第9話 化け物退治はアルバイト
明日のために、でもないだろうが太陽はいつの間にか姿を消していた。
主役が交代した空には、さそり座やへびつかい座、こと座などの星々が徐々に明滅し始めている。
大気はよどんだ昼の熱気を、抱いたままであった。
N市の南東を流れる一級河川、
川沿いには広場や野球グランドが、市の管轄で作られていた。ただ市の財政はかなり逼迫しているようで、整備された一部をのぞくと荒れ放題の草っ原であった。
子供の背丈ほどの水草が、河川敷の大部分を占めている。近くの小中学校では、ここら一帯を立入禁止にしていた。家電、自転車などの粗大ゴミ以外にもバッテリーや工業廃棄物まで違法投棄されているからだ。
「ほんとに、今夜現れるのね? こんな場所に」
「うん。社長が予知したらしいから、確率は百パーセントだよ、みやびちゃん」
「ちょっとぉ! 暑苦しんだからそんなにひっつかないでっ」
「照れ屋さんだなあ、心配しなくてもボクが守って、あ・げ・る」
珠三郎のなぜか機械油臭い吐息が、頬をなでる。みやびは鳥肌をたてた。
(キショクワルー! ア、アンタが一番怪奇な存在なんだよ。
ああ、しゃちょー、本当にこんなオタクカッパがアタシの仲間なのお? 何かの手違いであって)
みやびは珠三郎と二人で、生い茂る草原に潜んでいるのであった。
~~♡♡~~
二時間前。
みやびをタンデムシートに乗せた珠三郎は、ロードキングでみやびの自宅前につけた。
夕方の稽古に来ていた門弟たちが呆気にとられる中、みやびは「おほほほっ」と意味不明の笑い声を残し、自宅へ飛び込んだ。
五分もたたないうちに通学用のセーラー服姿で現れたみやびは、門弟たちの見守る中、バイクのタンデムシートにまたがる。
門弟たちに「それでは、ごめんあさーせ、おほほほっ」と不気味な笑いを残して、武道場の前の道を、バイクの爆音とともに去っていったのであった。
みやびは肩にテニスラケットのカバーを大きくしたような、真っ赤な革製のバッグをたすきがけに抱えていた。千雷家に代々伝わる十文字槍を、収納するケースである。
元来槍は使う者の身長により、二メートルから三メートル程度の長さがある。この十文字槍は柄の部分はグラスファイバー製のロッドを組み合わせ、自在に長さを調整できるように特殊加工されているのだ。
ロードキングは一路天白川を目指し、N市内を駆け抜けてきたのであった。
「社長がボクのスマホに連絡してきて、今夜この河川敷に、雍和が出現しますってさ。あの人の予知能力と言うか透視能力は、ボクは知り合う前から注目はしていたんだけどね。
一般の人は気づいていないだろうけど、社長が決めた投資先は百パーセント利益をもたらしているんだぜえ」
「なんでアンタが、そんなに詳しいのよ」
「ワッハッハッハ。みやびちゃん、ボクは天才なのだよ。N市の経済界のことくらい、把握していますって。
でも今日はねえ、雍和の出現と同時に、三人目のお仲間が居る場所が判明したらしっくてさ。そんで早急にお誘いの話をしたいとってことになって、今回は別行動になったわけね。まあボクがついている限り、何も怖がることはないさ。
社長は何回もみやびちゃんに電話したらしいよ。つながらないから、機動力のあるボクに託したんだけど。
で、なにゆえセーラー服なの、なの?」
五センチ離れれば、三センチ近づいてくる珠三郎に、みやびは冷たく言い放った。
「さっきの私服は撮影用のお高いモノなの! 汚すわけにいかないでしょ。
セーラー服つうか、学校の制服ならいくら汚れても、おばあさまが、学業に関わる出費はわたくしがお支払いたします、って両親に言ってくれているからよ。クリーニング代だろうが、新品購入だろうが、オッケーなわけ。
それより、アンタ」
「タマさま、って呼んでくれて構わないぜ、ベイビイ」
「タマサブ、アンタさっきから何をチューチュー音させてんのよ」
二人は珠三郎が背負っていた大きなリュックから取りだした、世界地図の図柄で二畳ほどあるビニール製敷物の上に腹這いになり、草原の隙間から前方を見ていたのである。
満天の星空であり、遠くは結構見渡せる。しかし茂みに隠れるような格好のため、すぐ隣の相手は黒い影のようで見えにくい。
「えっ、これかな。小腹がすいたのと、今から始まる化け物退治のために栄養補給さ。ボクは雍和に接するのは初めてだしー。
みやびちゃんもいるかい?」
珠三郎が口から離した物体を、みやびの顔に近づけた。
「アッ、すっぱクサいっ。これ、もしかしたら」
「うん、そうだよ。いつも携帯しているんだ」
珠三郎はそう言って、マヨネーズの詰まったチューブを嬉しそうに見せる。
(け、携帯って)
みやびは眉間にしわをよせ、あからさまに拒否反応を示す。闇の中、珠三郎は美味しそうに栄養補給にいそしんでいる。
「タマサブ、アンタは何でこんな仕事を引き受けちゃったのよ」
話題を変え、みやびは問うた。珠三郎の眼鏡の奥の細い眼が、キラリと光る。
「決まっているじゃないか。わからないかい」
本人はとっておきの男らしいシブイ声のトーンに変えたつもりだが、どう聞いても鼻づまりの声である。
「ハッ?」
「みやびちゃんが、いるからだよおぉぉっ」
(ヒヤアアッ! 顔が近い顔が近い)
「そうそう、忘れていた。社長から伝言」
「しゃちょーから? なんて?」
「今夜も無事に雍和を葬ったら、のちほどお約束のアルバイト代は手渡しでお支払いしますってさ。
みやびちゃん、実は貧乏なの?」
「違うわよ! 失礼な。普通の高校生が、ハンバーガーショップやコンビニでバイトするのと同じよ」
「化け物退治が、同じ、アルバイト?」
首をかしげる珠三郎。
その時、二人が隠れている草原の先の川べりで、奇妙な現象が起き始めた。
つづく
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