第38話 ハイテク鎧とねずみ

 珠三郎がナーティのマンションに到着したのは、三十分後であった。

 N市内を南から北へ駆け抜けてきたわけだが、高速道路を使ったにしても早すぎるタイムである。


「グヘヘッ、ちょっと怖い速度だったけどね」


 珠三郎が言うくらいだから、想像を絶する恐ろしいスピードだったはずだ。


「みやびちゃんをお待たせしちゃあ、ファン代表として、ダメじゃんねー」


 リビングルームであらためて簡単に自己紹介をすますと、珠三郎は背負っていたリュックから、怪しげな金属板を三枚取り出した。


「なに、これは」


 みやびたちは、フローリングの床に置かれたものを注視する。

 珠三郎が床に正座したまま、顔を上げた。


「これがタマさまの新発明だよーん。といっても基本構造はペンタゴンとNASAの共同開発だけどね、けどね」


「ペンタゴンにNASA、っすか」


 気絶から回復した菅原が訊く。


「なにか物々しいわね。そんな板っきれがどんな役に立つのかしら」


 のぞき込んだ斜目塚は、いぶかしげに眼を細める。


「これは、ですな」


 珠三郎は金属板を持ち、印があるのかシャンデリアに透かすように見た。一枚をみやびに、もう一枚をナーティに渡す。


「なあに、こんなのどうするのよ」


 ナーティは金属板の匂いをかいでいる。


「こうするの」


 珠三郎は残りの一枚を、丸い顎の下にはさんだ。すると、金属板はシュッと丸まり珠三郎の首に巻きついたではないか。

 全員が口を開けたまま、見つめる。

 立ち上がった珠三郎は、両腕を広げた。


「シールド!」


 叫ぶと同時に首に巻かれた金属板が、キンッと音を発した。板の下部から半透明の薄膜が流れ、みるみる珠三郎の身体を包み込んでいく。


 アッ、と全員が声をそろえた。


 珠三郎の首から下は一瞬にして鈍く光を反射する薄膜に覆われたのだ。指先も、一本一本までが包まれている。


「な、なに、それ」


 みやびがアーモンド型の両眼をパチクリさせた。


「いいでしょう、これ。グヘヘッ。みやびちゃんも、ナーティ嬢もやってみてみて」


 みやびとナーティは、お互いに不安げな表情を浮かべる。


「平気、平気。疑い深い性質ですかな、お二人は。それぞれの体型をチップに登録してあるから、ピッタンコに身体に合うはずだよーん。

 これはね、新型の鎧でーす」


「ヨロイ? ああ、それで前にスリーサイズを訊いたわけか」


「ピンポーン、正解です」


「でも、あの時には電話をすぐ切ったから、教えてないけど」


「ワタクシもスリーサイズは、教えてなくてよ」


 ナーティには弱い珠三郎はサッと視線をはずし、モゴモゴとつぶやいた。


「みやびちゃんのはグラビア写真から計測したのだもんね。オカマのおっさんは、適当に」


「なんですって!」


 ナーティがつかみかかろうとしたのを救ったのは、洞嶋であった。


「原理は私たちには理解しかねますが、鎧とおっしゃるこのシャボン玉の被膜は、どれほどの防御ができるのでしょうか」


 小首をかしげる洞嶋の仕草はキュートであったが、その指先にはすでに長さ十五センチほどの五寸釘が、不気味に輝いている。

 威力を知っている伊佐神は止めようと口を開いたが、洞嶋の指からシャッと釘が放たれた。距離はおよそ三メートル。

 洞嶋はまるで忍者が手裏剣を投げるように、珠三郎の胴体めがけて遠慮のない攻撃をくわえた。


 カキーン!


「オオッ!」


 珠三郎をのぞく、全員が感嘆した。

 五寸釘は、シールドにより跳ね返されたのだ。弾かれた五寸釘は、フローリングの床に突き刺さっていた。それだけ鋭利な武器であったわけだ。


「えーっ、すごーい! タマサブ、これってそんなことができるんだ」


 みやびは手に持った金属板を振った。


「みやびちゃん、ナーティさんもやってみてみて」


 珠三郎に言われ、それぞれ首元に金属板を恐々と近づける。すると、火にあぶられたプラスチックのようにシュッと首に巻きついた。


「全然苦しくないね」


 みやびは首をさする。


「そしたらね、シールドって叫ぶの」


 みやびとナーティは目を合わせ、せーので叫ぶ。


「シールド!」


 珠三郎の時と同様に、キンッという音とともに半透明の薄膜が、瞬時に身体を包む。


「みやび、その膜は、違和感はないの?」


 斜目塚が眼鏡を指でずらしながら、みやびの身体をしげしげと見やる。


「まったく、です。油膜とは違ってベタつかないし、特に変化はないかな」


 みやびはそのままの格好で、両手両足を動かしステップを踏んだ。


「あっ、思い出した! お嬢さん、テレビにレポーターで出演してたんじゃね?」


 菅原はみやびを指さした。


「俺、みやびさんの載ってる雑誌、密かに持ってます。ファンですから」


 猿渡は小声で恥ずかしげにつぶやいた。


「ところで、何か暑くなってきてないかしら」


 ナーティの額に、うっすらと汗がにじみ始めているのだ。


「そうなのなの。この鎧は流体型炭素繊維を利用するんだけど、外気をまったく通さないのよね。

 宇宙や深海での作業用に開発しているらしいのだけどさ、そこがまだネックなんだよーん。カーボンナノチューブだから、ケブラーより強度はすぐれておりますですが」


 珠三郎の額にも、大粒の汗が流れ出している。


「汗や、放射による体温調節が出来ないから、熱中症になってしまうのさ」


「エーッ、なにそれ!」


 みやびは頬をふくらませた。


「で、どの程度までなら使用可能なので? いわゆる、タイムリミットでさあね」


 伊佐神の質問に、珠三郎は笑顔で答えた。


「わかりませーん。おおよそ三十分前後かなーっと」


「ちょっとお尋ねいたしますが、当然人体に対する安全度の実験は、お済みなのでしょうね」


 ナーティの額からは、すでに大粒の汗がしたたっていた。

 珠三郎の視線はあらぬ方向に走る。


「なーに黙っているのよ、タマサブ。アッ、まさか」


 みやびの言葉に全員が注目した。


「グヘヘッ、ま、まあ、天才タマさまの計算に狂いはないですぞっと。

 さあって、ボク、もうひとつ用事をすませなきゃ、だわさ」


 珠三郎はそそくさとリュックを背負った。


「シールド、オフ!」


 珠三郎の音声を、首に巻かれた金属板が瞬時に読み取る。身体を覆っていた流体型炭素繊維が逆流し、シュッと金属板に戻っていく。


「今のキーワードでこのハイテク鎧は、はずれるよーん」


「今度はいずこへ?」


 伊佐神は心配そうに訊ねる。

 珠三郎は首をかしげた。


「うーん、それがわからないのだよね。この子が案内してくれるみたいなのだな」


 言いながら、背中のリュックを指さす。

 リュックのポケットから、どぶねずみが顔を出し、クンクンと辺りの匂いを嗅いでいた。


「ネ、ネズミ!」


 ナーティは真っ青になって叫んだ。


つづく

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