第54話 三妖術師の復活

 猿渡が長いチェーンを鞭のようにふるい、倒れた傀儡の口に斜目塚がスタンガンをねじ込み電撃をくらわす。

 息の合ったコンビネーションで戦う。

 

菅原はフットワークを使い、ナックルをはめた拳でパンチを繰り出す。


「ソウリャッ」


 洞嶋は三十六式と呼ばれる太極拳の型を実戦に応用している。飛びかかってきた傀儡を、両足を大地に百八十度開き、かわす。すぐにバネ仕掛けのように足をすぼめ立ち上がり、掌底で突いた。

 発勁により発せられた洞嶋の気が、傀儡の内臓にダメージを与えていく。


~~♡♡~~

 

 みやびは宝蔵院流の奥義を、百パーセント駆使した。

 珠三郎を救うことしか考えていない。それが力を生み出す源泉となっていた。

 切っても突いても、続々と生み出される雍和。


「まぁだ、まだ! アタシの持久力はこんなものじゃないんだから」


 大地に転がりながら、槍を突き出す。

 シールドにより完璧に身体は保護されているので、頭部さえ守ればあとは恐くない。

 ナーテイはすでに大粒の汗を飛ばしながら、巨体を舞わせて大技の軍刀術を繰り出している。


 ドオオォンン! 


 大きな揺れとともに、大地全体が慟哭どうこくした。


~~♡♡~~


 鹿怨の身体から肉が滑り落ちていく。顔面には、髪や皮膚の一部が垂れ下がっているのみである。


「がせーん、がせーんん」


 ただれた舌が、むき出しの歯の間からボトリと落ちた。


 蛾泉は数十匹もの邪魔よこしまなる雍和を生み出し、笹の葉型刃を用いてみやびたちに攻撃しているさなか、鹿怨の声が頭に響き渡った。

 蛾泉はすぐさま鹿怨の立つ拝殿前に、姿を現した。


「鹿怨さま。ただいま追いつめておりまする」


 片膝を立て、頭を下げる。

 しゃれこうべとなった鹿怨の顔から、眼玉が糸を引いて落ちかけている。


「よいよい。門が開かれる最後の仕上げぞ。近う寄れ」


 蛾泉は「あい」と返事をし、鹿音の足元に進んだ。


「おお、美しいのお。もそっと寄れ」


 鹿怨の骨の指が蛾泉の頬を包む。


 ガッ! 鹿怨の下顎が大きく開き、蛾泉の喉もとに食らいついたのだ。


「ヒッ」


 蛾泉の喉もとが噛み破られ、鮮血が吹き出した。鹿怨は骸骨の顔を真っ赤に染め、あふれる血液を、音を立てながら飲みこんでいく。

 蛾泉は大きく目を見開いたまま、絶命した。


 仰向けに倒れた蛾泉の口が、内側から大きく開く。

 開いた口の中が光を放ち始めた。光はググッと浮かび、ひとつの塊となった。そのまま、音もなく上空に飛んでいく。そして、蛾泉が大地より呼び出した北の石柱に、まっしぐらに向かったのであった。


「贄の柱よ、さあ、受け取れいっ。新鮮な魔奏衆のおなごの生贄よぉ」


 鹿怨は叫んだ。


~~♡♡~~


 蠍火はおびただしい群れとなって出現した雍和の間から、みやびへの攻撃を始めていた。

 そこへ鹿怨の呼び声がかかる。


「運のいい奴。戻り次第、私が消去してあげるよ」


 蠍火は跳んだ。


~~♡♡~~


 珠三郎は、紅鯱にかばわれるように歩いている。

 雍和の遠吠えと、仲間たちの発する声が聴こえる。闇鳩は歩く速度を速めた。


「儀の真っただ中、こいつらの仲間がやってきている上に、こいつを紅鯱の愛玩具にしたいなどと、どう説明したらいいのだい」


 誰にともなく、闇鳩は独りごちる。


(なんとかこの子を振り払って、みやびちゃんの応援にいかなきゃ。せっかくのみやびちゃん生ライブだというのに。ビデオカメラをどこにセットしようかなあ、楽しみー)


 珠三郎は少し方向感が違うものの、脱出作戦を練っている。

 その脱出は意外に早く、向こうからやってきた。


「ど、どうして?」

 闇鳩は目の前の光景に、驚愕の声を発した。

 血の海に沈む蛾泉。

 そして今、目の前で蠍火の喉もとから、大量の血しぶきが宙に舞っていたのだ。

 骸骨となった鹿怨は頭から血をかぶり、真っ赤に染まっていた。

 蠍火は大きく痙攣し、ドウッと崩れ落ちる。その口元から光の玉が浮かび、南の空へ飛んでいく。


「闇鳩、紅鯱もおるか。さあこちらへ来よ。おぬしらの魂を贄の柱に捧げるのじゃ。さすれば常世開門の儀が終了し、門が完全に開かれる」


「鹿怨さま、私たち魔奏衆は鹿怨さまとともに、この国の破滅を迎えるはずではなかったのですか!」


 鮮血のしたたる、むき出しの歯がカタカタと笑った。


「なに世迷言を言いおる。二百十年前の時にも、魔奏衆を贄に使おうとしたわいな。あの時には贄の柱を蘇らす前に、寸前で人間の妖術者たちが入りおった。

 わしはやつらに暗黒の世界へ封印されたのよ。忘れもせぬ、あの使はな。

 蝦蟇がま使いの児雷也じらいや蛇術じゃじゅつ大蛇丸おろちまる蛞蝓なめくじを従える綱手姫つなてひめ。だがの人間であった奴らは、とうの昔に骨になっておるわ。

 まさか今の世に甦ったなどとは、あり得まい。永遠に死なぬわしは血を吐きながら耐え、復讐を誓ったのじゃ。

 ぬしら魔奏衆は、贄のための存在よ」


 闇鳩はばたりと膝をつき、下唇をかんだ。肩が震え、食いしばった口元から血が滴る。


「さあ、来よ。すでに蛾泉と蠍火はその魂を、贄の柱に捧げておる」


 闇鳩はそれこそ傀儡のように、ふらりと立ち上がった。

 ゆっくり歩きはじめる。


「闇鳩! 待って、待って」


 紅鯱はいつの間にか、珠三郎の腕を離していた。


「ええっと、ボクはもう行ってもいいのかな、かな?」


 珠三郎は紅鯱の後ろ姿に声をかける。

 ふり返った紅鯱は笑ったような泣いたような、複雑な表情を浮かべている。こくり、と紅鯱はうなずいた。


つづく

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