第50話 贄の柱

 地上に現れた四本の石柱。東西南北の位置に天を突くがごとくそびえている。

 柱は鈍色に輝く光の幕を張り巡らし、山賊峠の一帯を取り囲んでいた。


「魔奏衆よ」


 鹿怨の声が響く拝殿。


「ここに」


 四人は床に片膝をつき、頭を下げている。


「あとは開きし門ににえを捧げ、荒ぶる神を招くのみ。阻害する輩どもを一切合財消去せよ」


 蛾泉は、拝殿の横にうずくまる加賀に眼を向けた。


「ここに向かってきているのは、お前さんの家来かえ、怖れを知らぬな。

 ほほほっ、そいつらを地獄に落としておやり」


 多賀は唸り声を絞り出した。


~~♡♡~~


 みやびは木々の間を縫いながら、森の上方から現れる傀儡を倒していく。


「そりゃああ!」


 十文字槍の刃が煌めき、傀儡を吸い寄せるように斬る。


 ナーティは右手で日本刀を操り、傀儡の首をはね、心臓部分に強烈な突きをくらわす。


「さ、さすがだ。お二人とも、一点の隙もねえ」


 伊佐神はドスを構えているが、みやびとナーティが片端から倒していくため出番がない。


「これで、最後」


 みやびはクルリと槍を手元で回転させ、木の枝ともども傀儡の首をはね飛ばした。


「お見事でございます! お二人さま」


 伊佐神が駆け寄る。

 あと数メートルの距離で上り坂が終り、樹木がなくなる。

 三人は走り出した。


~~♡♡~~


 珠三郎は胡坐をかいて座り込んでいた。


「そういえばここの空気って、水たまりに落ちた排気ガスみたいに、虹色に動いているんだなあ」


 つぶやきながら、あらためて大きく深呼吸する。


「なーんだ。てっきり油の香りでもするかと思ったら違うじゃん。焦げ臭いだけだよう。

 むむっ、焦げ臭いって?」


 クンクンと鼻を鳴らしながら、辺りをうかがう。


「ウーム、どうやらこの小屋に火が放たれたようですなあ。ワッハッハッ。

 どうしよう?」


 あわてず騒がず、珠三郎は脱出の方法を思案すべくまぶたを閉じた。


~~♡♡~~


 登り切った獣道の終着点は、開かれた大地であった。

 雷鳴とともに稲光があたりを照らす。

 みやびは百メートルほど先に建立する、神社のような建物を発見した。


「あそこが敵の本拠地ね」


「そうみたいね。あれが本丸に違いないわね」


「魔奏衆といっしょに、親玉もいるんでしょうな」


 伊佐神は厳しい表情をする。


「さあ、行きましょう」


 駆け出そうとするみやびの手を、伊佐神が引いた。みやびは前につんのめる。


「お、お待ちくださいっ」


 伊佐神の顔が蒼くなり、前方を指さす。


 ずちゃり、ぬちゃ、ずちゃり、ねちゃり、奇妙な粘着質の音が近づいてきているのだ。

 三人は視線を釘付けにした。


 ウロロオオーン! 七色に移ろう風景に、背中を蟲がはいまわる怖気を伴った哭き声がこだまする。

 天空に稲妻が光った。その瞬間に姿が浮かんだ。

 みやびは思わず顔をそむけた。


「な、なに、あれは」


 ナーティは瞬きを忘れたかのように、凝視する。

 伊佐神は吐きそうになり、飲み込んだ。


(おお、おおっ、あれは、い、伊佐、神の)


 多賀は重たい身体を引きづりながら、自分があやめようとしていた相手に、すがる思いで近寄っていく。


(ぼん、と、うきち、のぼん、助けて、くれ)


 蛾泉によって半分だけ残された、まともな精神が働いているようだ。


 グルルグガアアッ!


 だがもはや人間の声帯を持たない多賀の呼び声は、化け物の咆哮としてしか聞こえない。


(たす、けて)


 みやびは一度目をつむり、意を決するとカッと見開く。

 距離にして十メートル。

 葬ってきた雍和とは別の、新たな化け物に視線を合わせた。

 この世の澱みに集まった生物の腐敗した死骸を、滅茶苦茶に切って張り付けたような、奇怪極まる物体。

 

 二メートルほどの体高をおおった獣毛はテラテラと光り、腹部から生えた節足が方向感なくうごめいている。胴体は地面に密着しており、横から突き出た四本の脚の骨が胴体を引きづり動いてくる。

 頭部は粘土を無造作に練り込んだように凹凸になっており、昆虫の複眼、哺乳類の眼球が動いている。唸る口元はサメのように開き、黄色い牙が何十本と膿のようなよだれにまみれていた。


「ナーティさん、こんなチョー化け物とは戦ったことないよ、アタシ」


「気色悪いわねえ。いっそのこと、二人で同時にやっちゃおうか」


「待ってください!」


 伊佐神が、みやびにの前に立った。


「こいつは、どうやらわたくしが相手をしなきゃ、ならないようです」


 言いながら、化け物のさらに奥を指さす。

 稲妻が走り、落雷が真昼のように極彩色の空間を照らす。みやびとナーティは、空間が歪み、雍和が生まれ出ようとする姿をとらえた。


「でも、藤吉さん」


「わたくしなら、この親父の形見のドスがあります。こういう醜い化け物を成敗するために、仏壇からちょろまかして持ち歩いていたんでさあ」


 化け物の頭頂部が割れた。膿の粘液がドビュッと飛び散る。その切れ目から、肉塊が持ち上がった。


「エエッ!」


 伊佐神は叫んだ。

 肉塊はちょうど人間の頭部ほどの大きさになり、赤黒い表面に無数のしわが新たな顔を作り上げていく。


「まさか、まさか、多賀の叔父貴かっ」


 肉塊は苦悶を浮かべた多賀の顔に似ていた。いや、まさしく多賀の頭部であった。


「ト、トウキ、チ、ボ、チャ、ン」


 録音テープを低速回転させた、不気味な声色。

 みやびとナーティは顔を見合わせた。

 伊佐神を残し、みやびは槍を、ナーティは日本刀を振りかざしながら走った。


つづく

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