第35話 マンションにて

 ◇

 そうそう、N高速に乗っちゃうと途中にコンビニってなかったような。ゼペット爺さんに手土産でも買っていこう。

 おっ、都合よくコンビニの看板、発見。左右確認、よし。前後は適当に、よし。

 ドリフトターン! 

 

ゴキュッ、ギギギッーギリギリギッ、って鋭い音が車内に響いたけど、いったい何の音かな?

 うーん、やはり走り屋用に改造していないから、上手くいかないや。少しガードレールにこすったかも。

 

 ドンマイ、ドンマイ。小さなことは一切気にしない、大らかな性格だからね、グフフッ。

 駐車オッケイ、エンジン停止。

 まあ、それでも一応気になるから確認だけしておこうかな。

 

 ええっと。

 

 あっ、少しどころか、かなりドアがえぐれているではないの。何センチくらいかな。

 グヘヘッ、これはセンチじゃなくて、メートルで言わないとダメだわ。ありゃまあ。仕方ないよね。弘法も筆のなんとか、天才タマさまも、小型乗用車はちと苦手かも。

 ◇

 

 珠三郎が笑いながらミニクーパーの傷を確認している時、一匹のどぶねずみが鼻をひくつかせながら、素早く開け放した運転側のドアから乗りこんだのであった。

 まったく気づいた様子もなく、珠三郎はコンビニの店内へ入っていった。


~~♡♡~~


 ナーティの住むマンションに集まったのは、みやび、斜目塚のグループ。そして伊佐神、洞嶋、菅原、猿渡の四名。合わせて七人ということになる。

 

 伊佐神は緑色のジャージの上着を脱がされ、ナーティによって腹にさらしが巻かれていた。このさらしは洞嶋の持ち込んだ布袋に入っていたものだ。さらしを巻いた上から着させられたのは派手なショッキングピンクのトレーナーである。

 ナーティの昔の彼が泊まる時に使用していたもので、胸元には外人女性のあられもない姿がプリントされていた。


「じゃあ、珠三郎さまは、別行動をされていらっしゃるということですね」


 伊佐神はみやびに訊いた。


「うん。なんでもやらなきゃいけないことがあるとか、なんとか。何かは言わなかったけどね」


 リビングには、一人用のゆったり座れるソファを十脚置いてあり、全員が好きな場所に腰を降ろしている。


「しかし、まぁ、部外者というか命知らずというか、ワタクシたち以外にこんなにお集まりいただくとは、驚いちゃったわねえ。

 とりあえず、お茶でも用意させていただこうかしら」


 ナーティはため息まじりに微笑むと、ホームバー付きのキッチンに向かった。


「あ、アタシもお手伝いしょっと」


 みやびはセーラー服のスカートをひるがえし、ナーティにしたがった。

 斜目塚は遠慮のない視線を、伊佐神たちに向けた。


「みやびには聞いてましたけど。社長さんたち、元は本物のヤーサンなんですって?」


 菅原と猿渡はピクリと片眉をつり上げたが、洞嶋にギロリと睨まれて頭を沈めた。


「へい、わたくしたちは、伊佐神組ちゅう小さな一家を構えておりやした」


「へえっ、やっぱり本物だったんだ。

 伊佐神興業株式会社っていったらN市だけじゃなくて、中部圏では屈指の一大企業じゃないですか。かなり手広く金融や建設関係で成長してきてるんでしょ。

 まあよくヤクザ屋さんから転身できたもんだわねえ」


 遠慮ない斜目塚の言葉に、伊佐神は苦笑した。

 仕事柄、常に口角を上げている癖のついた洞嶋に、斜目塚は言った。


「でも、洞嶋さんだったっけ? あなたみたいな綺麗なお嬢さんがヤクザ組織にいたって、どうなのさあ。

 まさか、親の借金の肩代わりで身売りされたとか。

 アッ! もしかしてヒモの彼氏に言われるがままヤクザの食い物になってたんじゃ」


 早合点して独り驚く斜目塚に、洞嶋はニッコリしたまま口を開いた。


「違いますよ、斜目塚さん。

 私はここにいらっしゃる社長の先代、お父上に助けられたことがあるんです。十代のやんちゃだったころに。

 その時に、先代には猛烈に反対されましたけど、ちゃっかり盃をいただいたんです」


「このお方は、藁人形のレイって言う二ツ名を持たれる、泣く子も地獄の閻魔様もだまる、組で一番怖い武闘派若衆だったんだぜえ、おネエさん」


 菅原は自慢げに腰を浮かした。


 ヴァキッ! 洞嶋の裏拳が再び菅原の頬に炸裂する。


 斜目塚の額から、汗がひとしづく流れ落ちた。


「あ、あ、あら、そうだったんですか、オホホッ」


「さあ、どうかしら、オホホホッ」


 女性二人のやり取りに猿渡は、白目を向いて気絶する菅原に憐憫の視線を送った。


 エアコンの効いた広いリビングに、心を和ませるようなハーブの香りが漂い始める。


「さあさ、お待たせ。ハーブティーよ。熱いほうが香りを引き出すから、ホットよ」


 ナーティとみやびは、トレイにポットとティーカップをのせて現れた。


「ナーティさん、ホントに手際がいいわ。アタシもこんなに上手くお茶を淹れたいな」


「ワタクシ、裏千家の茶道師範のお免状も持っているのよ」


 ナーティはそこはかとなく、自慢する。


「あら、美味しい」


「本当に。なんだか心身ともに安らぐ感じです」


 斜目塚と洞嶋は一口飲んで、同時に感嘆の声をあげた。


「ナーティさん、なんかコツがあるのかな」


 みやびもお茶をすすりながら訊いた。


「コツはね、まずお湯の温度ね。熱けりゃいいってもんでもないのよ」


 女性同士(ナーティは戸籍上男性ではあるが)の会話に、伊佐神と猿渡はただ静かにカップをかたむけていた。


「い、いやいや、ゆっくりお茶している場合じゃねえ!」


 伊佐神は立ち上がって叫んだのであった。


つづく

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