第57話 紅鯱の愛
紅鯱は緑色の光が、自分の身体を包んでいるのに気が付いた。
「闇鳩?」
緑の光は、温かく優しい。
「私は、どうすればよいの?」
光に問いかける。
「あい。わかりました」
紅鯱は、上空を仰いだ。緑色の光に囲われ、ふわりと身体が浮いた。
光の砲弾を撃ち続ける鹿怨が、目の前にいる。
鹿怨は紅鯱を向き、言った。
「おお、来おったの紅鯱。さあ、こちらだ」
鹿怨が肉筋の腕を差し出した。
その瞬間、紅鯱は手にした笹の葉型の刃を、鹿怨の残りの眼球にずぶりと差し込んだ。
「ギゲゲッ」
視覚を失った鹿怨は、悲痛な声で叫んだ。
「紅鯱ーッ、うぬはよくも」
怒り狂った鹿怨は宙に浮いたまま、紅鯱の首をつかんだ。
「この場で贄にしてくれるわっ」
赤く血のしたたる口を、ぐわっと開く。
紅鯱は一度地上に視線を落とした。
珠三郎が手をかざして、こちらをうかがっているようだ。
「また、どこかでお会いしとうございます。いつの日にか人として女性として、あなたさまに愛されとうございます」
紅鯱の頬に、一筋の光が流れた。
ガアッと開いた鹿怨の口に、刃を握ったままその小さな手を突っ込んだ。紅鯱は鹿怨の口の中で、むき出しの刃を回転させる。
生まれたてのまだ弱い肉が、鮮血と共に飛び散った。
もう片方の手で、鹿怨の頭部をつかんだ。
鋼鉄をも裂く力で、鹿怨のこめかみに指を食い込ませ、頭がい骨を脳髄ごと握りつぶしていく。
「オガッ」
鹿怨の顔面が熟れたトマトのように弾けた。
二人を包んでいた光が、フッと消えた。
~~♡♡~~
「ああっ」
珠三郎は素っ頓狂な声で叫んだ。
三十メートル上空から、一塊となった鹿怨と紅鯱が墜落してくるのだ。
みやび、珠三郎、ナーティの三人は走り出していた。
鹿怨の張った結界が消えると同時に、四本の柱から放たれていた光が消えた。
~~♡♡~~
土道でショベルカーを操作していた男二人が、叫ぶ。
「やった! 柱に亀裂が入った」
ショベルカーのアームは曲がり、バケットももはや原型をとどめていなかった。それでも諦めずに、石柱を破壊せんと必死に叩きつけていたのだ。
ゴゴゴゴッ、南に建つ贄の柱が鳴りだし、ビシッ、ビシッと大きなひびが走り出した。
「おっしゃあ!」
佳賀里がガッツポーズをとった。
ザザアッと石柱は細かな砂状となり、大地に吸収されていく。
南に続いて北、東、西の石柱も、みるみる崩れていった。
~~♡♡~~
社を包む大気は、気付くと正常にもどっていた。
鹿怨は大地に激突したショックで、再生しきれていない肉体が飛び散り、人の形から完全に崩れていた。
その横で眠るかのように優しい顔をした、紅鯱が息絶えている。
伊佐神たちも駆けつけた。
鹿怨の無残な肉塊を見て、全員に戦慄が走る。
「これで、終りかしら」
ナーティが誰にともなくつぶやく。
「タマサブ、この子、最期までアンタを見てたね」
みやびは半笑いで珠三郎に言った。
「うーん、違うんじゃないかなあ。まあ、ボクは昔から女子のハートに火を点けてしまう、罪な男の子なんだけどさ、グヘヘヘッ」
伊佐神は寄り添うように立つ、洞嶋の肩を抱き寄せた。ビックリした顔で伊佐神を見る洞嶋は、とびっきりの笑顔で伊佐神にもたれた。
「みなさん、本当にお疲れさまでした。被害も多々ありやしたが、ここにいる全員はなんとか無事です。これで、この国が厄災に巻き込まれる心配はなくなりました。
ありがとうございます」
片足に負傷した斜目塚に、猿渡が肩を貸している。
「ちぇっ、俺が姐さんを守りたかったのに」
ぼろぼろになった服のまま、菅原は口をとがらせた。
「おまえの援護がなかったら、私だって戦えなかったよ。ありがとう」
洞嶋が声をかける。菅原は嬉しそうに顔を赤らめ、頭をかいた。
みやびは、紅鯱の前にしゃがんで手を合わせた。
「ありがとう。あなたのおかげで、禍は消えました。安らかにお眠りください」
そして心の中で言った。
(タマサブを好きだったのでしょ。わかっているわ。でも、ごめんなさい。アタシはあなたよりも、もっとずっと)
「あら、朝陽だわ」
斜目塚が東の空を指さした。
うっすらと太陽が、その輝きを地上に降り注ぎ始めている。
みやびは紅鯱の身体から、やわらかな赤い小さな光が、ふわりと浮くのを目にした。
すうっ、とどこからともなく緑色の光の玉が飛来する。
二つの光の玉は寄り添うように浮かび、天高く舞い上がった。
「ありがとう。今度生まれてくる時は、普通の女の子として。そして、そして今度こそ素敵な人と巡り会ってね」
みやびは空に澄んだ眼差しを向け、言った。
つづく
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