第55話 多賀の自害
みやびの額にも大粒の汗が浮かび、走るうちに目にしみ始めた。
「くうっ、仕方ないや」
ヌヴァ、と覆いかぶさろうとする雍和の横を、すり抜ける。
「シールド、オフ!」
シュシュン、薄い被膜が首の金属板にもどる。身体が一気に涼やかに、楽になった。
だが雍和はそれを見透かしたように、四方からみやびに襲いかかってきた。
みやびは十文字槍を両手で持つと、身体を回転させる。
正面の一匹は胴の真ん中から切断された。が、残りの三匹はふわりと宙に舞い、攻撃を避ける。
「ゲゲッ、雍和が学習効果を出し始めちゃった!」
三匹は宙から、いっせいにみやびを襲ってきた。
「ヒエーッ」
みやびが叫んだ。
ガシュ、ガシュ、ガシュ、三匹はみやびの手前で大きく飛び跳ね、黒煙と化した。
「みやびちゃーん、愛しのみやびちゃーん!」
「タ、タマサブーッ」
みやびは歓声で応える。
落雷が珠三郎の姿を、浮かび上がらせてくれた。みやびの盟友、珠三郎がスリングショットを撃ちながら走ってくる勇姿を。
~~♡♡~~
白骨というよりも、熱で溶けた肉をまとわりつかせたような腕の骨である。
伊佐神はその骨の腕に、ぐじゃりと掴まれた。
「お、おいちゃん」
洞嶋につぶされた顔の目の部分が、ギョロリと動いた。
骨の腕は伊佐神がドスを差し込んでいる手に、沿うように力をいれた。
ヂュブ、ヂュブブブ、ドスが胴体にめり込んでいく。伊佐神は、もう力をいれていない。白骨の腕が自らの肉体に、刃を押し込んでいるのだ。
「やめて、やめて! おいちゃん、もう一回昔のようにかわいがってよっ」
伊佐神の泣き声に、さらに骨の腕に力がこめられる。
化け物のつぶされた頭部の眼から、一滴の涙がこぼれ落ちた。
(すまなかったな、藤吉ぼっちゃん)
「おいちゃーん!」
伊佐神は、ドスから手を離していた。
多賀は最期に、自らその命を絶ったのである。
~~♡♡~~
みやび、珠三郎、ナーティの三人がそろった。
「なんでアタシが、アンタの心配をしなきゃいけないのさ!」
「グヘヘッ、ごめんね、みやびちゃん」
「いいから、あなたも。さっさと片付けるわよ」
ナーティがニヤリと太い笑みを浮かべる。
みやびはセーラー服のスカートのポケットから、「喧嘩上等」と書かれた鉢巻を取り出し、珠三郎に渡した。珠三郎は嬉しそうに「みやびちゃんと、お揃いだあ」と頭に巻く。
「さあ、行っくよー!」
「オッケェイッ!」
三人は化け物の群れへ、飛び込んでいった。
みやびは珠三郎の無事を確認すると、俄然力と勇気に満ち溢れた。だが、雍和の動きがかなり活発になっている。
獣毛を逆立て、双眸を赤く燃え上がらせてみやびに襲いかかる。
シールドをオンにしてハイテク鎧で身を包むと、手にした十文字槍を下からすくって雍和の二本足の間を走らせた。
グワアッ! 嘴が叫ぶ。
天を向いた槍の先を止めることなく斜めに振り下ろし、横から跳んできた雍和の肩から胸元へ刃先をくぐらせる。
「さあさあ、いらっしゃいな!」
前髪をなびかせて、みやびのアーモンド型の目元が光を帯びた。
珠三郎は近くの雍和をみやびとナーティに任せ、遠くから地響きを立て走ってくる雍和を眺めた。
「グヘヘヘッ、ボクは滅多に自慢しないけどさ。百発百中、現代のロビンフッドと呼ばれる腕前をご披露しちゃおっと」
言いながら、スリングショットに銀色に輝く玉をセットする。
珠三郎の細い眼が、数匹の雍和をロックオンする。
「うっしゃああっ」
ライフルから弾丸を発射する速度で撃ち、しかも腰に装着した革ケースから次々とパッチに玉を挟んでいく。
化け物たちの身体を貫通する銀玉。断末魔の咆哮を絞りだし、黒煙に包まれていく。
ナーティは左手に持つ、フリルのついた日傘をバサッと開く。
「これはとっておきの、隠しワザよおっ」
太い岩のような左手首だけで、日傘の柄を回す。どんどん回転数が上がる。
「伏せてー!」
みやびと珠三郎は、大地に身を沈めた。
「奥義、七転八倒っ」
ナーティは回転する日傘の柄を離した。
ギュワーアン!
紫色のフリル付きの日傘がヘリコプターのプロペラのように高速に回転し、雍和の群れの中に飛び込んでいく。
日傘の骨の部分も日本刀と同じ製法で作られた、細い刃であったのだ。
斬れるわ、斬れる。面白いほど傘の尖端が雍和を切断していく。
みやびは十文字槍を腰溜めにしながら走る。
雍和の真正面で跳躍した。空中で身体をひねり、槍の先に全神経と体重を集中した。
ズゴオーン、頭頂部から串刺しにされた雍和は、たちどころに黒い煙になり消滅していく。
「さあて、ゼペットじいさんが夜なべして編んだ、じゃない、成型してくれた銀の玉をただ今から大放出いたしまーす」
珠三郎は変な抑揚をつけながら言うと、恐ろしい速度で連射した。
ピシュッ、七色に移りゆく大気を切り裂き飛んでいく。数発の玉が、雍和の胴体に埋まり込む。
首をかしげるように、雍和は己の胴体を見下ろすと、そのまま転倒し煙と化していった。
敵にまわしたくない不気味な笑みを浮かべ、珠三郎は何かが憑依したかのように、一心不乱に連射する。
言葉の通り、百発百中であった。
みやび、珠三郎、ナーティに三人により、境内に生み出された雍和の九割近くが葬られていった。
つづく
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