第28話 魔奏衆の正体

 斜目塚はふーっと大きくため息をつく。

 みやびは化け物、雍和に関わることを、すべて話し終えたのであった。


「自分が実際にさっきみたいな目に合ってなかったら、まず信じない」


 でもね、と続ける。


「この眼で見て信じたら、あとはやるっきゃないわ」


 みやびは「エッ?」と問い返す。


「みやび、やっつけにいくのでしょ、そのヨーワとやらを。じゃあ、マネージャーとして私もついていかなきゃ、ってことよ」


 みやびと珠三郎は顔を見合わせた。


「あのー、もしもし弥生さん。これはロケにいくとか、写真撮影にいくとかじゃないんですよ」


「当たり前じゃない。戦いに行くのでしょ、わかっているわよ」


 珠三郎が横から口をはさむ。


「生きて帰れないかも、かもでもかな」


 斜目塚は、鼻の穴を大きく膨らませた。


「なに言っているのよ、河童くん。生きて帰るに決まっているでしょ。こっちは大急ぎで、みやびのスケジュール調整をしなきゃいけないのよ。ケリつけるまでは思い切って休業宣言よ、みやび」


「休業、ですか」


「そうよ。その代り、終わったら殺人的なスケジュールを消化してもらうわよ」


 斜目塚はハンドルから片手をはずし、親指を立てた。


「弥生さん」


 みやびが言葉を続けようと口を開いた時、「アアアッ」と珠三郎が大声で叫んだ。

 みやびと斜目塚は驚いて、珠三郎に問いかける。


「どうしたの、タマサブ!」


 珠三郎は口を開いたまま、二人の視線を受けていた。


「今日はテレビで、〈くりすたる〉の応援をするつもりだったのに、もうこの時間じゃ放映は終ちゃってるもんなあ。

 まさかこんな時間になるなんて思っていなかったからさあ、タイマー録画してきてないんだよーん。

 今日はネットの仲間と、テレビの前で応援の振り付けを各自で練習しようって、約束していたのになあ。

 あの子たちのダンス、かわいいんだよね、グフフッ。

 でもそんなことを、みやびちゃんの前で言えるわけないし」


 珠三郎は頭で考えていることを、無意識のうちに言葉に出してしまう癖をすっかり忘れていた。

 ブツブツとしゃべったあと、身の危険を感じる視線に気がついた。


「ほう、〈くりすたる〉、ねえ。今もっともホットなアイドルたちだもん。

 オタクのあなたが目をつける気持ちは、よーくわかるわあ、アタシ。

 ところで、ご参考までにお教えいただこうかしら。

 タマサブはどの子の、フ・ア・ン・なんですか」


 みやびの静かな問いに、珠三郎の顔から血の気が引いていったのであった。


~~♡♡~~


 ザワッ、ザワワッ。

 ナーティは蜈蚣むかでが無数の節足を動かして這い登ってくるような、不気味な悪寒を背中に感じた。


(なに、なによ、この気色の悪さ)


 真っ赤なシルクのサマーナイトガウンの裾をひるがえし、ソファから立ち上がった。


 N市北区を流れる一級河川、矢田川やだがわ庄内川しょうないがわが交差する橋の南沿いに建つ、超高級高層マンション〈アストロツリー〉。

 地上四十五階建てである。N市の北部に位置し、ランドマークタワーとしても機能している。


 ナーティはエアコンの効いたリビングから、ガラス越しに下界を見た。街の灯りが、幻想世界へ誘うように明滅している。

 四十三階の、地上から約百五十メートル上空から見下ろす景色は、何事もなければ至福の光景である。


 旧知の占術師から、魔奏衆と名乗る妖しげな集団の実態を訊いたことを思い出す。


「ただ、やつら魔奏衆がだ、仮に今の世に出現しているとすれば、必ず後ろ盾がいるはずだよ。魔奏衆は平安の時代から、単独でことを起こすことはなかったらしい。

 豪族であったり、公家であったり、将軍であったりとその時代を手に入れようとする連中が契約したという。

 表のには出ていないが、裏歴史の語るところでは織田信長も一時は連中を配下にしていたらしいんだ。しかし、何らかの契約違いがあった。ために本能寺で化け物、つまり雍和に惨殺されたと伝えているわけさ。

 まあ、明智光秀というスケープゴートをうまく利用して、『正常な』歴史を後世に残しているけどね」


 占術師の言葉にあった、後ろ盾とはいったい誰のことなのか。


 ナーティはお店をシオリコに任せ、さまざまな知り合いや伝手を頼りに、朝から自宅で情報収集に明け暮れていたのである。

 夜の帳が降りるころ、占術師からスマートフォンに連絡があった。


「ナーティ、俺だ。いま仙台にいる」


「仙台? 占いのお仕事かしら」


 電話口で微かな笑い声が聞こえた。


「今日はプライベートさ。気になったからねえ、ナーティのことが。

 仙台の地茉莉ちまつり神社ってところだ。宮司ぐうじにたのんで、例の逆釣鐘覚書をもう一度確認しにきたんだよ」


「オ、オボロ」


「やつら魔奏衆は、雍和を生み出して操る秘術以外にも、とんでもない妖術を使っていたらしいなあ」


 ナーティはスマートフォンを持ち替えた。


「妖術?」


「ああ、妖術。

 魔奏衆は生きた人間の生命力、オカルト的に言えば生きた霊魂を抜き取って、それをやつらは己の体内で加工して他の人間に植え付けるのだ。

 植え付けられた人間は、またたくまにその邪悪な霊魂に侵され支配され、魔奏衆の傀儡かいらいになってしまった、っていうことだ。

 いったん傀儡になると、肉体が滅びるまで奴隷さ。けっして元の人間にはもどれない。

 ただしだ。誰にでも植え付けられるようじゃなかったらしい。すさいやしい魂の持ち主、つまり外道連中のみを傀儡にできたんだとさ」


「なにそれ、悪魔の所業じゃない」


「そうだね。 だから言ったろう、関わるなって。

 異界の化け物にプラスして、傀儡を意のままに操る連中と事を起こそうなんてっ」


 滅多に感情を表に出さない占術師が、声高に叫んだ。


「ナーティ、君のことだ。俺が怒ったからといっても、決めたことはやるだろう。だから、ひとつだけ約束してくれないか。

 事が終わったのなら、連絡をくれよ。俺にスコッチを驕らせてくれ」


「わかった、ありがとう。あなたといっしょにスコッチで乾杯しましょう」


 親友は、逃げろとも死ぬなとも言わない。しかし彼の心中での葛藤を、ナーティは手に取るようにわかっていた。

 電話を切った後、ナーティは深いため息をつく。そして、先ほどの悪寒が、さらに気分をナイーブにしていった。


(仕方ないわ。とりあえず藤吉さんに連絡して)


 あざやかなスワロフスキーでデコレイトされたスマートフォンを、もう一度取りあげた。

 小指を立てて、画面をスクロールしていく。

 伊佐神の携帯電話番号をタッチすると、そのまま耳元にあてがった。

 無機質なコール音。


「あら、変ね」


 架け間違えたかしらと、ナーティはスマートフォンを耳から離し、もう一度画面を確認してゆっくり正確にタッチする。しかし、携帯電話はつながっているはずなのに、伊佐神は出ない。


「藤吉さんが電話に出ないなんて、どうしたのかしら」


 ナーティは視線を窓の外に向けた。


(まさか、藤吉さんの身に何か起こったのじゃあ)


 その予感は当たっていた。


つづく

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