第42話 喧嘩上等
ゴウッと一陣の風が闇鳩の緑の髪を乱す。
生きる屍のような男たちが、ゆらゆらと身体をゆらしている。
闇鳩は紅鯱の腕をつかんだまま、無造作に立つ傀儡たちを手で押しのけ、拝殿に入った。
「あの若者は小屋かえ?」
蛾泉が紫色の唇で問う。
「ああ、紅鯱の術で眠っているようだ」
「もういっそうのこと、消去しようか」
青いメッシュの髪をかきあげ、蠍火が言った。
がたり、と木の床の音に四人は振り返る。干からびた老人となった鹿怨が、床に肘をつき起き上がろうとしていた。
四人はあわてて、鹿怨を介抱するように膝をつく。
「わしを、本殿へ」
両側から支え、祭壇のある本殿へいざなう。
鹿怨は祭壇の前で苦しげな声をあげながら、
「掛けまくも畏き伊邪那岐大神筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊祓へ給ひし時に成りませる祓戸大神等諸諸の禍事罪穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を聞食せと恐み恐みも白す」
鹿怨は頭を垂れながら、祝詞を続けていく。
蛾泉、蠍火、闇鳩そして紅鯱の四人は拝殿にもどり、正座のまま伏した。
グワオオッ! 拝殿の外で、大きな咆哮が上がる。続けてドーンッと雷鳴が響きわった。
(お、俺は、いったいどこで何をしているのだ)
多賀は痺れる頭を振った。
(俺は、誰だ? えっ、誰って、俺は)
頭を抱え込もうとして、驚いた。
その腕がねじくれ真っ黒な剛毛におおわれているのだ。
驚愕のまま、身体を見下ろした。悲鳴がほとばしる。
グワオオオッ! 喉から絞り出されたのは、人の声ではなかった。
身体中に獣のような焦げた色の毛がみっしりと生え、腹部から得体のしれない節足が何十本も突き出している。それが意思とは関係なく蜈蚣のように蠢いているのだ。
フラッシュした稲妻が、多賀の醜い身体を浮かび上がらせた。
(ば、化け物、俺は化け物なのか)
拝殿の縁に、蛾泉が腕を組んで立っていた。
「お気づきかえ? ふふっ、どうだい、その身体は。おまえさんの心を写し取ったのさ。未来永劫その哀れな姿で、私たちにかしずくがよい」
(そ、そんな馬鹿なっ)
多賀は叫ぶが、その口からはもはや人の声は絶たれていた。
~~♡♡~~
本来、睡魔に見舞われる時間である。
しかし、みやびたちの誰もが欠伸ひとつつせずに、準備に取りかかっていた。
洞嶋が自宅から持参した布袋から、多彩な武器がリビングに並べられている。
「さあ、どれでも好きなエモノを使ってね」
斜目塚は興味深気にそれらを眺める。
ヌンチャク、トンファ、サイ等の、中国武術で使用する武器。手のひらにはめてパンチ力をアップさせる、金属製のナックル。チェーンや特殊警棒、バトンタイプのスタンガンまである。
「この金づちは、なにかしら?」
斜目塚は手に取る。
「それは、アンタ。 こちらの姐さんの二ツ名の通り、この五寸釘とセットで使うんだぜ」
菅原は十五センチほどの釘を、手に取った。
「たしか、藁人形のレイとかって。ああ、金づちに釘で藁人形か! 納得だわ。
でもちょっと、怖い」
「釘は先端を磨いていますから、手裏剣みたいに使えますよ」
洞嶋の言葉に斜目塚は、先ほど珠三郎のシールドに投げつけたシーンを思い出した。
「私は喧嘩なんて、口以外では、したことないからなあ」
そんな斜目塚に、ポンと肩を叩く猿渡。
「俺っちが援護しますよ、斜目塚のねえさん。チェーンさえあれば百人力でさ。とりあえず、このスタンガンでも持ってなよ」
そういって、五十センチほどの黒く長いプラスチック棒を持ち上げた。
「これが、スタンガンっていうの? なんかテレビで見ると、もっと小さかったような」
「これだと相手から距離を保てますし、威力は抜群ですの」
ニッコリと微笑む洞嶋のかわいさに、斜目塚は大いなるギャップを感じた。
「バトンと思えばいいわね。私はこれでも学生時代にはチアリーダーだったのよ。ああ、あの美しかった十代を思い出すわあ」
斜目塚はバトンタイプのスタンガンを手に取ると、器用に回し始めた。
みやびは真紅の革ケースから、愛用の十文字槍を取り出す。柄のロッドは伸ばされていないため、先端の矛先が大きく見える。
「あなた、相当な使い手のようね」
ナーティが言う。
「物心ついた時から、祖母に仕込まれていましたから」
みやびはナーティに応えた。
「ナーティさんの剣さばきも、かなりなものなんでしょ?」
「ワタクシなんて、剣道の真似事だけよ。この日本刀だって見かけだけなの、切れ味は抜群にいいけどさ」
ナーティは紫のフリルのついた日傘をクルリと回す。
「だけどさあ、この首に巻いた金属。本当に安全なのかしらねえ」
「さあ、どうなのでしょう。でも万が一故障したら、タマサブをこの槍でズタズタにして差し上げますわ」
「おお、こわっ!」
伊佐神は洞嶋の布袋から、鉢巻を取り出した。喧嘩上等と白地に墨で書かれている。手書きのようだが、かなり書き馴れた達筆である。しかも真ん中には日の丸の赤い印。
「こいつは、いいやね。藁人形の、これは俺がはめさせてもらってもいいかな」
「もちろん構いません。でも私の下手な筆文字で」
「いや、お手製だからいいんじゃねえかい。下手どころか、書道の先生も真っ青よ」
洞嶋は頬を染めてうつむく。とても元暴力団の武闘派若衆には思えない、愛くるしい表情である。
「いいなあ、俺も巻きたいなあ、姐さんの鉢巻」
最後のほうはゴニョゴニョと口ごもる菅原に、伊佐神は布袋から数本の鉢巻を取り出した。
「おう、ここにまだあるぜ」
「やったあ! 姐さん、お借りします」
嬉しそうに受け取る。
「アニキィ、ご自慢のリーゼントに櫛あてができなくなりまっせ」
猿渡がちゃちゃを入れる。
「馬鹿野郎! これから戦争に出陣するのに、男が髪にこだわれるかってえの。
姐さんっ」
菅原は鉢巻を洞嶋に渡し、背中を向けた。
「たかが鉢巻くらいで、しょうがないヤツだな」
洞嶋は頭一つ分背の高い菅原に、背伸びしながら頭部に鉢巻をまわし、後ろでしっかりと結ぶ。
(あ、姐さんのデカい胸が、せ、背中にあたる)
菅原は脳内にアドレナリンを目いっぱいぶちまけ、至福の喜びにひたる。
「なら、俺も頼むぜ」
「はい、社長」
それを見ていた猿渡は、鉢巻を手にしたまま斜目塚をふり返った。
「お願いします」
「えっ、私でいいの?」
猿渡は、ペコリと頭を下げた。
「お願いします」
斜目塚は眼鏡の奥の細い目を、さらに細めた。
「では、ご武運を祈って」
みやびも一枚取った。
「アタシも巻くよ。喧嘩上等、いいじゃない」
結局全員の頭に、勇ましい鉢巻が巻かれた。
まだ数枚ある中から、ナーティは一枚を取り、みやびに渡す。
「栄養袋にも、渡してあげなきゃね。ワタクシたち、仲間なのだから」
ウインクするナーティに、みやびは泣きそうになった。
(タマサブ。もし、もしあいつらに捕まっているなら、アタシが必ず助けてあげる。だから、お願い、無事でいて)
つづく
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