第48話 覚醒
やや遅れながら、伊佐神と洞嶋はお互いをかばい合うように、姿勢を低くして走り出した。
「急ぐぞ。みやびさまたちを追いかける」
「はい」
灰色に輝く森の中、伊佐神と洞嶋は樹木の枝や切り株に足をとられないように速度を上げた。
ドンッ! 伊佐神は目の前の巨大な障害物に突き当り、反動でひっくり返ってしまった。
「だ、大丈夫ですか、社長」
洞嶋が駆け寄る。二人は障害物を見上げ、それが立ちすくむナーティだと気が付いた。
「ナーティさん」
洞嶋は声をかけながら、前方を確認し「エッ?」と驚く。
みやびは頭がおかしくなったのかと、目をつむって頭を振る。
獣道を走ってきたと思ったら、いつのまにか目の前は極彩色が移ろう異世界が広がっていたのだ。
「み、みやび。私、イカレちゃったかも。なんか目の前が変になっちゃた」
斜目塚の言葉に、みやびは我に返った。
「違うよ、弥生さん。オカシクなっているのはここから先だよ」
「なんか、気持ちわりい」
菅原が顔をしかめる。
「これが、藤吉さんの言っていたこの国の末路なのかしら」
ナーティの横に立った伊佐神が、首をふった。
「いえ、これは前兆にすぎない。わたくしたちが敵の本体を早急に叩き潰さにゃ、さらに、とんでもない禍が降り注いできますでしょう」
後方を注視していた洞嶋が叫んだ。
「奴らが追いかけて来ます! みなさん急いでください」
ざわざわと音を立てながら傀儡たちが両腕を下げたまま、すべるように近づいてきていた。
「ここは俺らが食い止めます」
菅原と猿渡が同時に言う。
「よし。みやびさま、ナーティさま、行きやすぜ」
「了解よ。弥生さん、本当に気をつけて」
「もちろん。みやびのバックアップが、私の務め」
「俺っちが、ついてまさあ」
チェーンをピンと張り、猿渡がウインクする。
「藁人形の」
伊佐神は洞嶋に言った。
「いいか、絶対に無理するなよ。いざってえ時は構わねえから逃げろ。
約束だぜ、レイ」
洞嶋は思わず目を丸くした。
(しゃ、社長が、初めて名前を呼んでくれた。レイ、って言ってくれた)
洞嶋の目に、感無量の涙が浮かぶ。
「今こそ社長のお役に立たせていただきます!」
ヌンチャクを鳴らし、後方を見すえた。その瞳は自信にあふれ、希望に燃える色に変わっていた。
「たのんだわよ、みなさん。ワタクシも精一杯踊ってくるわよう」
ナーティは刀を肩に乗せた。
すっかり極彩色の大気に包まれた獣道を、上に向かって駆けだす。
(よーし、いっちょう行きますか! 千雷みやびの本領を発揮しちゃうよー)
みやびと伊佐神も、さらに上へと走り出した。
~~♡♡~~
ごそり、右手が動いた。
続いて左手がもぞもぞと動き出す。
「う、うーん。よく寝たなあ。ふわーあっと」
珠三郎は木の床の上に、胡坐をかいた。不思議そうな顔で周囲を見渡す。
「えーっと、ここはどこだっけかな」
覚醒と同時に、灰色の脳細胞が高速で動き出した。
「そうそう。紅鯱とかっていう人形みたいな子に、魔法をかけられていたんだっけ。グフフッ、おかしいったらありゃしない」
独り言をつぶやきながら、立ち上がる。
「ここは物置きの倉庫だね。うーんと、暗いなあ。ああ、あんな燈明皿だけじゃね。ボクの荷物はっと、あっ、みーっけ。グフッ、リュックをボクといっしょにしておくなんて。
鬼からは、金棒を取り上げとかないとダメだって、昔の人はちゃんと知っていたんだよな」
珠三郎は大きなリュックを引き寄せると、中をごそごそとかき回した。
取り出したのは頭部にベルトで固定する懐中電灯、スリングショット、ゼペット爺さん特注の玉の入った袋、腕用のプロテクター、そして腰のベルトに取り付ける玉入れ用の革ケースである。
懐中電灯を点け、左腕にスリングショットを装着する。プロテクターをはめ、玉を革ケースに移しベルトに通した。
「オッケイ、オッケイ。準備完了。でもなんか安易すぎるよねえ」
つぶやきながら、鉄製の扉を押したり引いたりする。
「そりゃ、そうだよ。開くわけないかあ。グフフッ、困ったなあ」
珠三郎は眼鏡のツルを持ち上げた。
~~♡♡~~
本殿からよろばい出た鹿怨は、さらに拝殿を抜け、大地に降り立った。
「開門の準備はととのおた。さあ、荒ぶる常世の、
バリバリッ! 大きな稲妻が大地に容赦のない電撃を浴びせる。
「ぬうっ、何奴か。ここへやってくるのは」
鹿怨の結界が、侵入者をとらえる。
「魔奏衆よ、集結せよ!
大音量となった鹿怨の声が、結界内に響き渡った。
ちろり、ちろり、雷撃を受け大地から飛びちった灼熱の土くれが、珠三郎を閉じ込めている小屋に当たり、小さな炎を上げ始めていた。
~~♡♡~~
大気は極彩色であるが、地面や樹木が消えたわけではない。
みやびたち三人は、それでも相当な速度で木々の間を走り抜けていく。
「さっそくおいでなさったわよ」
先頭を走るナーティはその巨体から想像がつかないほど、身軽に跳んだ。
拝殿近くにいた傀儡たちが、襲ってきたのだ。
つづく
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