第52話 変身する鹿怨

 みやびはシールドに鎧われ、全身に力が湧いていくのがわかった。


「さあ、いらっしゃい、魔奏衆のオネイさんとやら」


 十文字槍を斜めに構え、不敵な笑みを浮かべる。


 蠍火は、何もない空間から白鳩を取り出すマジシャンのように両手を広げ、指を動かした。

 ぬめり、油膜のような毒々しい色彩の空間が渦巻き、黄褐色の雍和の頭部がひり出される。

 みやびにはすでに見慣れた、雍和が生み出されるシーンだ。

 ナーティは初めて目の当たりにする。


「こ、これが雍和、なのね」


 二人と蠍火の距離は、三十メートルほど。

 みやびは十文字槍を上段にふりかぶり、走り出した。そこへ別の角度から、笹の葉型の刃が数本飛来してくる。


 カンッ、カンッ、カンッ、みやびのすぐ後ろを走るナーティの日本刀が、飛んできた刃をすべて払い落としていく。


「こしゃくなっ」


 横手から紫色のロングヘアをなびかせて、蛾泉が跳ぶ。


 蠍火は雍和が完全に空間から出る前に大きくジャンプし、みやびたちとの距離を空けたところで、再度両手を広げた。

 常世の門が開き始めたこの空間では、魔奏衆の意のままに雍和を生み出せるようだ。


「テイヤアァッ」


 みやびは大きく振りかぶったまま、雍和の頭部に十文字槍を打ち下ろす。七色の大気と共に、一撃で化け物の頭部が切断される。


(タマサブ、信じてるんだからね。絶対アタシのところへ駆けつけてくれるって。だからアタシは負けない。アンタが来るまでは、何があっても持ちこたえてみせるわ)


「エエーィ、いっくよーっ!」


 みやびは槍の下部を握りしめ、脚を軸に身体を回転させた。

 セーラー服のスカートが舞う。

 四方から襲いかかってきた数匹の雍和は、胴体を真っ二つにされていく。

 ナーティはみやびの後ろから、蛾泉の立つ位置に方向転換した。


「さあ、観念しなさいな。ワタクシが成敗して差し上げるわ」


 蛾泉は走りながら、次々と刃を投げる。ナーティは日本刀を8の字に回転させ、片端から打ち返していった。


 蠍火はみやびの繰り出す槍の動きを読んでおり、ジグザグに跳躍し、空間から雍和を生み出していく。


「ホホホッ、今までのようにはいかないさ。常世の門が開き始めた以上、この空間は現世うつしよに出たくて待っていた邪魔よこしまなるものたちが、列をなして押し寄せているのだからね」


 みやびは新たに生まれ出ようとする雍和に、気合を発して渾身の突きをくらわす。


「ふざけんじゃないわよ。アタシがぜーんぶ葬ってやるんだから」


 蛾泉も同様に、ナーティの追撃をたくみにかわしながら、空間から次々と生み出していく。すでに何十匹と姿を現した雍和の咆哮が、社のある大地を揺るがす。黄土色の身体を揺さぶりながら、みやびとナーティを視界にとらえて動き出した。


「この国の先達が作り上げた、世界に誇る日本刀よ。アンタたちの野望は、ワタクシたちが打ち砕いてみせる」


 ナーティが右手に持った刀は宙で次々と向きを変え、雍和どもの頭部、腕、胴体を切断していく。

 実戦に重きを置いた、旧日本陸軍が作り上げた剣術。斬る、突く、叩くとあらゆる攻撃の技を繰り出すナーティ。


 しかし、蠍火と蛾泉が異空間から生み出す雍和の数は、さらに増えていったのであった。


 ドオオーン! 

 

 落雷が切り開かれた大地に、衝撃を与える。

 

 四本の贄の柱の頂点から光が発射され、徐々に内側に広がり始めている。

 

 鹿怨は拝殿の前に立つ。その姿はミイラとの区別がつかないほど、短時間の内にさらに老化が進んでいた。


「新たな身体が儂の中でグツグツと膨れ始めておるわ。くへっくへっ、霊薬、西天艸があるかぎり、わしは何度でも生まれ変わる。この国を混沌の闇世界に落とし、滅亡していく様をみとどけてやるわ」


 ぼそり、ぼそり、鹿怨の頬の部分が崩れ落ちた。

 ぎしゃ、鹿怨の腕の肉が炙られた蝋のようにとろけ、地面に重なっていく。


 ズドーンンン! 東の森に、まばゆい光の帯が走った。


つづく

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