第56話 反撃開始と思いきや
北と南の石柱が贄の魂を呑み込み、ドクンと脈打った。
北の石柱は白から紫色に、南の石柱は白から青色に変化した輝きを帯びる。
闇鳩は鹿怨に抱かれ、のけぞるように天を仰ぐ。
眼球をぶらつかせながら、鹿怨が大きく口を開いた。
「べ、べに、しゃち、にげて」
闇鳩の閉じた眼がうっすらと開き、紅鯱を向く。
ぐわっ、鹿怨の黄色い牙のような乱杭歯が、闇鳩の白い首に食い込んだ。
「闇鳩っ!」
紅鯱はすがりつくように、もしくは鹿怨から闇鳩を守ろうとするように胸元で白い指を動かし、一歩足を踏み出す。
稲妻が走り、鹿怨と闇鳩の姿をモノクロで浮かび上がらせた。
舞う鮮血。闇鳩の口からぬめりと這い出た光の玉が、宙に浮遊する。光はいったん上空に上昇すると、東の空へ飛んで行った。
どさりと闇鳩の亡骸が、地面に落とされる。
「これで三つ目。さあ、紅鯱、来よ。そして贄となりて常世と現世を結ぶのじゃ。さすれば荒ぶる神が御自ら現れ、
さあ、来よ」
赤黒いしゃれこうべが、かたかたと歯を鳴らして手招きする。
~~♡♡~~
洞嶋のヌンチャクが、傀儡の頭部をズシャッと打ち砕く。
ひるんだところへ右足、左足を交互に高く振り上げ連続で旋風脚を浴びせた。歪んだ頭が、振り子のように左右に大きく揺れる。
「ハイッヤアッ」
とどめに左掌に身体中の気を送り、弾丸のように発勁を傀儡の胴体に当てる。
どくんっ、傀儡となった男、金髪の李は口から黒い気体を吹きだし、倒れた。
「お疲れ様です! 姐さん」
菅原がハアハアと息を吐きながら、走ってくる。
洞嶋は鋭い眼差しのまま、周囲を見渡した。
「こいつが、最後かい」
「どうやら、そのようでさ」
斜目塚と猿渡も、一緒に走ってきた。
「もう終りかしら」
コワい光を目に宿した斜目塚は、バトンで自分の肩をポンポンと叩く。
「ええ。私たちが相手できる連中は、これで終わりです」
「なあんだ。ようやくコツを覚えたってえのに」
不満そうな斜目塚に、猿渡が笑う。
「俺たち、絶妙のコンビネーションだったっすよね」
斜目塚はうなずいた。
洞嶋は伊佐神を捜す。
傀儡たちが倒れている中、伊佐神は化け物と成り果て、自ら命を絶った多賀の前で膝をついて、うなだれていた。
カシャン、洞嶋はヌンチャクを落とし、伊佐神のもとへ駆け寄る。
伊佐神は顔をくしゃくしゃにし、大粒の涙を流していた。
後ろから、洞嶋は伊佐神をそっと抱きしめる。
「レイ、おいちゃんは、おいちゃんは最期に自分から」
洞嶋は優しく伊佐神を抱きながら、赤子をあやすように頭をなでた。
伊佐神は社長であることを忘れ、洞嶋の胸に顔をうずめて泣き続けた。
~~♡♡~~
東の石柱が緑色に染まった。
北、南、そして東の石柱は発光しながらその光を、中心である本殿に向かって伸ばしていく。
いつしか雷音が聞こえなくなり、極彩色であった大気が紫、青、緑の色に変わる。オーロラがそのまま森を包んだようである。
鹿怨のむき出しのしゃれこうべに、ピシリと亀裂が入った。
亀裂が徐々に拡大していく。
ぼとりと左の頬骨が落ちる。続いて右。その下から皮をはいだ、生々しい赤い肉筋が現れる。ばりばりと音を立て、身体中の骨が崩れていき、真新しい肉が生まれ始めていた。
皮膚のまだない肉筋の眼窩から、真ん丸な眼球が盛り上がった。
その両眼が紅鯱をギロリと睨む。
鎌首を持ち上げた蛇の前で固まったた蛙のように、紅鯱は身動きが取れず、白い透き通る顔が真っ青になっていた。
「新しい肉体よ。ふふふ、常世開門と同時にわしも生まれ変わる。さあ、紅鯱、心置きなく贄となれ」
鹿怨の赤い肉の腕が差し出された。
「そうはいかないよ」
その声に、鹿怨の動きが止まった。
雍和を一掃したみやび、珠三郎、ナーティがそれぞれの武器を構え、立っていたのである。
「ハッ!」
鹿怨は左手を差し出した。
紫、青、緑の光が瞬間に束となり、三人の立つ位置にほとばしる。
ドゥオーン! 激しく大地が砕け散った。
三人はシールド! と叫び左右に転がる。
鹿怨は立て続けに光の束を、投げつけた。大砲で攻撃をされたように大地が炸裂する。
「だめ、攻撃どころか、防ぐので精一杯!」
みやびは転がりながら叫ぶ。
「くかかかっ、この空間はわしのもの。おまたちは手もでまい。それっ」
みやびはその攻撃を避けることしかできないことに、苛立った。
(あの人体標本の怪人が黒幕なのに。どうやってやっつけちゃえばいいのよ。このシールドだって百パーセントじゃない。このままだと蒸してお陀仏よ)
ナーティも珠三郎でさえ光の攻撃を防ぐだけで、精一杯の様子だ。
「くっそおー!」
みやびは荒い息をつきながら、身を伏せた。
「バラバラになっちゃ、ダメだあ!」
大きな太い声がみやびの耳に届いた。
ハッとして後方に視線を向ける。
伊佐神、洞嶋、菅原が走ってくるではないか。わずかに遅れ、斜目塚と猿渡の姿が確認できた。
伊佐神は走りながら叫ぶ。
「みなさーん、ひとつになれば、やつに勝てますー!」
みやびは珠三郎とナーティを振り返る。
珠三郎がうなずき、ナーティが口元に笑みを浮かべた。
「ヨーシ、やるよー!」
光の砲撃の合間をくぐり、三人は駆け寄った。
「そうは、いかぬ」
鹿怨は両手を使い、三色の光弾を浴びせる。
みやびの十文字槍の刃先と、ナーティの日本刀の先端が重なり合った。そこへ光の束が襲いかかる。
シュパーン!
目もくらむように光がはじけ、みやびは思わず眼をつむった。
攻撃にやられたと思ったが、身体に異常はない。
「このことね! わかったわ」
ナーティが、不敵な笑い声を立てた。
鹿怨の放った光弾を、槍と刀の刃が重なり打ち返したのだ。
「ウホホーイ!」
ナーティの巨体の背後に隠れた珠三郎は、間髪をいれずにスリングショットから特注の銀玉を連続で発射する。
鹿怨の放つ光が、銀玉により拡散していく。
銀玉のひとつが、瞼のない鹿怨の片方の眼球に炸裂した。
「ウゲゲゲガアッ」
のけぞる鹿怨。
「タマサブ、やっちゃえー!」
「グヘヘヘッ、任せてちょーだい」
スリングショットから、弾丸よりも破壊力のある銀玉が高速で撃ち出される。
「うぬら、勝てると思うなよ」
片眼をつぶされた鹿怨は、両手を広げた。ぐうんと身体が浮かび上がる。
三色の光に引かれるように鹿怨は宙に浮き、地上から三十メートルほどの空間で止まった。
「全員まとめて消去してくれるわっ」
鹿怨の声が響き渡り、光が渦巻き始めた。
ギュワアン、さらに大きな光の砲弾が、上空から降り注いだ。
みやびとナーティは刃を重ねたまま受ける。珠三郎は上空に向け、銀玉を撃ちまくる。
「アアッ」
みやびの後方で、叫び声が上がった。
「弥生さーん!」
攻撃は三人だけではなく、伊佐神たちにも向けられたのだ。
みやびたちはシールドで鎧われ、手にした武器が光をはねかえしてくれるが、伊佐神たちは丸裸も同然だ。
「こ、こっちはなんとかします、だからあの怪物を」
伊佐神は怒鳴った。
珠三郎が不吉な笑い声を上げる。
「ワーッハッハッ。玉切れでーす。どうしよう」
「ええーっ!」
みやびとナーティは、同時に口を開いた。
つづく
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