第7話 天才の独り言
◇
ボクの名は
弱冠二十一歳にして、昨年の年収は一億五千万円強(税込みだ)。IQ百九十の天才にしては、ちと物足りない稼ぎではあるけれど。
まあ、余暇で鼻くそほじりながら作ってやったPCソフトや、次世代航空機の合金製作の助言で得たお金だ。
お金はあってもなくても構わないけど、ボクが本気を出せば国家予算だって稼ぎ出せるってことさ。
でもそんな小さなことに、この脳髄は使いたくない。
はっきり言って、ボクは中学校すらまともに卒業していない。
なぜって?
天才であるところのボクの頭脳を、市井の学問などでは大いなる探究心を満足させられなかったからだよ。
同級生というものはありがたいものだ。つくづく感ずる。
ボクは中学校で、みんなから慕われていた。正直言うとね。
だからみんな寂しそうだったらしい、ボクが学校に顔を出さないようになってから。
中学校へ通っていたころは朝から晩まで、クラスメイトがかわるがわるボクのところへやってくるんだ。もちろんボクとのコミュニケーションを取りたいからに決まっている。
エピソードを話し始めるといくらでもある。自慢話のように聞こえてしまうかもしれないが、その辺りは勘弁してくれ。すべて事実なのだから。
教室のボクの机や教科書は、みんなが自分のことをボクにアピールしたいのか、常に寄せ書き状態だった。教科書はまだいいさ、読めなくてもボクの頭脳はすべて把握していたからね。
言っただろう? ボクは世界で五指に入る天才だって。
ところがさ、机は困ったよ。油性マジックで色々書いてくれるのはまだいいとしてもだ、彫刻刀で相合傘や生殖器を彫るクラスメイトまで現れっちゃってさ。机の上はレリーフ状態。
推測するに、あれはボクに恋心を抱いた女生徒が、夜中にこっそり教室に忍び込んで思いの丈をこめて彫ったのだよ、間違いなくね。
恋敵が多すぎて、ストレートにボクに告白できなかったのだと思う。花も恥じらうお年頃だからね。
でも男性器は相当リアルに彫ってあったなあ。想像力だけであそこまで芸術的に施せるなら、今ごろ彼女は芸術家になっているかも。
かわいそうだけど、ボクはひとりだけを選ぶなんて、罪なことはしたくなかったからさ。だから「ユルシテネ」ってその横に彫っておいた。
終いには彫られ過ぎて、机の合板がペラペラの厚紙みたいになっていたっけ。鞄を乗せるとたわむんだもの、机が。
それだけみんなが一生懸命ボクのことを、思ってくれていたってことかな。
そうそう、ボクのギリシア彫像のようなマッチョの肉体美を女子にも見せてあげたいと思ったのか、男子数人でボクの学生服からパンツまで、全部丁寧に脱がせてくれたことを思いだした。
しかも女子更衣室の前でだよ。
堂々としたボクの魅惑的な裸体を見た女子は、キャーキャー騒いで本当に嬉しそうだったっけ。
アンコールに応えなきゃと、ボディビルダーのように全裸でポーズを作って、惜しげもなく肉体のスベテを披露してあげたさ。
実は当時、貧困な同級生が多くてね。ここだけの話、よく奨学金と称して毎月何万円かは貸してあげたんだ。もちろん催促なしの利息なしでだよ。
先生や家族には、内証にしてほしいって言われた。だからいつも体育館裏にこっそり集合さ。
友達の家が貧乏だからボクが救いの手を差しのべている、なんて偽善者のような自慢をするつもりは、最初っから無かったけどね。
そういえば、いまだに誰も奨学金を返納してこないなあ。
まあ、ゆっくり待ってあげよう。お金に困っているわけじゃないし。
みんな友だちだからね。
今となっては懐かしい、青春のヒトコマだったなあ。
そういえば、こんなエピソードもあった。
中学二年生の真冬だったけな。
ボクの魅力にとらわれた隣のクラスの女子から、二人っきりで会いたいっていう手紙が下駄箱の靴の上に置いてあったんだよ。待ち合わせは学校近くの川辺。
とても恥ずかしいから、誰にも見られないように夜中の一時に待っていますって。きっとテレビの星座占いで、最適時間をメモしていたんだろうなあ。
でも寒かったぁ。
ボクは、海パン一丁だったからね。
彼女は手紙の最後に「私の魅力を伝えたいからビキニで行きますので、あなたも水着で来てね」なんて情熱的な文言で締めくくってあったんだな。
うん? たしかそう書いてあったような、気がしたんだよなあ。違ったかなあ。
結局ボクはそのまま独りで、昇る朝陽を見た。
息が真っ白になる冬だというのに、やけに眩しかったのを覚えているよ。
彼女、やはり恥ずかしかったのだろうなあ。ボクと二人っきりで、夜中に水着で会うなんてのは。
その日から二日間、ボクは高熱と戦うために学校を休まざるを得なかった。四十度を超える体温は、さすがの天才も経験したことはなかったよ。
三日後登校すると、校内新聞のトップ記事を飾っていたのが、ボク。
――真冬の川辺で誰を待つ? 怪奇まる裸の変態男――
ボクが川辺で見事な裸体(実は海水パンツは途中で脱いでやった。だってせっかくだから、ボクのスベテを見せてあげなきゃね)で、腕を組んで立っている写真付きときたもんだ。
グフフッ、誰を待つって?
フェミニストのボクが、恥ずかしがり屋の彼女の名前を教えてあげるわけ、ないじゃん。
登校するとすぐに先生から職員室に呼ばれたけど、ボクは黙秘権を行使させてもらった。
それから、その女子は廊下ですれ違っても、恥ずかしそうに口もとを隠すように去って行った。遠くから彼女が友達と手を叩きながら、高らかに笑う声が聞こえたよ。
ボクとすれ違っただけで、そんなに喜ぶなんて。ウブな子だね。
ボクから再度会う機会を設けても良かったのだけど、それはやめておいた。
男の美学だ。
新聞部の連中もボクの記事を書くのに、興奮しちゃっていたのだろう。「天才」と入力すべきところを、「変態」と大きく誤字だったから。
結局天才のボクには、中学校という義務教育機関は狭すぎたのだな。
だから中学三年の六月からは、自宅で好きな学問を勉強するようにした。
インターネットは、本当に便利だ。
自宅二階にボクの書斎があった。
ボクの勉強を邪魔しないように、お袋は毎食を書斎の前に置いてったよ。
ボクは寝食を忘れ学問に没頭し、あらゆる勉強、技術やノウハウにいたるまで習得していったんだ。
こんな実験も自ら行ったのだよ。
食器の壊れかたを計測するために、食べ終わった皿を壁に投げつけては巻き尺で距離、および破片を顕微鏡で調べたりしたのさ。
応用物理だ。
ところがお袋はいつも泣きながら、ボクの体調を気遣っていたんだよねえ。ボクはもちろん、すこぶる元気だったんだよーん。
体調ではなく、精神状態のことを気にしているって言っていたけど、なんでかなあ。天才の息子を持つと、母親は気苦労が多いようだ。
そうそう、話は変わるけど、スリングショットって知っているかい? パチンコとか、ファルコンとも呼ばれているけどね。
簡単に言うと、Yの字型のフレームにゴムを引っかけて、金属球を飛ばす武器だ。これね、結構威力があるんだぜー。
ある日、いつもボクの意見を聴きたがっている、とあるネットの掲示板で知ったのだ。スリングショットのことをね。
そいつらさ、クラーい連中でね、グフフッ。
スリングショットで今日は猫がターゲット! とか、隣のうるさいハゲオヤジの頭すれすれに撃ちました、とか言って写真まで載せてんの。笑っちまうぜ。
で、どんなものかと、さっそくスリングショットをネットで検索。
すぐに発注して取り寄せた。
手元に届いて試し撃ちをしたのだけど、はっきり言って玩具だと思った。
でもねスリングショット自体は玩具なのだけど、そのコンセプトが天才の頭脳にピンときたのだ。
つまり、飛距離と殺傷能力が低すぎるのだよ。
あっという間に問題は解決したさあ。ボクの計算に見合う金属とゴムの入手に、ちと時間はかかったがね。
話がすっかりそれてしまったようだ。
ボクが今、天才の脳髄を目いっぱいに働かせているのは、そう、あそこで仕事中のカワイイ小猫ちゃんについてだ。
◇
つづく
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