第26話 タマサブ、華麗に登場す
さすがのみやびも、全力で逃げ回るのに限界が近くなってきた。
「ハーッ、ハーッ」
どんよりと濁った蒸し暑い空気も、体力を奪う。
低速で追いかけてくるオートバイの集団から、一台が抜け出した。スピードを上げながらみやびの背後にせまる。
(エーッ、もうここまでかしら)
それでもみやびは諦めるなんてことは、毛頭考えていない。
オートバイがさらに加速する。
ガシャアンッ! 飛び出してきたオートバイが、派手な音を立て、横転したのだ。立て続けに後続するオートバイも、ハンドルを取られたかのように転倒していく。
(ありゃっ、いったい、どうしたのかしら?)
みやびは派手な転倒音にふり返り、その光景を見つめた。足を止め、肩で息をしながら両手を膝に乗せ、流れる汗に目をしばたたかせる。
「オッホホーイ、愛しのみやびちゃーん、大丈夫かーい」
ミニクーパーが走ってきている。
助手席から箱乗り状態で身体を露出させた珠三郎が、両手をふっている。みやびは半笑いで片手をふると同時に、心から安堵した。
「遅いぞー! タマサブ」
ミニクーパーは転がっているオートバイの隙間を縫って、停車する。
「正義の騎士、天才タマさま、ここに参上だよーん」
珠三郎は左手に改造スリングショットを装着したまま、車からのそりと降りた。
「もっと早く来てよねえ、女の子を待たせられるチョーイケメンならともかく」
みやびはそう言いながらも、窮地に駆けつけてくれた仲間に感謝する。
「ごめんねえ。一生懸命飛ばしてきたんだよう、バイク。グフフッ。そういえば、ボクもこんなやつらと追いかけっこしていたんだっけ。いったい何奴だあ?」
珠三郎はオートバイのエンジンを狙って、スリングショットから鋼球を発射して仕留めたという。
投げ出されたライダーたちは、全員意識を失っているのか、ピクリとも動かない。
「ここにはいないけど、アンタといっしょに四匹目の化け物を葬った時に現れた、不気味なミドリの女よ。たしか、闇鳩とかって名乗った」
みやびは眉間にしわを寄せた。
「ちょ、ちょっと、みやびぃ」
斜目塚が車のドアを開き、恐々辺りを見回している。
「そうだ、弥生さんがいたんだ」
「これ、いったいどういうことなの? さっきまでいた、緑色の美しすぎる女性はいったい誰なのよ」
みやびは何から話したものかと、ため息をついた。
「えー、お話はあとでもできるからさあ、いったんここから場所を変えたほうがいいかも」
のんびりしたトーンで、珠三郎は言う。
「なんかね、ほら、あいつら動き出しているんだよーん」
指さす方向に、みやびと斜目塚は顔を向けた。
珠三郎の攻撃で倒れていた暴走族の面々が、地面の上でもそもそと身体を動かし始めているのだ。
「やっぱりミネウチじゃなくて、あっさり天国へ送ってやったほうが良かったかな」
珠三郎は怖いことを口にするが、みやびは聞いていなかった。
彼らの動きは、尋常ではなかったのだ。
人が倒れて起き上がる時には、両手を地面なりにつけて、身体を持ち上げる。ところが目の前の連中は、ビクンビクンと身体を震えさせながら、頭部を見えない手でつかまれ、ひっぱり上げられるように、奇妙な格好で起き上がろうとしているのだ。
「なによ、こいつら」
みやびはすかさず斜目塚をふり返った。
「弥生さん、話はあとでするから、逃げよ」
「もう、何がなんだか、わからないから」
斜目塚はそれでも急いでミニクーパーのドアを、勢いよく開ける。ツードアのため、先にみやびが乗り、続いて助手席に珠三郎が太った身体を押しこむ。
その間も操り人形のような不気味な動きで、暴走族たちは倒れたオートバイを起こし始めている。
「逃がさないよ!」
発進しようとしたミニクーパーの照らすライトに、走ってくる闇鳩が浮かんだ。
珠三郎は助手席から上半身を乗り出した。左手のスリングショットが、闇鳩を狙っている。
「グフッ、発射オーラーイっと」
斜目塚は力の限りアクセルを踏みこむ。
闇鳩の身体が宙に跳んだ。
そのままブーツのつま先を、車のフロントガラスに向ける。
「ヒャッホー」
奇声を発しながら、珠三郎は玉を発射した。
「チィィッ」
顔面めがけて飛来する金属の凶器を避けるため、闇鳩は両腕で顔をガードしながら身体を反転させる。玉は闇鳩の緑色の髪の毛を数本引きちぎりながら、虚空へ消えていった。
ザンッと転がり着地した闇鳩の身体すれすれに、ミニクーパーが土煙を巻き上げながら猛スピードで駆け抜ける。
「バッハハーイ」
上半身を後ろに向けながら、珠三郎は闇鳩に手をふった。
ミニクーパーは造成地を走る。
「とりあえずは、よしと。
でもなぜ、携帯電話が途中で使えなくなったのかしら」
みやびは手の甲で、額の汗をぬぐう。
珠三郎が右手人差し指を舐めて、そのまま宙にかざした。
「うーん、これは磁場がこのあたりだけ、乱れているねえ」
「えっ、アンタの指、風向きだけじゃなくて、そんなことまでわかるんだ」
「うーん、ウソだピョーン」
みやびは無言で後ろから、珠三郎の頭をはたく。
「グヘヘ、叩かれちゃった。
でも磁場が乱れるような現象を、あの闇鳩っていうミドリのおねえさんが起こしていたと思うよん」
珠三郎は嬉しそうに、叩かれた後頭部をさする。
「みやび、そろそろ教えていただけるかな」
斜目塚はバックミラーをのぞき込みながら、口を開いた。
「あっ、そうでしたね」
みやびは真実を伝えるべきかどうか、迷っていた。斜目塚を巻きこんでしまうことを、危惧していたのだ。
その気持ちを察したかのように、斜目塚は言葉を続ける。
「私なら平気よ、何を聞いても。嫌なのは隠し事をされること。みやび、いったい何に首を突っ込んでいるの? マネージャーとして訊く義務があるわ」
「弥生さん。わかりました。じゃあお話します。でもその前に」
みやびは珠三郎をつついた。
「アンタ、ここへ来るのに歩いてきたわけじゃないんでしょ」
「うん。ボクの愛車」
「で、このまま車に乗っていて、その愛車はどうすんのさ」
「もう、飽きたから、置いていくよーん」
「って、あのバイク、高いんじゃないの」
珠三郎はニンマリ笑った。
「いいの、いいの。あれはNASAの友達からタダでもらったから。それにバイクは他にも数台所有してるしさ。次は思い切ってランボルギーニに乗ってこようかな。二人のデートの時にさ。
夕陽をバックに、高速道路を走ったら素敵だよーん」
グヘヘッと笑う珠三郎に、みやびはつき放すように言った。
「無免許の人の車には、ゼーッタイ乗りません」
斜目塚はやりとりを聞きながら、くすりと笑う。
「さあ、みやび、お願い」
みやびは伊佐神との出会いからの事の顛末を、話し始めたのであった。
つづく
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