第24話 みやび、ピンチ!
みやびはその日、早朝に祖母と稽古で汗を流したあと、シャワーを浴びてすぐに外出準備をした。
鮮やかなブルーのノースリーブ、花柄のハーレムドパンツに着替えたところで、一階から玄関のチャイムを鳴らす音が聞こえた。
「みやび、斜目塚さんがおみえよーっ」
階下で母が呼ぶ声が聞こえる。
「はーい、すぐに行きまーす」
ショルダーバッグを肩にかけると、軽快に階段を下りて行く。
玄関先には、赤いミニクーパーが停められていた。斜目塚の愛車である。二人は乗り込むと、すぐに走りだした。
「今日のロケは、お天気良くて助かるわあ」
ハンドルを切りながら、斜目塚はFMラジオをつける。スピーカーから、流行のアイドルグループの歌声が流れだした。
「〈くりすたる〉の新曲ね。オリコンで急上昇中でしょ、これ」
みやびはハミングしながら、肩でリズムをとる。
「これ、いい曲よね。私も好きだわ。そうそう、この作曲家のダン
うふふっ、実はみやびのデビュー曲用にってわけよ」
「ええっ! ダン上岡って、いま最高に売れているクリエーターじゃないですか」
驚くみやびに斜目塚は前を向いたまま、片方の口元をつり上げる。
「おっほほほっ! 当たり前じゃない。みやびはウチの最新兵器なのだから」
「嬉しいなあ。これでアイドル志望から、本物のアイドル」
みやびは宙を見る。
「そうよ。そのためには目の前のお仕事を一生懸命こなしてもらって、力をつけていかなくちゃね」
「いよいよアタシも、かな」
ミニクーパーはロケ地であるN港へ向かって、国道を走っていった。
~~♡♡~~
ケーブルテレビのグルメ番組で、メイン司会者の相手役として月に一度入る撮影だ。司会者は関西方面で人気のあるグルメレポーターである。
みやびはアシスタントとして、お店の紹介や、お勧め料理について語る司会者に相槌を打つ役割を担っている。
ここ最近人気の出てきた港にある水族館と、その周辺に並ぶオシャレなお店にテレビクルーたちと巡った。正味二十分の番組であるが、撮影が終了したのはすでに夕刻であった。
「今週は、これで終わりだね」
斜目塚は愛車のエアコン設定を二十度まで下げながら、言う。
みやびを隣りに乗せ、アクセルを吹かした。
終了予定時刻をオーバーてしまったため、車の速度を上げながら二車線の国道を、追い越し車線側で走っている。
「お疲れさまでした。来週は雑誌のグラビア撮影が二本、でしたっけ」
「そうよ。真夏のファッション特集よ」
「わっかりましたあ」
みやびはシートに座ったまま敬礼する。
夕暮れ時の国道は、思いのほか空いていた。行き交う車がライトを点けはじめる。
斜目塚が眉間にしわを寄せながら、さかんにバックミラーに視線を向けるのを、訝しげにみやびは訊ねた。
「どうかしたんですか、弥生さん」
「ううん、なんでもない、と思うんだけど」
みやびはヘッドレスト越しに後ろを向いた。数台のオートバイが蛇行運転をしながら、ミニクーパーの後方を走っているのが見て取れた。
みやびの眉が、ピクリと動く。
普通のオートバイではないのだ。ライダーたちは、特攻服と呼ばれる独特の刺繍を施した服を着ている。絞りハンドル、ロケットカウル、派手なカラーリングと消音器のない爆音マフラー。
「いやだ、あれ暴走族じゃないですか」
「そうなの。さっきからずっとついてきているのよ。何だか気味悪いわ」
オートバイの爆音が徐々に迫ってきた。
斜目塚は左ウインカーを出し、追い越し車線から走行車線に移動する。その直後、二台の大型オートバイがすさまじいエンジン音を轟かせ、ミニクーパーを抜くとすぐさま走行車線に入ってきた。
「なによ、あいつら」
斜目塚は目の前を蛇行しながら、からかうように走行するオートバイを睨んだ。
ブレーキを踏んで速度を落としかけたミニクーパーの後ろから、一気に残り数台のオートバイが迫り、ヘッドライトでパッシングをかけてくる。
後方の一台が群れを抜け、ミニクーパーの右横にぴたりと並行した。
「ちょ、ちょっと、どういうことよ?」
ハンドルにしがみつき、斜目塚が叫んだ。
みやびは落ち着いて前後左右を確認する。
「誰かわからないですけど、こいつらアタシたちを狙っているんだわ」
「狙ってって、いったい何が目的なの」
みやびはそれには答えず、後方を走る一台のオートバイを注視していた。後方には五台のオートバイがついてきているが、一台は珍しいサイドカーであった。
横に座っている人影に、見覚えがある。
「目的は、アタシかも」
みやびは、くちびるを噛んだ。
~~♡♡~~
珠三郎はゼペットじいさんの工場から、自宅マンションにもどる途上であった。昨日依頼した製品の作成を、いっしょに手伝っていたのだ。
ロードキングを駆り、制限時速を大幅に超える殺人的なスピードを楽しんでいた。東郷町からは、国道を一時間かけずに帰宅できる。
「今夜は、〈くりすたる〉が生出演するからねえ。早く帰ってテレビの前で応援しないと。グヘヘッ、もちろん、みやびちゃんには内緒だもんね」
珠三郎はブツブツと独り言をつぶやきながら、不気味な笑みを浮かべ、前を走るトラックを追い抜いて行く。
「んんんっ、何かな?」
ハンドルのバックミラーを、ゴーグル越しに見た。
国産の大型オートバイが数台、後方を走ってきているのであるが、こちらもとんでもない速度で追い上げてきているのだ。
一目で判る改造バイクであり、けたたましい排気音は紛れもなく暴走族である。
一台が抜き出て、ロードキングのすぐ後ろに迫った。
「もしかして、このボクにスピードで挑戦しに来たのかな」
珠三郎はフルスロットルでエンジンを吹かした。千七百シーシーのエンジンが、大きく咆哮する。珠三郎は満面笑みのまま、速度を上げ続ける。後方に続くオートバイも、加速し始めた。
迷惑なのは国道を走る乗用車やバス、トラックであった。制限速度をはるかに超えて突っ走る暴走バイクの集団は、赤信号さえも無視して通過していく。
巡回していた県警のパトロルカーに見つかった。
赤色灯を回転させサイレンの音も高らかに、暴走族を追いかけて始めた。
「やや、お巡りさんまでご登場だあ。レースに参加するのかな、かな?」
珠三郎は、ちらりと後方を確認する。
「せっかくノッてきたんだけど、仕方ないなあ」
ロードキングは音を立てて急減速し、国道から横道に軌道を修正した。あわてて後続のオートバイも急ブレーキをかけ、方向を変える。
国道脇の、住宅街へ続く道に侵入した。ところが目前を走っていた珠三郎のロードキングが、消えてしまっているのだ。
パトカーのサイレンが近づいてきた。
数台の暴走集団は、そのまま道を走り抜けていく。パトカーがその後を追いかける。
珠三郎は脇に入って、すぐの横路地に器用にバイクを停めていたのであった。あれだけのスピードで走行しながら、ほぼ九十度で曲がり、かつに周囲の地形を判断しバイクを隠すように停車させる技術を、この男は持っていたのである。
ロードキングをまたいだまま、暴走集団とパトカーを見送っていた。
「さよーならー、続きはまた今度ねえ、グッヘッヘッ」
手を振りながら、大声で叫ぶ。
「レース好きのグループなのかな、かな。言ってくれればちゃーんとお相手したのになあ」
珠三郎がロードキングのセルモーターを回して、エンジンを再スタートした時、ベルトの皮ケースにおさめたスマートフォンが鳴った。
「ワオッ、愛しのプリティみやびちゃん!
初めてラブコールくれたよーん。奥手だからなあ彼女は。やっと恥ずかしさを振り切って、ボクに愛を告げる決心をしたのかな?」
珠三郎はニタリと表情を崩し、指でスワイプする。
「はーい、お待たせえ。あなたにとりこ、天才タマさまでーすっ」
「タマサブッ、どうしよう」
珠三郎ののんきな声を打ち消すかのような、切羽詰まったみやびの声。
「うむむっ、どうしたのかな、ボクのお姫さま」
「あいつよ、あいつが仲間連れて」
プツリと電話が切れた。
「えっ? みやびちゃん、みやびちゃん?」
珠三郎は首をかしげ、すぐに折り返しみやびに架電するが、通話ができない状況である旨の音声しか流れない。
エンジンを掛けたまま、珠三郎は腕を組んだ。
「みやびちゃん、今日はたしか、N港でテレビロケだったはず。ボクの豊富な情報に寄れば、あの番組プロデユーサーさんは変に画面にこだわっちゃうから、多少時間が押しことは充分予測できますなあ。
それだとしても、今ごろは自宅近辺までもどってると計算できるんだけどー」
再度スマホの画面を見ながら、アプリを起動させる。
みやびの腕時計に、お手製の高性能GPS装置を勝手に組みこんでいるのだ。自家製のアプリを使用し、みやびの現在位置を確認した。
「ありゃりゃ、まだ港近くじゃん? ボクの計算が違ったのかな、かな?」
珠三郎は、みやびの発した言葉を復唱する。両眼をつむり、脳をフル回転させた。
ハッ、とあることに思い当たった
珠三郎は、ロードキングを国道へ向け、一気に走り出した。
つづく
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