第30話 闇を操る

 そのころ、みやびと珠三郎を乗せたミニクーパーを運転する斜目塚は言った。


「さあさあ、どうするの、二人とも」


 先ほど正体不明の暴走族集団に襲われてから、斜目塚の運転はかなり荒くなっている。クラクションを鳴らしながら、次々と車を追い抜き、夜の街を走る。

 みやびは後部席で思案していた。


(アイツらがわざわざアタシたちを捜して、仕返しをしようとしたの? いえ、そんな中途半端なことじゃないわ。雍和を唯一葬ることのできるらしいアタシたちが邪魔だから)


 抹殺しようとした。

 十七歳の女の子には、重たすぎる十字架を背負わされたことに改めて身震いする。


「多分、みやびちゃんもボクも、自宅には帰らないほうがいいかもー」


 あくび交じりに、珠三郎は後部シートのみやびを見た。


「謎のおねえさんは、確実にボクたちを捜しあてたもんね。このまま帰ったら、居所を教えちゃうようなもんだよーん」


「でも、アタシはまだ高校生だから、外泊はちょっと」


 斜目塚はニヤリとした。


「そうね。たしかに河童くんの言う通りだわ。あんな危険な連中は何するかわかったもんじゃないわよ。

 みやび」


「はい」


「私に任せて。いい考えを思いついたわ」


 斜目塚は素早くバックミラーとサイドミラーを確認し、交差点に入るとウィンカーも出さずに大きく左折する。港から国道を北上していたのを、ここで進路を西に変えた。

 コンビニエンスストアの看板が見える。斜目塚は迷わずその駐車スペースに、ミニクーパーを停車させた。


「はい、みやび降りて」


 斜目塚はエンジンを切るが、キーはそのままでさっさとドアを開ける。

 珠三郎はよいしょっと、と掛け声とともに助手席から降り、座っていたシートを前に倒した。


「サンキュウ、タマサブ」


 みやびは狭い後部座席から表に出る。


 ウーンッと伸びをしながら、周りを確認した。

 国道には乗用車やトラックが走り、歩道には塾帰りなのか中学生が数人自転車で行き過ぎていく。コンビニエンスストアには仕事帰りのサラリーマンや、OLが出入りしている。


(普通に夜の時間で、普通にみんな生活しているのだわ。でもその普通の世界を覆そうと企んでいる連中がいるなんて、アタシはやっぱり許せない)


 みやびの瞳は十七歳の女子高生から、雍和を根絶せんとする戦士の色に変わっていった。


 斜目塚は汗を拭きながら、小走りでみやびをふり向く。


「みやび、早く、早く」


「っと、弥生さん、どこ行くの?」


 じれったいわね、この子は、という表情で斜目塚は片手でおいでをする。


「車を乗り換えるのよ。ほらあそこにレンタカー屋さんがあるし。この時間ならぎりぎり閉店までには間に合うはずよ」


「この乗用車は、どうするんですか」


「さっきのアブナイ女たちがそのミニクーパーを捜しているのは、間違いないわ。だからさ、河童くん」


 珠三郎は敬礼の姿勢で、斜目塚に言った。


「リョーカイでぇす。ようはこの車をどこかへ持っていって、魔奏衆の目をごまかすと。そういうことですな」


「じゃあ、タマサブはアタシたちと離れるのかなあ」


「寂しい思いさせて、ごめんよう、みやびちゃーん」


「い、いや別に寂しいなんて、思ってないから」


 思わず目を伏せるみやび。


(アレッ、本当に寂しくないの? ま、まさかね)


 珠三郎は満面笑みを浮かべ、みやびに言った。


「大丈夫だよ、みやびちゃん。ピンチになったらすぐに駆けつけるからさあ、グヘヘッ」


「そうよ! アタシみたいな素敵な女子を、さっきみたいに待たせるなんて許さないから」


 みやびの頬が少し赤くなっているのは、コンビエンスストアの灯りだけではわからなかった。


「ちょうどボクも、やらなきゃいけないことあるし。


 みやびちゃん、腕時計だけははずさないでね。みやびちゃんの位置情報を、それで把握するからさあ」


「わかってるわ。じゃあね、タマサブ」


 みやびは手をふりながら、ウインクする。


~~♡♡~~


 レンタカー店で大衆車を借り、二人はみやびの自宅近くまで来ていた。


「いいこと。私がご両親にロケで一週間程度泊まり込みになりますから、って説明するからその間に必要なものを取ってくるのよ」


「うん。わかった。だけど」


 斜目塚はハンドルから左手を離すと、みやびの手を握る。


「ご両親にウソついちゃうものね。それがいけないことってのは、私もわかる」


「い、いえ、違うの弥生さん。アタシたちが立ち上がらなきゃいけないのだから、両親にはこの際目をつむってもらわなきゃね。

 アタシが気になるのは、弥生さんなんです」


「エッ、私のこと」


「はい。だって、こんなことに巻き込んでしまって。本当に申し訳ないなって」


 斜目塚は豪快に笑った。


「なに言ってんのさ。私は今ものすごく燃えているのよ。この国を守るために立ち上がった、アイドル志望の女子高生をサポートできるなんて、サイコーじゃない。

 映画じゃないのよ、リアルなのよ。それこそ命がけの一大イベント。及ばずながらこの斜目塚弥生、戦士のマネージャーをさせていただくわ。オホホホッ」


「弥生さん」


 ありがとうと、心の中でつぶやく。


「でも、時給で雇われた、アルバイト戦士ですけどね」


 レンタカーは何事もなく、みやびの自宅前に停車した。


~~♡♡~~


 N市の中心部にあるセントラルパーク。

 街の真ん中に大きな公園があり、シンボルである高さ百八十メートルのテレビ塔がそびえ立っている。地上百メートルの位置にスカイバルコニーがあり、夜のこの時間帯は恋人たちに絶景と最高のムードを提供している。

 当然のことながら安全に配慮した設計になっており、一般入場者が展望台の外部へ出ることはできない。


「ねえ、あっちがN城のほうね」


「うん、そうだよ」


 勤め帰りなのか、スーツ姿の若いサラリーマンと夏物ワンピースの女性が肩を寄せ合って、展望室から夜景を眺めている。


「蒸し暑いけど、こんなに地上から離れると気分がいいね」


 男はさりげなく、かたわらの女性の肩に手をまわす。

 女性は目線を上向け、首をかしげた。


からす、かな」


「鳥?」


「うん。さっきから鳩か烏か知らないけど、いっぱい飛んでいるみたい」


「どれどれ」


 男は首を伸ばし、鉄骨にはめられたガラス窓を見上げる。

 たしかに鳥のような黒い影が飛んでいるようだ。ただ、その数が尋常ではなかった。数十匹の鳥がバルコニーの上部を飛来しているのだ。


「鳥たちも暑気払いで、ビアガーデンに来たのかな」


 そう言って男は笑った。


 バルコニーからは死角になっていたが、展望台の上部には人間の影があった。

 紫色のカールしたロングヘアを風になびせながら、蛾泉が立っていたのだ。

 その頭上を何十匹もの烏が、神経を逆なでする鳴き声で旋回している。


 蛾泉は紫色の革の袖なしジャケットから、木製の横笛を取り出す。紫色のルージュを引いた唇に笛をあてがうと、蛾泉は吹き始めた。

 夜の闇に共鳴したような音色。

 飛んでいる烏たちの身体が、ビクリと震える。

 横笛に操られるように、四方へ羽ばたいていく。


「闇鳩も蠍火も取り逃がしてしまったからには、おめおめとお社へは戻れまい。さあ、早く見つけておいで、私たちの獲物を! 

 私たちに鹿怨様がいらっしゃるように、必ずあやつらにも後ろ盾がいるはず。魔奏衆の手から逃げ延びることは絶対にできぬ。

 雍和だけではないよ、私たちが操れるのは。闇に生きるすべてのものが私たちの傀儡なのさあ」


 蛾泉は美しくもおぞましい微笑みで、街を見下ろした。


つづく

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