第31話 走る肌色軽自動車
せいてんそうの会の社は、沈黙に包まれていた。
あれだけ日参していた信者たちが誰もいない。電気の照明がすべて落とされており、まるで廃墟である。
真夏の蒸し暑い夜。
連日の熱帯夜にエアコンの使用で消費電力は上昇を続けているが、この地だけは違った。
会の敷地がある空間だけが、まるで真冬のような凍てついた空気に包まれているのであった。一歩足を踏み入れようものなら、たちまち氷ついてしまうような気温になっている。
しかも帯電しているのか、紫色の細い稲光が空間を走っていた。
暗い拝殿に立つ鹿怨。
鋭い視線が、床に伏している紅鯱に向けられた。
「いよいよ常世開門の時が訪れようぞ。二百十年もの年月を待った我が悲願。常世と現世を結びつけ、混沌の世界を作り上げるのだ!
何人にも今回こそは邪魔立てさせぬ。あの時、妖術使いたちに邪魔をされた悔しさを、今度こそ何倍にも憎しみをこめて返してくれるわっ。
くくっ、よもや、あやつらが生きておるとは思えんがな。
蛾泉、蠍火、闇鳩は傀儡を用いて成敗に向かっておる。紅鯱、おぬしも出でよ! 魔奏衆の力をとくと見せよ」
ひときわ大きな稲光が、社全体を包んだ。
~~♡♡~~
N市千草区は、N駅方面から伸びる国道六十号線を東に走った所にある。
伊佐神たち四人を乗せた軽自動車は、その国道を飛ばしていた。
「ウッ、ウウ」
伊佐神が突然うめき声を上げ始めた。
「し、社長、お腹の傷が痛みますか?」
隣りに座る洞嶋が、あわてて伊佐神の両肩を持つ。
「い、いや、違う、痛みじゃ、ねえ」
伊佐神は苦しそうに顔を歪めながら、膝に置いていたバッグの中を捜し始めた。洞嶋は伊佐神を手伝う。
「携帯電話を、れ、連絡をとらねば。だめだ、もたねえ、たまらなく眠てえや。藁人形の、ナ、ナーティさまに連絡を」
洞嶋は黙ってうなずき、アディダスのバッグの中から携帯電話を取り出した。それを渡そうと伊佐神を見ると、気を失ったようにすでに寝息をかいていた。
「社長!」
洞嶋はあわてて伊佐神の肩をゆするが、こん睡状態におちいった伊佐神の意識は戻らない。
手に持つ携帯電話を操作しようとした。
「だめだ。先ほどの乱闘で、携帯電話が壊れているわ」
助手席の菅原が振り返る。
「姐さん、いったいどういうこって?」
「わからない。だけど、ナーティさまの連絡先ならわかるよ」
洞嶋は自分のポシェットから、スマートフォンを取り出した。心配そうな表情をしている菅原に微笑む。
「秘書室では、役員全員の携帯電話登録先も、入手しているからね」
「エエッ、じゃあ俺の携帯の登録先も」
運転している猿渡は、またも素っ頓狂な声で叫んだ。
洞嶋はスマートフォンを指先でスワイプしながら言う。
「おまえさんが役員になったら、情報はすべて秘書室が押さえるわ」
猿渡はペロッと舌を出した。
菅原は思い出したように、スマホをポケットから取り出した。
「そうだ、俺も連絡を入れてっと」
「あれっ、どちらに電話されるんですか、課長代理」
猿渡が訊く。
「ヘッヘッヘ、おまえはまだ経験したことねえからな。今から本物のカチコミの仕方を教えちゃる。
専務、いや、裏切り者を懲らしめるためにはよ、こっちもそれなりの準備をせねばだ。
土木部にゃあ、俺の同期がいるんだが、そいつに頼んでだな」
菅原は不敵な顔つきでスマホを耳に当てた。
~~♡♡~~
リビングルームで気をもんでいたナーティのスマートフォンが、着信音を鳴らした。
ナーティはあわててスマートフォンをつかんだ。
「誰かしら、この番号」
未登録の電話番号に、ナーティは訝しげな表情を浮かべる。七回鳴ったところで、通話モードにした。
「はい、どなたかしら? こんな時間に」
小指を立てながら、スマートフォンに向かってしゃべる。
ナーティの表情が驚きに変わった。
「アラッ、藁人形のレイちゃんなの? そう、ワタクシよ。どうしたのよ、電話なんかしてきて。
エッ、藤吉さんが! 容態は悪いの?
そうなの、うん、うん、じゃあその多賀って裏切り者を始末しにいくのね」
洞嶋が顛末を説明しているようだ。
「藤吉さんが寝っちゃったって? まさか、また予知夢じゃないかしら。
レイちゃん、あなたたちの世界の仕来りは、ワタクシ存じ上げないけど。
今ね、もっと大変なことが、あらいやだ、ご存じだったの雍和のこと。そうなのよ」
ナーティは洞嶋が化け物のことや、魔奏衆の存在をある程度認知していることに驚いた。
「藤吉さんが眠りについたということは、近々何かあるのよ。レイちゃん、ワタクシ、お仲間に集合かけるわ。
会社のゴタゴタの最中に申し訳ないのだけど、今からワタクシのマンションまでお越しいただけるかしら。住所を言うわね」
洞嶋は復唱し、通話を切る。
「聞こえたとおりだ。私のマンションに寄って、そのあとナーティさまのご自宅に行くよ」
菅原は同期と連絡を取っているところである。
「おう、そういうこった。嘘じゃねえぜ、本当のこった。だからよ、おめえの部署で空いてる奴に大至急声をかけてくれや。
また追って連絡すっからな、頼んだぜえ」
通話を切ると、洞嶋の言葉に眉をひそめる。
「ナーティ、ナーティっていえば」
菅原と猿渡は、チラリと顔を見合した。
「ま、まさか、あのオカマの!」
二人は先日の件を思い出し、シェエッと奇声を発したのであった。
つづく
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