第41話 闇鳩の苦悩

 ◇

 う、うーん、みやびちゃん、いくらボクを愛しているからって、まだダメだよう。

 ちゃんとご両親に挨拶してからにしなきゃ。エッ、待てないって? もう、わがままな子なんだからー。

 ボクの類まれなる美貌や才能が、みやびちゃんの心をときめかせているってのは、わかるんだよ。

 

 この世に生まれ出で、いったい何人の女性を泣かせてきたのだろう。それを考えるとボクのハートは打ち震えるんだ。

 まあ、ボクの背負っている十字架は凡人の男子には理解不能だろけどね。

 美学、って言ったらいいのかな。

 そう、ボクの生きざまに値する様式美さ。

 

 ボクには世の中で手に入らないものはないからこそ、みやびちゃんだけは大切にしたいんだ。

 ね、だからその時がくるまでボクの腕の中でおやすみ、みやびちゃん。

 グフッ、グフフフッ。

 ◇


「こやつは、いったい何をブツブツと、寝言でつぶやいているんだい? 紅鯱」


「さ、さあ。先ほど様子を見に来ましたら、鼾をかいてお休みにおなりで。なにやら夢をご覧かと」


「アッ、顔面が痙攣しだしたぞ!」


「いえ、どうやら笑っておいでのご様子です、闇鳩」


 紅鯱は、かたわらでひざまずいて珠三郎をのぞきこむ闇鳩に言った。


 燈明皿の灯りがゆらめく板敷きの間。

 紅鯱に囚われた珠三郎は自分の意志で身体を動かすことができないため、本殿の横にある荷物小屋に入れられたのである。


 物置になっているのか様々な大きさの木箱が積み込まれており、六畳ほどの空いたスペースに転がされていた。


 紅鯱の術で身体の自由を奪っているため、手足は拘束されてはいない。しかし、小屋とはいえ鉄製の重々しい扉がはめこまれている。

 一時間ほど経過したところで、紅鯱は様子を見にきたのであった。

 そのすぐあとに闇鳩が現れた。


「ふん。私らの邪魔だてする不逞の輩よ、すぐに消去してあげるよ」


 緑色のカールショートヘアをかきあげた闇鳩の瞳は、燈明皿の光により猛禽類のように光を反射させている。

 紅鯱の手が闇鳩の膝に、そっとおかれた。


「この殿方を、私にいただくわけにはまいりませんでしょうか」


 闇鳩は紅鯱を睨んだ。


「どういう意味だい、紅鯱。

 まもなく常世開門の刻だ。鹿怨さまの悲願、誰にも邪魔させるわけにはいかない。だから、早急にこいつやその仲間を消去せねばならない。

 こやつの親玉を変化へんげさせたように、蛾泉の術を用いて同じようにするかい?」


 紅鯱の脳裏に、社の拝殿横で眠らされている化け物の姿がよみがえった。


「よもや」


 闇鳩は鋭い視線を向ける。


「こやつに心を移したってことは、ないだろうねえ」


 うつむいたままの紅鯱は、肯定も否定もしなかった。

 ふうっ、と闇鳩は肩の力を抜く。


「私たち魔奏衆は人であり、人でなし。ましてや我が子を宿すことができたのは、最後のかかさまだけ。私と紅鯱のな。私たち四人で、魔奏衆は終りさね。

 だからこそ私たちを暗黒界から出していただいた鹿怨さまに、最後の御奉公をせねばならぬ。

 紅鯱」


「あい」


「儀を無事に終えるまで、こやつをここから動かすなっ」


 闇鳩は言うなり紅鯱の腕をつかみ、立ち上がった。

 紅鯱は鼾をかいて寝ている珠三郎をもう一度見て、長いまつ毛を閉じる。

 ガチャン! 外に出ると、闇鳩は鋼鉄の扉の鍵を閉めた。横にたたずむ紅鯱から視線をはずし、閉めたばかりの鍵に向かって、ため息をついた。


~~♡♡~~


 大皿にあったサンドイッチは、きれいに無くなった。


「さあ、藤吉さん」


 ナーティは大皿をキッチンに運びながら、このチームの軍師である伊佐神をうながす。

 室内全員の視線が向けられた。


「はい。珠三郎さまについては今ここで所在を詮索しても、意味ねえことだと思います。わたくしたちがやらなきゃならないのは、雍和、魔奏衆、そしてそれを操っていると思われる黒幕を葬ることでございます。

 今夜か明日、やつらが最終行動に出る前に打ってでます。

 ナーティさま、恐れ入りやすが、地図帳なんてございやすでしょうか」


「地図帳ね、それだったら」


 ナーティはリビングルームを出てしばらくすると、ノート型パソコンを抱えてもどってきた。


「これを使ってちょうだい」


 伊佐神はそれを受け取りテーブルの上に乗せ、起動した。


「ええっと」


 伊佐神はブラインドタッチも鮮やかに操作する。

 みやびは伊佐神の両手の小指だけがなぜか立っているのを、不思議そうにながめた。


「ここ、ここだ。この辺りです」


 伊佐神の言葉に室内の全員がソファから立ち上がり、伊佐神の座るソファに近寄る。


「ここはN市の東部ですね。天白区のはずれでしょうか」


 洞嶋が誰にともなく言う。

 菅原は洞嶋の真横で、ドキドキしながらうなずいている。ほのかな香水が、菅原にはたまらなかった。


「たしか、この丘陵地帯って山賊峠とかって呼ばれていますぜ」


 元暴走族の猿渡は、したり顔で言った。


「山賊峠? これまた古めかしい呼び名ねえ」


 斜目塚は鼻を鳴らす。

 みやびは膝に手を置きのぞきこんでいたが、ゆっくりと背筋を伸ばした。


「しゃちょー、このなんちゃら峠にまた雍和や魔奏衆が出るわけね。

 よーし! この前のお礼をたーっぷりして差し上げるわ」


「みやびさま」


 伊佐神が真顔で言う。


「わたくしの視た夢のお告げじゃあ、もっとトンデモねえ魔物、超雍和が姿を現してました。今までのようにいくかどうか」


 パシッ、とみやびは伊佐神の肩を勢いよく叩く。


「任せてよ! タマサブはいなくても、ここには力強い仲間がそろっているんだよ。アタシたちがやらないで、誰がやるの? でしょ、しゃちょー」


 みやびの元気な声に、伊佐神は苦笑した。


「おっしゃるとおりで。 やはり神に選ばれし戦士のお言葉、勇気が湧いてきます」


 斜目塚、洞嶋、菅原、猿渡もうなずき、こぶしを握る。ただ、ナーティだけは寂しげな視線をみやびに向けていた。


(この子ったら、ナイーブになっていた部屋の空気を変えようとしているのね。本当はあの栄養袋のことがすごく心配なのにさ。ワタクシにはわかるの)


 ナーティはグローブのような大きい両手で、みやびの手を握った。


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る