第22話 伊佐神の帰宅
珠三郎がゼペットじいさんの工場へ出向いた日の夜、伊佐神はいつものように自転車で帰途についていた。
前回みやびたちが四匹目を葬ってから、三日目の夜である。
途中でスーパーマーケットに立ち寄る。伊佐神はまだ独身なのだ。夕刻以降値下げシールの貼ってある特売品を中心に、夕食の材料を買いこむ。
ヘルメットにモスグリーンのジャージスタイルは、すでにスーパーマーケットの店員の間では顔なじみとなっている。店員たちも買い物客も、まさかこの寂しげな中年のジャージ男が、配下に三千人を抱えていた元暴力団のトップであるとは思ってもいない。
魚売り場担当のおばちゃんが、伊佐神に話しかける。
「人生頑張ってたらいいこともあるからさ、オニイさんもガンバんなよ」
ポンポンと伊佐神の肩を叩きながら、魚の切り身パックに五割引のシールを貼ってくれた。
「俺は、世間様にどう見られてるんだろうか?」
伊佐神は頭をひねりながら、それでもありがたく切り身パックをカゴに入れる。
衝動買いをしないよう、買う品を決めていた。
レジで順番がまわってきた。担当の中年女性は、機械的に商品のバーコードーを読ませていく。
「はい、お待たせいたしました。合計で千七百三十三円のお買い上げになります」
伊佐神はアディダスのバッグから、鈴のついたガマグチ財布を取り出す。
「す、すいません、やっぱりこのトマト、返します」
「ご返却ですね」
女性スタッフは慣れた手さばきでレジを打ちなおした。
「それでは、千四百九十八円ですね」
伊佐神は、ホッとした表情で財布からちょうどの金額を支払う。レシートを受け取り丁寧に折りたたんでしまった。
(トマト、食べたかったなあ。でも一日千五百円までって決めてるし)
実はこの日、伊佐神は株式運用で約三千万円の利益を上げているのだ。珠三郎が作ったソフトは、確実に大きな利益をもたらせてくれるにも関わらず、(あの資金とこっちの財布を公私混同しちゃなるまい)、そう決めている伊佐神であったのだ。
伊佐神は食材の入ったレジ袋を自転車の荷台に乗せ、スーパーマーケットを後にした。
その後ろ姿を、キャップを目深にかむったジョギングスタイルの洞嶋が追う。
いったい何が目的であるのか、伊佐神との距離を一定間隔に置き、ランニングしていく。まったく気付いていない伊佐神は、ゆっくり自転車を漕ぎながら、晩御飯のことを考えていたのであった。
つづく
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