第51話 シールドの力

 みやびは横目で醜悪な化け物をとらえながら、さらに奥へと速度を上げる。

 そこには雍和を空間から生み出し、こちらを向く蠍火がいた。両手には、笹の葉型の刃物が数枚光っている。


「ほら、受けてみな」


 空気を割いて、凶器が飛来する。


「シールド!」


 みやび、ナーティは同時に叫んだ。首に巻かれた金属板が、音声を瞬時に識別した。

 キンッ! 二人の身体は透明な流体型炭素繊維カーボンナノチューブに包まれる。

 顔面を片手でカバーしながら、みやびは投げられた刃物を身体で受ける。


 カッキーンン! 当たった衝撃すら感じない。


「ナーティさん、これなら大丈夫」


「ただし、三十分間よ」


~~♡♡~~

 

 バチバチッ、小さな炎が片隅で火の粉を巻き上げる。


「引火しちゃったよう。さあって、どうするかなあ。窓もないし、リュックにはさすがに鋸とか入れてないしなあ。シールドも身体は守ってくれるけど、頭部は無理だよーん。

 顔だけウエルダン一丁上がりってのも猟奇的だな。記念に写真撮るか、グフフッ」


 珠三郎は胡坐で腕を組み、独りで笑った。

 小屋の中は木箱が山積みになっており、火の手がまわったら、もう逃げられない。


「みやびちゃん、大丈夫かなあ。ボクがたとえ焼け死んだとしても、一時的な国家的財産の消滅程度で済むけどさ。

 みやびちゃんに万が一なんてことがあったら、未来永劫この国のアイドルオタクたちは喪に服し続けるから、国内経済の壊滅を招くだろうなあ」


 珠三郎は真剣に悩んでいた。


~~♡♡~~


「叔父貴っ」


 伊佐神は多賀らしき化け物を見つめたまま、言葉が出てこない。


「ボッ、チャン、タスケ、テ、クダサ」


 多賀の脳に、強烈な命令が下される。


(ソノオトコヲ、コロセ)


(だ、誰だ? 俺に、命令するのは、誰だ)


(フフフ、オマエガ、ノゾンデ、イタコトダ)


 化け物の頭頂部に生えた多賀の顔が、苦悩と怒りで歪む。


(オマエハ、ソノオトコノ、ミガワリニ、サレタノダ)


(ま、まさか)


(コンナ、カラダニ、シタノハ、ソノオトコダ)


 グオオーム! 化け物の口から叫び声が放たれる。


「多賀の叔父貴、しっかりしてくれ! 俺は、俺は、ずっと信頼していたのに。なんでだ、なんでだようっ。おいちゃん、昔のようにかわいがってくれよーっ」


 伊佐神は悲痛な声で叫んだ。


「やっぱり、できねえ、叔父貴をこの手にかけるなんて、できねえよお!」


 肉塊となった多賀の顔に、狂気が浮かんだ。


(そうよ、その通りだ。元はといえばこの餓鬼が組を潰したのが、間違いだったのだ。俺に組を任せりゃよかったんだ)


 化け物の肩が、瘤のように膨らんだ。

 ブシュッと弾け、膿とともに蟷螂かまきりの斧のような、肉色の刃が糸を引き現れた。

 グワッツ、肉色の鋭利な刃物が振られる。


 シュンッ! 


 それよりもコンマ数秒早く、宙に鋭い線が走った。

 ビシャッ、と多賀の眼と、本体の複眼から勢いよく膿がほとばしった。

 そこには深々と五寸釘が撃ちこまれていたのだ。


「社長ッ」


 走ってきた洞嶋は大きく跳躍し、伊佐神の頭上を飛び越える。


「くらえええっ!」

 ピンクのジョギングパンツから伸びる長くしなやかな脚。そのつま先が、多賀の顔面に食い込む。


 ぐじゃっ、緑色の膿をまき散らしながら、顔面がつぶれる。


 トンっと洞嶋は片膝をついて着地した。

 そこへ肉色の刃物が振り落される。

 伊佐神はドスを口にくわえ、洞嶋の上にかぶさりながら転がった。


 ジャリンッ! 飛んできたチェーンが肉の凶器にからみつき、すんでのところで動きを止めた。

 猿渡は渾身の力を込めて、一気にチェーンを引く。

 ごきゅっ、刃物が腹部の根元からねじりとられる。


「お次は任せてちょうだいっ」


 斜目塚はバトンタイプのスタンガンで電撃するのに、すっかり味をしめていた。

 蟷螂の斧をえぐりとった腹部の穴に、バトンを突っ込む。


 バチンッ! 化け物の腹部が波を打ったように揺れる。

 伊佐神は、かばっていた洞嶋と視線を合わせた。

 無言でうなずく。洞嶋もキュッと唇を結んだ。

 ドスを握り、伊佐神は腰だめにする。


「叔父貴、いや多賀専務。

 代表取締役社長として、コンプライアンスの最高責任者としてきっちりと落とし前をつけさせていただきます」


 伊佐神はそのまま化け物に、身体ごとぶつかっていった。


つづく

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