第53話 タマサブと紅鯱
小屋の中は懐中電灯の光がなくてもまぶしいほど、火の手が上がっていた。
珠三郎は未だ動かず、胡坐をかいたままである。
「はあ、だめだあ。先ほどの魔術から覚醒するために脳が働き過ぎたのだな、これは。なーんにも知恵がうかばないや、グヘヘヘッ。
まっ、とりあえず。シールド!」
珠三郎の声に即座に反応した流体型炭素繊維が身体を包む。
「外部の熱は防ぐけど、体温で熱中症になるからなあ。どっちがお得? なーんて言っている場合じゃないんだけど、けど、ンンッ?」
バチバチとはぜる音が強くなり、小屋の奥のでは無数の炎が舞う。
真っ赤な手のひらが、おいでおいでと呼んでいる。
珠三郎の耳は別の音をとらえていた。ギチギチと金属をこする音だ。珠三郎の五感は金属に対し、特別によく反応するらしい。
ガキッ、ヴァキッ、ドーン!
無理やり鋼鉄を強烈な力でねじ切り、叩きつけた音が響いた。頑丈に取り付けられていた鉄製の扉が、一気にはがされた。
ゴウウッ、小屋内に新鮮な空気が瞬間吸い込まれ、バックドラフト現象で炎が巨大化した。
珠三郎は条件反射で、その直前抱えていたリュックに無防備の頭を突っ込んでいる。シールドのおかげで爆風を回避したものの、あおりを受けてリュックを抱えたまま転がってしまった。
プハーッと顔を出した時、目の前に真っ赤なロングブーツがあった。
鋼鉄の扉を素手で吹き飛ばした紅鯱が、ホッとした表情を浮かべて立っていたのだ。
「お怪我は、ございませんでしたか?」
「ええーっと」
「さあ、焼かれていまいます。どうぞ」
珠三郎は差し出された紅鯱の小さな手を見つめ、握った。少女の手は温かでやわらかく、なぜか安らぎを感じさせた。
この小さな手が厚さ十数センチの鋼鉄の扉を、まるで薄い和紙を破るように、いとも簡単に破壊するとは、さしもの珠三郎も気づいていなかった。
珠三郎と紅鯱は、小屋が燃え落ちるすんでのところで脱出したのであった。
~~♡♡~~
伊佐神と多賀の化け物はぶつかったまま、時が止まったかのように、身動きしない。
「し、社長」
洞嶋は言葉を飲みこんだ。
「姐さん! またでやがった」
菅原の叫び声で、我に返る。
魂の抜けた無表情で、両腕をぶらりとさせた傀儡が十人ほど走ってくるではないか。
洞嶋は再びヌンチャクを構える。
「さあ、もうひと暴れ! やるよ!」
菅原、猿渡、そしてスタンガンを高々と掲げた斜目塚は、オウッと
伊佐神は額に大粒の脂汗を浮かべていた。歯を食いしばり、ドスを持つ腕が震えるほどの力をこめている。
多賀の化け物は腹部にドスを受けたまま、微動だにしない。
「お、叔父貴」
「と、とうき、ちぼっ、ちゃ、ん」
自分の心と支配された半分とが、多賀の精神世界の中で戦っていた。
そいつを殺せという。
おまえはそいつの身代わりとなり醜い化け物にされたのだ。だから殺せという。
化け物の腹部の一部が盛り上がった。
伊佐神は気がついていない。
盛り上がった肉が、ぶしゅりと膿をまき散らしながら弾けた。緑色の粘液を引きづりながら、腕の骨が現れる。
骨は手のひらをくわっと広げ、ドスを持つ伊佐神の腕をつかんだ。
~~♡♡~~
小屋の外も極彩色の大気が渦を巻き、雷鳴が轟き、稲妻が無数に走っていた。
フラッシュがまたたき、珠三郎は阿鼻叫喚と化した社のほうを見た。
雍和が次々と空間より生み出され、それをみやびとナーティが戦っている。
紫色の女と青色の女がアクロバットのように飛び跳ね、
「み、みやびちゃん!」
珠三郎は走り出そうとしたところを、紅鯱が腕を引く。ふり切ろうにも、万力で固定されたようにびくともしない。
「ボクを、自由にしてくれないかな」
珠三郎は冷静な声で言う。
「いいえ。あなたさまは、私といっしょに行きましょう」
「ダメだ!」
大声で怒鳴る珠三郎。
ビクンと紅鯱の身体が硬直する。悲しげな濡れた瞳で珠三郎を見つめる。
「きみの魔法は、ボクにはもう効かないよ。ボクの脳が解毒効果の免疫を作っているからね」
ザンッ、と大地を踏む音がした。
二人の前に、闇鳩が姿を現したのだ。
「闇鳩」
「だから、すぐに消去しなければならなかったのだ。紅鯱、いますぐに殺れ」
憤怒の形相で、闇鳩は腕を組んだ。
「できないのかえ? ならば私がやってやる」
闇鳩は胸元から、数枚の笹の葉型の刃を取り出した。
紅鯱は片手で珠三郎をつかんだまま、闇鳩から隠すように珠三郎を抱きしめる。
闇鳩は呆気にとられた表情を浮かべる。殺気が消えた。
「仕方のない子だねえ。人間を好いても、悲しさが増すばかりだってのに」
闇鳩の手から刃が消えた。
つづく
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