こうはん


 俺自身にとっては、驚愕の事実だった。

 目の前の人間が、人間じゃないと理解した瞬間だった。

 だが。

「…? それが何か?」

 そいつは、そう言った。

「そんなの私は普通ですよ」

 自らを普通と言った。

「そう…なのか」

 …今思うと、そうやって驚きながらも、会話を続けた自分に驚きを隠せない。

「お前、まるで天使だな」

「ええ、私は天使ですけど」

「ちょっと待て、お前さっき自分のコト分からないって言ってなかったか?」

「いやいや、さっきのは自分の職業などの類ですよ」

「…はい?」

「アナタだって、自分がなんなのか分からなくても、自分のコトを人間だとは分かっているでしょう?それと一緒です。私は、天使なんです。」

 そうだった。この時からこいつは俺の疑問には必ずキッチリ答えたんだった。

 そして、この時の俺の頭はフル回転だった。

「とりあえず、お前は天使だと。そして自分は天使だとしか分からないと」

 自分に言いたい、天使ときいても少しは疑えよ、と。

「そうです」


 秋空の下、天使は話し続けた。

「具体的に言うと、私は天使という自覚もあり、その他にも色々と覚えていますが、人間とも会話が可能です。――まぁ、今のアナタが絶対に人間だという保証はないのですが」

「人間だ」

「しかし、肝心の理由が分からないのです。"この世界に来た理由"が」

「俺の発言はスルーか」

「そうなんです!」

「はい? 何?」

「アナタのいる場所に来た理由が一番分かりません。本来、天使とは人間には姿を見せないのです」

 こっちに向けられた目を見開いて言われて、俺は困ってたな。

「…なんだそりゃ。というかそういう知識は携えてるんだな」

 そう反応するくらいが精一杯だった気がする。

「…はい。正確に言うと、"私がここに来た理由"のみ思い出すことが出来ません、まるで――」

「誰かに記憶のその部分だけを消されたように、か」

「…はい」

 この時の俺、本当に頭が冴えていて良かった。秋風が頭を冷やしてくれたのかもしれないが、本当に助かった。

 状況を理解していたからこそ、この時の俺は、こいつの言うことをちゃんと理解し、汲み取り、自分の中に吸収出来たのだろう。


 天使という存在を、認めたのだろう。




「で?」

「で? とは何でしょう?」

「お前は、これからどうするんだよ」

 そう言うと天使は変な顔で、

「それは私の台詞でしょう? アナタは、これから何をするおつもりなのですか? もし飛び降りたりするなら私の視界から消えるので私のことは関係ないでしょうに? 先程は何もしてないとおっしゃっていましたが、アナタこそどうするのか私は気になりますね」

 長ったらしく文句を言ってきた。

 だが、俺の答えは決まっていた。

「何もしてないをしているなんて屁理屈、もう言う必要なくなったよ」

「なぜです?」

 考えてもみてくれ。

「俺は、もともと本当に何もすることがなかったんだ。ここにいたからって飛び降りるわけないだろ。ただ、何かを変えたくてここにいただけ。所詮はダメな人間だったんだ、何もやることのない人間だったんだ、俺は。

 でも、お前のそんな嘘みたいな面白い話を聞いた後で、それに首を突っ込まずにいられるかよって話になるわけだ」

「…ならどうすると?」

「お前は、どうするつもりだ?」

 質問には質問だ。

「質問に質問を重ねるとは…。…まぁいいでしょう。答えて差し上げますよ」

「そうこなくちゃな」

「私はこれから、私がここへきた理由、それか原因を探します」

 だろうな。

「大方予想はついたけどな」

「話の流れ的に、必然的にそうなるのは誰でも分かります、たぶん」

「…たしかに」

 俺でも分かったくらいなのだから。

「では、アナタはどうするのですか?答えてくださいな」

 天使のターン。速攻魔法、笑顔のプレッシャー。

「俺は…」

「俺は?」

 そんなプレッシャーにも負けない俺は、疑問符を浮かべる天使に言い放った。

「お前の手助け、かな」


「それは…どういう?」

 またも疑問を浮かべる天使に、補足をする。

「お前のすること、言うなれば"記憶を見つける"のを俺がサポートをするぜってこと。あんな話を聞いたんだ、今さら無関係ですはやめてくれよな」

 一応補足はしたが、ここに来て「関わらないでください」というのだけは勘弁してほしかった。面白い事に飢えていた人間にとって、この新たな予定は唯一の希望となっていたから。

「…分かりました。よろしくお願いします」

「おう、ありがと。まがりなりにも俺は天使に出会っちまったし、これは安っぽいライトノベルでも扱わない題材だからな」

「…言葉の意味が私には分からないのですが…」

「あ、いやいいんだ、気にすんなって。俺は手伝えればそれでいい」

「…本当にいいんですか?」

「俺が手伝いから手伝うだけだよ。それにさ、俺には文字通り、お前っていう天使が降りてきたからな」

 そうだ。そこから俺は、"普通じゃなくなったのかもしれない"。

 少し考える素振りを見せた後、

「…なるほど。了解しました。…では…行きましょうか?」

 と。切り替えの早い天使だこと。

 って、え?

「…どこへ?」

「どこって…私を手伝ってくれるんでしょう?」

「たしかに言ったが」

 具体的に言って貰わないと、コッチはもう脳が疲れてんだよ。

「じゃあ、お願いします」

「だからどこにだ」

 半ばイラついた俺に、不思議な視線を向ける天使。

「え?一番最初に私、言いましたよ?」

 …思い出そうとするが、結局現れてくれない俺の少ない記憶力。

「なんて言った?」

「"ショートケーキ食べたい"、ってね。連れていってくださいよ、


ショートケーキのある所へ。」

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