予期せぬ事態の決断は全部将軍にさせようとしているのが見て取れた。まぁ、正規軍から離反した私設軍って言ったって、厳しい訓練こそ潜り抜けてはいるものの、大半は戦闘経験を持たないような人達ばかりだ。そして動乱を生き抜いてきた百戦錬磨の将軍がいるのだから、彼に頼りっきりになるのも分からなくはない。
そうして僕たちはレンジャーズ兵士の運転するエアカーにのって、すぐ隣にある基地へと移動する。基地の中央にある司令塔に連れられた僕たちは、その中にある待合室に通された。部屋には先に船長と航空士のニムさんが、次に僕と先輩が、そのあとスウケさん、イニさんと共にキロアが現れた。
「他の人達は?」
「全員で来ても仕方がないからな。俺が絞った。船と事務のことはひとまずイセに任せておいた」
操舵手のイセさんは、特殊な立場にあるスウケさんを除けば、船内の立ち位置は船長、ニムさんに次ぐ3番手だ。だけど、普段はそういうことやる人じゃないから大丈夫だろうか。あくまで操舵手だし。
「将軍はあと、50分ぐらいで着くと聞きました」
「そうか、親父はもうすぐ着くって聞いた」
「あの、将軍と言うのは?」
キロアが僕の方を見てそう聞いてきた。そうか、レンジャーズが正規軍じゃないとは言ったけど、将軍のことは話していなかったな。
「こいつの祖父のことだ」
「ヨエクのおじいさま?」
「レンジャーズっていうのはつまり、うちの私設軍なんですよ。祖父が率いてるんです」
「コール家の?」
「そういうことです」
「警備隊は、また別なんですか?」
「警備隊は公社だ。うちの親父が設立した、半官半民の組織だよ。まぁ、隊員はほぼ民間人だが」
キロアの疑問に、今度は船長が答えた。そう、セブンスの防衛はちょっと面倒なことになってる。ガイスト本島が率いる正規軍、将軍が率いる私設軍レンジャーズ、エイブラハム首長が率いる半官半民のセブンス警備隊ことガイスト・セブンス・スカイル警備公社。三者三様の思惑を持って、この地を防衛している。背景にあるのはやっぱり、島の直下にある資源豊富なラインキルヒェンだ。そこをザンクト・ツォルンも狙っているわけだから、争っている場合ではないのだけれども。
「ユナイトも正規軍と別に民兵組織は有ったろう?」
「竜研では、そのあたりのことはあまり教わらなくて」
「意図的に教えなかった、ってこともあるかもしれないね」
スウケさんとキロアのそんな会話を聞きながら、僕は船長の傍に寄って声をかける。
「首長に、全部話すんですか?」
「警戒しているのか?」
「そうじゃないです、ただ、いいのかなって。船長は息子だから、聞いておこうと」
「隠し事をして隠し通せる相手じゃない。親父はそんな奴だよ。お前だって知らんわけじゃないだろ」
「知らないですよ。優しいおじさんってイメージしかないですから。でもそれじゃ、喋るしかないって感じですね」
「そうだな、そういうことだ」
隠し事を見抜く。まぁ酸いも甘いも、さんざ政の世界で味わったのだろうから、そう言うことが出来ても不思議ではないかもしれないな、首長の場合。
「エイブラハム・ウェイブ首長がお見えになりました」
レンジャーズ兵士が部屋の外からそう呼びかけて、扉を開けた。
「待たせたなジョナサン。みなさんも」
「ご足労かけてしまって済まないな、親父」
「仕方ないね、不測の事態だから」
がたいのいい船長と比べると、というか男性としてもやや小柄で細身のエイブラハム・ウェイブ首長。だけど、びしっとスーツを決めて、清潔感が漂う感じで、そのあたりも船長とは真逆と言えるけれども、顔はよく似ている。でも目元は優しいけれど厳しさと言うか、強さと言うか、そう言うのも持ち合わせていて、将軍とは別の意味で力強い印象を与える。御年69歳だ。
「報告は聞いてるよ。そちらが竜のお嬢さんかい?」
「はい、始祖竜の名と力と姿を継ぎ、アイラムと呼ばれています」
「俺の若いころにはもうアイラムなんて伝説だと思っていたけれど、いるもんなんだね、伝説も」
物珍しそうにキロアをまじまじと見る首長。さっき、船長には首長のことを警戒していないって咄嗟に言ったけど、やっぱりほんのちょっぴり僕は警戒していた。この人は僕が子供のころからよくしてくれた、僕にとってはいいおじさんだけど、かつて活動家で、今は政治家。何を考えているか、何をこれから考えるか、分かったものじゃない。勿論、それを僕が悩んだって仕方がないことも分かってはいるけど。
「ヨエキアは? 向かっているんだろう?」
ヨエキアは、将軍の名だ。ヨエキア・コール。僕の名前ヨエクも、将軍にあやかってつけられたものだ。首長と将軍は年も近く、確か学生時代からの付き合いだったと聞いたことがある。だからコール家とウェイブ家は家族ぐるみの付き合いが昔からあった。だから僕と船長も、実は警備隊所属以前から面識はあったけど、年も二回り近く離れているし、顔と名前を知っているって程度だったけど。
「将軍はあと、4、50分ぐらいで着くと聞いてます」
「おおヨエク。半年振りかな。またおっきくなったかい?」
「あ、そうですね。やっと首長は越えたと思いますよ」
僕もまぁ、首長のことを言えないぐらい男としては小さい方だけど、まだ成長期だと思うし。もう17だけど。
「親父、早速で悪いが将軍が来る前にでも出来る話をしておきたい」
「二度手間になるだろう?」
「政治的な話だ。どっちかと言えば、あの人抜きの方がいいだろう」
そうか僕とは逆で、船長は船長で、将軍のことを少し信用してないのか。まぁ、自分の正義感に基づいて行動を起こす将軍は、善悪で割り切れない政治の話の時には、いない方がいいのかもしれないけど。
「政治的な話か。その竜のお嬢さんのことでかな?」
「アイラムは、ニューストン竜研から逃げ出してきた」
「ニューストン竜研? ああ、ユナイトのフィフスにそんな施設があったな確か」
「私はそこで、始祖竜アイラムの名と力と姿を受け継ぐよう作られました」
「ふむ。作られた、か」
「正確には、普通の人間だった私を作り変えた、と言った方が正確ですが」
「なるほど、それは非人道的だな」
「ああ、だが親父、そこが論点ではないんだ」
非人道的な竜研の所業。許せない気持ちが無い訳じゃないけど、今大事なことはそこじゃない。
「お話を、聞いてほしいのです。エイブラハム・ウェイブ首長」
「ああ聞くよ、竜のお嬢さん」
「私が、竜研から逃げ出してきたのは、竜研の企みを世に伝えるためです」
「企み?」
「始祖竜たる私には、真竜……竜に変身出来る力を人間に与えることが出来ます。しかし竜研はその力を使い、竜に変身出来る人間を増やし、竜が人の上に立ち支配する、新たな世界を構築しようとしているのです!」
「新たな世界、か」
「私が逃げ出すことで、竜研のこれ以上の増長に対する抑止となっています。ですが、既に竜はある程度増えているのです、ですから」
「竜が人の上に立つ。それはよくないことかね?」
「え?」
首長は不意にキロアの話の腰を折るような問いかけをぶつけてきた。首長にとって、何か引っかかるところがあったのだろうか。
「いや、俺は曲がりなりにも人の上に立つ立場なのでね。言えば俺も支配者側なわけだ。勿論俺は、周囲に望まれてこの立場にいるつもりだけどね。だからこそ、疑問を持つんだよ。誰が上に立つのがふさわしいとか、固定観念でものを考えることにね」
「それは、でも、竜研は」
「分かっている。老いぼれのちょっとした意地悪さ。平和を脅かすようなことをしでかす輩を、放っておくわけにはいかないものな」
首長は、多分キロアの言葉を聞いて何か違和感を覚えたんだ。何か反応を探るために、そんなことを言ったのかもしれない。竜が人を支配する。それだけを聞いて僕は竜研の危険性を勝手に想像して竜研を悪だと決めつけるような想像をしたけれど、キロアが話を盛っている可能性を微塵たりとも考えもしなかった。でも考えてみれば、そういうことだってあり得るんだな。
「老いぼれる年じゃないだろ」
「そうだね、息子にどうの言われなくても、やることは分かるさ。だが、お嬢さんの話を鵜呑みにして行動は出来ないからね。まずは情報を仕入れよう。ユナイトの元老院議員に知り合いがいるし後は……竜研はどこの管轄になる?」
「名目上の主管は商務のはずです。実態はほぼ関係性を持たないはずですが」
「商務省にコネは無いな。まぁ、誰かに紹介してもらうとしよう。猶予はあるのだろう?」
「私がいなければ、動けはしないはずです」
「ならお姫様をどう守るのか、万が一の時どう島を守るのか、というのがヨエキアの仕事になってくるわけだな」
首長は秘書を呼んで何かを伝える。秘書は携帯端末を取り出して何かを入力している。予定でも入れているのだろう。
「すでにアイラムはレンジャーズに預かってもらうことで、一旦の話は出来ている。だが、それをどうするか。ともすれば政治的な切り札になりかねないんだ。警備隊じゃ手に負えない」
「弱気だなジョナサン。怖気づいたか」
「揉め事は御免というだけだよ」
「誰が為の警備隊か」
「俺たちは、軍じゃあないんだ」
「軍じゃない、か。それはそうだが、言い訳だと言えばそうだろう」
「責任の取り方の問題の話だ」
場が少しピリッとする。二人ともそこまで強い口調で言っているわけじゃないから、言い争いってほどのことでもないだろうけど。
「ああ言えばこう言う奴だ。どう思う、竜のお嬢さん」
「わ、私に聞かれましても」
「また意地悪か。性格の悪さが出ているぞ親父」
まぁ、この父にしてこの子ありって、思わなくもないと言えばそうだけど。
「しかし、ヨエキアの到着を待つまで暇だろう。まだ時間もあるし、飯でも食うか。腹減ってるだろう?」
首長の唐突な提案に、僕たちは少し困惑したけど、確かに言う通りだ。
「のんきな話だが、その提案には賛成だ。どうするお前ら」
船長が僕たちに聞いてくる。勿論、おなかは空いている。食事位する時間は確かにあった。
僕たちは首長、船長と共に基地の食堂に赴いて、各々注文をした。
「経費で落ちます?」
「馬鹿を言うな」
僕の質問を、船長が一蹴する。うーん、さすがにダメか。普段から出してもらってるわけじゃないしな。まぁレンジャーズの食堂は安いからいいんだけど。
ふと気づくと、キロアがメニューを見ながら突っ立っているのに気づいて声をかけてみた。
「どうしたんです?」
「あ、いえ。芋料理と肉料理ばかりなんですね」
「ああ。ガイストはあまり植物の生育技術が進んでませんから。まぁ、元々そう言う食事をしていた文化圏の人が多いのが一番の理由だけどね。ユナイトは違ったんです?」
「いえ、竜研は竜研で肉料理ばかりでした。こう見えて、肉食ですよ私」
「へぇ、食事はちゃんと食べれたんです?」
「待遇自体は、悪いものではないですよ。奴隷ではないわけですから、彼らなりに私に気を使ってくれてはいましたよ。というよりも、私がなまじっかとはいえ始祖竜ですから、崇拝と言うと大げさですが、まあそういう丁重に扱われる立場だったので」
ああ、そう言えばさっきも実験対象として扱われることそれ自体は文句を言っていなかったな。あくまで竜研の掲げる人と竜の関係性に、異を唱えているだけってことか。
「でもサドゥイって人は、あなたを随分な言い方でしたよ。けだものとか、しつけ直すとか」
「彼は私を崇拝せずに人として、実験対象として見てましたから。でもそうだから、どちらかと言えば、彼の方がまともな方ですよ」
「その価値観は、難しいな」
こんなかわいい女の子を、けだもの呼ばわりするのがまともだなんて、まともじゃない人達は一体どんな連中なんだろう。まぁ、あの時キロアは四足の竜に変身したし、獣のようだったけど、それにしたって失礼な言い方だ。
「でも、いいですねここは」
「食堂が?」
「ええ、活気があります」
「これでも少ないぐらいですよ。食事時じゃないですから」
「私、これまで基本的に一人で食事してたので。賑やかなところは楽しくなっちゃいます」
そんなことを、紅い瞳を輝かせながら言うものだから、僕だって楽しい気分になってしまうわけで。
「じゃあ、早く注文して食べましょう! 食べながら色々話をしましょうよ」
「ええ」
首長がわざわざこんな私設軍の食堂に来ているものだから、セキュリティが物々しくていつもよりもピリピリしていたのだけれども、僕たちはそんなことを気にしていなかった。出会ったばかりの僕たちは、互いの話をしながら、互いの立場や価値観の違いを話しながら、食事をした。そして色々知ったし、色々な知ってもらった。
僕はキロアは15歳だということ、9歳ぐらいのころに竜研に連れていかれたこと、生活自体には本当に苦労しないぐらい、お嬢様のように扱われていたことを知った。時々感じる品や世間知らずな感じの理由が分かって心の中で納得していた。
キロアは僕が17歳だと言うこと、正規軍の訓練を受けて竜乗りとしてのスキルが高いこと、セブンスがキューシューぐらいの大きさであることを知った。
「キューシューって、結構大きいでしょう?」
「そうですね、サテライトの中では、かなり大きい方です。でも新しい島だから、あまり人は多くないんですよ。都市部に100万人ぐらいで」
食事を終えて僕が島の説明をしている時、急に食堂内がびりびりとした空気に包まれた。首長が入ってきたときよりも、ずっとだ。それですぐに気付いた。そりゃそうだ、レンジャーズの兵士が、首長以上に緊張する相手なんて、この世界にただ1人しかいないだろう。
「おいおい、俺を待たずに飯たぁ、いい身分だなぁエイブラハム・ウェイブ」
「腹が減っては戦は出来ぬ、という古い言葉があるだろう? ヨエキア・コール」
「俺と会うのが、戦か?」
「違うか?」
「く、はは、違いない」
屈強な肉体、鋭い眼光、豊かな黒髪、蓄えた髭。まぁおよそ70歳には見えないこの男こそ、僕の祖父にしてコール家による私設軍レンジャーズ代表、ヨエキア・コールだ。相変わらず声もデカい。
「よう、リトルも久々だな、飯食ってるか?」
「お久しぶりです、将軍。今食べてるところですよ」
「はは、そういう意味じゃねぇよ!」
「ちょっとした、冗談ですよ」
「分かってるって。聞いたぞ、戦闘したってな? どうだった」
「どうって、ことはないですよ」
「いい度胸だ。まぁ、何の心配もしちゃいないがな」
将軍は僕のことをリトルって呼ぶ。将軍からすれば、僕は小さな自分自身として見ている節がある。実際僕が小さいのもそうだけど。将軍が僕に入れ込んでいるせいで、自然と僕の注目度と言うか、期待度を上げられてしまうのが、うれしい以上に相当鬱陶しいことを、彼は理解してくれない。
「で、そっちが始祖竜のお嬢ちゃんか」
「はい、アイラムです」
「ふぅん。お前をレンジャーズで護ればいいわけだな」
「さすがに話が早いだろうヨエキア、聞く話はあるだろう」
「難しい話なら、エイブラハムお前とすればいい。そう言うのは俺らで話をすれば十分だろう」
「後進が育たないわけだ」
「そりゃ関係ない話だろ」
将軍は笑いながらそう言うけど、一理あると思うなそれは。結局レンジャーズは、将軍の意思が無ければ動けない集団になりつつあるのを目の当たりにしているから、余計にそう感じる。
「そりゃあ、アイラムから何か聞くべきだという話であれば、そりゃあそうだがな、結局やることは変わらんのだからな。しばらくホテルにいるんだろ?必要があれば今度聞くさ。エイブラハム、俺の部屋に来い」
「全く、首長に対する態度ではないな」
「それも先輩に対する態度じゃないだろ」
「半世紀前の話を持ち出してどうする」
「違いないな」
そうしてじいさん2人組は取り巻きを連れて笑いながら食堂を出ていった。
「これは……俺たち待ってる必要あったのか?」
船長の一言に僕たちは苦笑いするしかできなかった。
「おい、ジョナサン! 何をやってる、お前も来い!」
不意に響いた、戻ってきた首長の大きな声に、僕たちはびくってなった。
「老人介護は勘弁だぞ」
憎まれ口を叩きながら、渋々船長は立ち上がり、首長たちの後を追いかけていった。
「その、嵐のような方ですね」
「将軍がです?」
「人を導ける人だと、そう言う印象は持ちましたよ」
僕に気を使っているのか、本心なのか、ちょっとわからなかったけど。
「で、どうするんだい、ニム・コカ代行船長殿?」
「え」
「船長が出ていっちまったんだ。指揮権継承するのは、航空士のあんただろう?」
「いや、船の上の話ですよそれは、スウケさん。勘弁してくださいよ」
弱弱しいニムさんの声に、みんなが笑う。なんだか、さっきまで緊迫の戦闘をしていたのが嘘みたいな感じだ。
結局このあと、ニムさんは船長に確認を取って一旦解散することになった。戦闘行為について問い詰められると思ったのに、そう言った話を何もなく終わってしまったのは拍子抜けだった。
「もっと、取り調べみたいなことされると思ったんだがな」
「アイラムへのストレスを気にしたんだろうさ。ヨエキア将軍らしい、気配りだよ」
「だったら、最初から俺らいらなかっただろうって、そう言う気配りがほしかったよ」
送りのエアカーを待ちながら、先輩とスウケさんがそんな話をしていた。スウケさんの指摘もそうだと思うし、先輩の言うことももっともだ。完全な無駄足だったとは思わないけど。
「あの、よろしいでしょうか」
不意に兵士が声をかけてきた。何だろう。
「将軍からのことづけです。アイラムのとりあえずの警備を、警備隊に任せると。今日はヨエクとイニを傍に置け、とおっしゃってました。お二人が一番、アイラムの傍にいたと船長から聞いてのことでした」
僕はイニさんと顔を見合わせる。多分、船長が配慮して交渉してくれたんだろう。
「キロアは、それで大丈夫?」
「はい、お二人がいてくれれば」
その時のキロアの顔は、笑顔じゃなくて真面目な顔だった。分かっている。キロアは気づいたんだ。今これからホテルに向かい、身の回りの警護をするのが僕とイニさんに絞れれば、僕と二人きりになるチャンスが生まれる。
さっきキロアにいろいろ話をしたし、いろいろ話を聞いたけど、肝心かなめのことは何も話をしちゃいないんだ。
そして僕とキロア、イニさんを乗せたエアカーはホテルへと向かった。途中、僕は街の紹介を簡単にする。ほんの少しでも、できることをやりたかった。
ホテルについて、レンジャーズ兵士の警備の配置や注意事項、この後の予定を確認した後、僕たちは部屋で一息ついた。
「ちょっと、疲れましたねさすがに」
イニさんは身体を伸ばしながらそう言うと、僕たちの方をちらりと見る。
「ヨエクくんは、アズール一筋、ですもんね」
「急に何を言うんです!」
「ううん、ちょっと言ってみただけ。確認ですよ」
「イニさん!」
「じゃあ、私は、そうだな、事務所に連絡して、着替えとか、うんなんか色々準備してきますね」
そう言ってイニさんは、にやっとした表情で僕たちを見た後、部屋から出ていった。確認ってなんだよ。僕が、キロアと二人っきりになって、何か心配があるかってことか? 最後妙な気を使った感じだったし。
でも、その気の使い方は間違いじゃない。キロア・ハートは、この時を待っていたのだから。
「多分、盗聴とかはされていないと思うから、安心していいと思うよ。だから」
「分かってます。……お話します。お話を、しましょう。ヨエク・コール。私が竜研を逃げ出してきた本当の理由を。あなたを探していた、本当の理由を」
僕は理解しているつもりだった。キロアの真面目で、深刻そうな表情は、これから自分の語ることの重さに迷いがある顔だった。
だからこそ、僕はこれから彼女の語る本当の話を、精一杯受け止めなきゃいけないと、そう考えていた。
そしてこれから自分とキロアを待ち受ける運命を、何が始まるのかさえ、僕はまだ知らなかった。
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